私もニュータイプのはずだ?

 「パンデミック」と話題にはなっていてもあまり身近には感じていなかった新型インフルエンザ。
 が、都内の大学でも感染者が出るに至り、近いところにその存在を感じざるを得ない状況である。

*6月16日
http://mainichi.jp/area/saitama/news/20090616ddlk11040332000c.html

 自分の職場でも感染者が出て、キャンパス閉鎖の臨時休校に入った。
 これで、補講をどうするか、などの調整作業が新たに増えることになるんだろう。

 だから、今のうちに少しでも新生活に疲れた体を休め、また、時間の貯金をつくっておきたい。
 それにせっかくだから、「目で見て分かる新型インフル」をみて、勉強するとしよう。学生への指導も必要になってくるだろうし。
 
■「私たちにもできる新型インフルエンザの身近な予防策」
 http://www.youtube.com/watch?v=f4citqUnYOk

 本格的な大流行は、「秋以降」だとの懸念が厚生労働省からは発表されている。
もちろん慎重さは必要だろうが、一人のために二万人が「自宅待機」するといった、今の対策の現状が「大山鳴動して鼠一匹」という感は否めない。感染者が出た途端、全員がマスクを一斉に装着するといった集団主義も、気持ち悪いものがある。感染の拡大防止という衛生的な理由以上のメンタリティ(「説明責任」という衣をかぶった)をそこに見いださざるを得ない。
 これによって感染者に変なまなざしが集まらないことを願う(事実、最初に感染者が出た高校には、匿名で抗議の電話が寄せられたという)。誰かを非難すれば済む問題ではない。これは誰でも罹りうる病気であるとともに危険度は低いのである。感染した学生へのある種の偏見をもたせない指導・働きかけが今後、教師には求められてくるように考える。ただでさえ、「空気を読み合う生きづらさ」を抱えているのが、今の若者の現状であろうから。

 感染者が出る前は、マスクをしている学生はほとんどいなかった。来週の休校明け、果たして、何人の学生がどんな意識でマスクを付けてくるのか(付けてこないのか)、気になるところだ。授業で話題にしてもよいかもしれない。

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静かな都市郊外から~2009~

 本当に久々の更新である。数々の「未知との遭遇」のために、全くもってブログに手をかける時間的余裕がなかった。諸業務に追われ、とてもそんな気分にはなれなかった。今もその場しのぎの日々が続いている。それでも、少しだけ精神的余裕が出てきたので、近況を報告してみる。

    ◇

 とにかく日々バタバタしている。先生方からも「大変なところだから」的な意見をよく聞かされる。たしかにいろいろと大変だ。「教授は週3日出校6コマの授業及び月1日の会議日、また准教授・講師・助教は週4日出校、6コマ授業を原則としており、さらに全教員は、授業に加えて出校日にオフィスアワーとして、週3コマまたは4コマを学生指導の時間としている」(平成20年度版自己評価報告書より)。
 出退勤時は、教職員証(磁気カード)で「ピッ」とやることになっている。
 各科目の授業は全15回。休講した場合は、必ず補講しなければならない。しない場合は、給料から引かれる(学生も大変だが、教員のほうがもっと大変じゃないか)。
 そのほかに委員会がある。自分は来て早々、学科のFD委員、図書委員、そして学校インターンシップの担当となった。そのほかに学生相談や入試業務などが待っている。まことに充実している。
 研究環境も厳しい。大学には夜10時までいることができる。だが、自分の研究室がある建物で、その時間まで部屋にいる教員は皆無である。先日9時過ぎまで研究室にいたところ、ある先生から驚かれたことがある。それもそのはず。午後6時になると、軽音の学生達が上の階でジャンジャンと大音量で鳴らし始めるのである。先生方が皆ほかの建物に移っていく理由がよくわかる。その先生には「よくいられるね」と驚かれたわけである。
 そのほかにもいろいろと「大変なところだから」という助言の意味を、具体的に確かめている毎日である。
 それでも精神的には大変充実している。目下、学生の勉学意欲がどうすれば高まるか、日々試行錯誤しているところである。

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今の職を辞する前に記しておきたいこと

 「教育研究支援者」。そうGoogle検索したところで、ほとんど関連する情報はひっかかってこない。
これは、今の自分の職種である。研究科内の教育研究支援に関する業務に携わる。と言ってもわかりづらいか。
「研究してもいいし、企画研究などに関わってもらうが、事務仕事もしろ」。わかりやすく言えば、自分のポジションはそんな感じである。
 国立大学の法人化に伴い、大学の裁量によって置くことが可能になった役職の一つであると聞いている。
他の大学だと「教務補佐員」という役職があるが、おそらくそれに相当する。
 また検索結果を少し調べてみると、同じ「教育研究支援者」でも時間雇用職員相当から助教相当までと、部局によって扱いが異なることがわかる。私は「准職員」相当である。

