« 三年目の船出 | トップページ | 認識と行動の結びつき―道徳教育の難問 »

認識と行動が結びつくためには

 自分の所属講座の演習室に、自分が設置したゴミ箱があります。段ボールの空き箱にゴミ袋をかけただけの簡易なものですが、演習室の利用者にはかなり重宝されていたと思います。もちろん、たまったゴミは自分が捨てていました。

 しかし、今回、このゴミ箱を撤去しようと思い至りました。なぜか。マナーが悪いからです(教員も含めて、ていうかむしろそっち)。何から何までお構いなく捨てられます(ワケル君が怒るぞ!)。コピー用紙の包装紙は資源回収にまわすことができるので、そのための回収箱も設けたのですが、ほとんど利用されず、クチャクチャのまま捨てられている現状です。資源回収スペースが設けられているというのに、講座の人間のほとんどが無頓着。ほかにも気がつくと、変な荷物や機器が増えていたりで、うかうかできません。誰かが整理整頓しなければ、あの演習室は物置同然のゴミ屋敷になりかねません(それはそれで見てみたいが)。そんなわけで私もかなり奉仕してきたのですが、そろそろ我慢の限界です。学生に向かって環境教育の開発だ何だと高唱するならば、その学問的認識と日常生活上の行動とが結びついた姿勢も見せてもらいたいものです。

 ゴミ箱をなくさずとも張り紙程度で済むのではないかとも思いましたが、その案は退けました。それは結局、道徳教育でいう徳目主義でしかないからです。単にこうしろ、ああしろというよりは、捨てたいゴミを前にどうするか思考せざるを得ない外的条件を作り出させたほうがよいと、まずは考えました。ゴミ箱を撤去したことで、みながどういう反応をみせるか、その行動パターンを観察してみたいと思います。その人の「人となり」というのは日常のさりげないところにこそ表れるはずですから( ̄ー ̄)フッ ただし、ウチの教授陣については、すでにその行動パターンについて、(絶望的な)予測がついてますが。ヤバイ、今日はかなり辛口だ。

|

« 三年目の船出 | トップページ | 認識と行動の結びつき―道徳教育の難問 »

日記・コラム・つぶやき」カテゴリの記事

コメント

あれま、ゴミ箱撤去してしまうんですね。今までありがとうございました。
うーん先生たちの行動は予測がつきますね、そして確かに絶望的。
なんで撤去したの?と尋ねられたときにどう答えるのかなあ、と考えてしまいました。

電車の座席をボコボコとさせているものがあるように、半ば強制的にマナーを守らせる方法だとか、マナーを思い出させるちょっとした工夫の話だとかを、以前授業で聞いたような気もしないでもないGW初日です。のんびりー。

あ、学会にいらっしゃるなら、お会いしましょうね♪

投稿: ミティ | 2005/04/29 15:30

 ども、ミティさん。「なんで撤去したの?」と言われれば、即座に「マナーが悪いからじゃ!」と答えてやります(ウソ。でも学部生にはすでに言ってやった印象の悪いお兄さん)。
 撤去の背景には、段ボール自体が老朽化してきたという理由もあります。「撤去ではなく、交換の時期です。しばらくお待ちください」と言い訳することもできます。

 実は、今のゴミ箱は第二号なのです。零号、第一号の時から考えると、箱の大きさの拡大→箱の側面に〈紙の歴史〉に関するプリントを貼る→古紙回収用器を新たに設置(院生室にも)→箱の側面に分類を示すラベルを貼る、といった経緯を踏んでおります。

 もともと自分が勝手にやってきたことですから、今度は少し周囲の出方を見ようと思います。そして、自分にとってもっと便利なやり方を模索していこうと思います。
 目下の心配は、ゴミ箱の有無に関係なく、ゴミが放置されることです。これは十分ありうる話。

投稿: タカの眼 | 2005/04/29 21:12

コメントを書く



(ウェブ上には掲載しません)




トラックバック

この記事のトラックバックURL:
http://app.cocolog-nifty.com/t/trackback/69457/3899253

この記事へのトラックバック一覧です: 認識と行動が結びつくためには:

« 三年目の船出 | トップページ | 認識と行動の結びつき―道徳教育の難問 »