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雑感~居合と学問~

今年に入ってから、まだほとんど居合の稽古をしていません。
寒いとか以前に、忙しいのです(でもやっぱり寒い…この寒波は)。
一つ論文を書くと、また一つ論文…というふうに、課題が次々と降りかかってきます。
「それで論文を書いてみたら」と言われるようになっただけマシですが。
このブログも、何とか更新が滞らないようにがんばります。

そういうわけで、今日は居合道関連の記事です。
以前、私を居合道へと誘ってくれた稽古仲間のすだっちと、
「想定」と「理合」の違いについて、会話をしたことを思い出しました。
どちらとも、意識しないとごっちゃにして使ってしまいそうな言葉です。
私も、すだっちに言われるまでまったく意識したことがありませんでした。
自分は次のように整理し、すだっちの掲示板に書き込んで、応えたと思います。

「居合においては、(仮想敵などの)具体的状況を明確にし、
その状況下で自分はどうすべきかを考える作業が肝要である。」
この場合の、「具体的状況を明確にする」のが「想定」、
そして、「自分はどうすべきかを考える」ことで導き出されるのが「理合」。

それほど本筋を外れてはいないと思います、たぶん(;^_^A (お詳しい方、ご教示ください)というか、そのように捉えると、自分にとっては整理しやすいのです。
居合の世界と学問の世界とを結びつけて捉えるうえで。

以上の認識に基づくなら、
学問も、居合と同様、「具体的状況を想定して、その上でどうすべきかを考える」作業(抽象化)を通して、理論(理合)が確立し、現実の分析などに役立つ装置となりうるわけです。
具体的状況を詳細に想定できなければ、自分が何をしているのかという認識に欠け、自分自身に無自覚になり、具体的な状況とかけ離れた高級な抽象論を展開してしまうという結果に陥りやすくなります(=具体的状況を想定できなければ、技のための技に堕する)。

このように考えれば、学問領域に身を置く者として、居合道に刺激されるところが大きいわけです。

以上からわかるように、私は、居合は具体的な状況から抽象化された法則(理論)であると考えています。ですから、現実そのままというわけではありませんし、あらゆる現実に対応できるとは思いません。
もちろん、だからといって、「居合はだめだ」とか「この流派はだめだ」などと、それをすぐに放棄するような、すぐに思考停止してしまうような軽率な考えを起こしたりはしません。リアルな現実から試行錯誤を経て確立した法則ならば、古いも新しいも、良いも悪いもありません。私たち、これから居合を学んでいく人間が、その法則をより精巧たらしめていけば、という以前にきちんと理解していけば済む話のはずです。
大学時代の剣道部の恩師は、日本剣道形を「剣道の憲法」と表現していましたが、それと同じ認識でいます。
今年はそのような眼でもって、居合道に向き合いたいと思います。
ていうか、稽古してから言えって感じですね(;´▽`A``

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居合道」カテゴリの記事

コメント

僕も居合と学問の共通性には納得します。
もっと踏み込んで言えば、教育学と居合、
といった場合にも「現場」がある点で似ているなぁと感じたりします。
教育学に対応するのが教育現場。
居合に対応するのが剣道や実戦(実戦はありえないか、笑)。
居合に関して言えば、剣道をやっていた人は覚えが早い。
そんな例をよく見聞きします。剣居一体の具現ですかな。
それと同じように考えれば、教育現場を知っている人は教育学の論文を現場を思い浮かべながら読むために理解が早い?!
これは必ずしもあてはまらないか、、。でも自分はそうありたい。現場に身を置く自分の存在意義、それを思うとき、剣居一体のように生きてみたい。そう、たかぁい目標を立ててみたくなるのです。

投稿: すだっち | 2005/06/25 12:19

すだっち、コメントありがとう。
現場を知る人間は、理論のより深い理解にたどり着くことができる。単なる音声や記号ではない、事実の知識を持つことができる。そう思います。てことで、仕事のほうもがんばってください。

投稿: タカキ | 2005/06/25 22:18

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今日は昨日の忙しさとはうってかわっての休日。 ブログばかりやっている。JAZZ流 [続きを読む]

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