 私は、所属研究科ではおそらく最初の「准職員」相当の教育研究支援者となった。約一年半前だ。
その後、大学院GPなどの採択によって人員は着実に増え、現在研究科には私を含めて5名の教育研究支援者がいる(ただし、今後同じようにポスト数が維持されるかどうかは不明である。補助金削減の問題があるから翌々年度あたりにどうなっているか)。
 設置されてまもないポストであるため、大学側も試行錯誤といったところがある。講座制でなくなり、(昔の合研・助手のように)教育・研究環境を整備するための人手が足りなくなっている現状を補うために、新たなかたちで労働力を動員したと自分は理解している。 
 以下、自分の在職経験を振り返って、同職種の意義を記しておきたい。

① まず、自分にとっては本当に助かった。食うのに困らなくて済んだ。首の皮一枚つながったという思いだ。
経済的な問題は、大学院生であれば常に気にかける問題である。先に述べたように、私は「准職員」待遇なので、事務職の給与体系に基づいた給与が支給される。また健康保険証も交付される。有給もある。さらに、奨学金の免除職にも相当する。生活保障があることは、研究面でも精神的余裕を与えてくれる。
 新勤務地への引越のために、今月は非常に物入りとなったが、これも今の職に就けていたからこそ持ちこたえられた。

② 自分の研究の幅を広げることにもつながった。「学生支援」というまったく未知の領域に踏み込むことはなかなか大変であったが、おかげで、統計的な調査研究の初歩などを知ることができた。自分の所有知識が、非常に狭い範囲のものであったということを再認識する契機ともなった。人的交流の幅も広がり、研究の蓄積もできた。
 
③ だが一方で、同職の不安定な状況は否定できない。勤務は一年。毎年度更新のための手続きをしなければならない(書類提出-面接)。また、「准職員就業規程」によると、更新は原則3年の規定がある。いわゆる「雇い止め」規定である。また、採用時期(法人化以前と以後と)でも待遇に違いが出てくると聞く。
(※教育研究支援者になってはじめてわかったことだが、所属研究科における事務係の職員構成をみると、正職員の割合は3分の1程度と少ない。多くは准職員か、時間雇用職員で成り立っている。また、准職員、時間雇用職員のほとんどは女性である。正職員は定期的に異動があることを考えると、実は准職員や時間雇用職員の役割というものが非常に大きいということがわかる。)

④ 先に述べたように、教育研究支援者の給与は事務職の給与体系に基づいている。したがって、「大学職員」という括りになるわけだが、「研究者」ではない。したがって、研究者番号はもらえない。番号がないので、科研などにも応募はできない。無給の博士研究員から教育研究支援者になったために、研究者番号を失ったという同僚の話も聞いた。日本学生支援機構での定義では免除職に相当しながら、研究者番号がないという捻れ現象。これは、大学側の裁量がマイナスに働いてしまった側面といえる。

⑤ 「研究者」という括りにならないため、私が研究科の年報に論文を載せようとしたとき、「それでは事務職員なら誰でも執筆できることになってしまわないか」という意見が編集委員会で出されたという話を聞いた。教育研究支援者という新しいポストに対応する編集規定がなかったため、どう対応したらよいか問題になったという(でも冷静に考えて、事務長さんとかが投稿すると思いますか?)。当時の編集委員長が理解のある先生だったため、投稿・掲載が認められた。私が前例をつくったので、その後ほかの教育研究支援者も問題なく投稿することができている、と内心自負している。

⑥ 「准職員」として働く以上、兼業はできない。この規定がおそらく、教育研究支援者に応募する上での最大の障害かもしれない。自分は他のバイトをやめることにそれほど労力を使わなかったが、それまで非常勤をしていた専門学校等をやめるに当たって後継を探したりと、いろいろと大変な想いをしたという事例も聞いた。もし、それができない場合は、兼業可能な「時間雇用職員」相当の教育研究支援者として働くという道を取ることになる(私の前にいた初代支援者は、その雇用形態だった)。だが、その場合、給料はぐっと減る。一方、前述のように、教育研究支援者は毎年度更新をしなければならず、しかも「雇い止め」がある(まだ期限まで働いた支援者はいないが、そうなったとき果たしてどうなるのか)。
 事務職員として拘束され「雇い止め」があるが給与がもらえる雇用を選ぶか、教職経験など柔軟な働き方が可能だが給料が少ない雇用を選ぶか、この二者択一は苛酷である。

       ◇

 研究員と事務職員との境界で引き裂かれているのが、教育研究支援者だと言って良い。この状況を理解して支えてくれる、理解ある先生方がいたからよかった。一方、事務にも関わることで、いろいろと教員の「裏事情」を知ることもできたのも個人的に収穫だった(どの先生が〆切通りに原稿を出さないかとか、何年も論文書いてないかとか、某先生が××××したとか……)。
 「事務の信頼を失ったら、大学教員はだめだ」。それが、在職経験を通じて得た、最も大きな知見かもしれない。

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「読むことは内容のある人間を作る」

 前回の記事「大人の力量が問われている」(2009年2月2日)について、斎藤史郎氏(長野県・上田市マルチメディア情報センター)から貴重なご意見をいただいた。斎藤氏に感謝申し上げる(斎藤氏のコメントについては、前回記事のコメント蘭を参照されたい。また斎藤氏のブログはこちらをクリック→)。

   ■  □  ■

 さて、斎藤氏の批判を受け、言葉足らずな私の意見を振り返ってみたい。
 私は、前回の記事で次のように述べている。
①「ケータイによる狭い仲間内でのコミュニケーションにとどまっている限り、モノを読む力、書く力は伸びない。親しい関係の間でしか通用しない範囲に、言語体系や価値観が限定されてしまう。ケータイ依存は、モノを書く力を鍛えることなく、自己を『外部』の世界へと開いていく〈教育〉本来の可能性を狭める方向に働くはずである。だから、その点は、学校の先生にしっかり指導をお願いしたい。 」
 それに対し、斎藤氏は、コメント欄で次のように述べられた。

今は子ども達の世界が狭くなっているので、逆に狭い付き合いの中での「空気を読む」など、大人と違う意味での「読む力」「書く力」は持っているのかもしれない、と私は思います。それを大人が理解できないだけで。
それから今の子ども達を見ていて「ケータイ依存」と言うのは、あくまで「携帯=電話」と思っている大人の価値観であって、「ケータイ=情報ツール」と思っている当の子ども達は、既にケータイを日常のコミュニケーション手段の一つにしているように思います。使う頻度が高いからと言って、別に「依存」ではないのではないでしょうか。

 如上の指摘を受け、以下、私の意見についてさらに整理する。
 上述の主張①について、敷衍すると次の通りである。

(1)私がいう「ケータイ依存」は、「携帯可能な電話」としての携帯電話だけではなく、「情報ツール」としてのケータイも含めて、それによりかかってしまうことを指している。ただし、程度の問題なので、線引きは難しい。
(2)子どもたちがケータイを「日常のコミュニケーションの手段の一つにしている」かぎり、私は何ら批判的ではない。そもそも「使う頻度が高い」ことを指して、「依存」とは言わない。
(3)だが、ケータイがつくりだす「狭い」関係性に強迫されることで、本や雑誌などを通して、未知の世界へと思考を膨らませる時間が削られるようなら、大いに問題である。そうなる前に自省し、自制する手段を学ぶべきである(→「その点は、学校の先生にしっかり指導をお願いしたい」)。
(4)また、ケータイは「情報ツール」としては限界がある。ケータイを利用する以上、その限界を理解する必要がある。「限界」とは、例えば、次のことである。
 ケータイが媒介する情報の主な「供給源」はインターネットである。だが、インターネットが提供する情報はきわめて断片的であり(検索した部分についてだけ部分的に知る)、段階性も体系性もない。自分にとって都合の悪いものは避けて通るか排斥する、自分の中の認知図式(偏見)にあてはまるものだけを取り入れていくといった情報受容の仕方も可能になっている。
(5)子どもたちは、ネットの掲示板をなどを通して、「ムカツク」「ヤバイ」「キモイ」といった、人物や状況を簡潔にまとめて表現し、その感覚を共有しあう=「空気を読む」より、知識や経験を積み上げて議論し、思考を鍛える技法を学ぶべきである。子どもに「読み書き」のスキルを学ばせることが主眼の教育関係者なら、この一線は譲れない。
(6)そのための有効な訓練となるのは、現時点では「読書」である。「読むことは内容のある人間を作る」(ベンサム)。また、他者(大人)を説得するには、知識の備蓄に拠るほかはない。

 だから、①のように書いた私の真意は、じつに単純である。「こどもたちよ(あるいは一部の大人たちよ)、たくさん本を読め!」である。

 繰り返し述べれば、私は、子どものケータイ利用について決して否定的なわけではない。ただ、ケータイを媒介として現出する問題の一端に批判の眼を注いでいるだけである。
 そして、私が上に述べた(5)のような問題意識に応えるかたちで、ケータイを子どもたちの「読む力」や「書く力」を向上させるための道具として―議論・情報交換の道具として―積極的に活用していくこともまた可能ではないか、また、現にそのように機能している部分もあるのではないか、と半ば楽観的に思っている。

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大人の力量が問われている

 学校での携帯電話取り扱いに関する指針について、文部科学省は次のように説明する。

□【トピック】学校における携帯電話の取扱いについて指針を示しました
                     〔初等中等教育局児童生徒課〕

 文部科学省が携帯電話の学校への持込みに関する調査を行ったところ、平成20年12月1日時点において、
 (1) 小中学校では、持込みを原則禁止としている学校が約90%以上、
  (2) 高等学校では、持込みは認め、授業中での使用禁止としている学校が約57%、
  (3) 教育委員会で指導方針を示しているのは、約51%という結果が明らかになりました。
 この結果を踏まえ、1月30日付で通知を発出し、学校における携帯電話の取扱い等について、学校及び教育委員会の取組の基本とすべき事項を示しました。その概要は以下のとおりです。
 (1) 小・中学校では、持込みは原則禁止とすべきこと。
 (2) 高等学校では、持込みを認める場合には、授業中での使用禁止などのルールを定めるという指針に沿って、学校や地域の基本的な実態を踏まえた上で、基本的な方針を定めること。
  (3) 「ネット上のいじめ」等から子どもたちを守るため、学校だけでなく家庭や地域における取組も重要であり、情報モラル教育をしっかりと行っていくことに加え、家庭でのルールづくりやフィルタリングの普及啓発など、学校・教育委員会等が家庭や地域に対して積極的に働きかけていくこと。
 文部科学省は、今後とも関係省庁とも連携した取組を行い、子どもたちを「ネット上のいじめ」や違法・有害情報から守る取組の充実を図ってまいりますので、ご協力をお願いします。
〈註〉『初中教育ニュース(初等中等教育局メールマガジン)』第108号(2009年1月30日)から。

 すでに各地で「原則禁止」としている小・中学校が9割以上、高校でも6割近くであったということだから、今回の文科省通知は現状に追随したものであり、すでに現場で取られている対応にお墨付きを与えた程度のものに過ぎない。
 そして、このような措置が、当面の問題をしのぐための対処策でしかないことは明らかである。
 結局、教育現場を含めて、大人の側に、「現在使われている道具がどのようなものか」についての知識が確立されていないこと、そのために必要以上にネガティブなイメージを持って受け止めてしまっていることが、象徴的にこの通知に反映されているといえるのではないか。
 もちろん、子どものケータイ依存は容認できることではない。ケータイによる狭い仲間内でのコミュニケーションにとどまっている限り、モノを読む力、書く力は伸びない。親しい関係の間でしか通用しない範囲に、言語体系や価値観が限定されてしまう。ケータイ依存は、モノを書く力を鍛えることなく、自己を「外部」の世界へと開いていく〈教育〉本来の可能性を狭める方向に働くはずである。だから、その点は、学校の先生にしっかり指導をお願いしたい。  
 とはいえ、10年先の社会を想像すれば、子どもを「危ない」状況から遠ざけるという消極的姿勢よりも、その使いこなし方を積極的に考えさせていくほうが有益である。そして、多少の失敗をしても周囲の大人がカヴァーしてくれる環境の中で、彼らなりに人間関係構築を模索していくほうが有意義であろう。現在、小・中学校、高校に通う生徒たちは何年後かには、否が応にも情報社会に出ていき、その中心を担うはずなのだから。文部科学省は、「ちょっと待って! はじめてのケータイ」リーフレットを合わせて公開したが、あのリーフレットだけではちょっと心許ない(方向性は間違っていないと思うが)。福岡県・芦屋町のように町が「宣言文」(お題目)を出すという方法(「福岡・芦屋町が小中学生の携帯禁止、強制力ないが賛否」、YOMIURI ONLINE、2009年1月20日)も、未来を展望した建設的な策とはとてもいえない。
 IT企業勤務でブロガーの吉田賢治郎氏は、ご子息が「ネットいじめ」に遭った経験(それを自身のITの知識を生かしつつ解決した経験)から、学校に対して次のような提案をしている。

 教育現場にいる方々にお願いしたいのは、「いじめ」への学校側の対応方法(危機管理マニュアル)を作成して、生徒と保護者に公開してもらうことだ。どのような場合に誰に連絡すればいいのか? その時、学校や先生はどのような行動をとるのかなど、具体的な対応を事前に知っておけたら、学校に連絡して、親と学校が共同で対処できるはずだ(引用者注-吉田氏は、学校側の対応が予測できなかったため、学校には相談しなかったという)。
 さらに可能なら、生徒に対して保健室でメンタリングやコーチングが受けられる環境づくりをお願いしたい。親に頼れない生徒の場合、自分の話を真摯に聞いてくれ、状況の整理と自分がすべき行動の決定を手助けしてくれる大人が必要だろう。
〈註〉吉田賢治郎「『学校裏サイト』で娘が攻撃されたとき―ある父親の記憶―」『論座』2008年9月号、218頁。

 陰惨にみえる「ネットいじめ」の問題にしても、じつは掲示板でのストレス発散や息抜きを反映したに過ぎないものだったりする。ただ、そのインパクトがどれほど大きいか理解できていないだけである。その誤りを大人がいかに軌道修正していくか。
 ケータイ、ネットについての知識をどれだけ真剣に学び、子どもからの意見に対してどれだけ真摯に対応できるか。大人の力量が求められる時代になっているといえよう。

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『反貧困』を読む

(※mixi読書日記1月5日から転載)

■湯浅誠『反貧困―「すべり台社会」からの脱出―』岩波新書、2008年。

 日比谷「年越し派遣村」の運動が正月の報道を賑わせている。
 案の定、ネット上には読むに堪えない差別的言辞をはらむ「自己責任」論が一部で垂れ流されている。
 また、「村」運営の手法を批判する言説もあるようだ。
 とはいえ、たとえ一人でも行き場を失われた人々の命と、個人の尊厳を守ることに成功したのなら、この運動は大いに評価されるべきである。非現実的な建前論に終始するリアリズムを欠いた姿勢では、こうした活動(「居場所作り」)はできない。

 「現代の貧困」は、今年“も”大きな問題として、私たちの社会にのしかかってくることは間違いない。これを避けて通ることはできない(たえず自分たちにのしかかってくる「不安」である。その不安を「自己責任」で解消しようとさらなる「競争」に駆り立てられれば、一層「不安」は増大し、ますます他者を排除しようとするようになる。“溜め”はますますなくなる)。
 だからこそ、問題の実態(「すべり台社会」)を正確に受け止め、打開へと立ち向かう一歩として、湯浅氏の『反貧困』は広く読まれるべきである。

 貧困は決して「自己責任」に還元されうる問題ではない。その主張は、本書で貫かれている。
 貧困は単に「所得が低い」とかいうことではなく、「生活上の望ましい状態(機能)を達成する自由(潜在能力)が欠如している」状態を指す―、アマルティア・センは「貧困」をそのように定義する(センの「潜在能力」に相当する概念を、湯浅氏は“溜め”という言葉で語っている)。
 つまり、「他の選択肢を等しく選べたはず」という個人的・社会的自由=“溜め”を失っている状態が「貧困」なのである。「貧困状態にある人たちに自己責任を押し付けるのは、溜池のない地域で日照りが続く中、立派に作物を育ててみせろと要求するようなものだろう」(82頁)。
 かくして、「どうすれば人の、そして社会の“溜め”を増やすことができるのか」が貧困に立ち向かう課題として設定される。それは、「人々の支え合いの強化、社会連帯の強化、そして公的セーフティネットの強化」(反貧困ネットワーク)を通じて果たされると湯浅氏は述べる(213頁)。「派遣村」の運動は、その具体化の一例と捉えられよう(公的セーフティネットの強化につながればよいのだが)。

    ◇ 

 昨年のある研究会の合宿で、自分は「(教育)ネットワーク」をキーワードに、現在の問題意識について報告を行った。自分が「ネットワーク」という名の付く部署に所属していること、それゆえ「ネットワーク」という言葉に敏感になったことが直接的な契機であったのだが、おかげで、多分野にまたがる現代的課題~個人が孤立化させられる社会状況の中で、「連帯の条件」「社会のネットワーク」をどのように構築していくか~を考えるきっかけを持つことができた。「ネットワーク」、これは貧困の問題に係ってくる論点でもあるはずだ。湯浅氏の主張はそれを示唆している。

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重力すら無力化する“家族の絆”

  先日(22日)、“映画『重力ピエロ』世界最速 完成披露試写会”に行ってきた。
会場は、完成したばかりの萩ホール(旧川内記念講堂)である。
 改めて言うまでもなく、原作は伊坂幸太郎さんの名作『重力ピエロ』(新潮文庫、2006年)。
 
 小説もすばらしかったが、映画もまた、すばらしかった。映画ならではの良さがあった(自分は小説を途中で読むのをやめ、映画を見た後、改めて小説の続きを読むというかたちで上映会に臨んだ。違う読み方をしたら、また違った感想になるかも)。
 限られた上映時間という制約の中、思わずストーリーに引き込まれる、スリリングな展開に仕上がっていた。原作にはない、映画独特のユーモアなシーンも含まれていた。その一方、小説の冒頭と同じ台詞からスタートする演出もにくかった。
 それにキャスティングが渋い。とくに父親は、小日向文世さんの醸し出す雰囲気で、原作よりも穏やかで魅力的な存在に染め上げられていたように思う。クライマックスにおける小日向さんの演技~春に語る一言~は感動せずにはいられない(春の仕草をみて、父さんが何を言うか、みる側がわかってしまうというのが、いっそう涙をそそる)。

 奥野兄弟の人物設定も、原作と若干違っていたと思う。年齢を若干若めに設定していただろうか。若者の青的な要素も映画からはふんだんに感じられたし、シナリオもそれに合うようなアレンジになっていた。これもキャスティング(加瀬亮、岡田将生両氏の爽やかなイメージ)ゆえか。
 仙台・宮城の豊かな景観、とくに萌える緑が、そんな主人公たちの織りなすドラマを引き立てていたように思う。
 そう、物語の舞台がここ杜の都であることもあって、仙台・宮城の各所がロケが敢行され、とりわけ仙台市民なら「あそこだ」とすぐわかる景色・スポットがシーンの随所で確認できる(あちこちで撮影している。東北大学も初めて映画のロケに使われた。背景にこだわっていることがわかる)。そんな映像ならではのからくりも、この映画の一つの楽しみといえる。

      ◇

 この作品のテーマは“家族の絆”である。上映後の舞台挨拶で、母親役の鈴木京香さんをはじめ、一家そろって登壇した奥野家の皆とも確かにそのことを強調していた。
 DNAといった科学的根拠では解読できない“家族の絆”。最大公約数的な世間の常識でははかれない“家族の絆”。それがこの作品の一つのテーマであったと思う。
 現代的な社会問題に広くコミットした、考えさせる作品だともいえる。
 例えば、映画でもあった泉水(加瀬亮)の台詞(以下、小説から引用)。

「おまえはきっと、そのことについて、今まで何百回、何千回と考えてきたんだ。悩んできた。そうだろ」
「そのおまえが出した結論なんだ。他の、ちょっと首を突っ込んできた野次馬だとか、刑事だとか、法律家にとやかく言われる必要はないよ」
「たぶん、おまえ以上に、このことを真剣に考えた奴なんて、世の中にいないんだ」

 この映画の封切りは来年の春である。それを念頭におけば、来年の春から開始される裁判員制度への問題提起となる部分をもこの映画は含んでいると自分は読んだ。それも、「それでもボクはやってない」で脚光を浴びた加瀬さんが如上の台詞を言うのだから、どうしても日本の司法への問題提起として読まざるを得ない。その意味では、まさに、絶妙な時期にロードショーとなる映画であるといえるのではないか。

[リンク]
■映画『重力ピエロ』オフィシャルサイト

■「加瀬亮×岡田将生が劇中以上の兄弟愛を発揮! 『重力ピエロ』“世界最速”上映」、cinemacafe.net、2008年12月24日。

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果たして「信頼される教育現場作り」につながるのか

 毎日何かメモ的なものは書いているのだけど、なかなかブログに載せられるだけの記事にしようという根気がわかなくなっている今日この頃、皆様いかがお過ごしでしょうか。
 ということで、ちょっと前にメモしていたものになるけれども、せっかくなので取り上げてみる。
 
      ◇
 
 政府インターネットテレビ(内閣官房及び内閣府オフィシャルサイト)に、以下の番組(動画)がアップされている。
 
■「信頼される教育現場作りへ~教員免許更新制~」政府インターネットテレビ、2008年10月30日。

 来年度からの本格実施を前に、今年の夏に各地で予備講習が行われた。
講習内容は、以下の通りである。
 ・教育の最新事情に関する事項(12時間以上)
 ・教科指導、生徒指導 その他教育の充実に関する事項(18時間以上)
開設機関は、「大学・指定教員養成機関、都道府県・指定都市等の教育委員会」となっている。だが、今年度の予備講習では「大学」以外に手を挙げた機関がないという事実。これは意味深だ。ある先生は、最初から行政サイドは免許更新制に期待などしていないのでは、と推測していたが正しいと思う。膨大な労力を要するし、大学側も不満たらたらである。現場教員・大学双方が不幸な結果に陥る結果も予想される。

 さて、動画を(バイアスがかかっていることが間違いないことを前提として)見ての率直な疑問と感想を。

・「その時々で教員として必要な最新の知識や技能」とは何だろうか。危機管理やインターネットに対する知識、問題への対応策だろうか。しかし、そのような知識に詳しい大学研究者は限られていると思う。むしろ、民間のほうがノウハウを持っている。
・「最新の知識技能を身に付ける」ということから、どうして「免許の更新」という話になるのかがわからない。
・日頃の業務が忙しい教師の実態が推測される。
「強制的に機会を持ってもらえたら」(中学校美術教諭)
「差し迫った状況がないとなかなか取り組めないという状況もありますし、やっぱりいい面もあるんじゃないかと思うんです。」(高等学校化学教諭)
 →個人研修・現場での校内研修では満足しきれない現状がうかがえる。
・「大学で何を研究しているのかっていうのも、進路指導する上で、大学のことはよく知らないので、そういう意味では大変参考になりました。」(高等学校化学・生物教諭)
 →大学との連携という面ではメリットもあるかもしれない。でも、その場が更新講習である必要はない。
・現場教員にとっては、「息抜き」という側面があるのだろうか。

       ◇

 更新講習は個人個人がバラバラに現場を離れて「自主的に研修」することを強いられる、制度化された「自己責任」による研修である。
 だが、今回のように「最新の知識や技能」を講義形式というかたちで学ぶと更新講習は、おそらく受験勉強などと同じように「蓄積的知識」として学ぶという以上の意味にはならないだろう。
 講習で得た一般的知識を、現場で活用できるものへと自ら血肉化(具体化)できるというのなら問題はない。だが、それには時間がかかると私は思う。少なくも、更新講習終了後のテストで判断できることではない。
 自分が思うに、現場が求めているのは、一般的な知識では対応できない質の知識(経験・知恵)の収得である。その知識は、状況依存的なものであって、現場を離れて成立するものではない(その「状況依存性」、多様な子どもへの教育を全人的問題として引き受ける「総合性」に「教職の専門性」の捉えがたさがある)。

 したがって、むしろ必要なのは、現場教員がお互いを刺激しあい、協働して組織的に教育問題に取り組む姿勢=同僚性意識であり、それを可能にする校内研修体制である。
 動画をみて、自分が危惧したのは、もっとも中心であるはずの学校現場を土台として、教師としての資質を高めようという研修意識・同僚性意識が失われているのではないか、ということであった。
 教師のキャリア形成において、本来最も重視すべき履歴は、10年に一度の更新講習などではなく、この現場主体の研修のはずではないのか。その点に配慮した教員研修制度の見直し(校内研修の実績評価)が必要だと思う。

 私は更新制には否定的であるし、肯定的に捉える教育学者はほんとうに少ない。むしろ、これを「前向きに廃止」していこうとする意向が強い。研修体系の整理(10年経験者研修との統合、教職大学院との関連・整理など)、更新目的の転換(上級免許状取得へのグレードアップ)をめぐる主張がそれである。
 自分もその意見に賛成である。

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「地域の高校」存続への取組にみえる教育会的組織志向

 水曜日あたりから非常に寒い。
 居合の稽古に行ったその日の夜あたりから、喉が痛くなり、昨日、今日とかなり具合が悪い(なので、今日の居合の稽古は休みました。悪寒が走るので)。
 それでも休むことができない(今月は週末もほとんど休みなし。連休だというのに日曜から研究会)。

 昨日は高校教育調査の一環で、とある郡部の高校へ出張。
 ここは地域の住民が集って、「地域の高校」存続へ向けた“会合”を定期的に開いている。
 それは、首長、教育長、県議会や町議会の議員、地元企業の重役、地元中学校長、同窓会役員(まさに「名望家」)+同校教職員といった顔ぶれが並ぶ非常におもしろい会合で、その組織的特徴は戦前の教育会組織を彷彿とさせる。それを傍聴してきた。
 似たような取り組みは、長野県などでも行われているようだ。

 学校統廃合のあおりを受けて、そのように時代や地域の枠を越える共通性をもった組織的枠組みにしたがって、「地域の学校」を活性化させようとする取り組みが(国の政策に抗うように)自生的に展開されているというのは、「学校」という近代装置の内包する日本史的意味を示唆しているように思う。「公」教育機関としての学校は、その実、国家を代表しているのでもなければ、児童生徒・保護者といった全くの「私」を基盤としているのでもない、その中間である「公共」の空間を存在の基盤としてきた(している)ということを。
 
 上記の会合のような組織は、「地域(一部名望家)の利害に子どもの教育が左右される」といった危うさを一方で孕んでいる(だから、学校長の舵取りが非常に重要となる)。
 しかし、それを警戒して「教育の専門的自律」を掲げるあまり、逆に「地域とのつながり」という視点を軽視してきた側面もあったのではないか(「県立高校の場合など、それが位置する市町村との関わりを十分に行わず、地域の意見に耳を傾けてこなかった」といった反省が、上記“会合”設立の一因となっている)。「地域再生」という差し迫った地域固有の課題と「教育の専門的自律」といった普遍的理念、その両者のバランスをどう考えていくのか、という課題が現代の地方教育会(?)的組織を通して浮かび上がってくる。

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[土ログ]「論」も愉し

■「筑紫哲也さん死去:「キャスター」身近に 闘病生活も最後まで「現場」」毎日.JP、2008年11月8日。

 長年の取材に裏打ちされた歯切れのいい言葉で、国際政治からポップカルチャーまでを語り、テレビの視聴者に支持されてきた筑紫哲也さんが7日、73歳で亡くなった。「ニュースキャスター」という言葉をお茶の間に浸透させた代表格だった。
 朝日新聞記者時代には、テレビ朝日の報道番組「日曜夕刊!こちらデスク」の司会者に就任。今では一般的になった活字メディア出身のジャーナリストがテレビ出演をするきっかけを作った。
 「筑紫哲也ニュース23」のキャスター就任後は、開戦直前のイラクで現地取材をするなど、現場にこだわった。98年11月には米国のクリントン大統領(当時)をスタジオに招き、市民との直接対話を実現させて話題を呼んだ。
 TBSのワイドショースタッフが坂本堤弁護士のインタビュー収録テープをオウム真理教幹部に見せた後、坂本弁護士が殺害された問題が、96年に発覚。当時の「ニュース23」で「TBSは死んだに等しい」と述べ、キャスター降板を考えたことを明らかにしている。
 闘病生活に入った後も、大きなニュースがあった日などに不定期出演。今年3月28日放送の「多事争論」コーナーで、番組タイトルから自分の名前がなくなることを明らかにし、出演してきた18年間を振り返った。8月11日には同番組で哲学者の梅原猛さんと対談。これが最後のテレビ出演となった。
 キャスターのかたわら、立命館大客員教授や雑誌「週刊金曜日」の編集委員も務めていた。「ニュースキャスター」(集英社)「筑紫哲也の この『くに』のゆくえ」(日本経済新聞社)などの著書もあった。今年5月には、日本記者クラブ賞を受賞している。
 7日の「ニュース23」では冒頭、筑紫さんの死去について約20分間放送。後藤謙次キャスターは「(筑紫さんは)ジャーナリズムのチャンピオンだった。遺志を継いで報道の最前線で戦っていきたい」と語った。

◇ニュースキャスターの鳥越俊太郎さんの話
 同じ時期に新聞社を辞めてテレビの報道番組に転身した、同志であり兄貴分。日本の国の在り方を示し、進むべき道を探る羅針盤のような存在だった。私たちにとって、大きな損失だと思う。
◇元沖縄県知事で大田平和総合研究所主宰、大田昌秀さんの話
 95年の3米兵による少女暴行事件の後、沖縄県民総決起大会に筑紫さんが来て、「沖縄県知事は他の知事より大変だが頑張って」と激励された。その場限りの報道でなく、腰を据えて沖縄問題を伝える姿勢が確立されていた。

 只々、残念です。
 溢れる教養で権力にも、また国民の無知・偏見にも、そして自分自身(=マスコミ)にも批判の矛先を向ける硬派な知性をもった、それでいて淡々としている(煽動的にならない冷静さを持つ)、そんな数少ない「ジャーナリスト」だったと思います。NEWS23ならではのさまざまな番組企画は、ほんとうに魅力的でした。

■「『論』も愉し」

「論」も愉し

近ごろ、「論」が浅くなっていると
思いませんか。
その良し悪し、是非、正しいか違って
いるかを問う前に。
そうやってひとつの「論」の専制が起き
る時、失なわれるのは自由の気風。
そうならないために、もっと「論」を
愉しみませんか。

 二〇〇八年夏       筑紫哲也 

◇WEB多事争論

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