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「不覚」の自覚

 指を切ってもうた。左手親指の爪の下あたりをカッターで切りつけてしまった。「クッ、不覚」。
よく雑務の間にお遊びでいろいろなものを作ったりして慣れている(と思いこんでいる)ので、何の注意も払っていなかった。自分の技術を過信していると、こういう痛い目に遭う。幸い、傷はすぐふさがった。日曜日山形で行われる居合の大会にも支障はない。

 どんな事態が突如襲うかもわからないという「不覚」と反対の心構え(=「隙のない」心構え)をもつこと。それは、居合の目的の一つでもあり、また剣の理法にとどまらず、目配りや細心の注意という人生上の教訓、そして「生き様」へと通じていくと考える。自分はまだまだひよっ子だが、どんなに弱い、「不覚」に陥りやすい人間でも、それを自覚させるような経験を通じて「成長」は可能のはずである。
 今度の大会では、昨年の反省を生かし一年間鍛錬してきた成果が問われる。今回は昨年のミスを「自覚」した上で試合に臨むことができる。そして、さらにすごいことに、昨年とは異なる「不覚」に遭遇するであろうということも「自覚」できている。こんな私は昨年と比較して「成長」したのだろうか。自分では「自覚」できていない。

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この雨は院生会の涙なのか

 午前中は科長会見に出席。ところが、出席者が自分を含めて二名という始末。
いくら「月曜、雨の午前中」とはいえ、「二名」はないだろう。150人近くもいて。
院生会の(先生方にとっての)イメージがもろくも崩壊する現場に出くわし、心が痛む。ただでさえ院生の要求が容易に受け入れられない状況であるのに、院生自らその状況の悪化を加速させたといっていい。
 院生委員会のずさんな運営も問題だが、そのような院生委員にすっかり任せっきりにしている私を含めた院生にも問題がある。旧院生委員である私はこれまで静観する立場を取ってきたが、もう少し積極的態度に出ざる(お節介をやかざる)を得なくなりそうだ。

 本研究科の院生会は、大学院生の研究環境の整備、向上を目的とした自治組織である。そして、院生会はこの点について研究科へ要望すること(=「科長会見申入書」の提出-その回答を聞く)を承認されている。この点が、どこかの学生の自治組織とは大きく異なる点である。しかし、この承認は、院生会が院生の総意を代表する組織であることを前提としている。したがって、全院生の総意、そして熱意が眼にみえるかたちで研究科に終始伝わっていることが望まれる。
 今回の科長会見は、その総意への、さらには院生会を公認団体とすることへの研究科側の疑念を増幅するには十分であった。その意味で、今年度院生会の責任は重い。

上記のような意味での院生会という団体があること、それ自体稀少なことであり、貴重である。研究科によっては、単なる行事開催団体としてしか機能していないケースもある(もっとも、研究環境に何の不満もないのだろうけど)。

 我々が日頃何気なく使用している院生室や図書館の書庫への入室などは、(他の研究科も含む)歴代の院生会活動の延長線上にあるのであり、最初からポンと与えられていたのではない。まさにそれは先輩方が「苦難」の末に勝ち取った権利なのである。もっとも新入りの人間にはそれは見えにくい。しかし、物事を歴史的に見る眼は重要である。それは過去に対してよりも、未来に対しての責任である。どうか、現在の自分のことだけを考えるのではなく、今後入ってくる未来の院生たちの環境づくりのためにも、院生会の活動に眼を向けてほしい。

今日は久々の雨となったのに、「恵み」よりも「悲しみ」を象徴しているようだった。

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静寂のキャンパスでおもう

 珍しく早起きしたので、午前中は附属図書館で資料収集をしようと大学へ向かったら、やけに静かな様子。しばらくして「今日(6月22日)は大学の創立記念日だ」ということに気づく。図書館が閉まっていたのは残念だったが、生協(書籍部と食堂)は開いており、人がまばらなせいもあって、いつもの騒がしさとは異なる快適な時間を過ごす。

 在籍する大学でありながら、その創立までの歴史やその後のあゆみについて、自分にはきちんと語る術がない。以前講義で教わったり、自分自身で調べたこともあったのに、急速に記憶の彼方に消え去ってしまい、知識再生が困難な状況になってしまう。学習の仕方(知識の構造化の仕方)が悪いのだろう。

 大学創立の経緯やその後の歴史展開をまとめる沿革史(五十年史や百年史)の編纂作業は、とくにここ数年、多くの大学でなされており、自分が在籍する大学でも創立100周年にあわせて、百年史が刊行中である。そのような沿革史編纂の過程を通して、大学文書館(大学アーカイヴス)の設置(への提言)など、編纂の手だて・システムも着々と進歩していると感じる。以下のような、大学沿革史の編纂手引書も出版されているくらいである。
 ■寺崎昌男・別府昭郎・中野実編著『大学史をつくる―沿革史編纂必携』東信堂、1999年。
同書に次のような記述がある。
「沿革史の編纂・刊行は、一見地味な仕事のように見える。だが実は、最も息長く、根本的な仕方で、大学の自己点検を行う作業である。〔中略〕それぞれの大学が、自分たちの歩みを記すことを通じて、大学としてのアイデンティティを確かめ、それを社会に問い、広げてゆく重要な事業となってきたのである」(「はしがき」)。
 今年2月には、教育学研究科が中心となって「東北大学の『学問風土』シンポジウム」も開催された。法人化の「衝撃」の下、改めて大学の歴史的な経験(伝統・革新のあゆみ)を振り返り、そのあゆみの中でかたち作られてきた大学の存在意義を捉え直す作業がさまざまに展開されてきている。学生ももっと敏感に反応しなければ。そう静寂のキャンパスの中で反省した一日でした。

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気がつけば半年

 ブログをはじめてから半年が経っています。
この間、ときに励ましのメールも頂きながらヘタレ大学院生なりに「落穂拾い」を続けてきました。
できる限り自分の「専門テーマ」の「タコツボ」に閉じこもらず、身の回りのいろいろなことに眼を向けることで自分の視野を広げ(ここでの「落穂拾い」とはそういう意味)、
また文章のかたちにすることで今までおぼろげながら考えてきたことの輪郭をはっきりさせようとしてきました。
 もちろん、とうてい達成されているとはいえません。さすがにブログを研究より優先させるわけにはいきませんから。しかし、その一方、現在教育学研究科の博士課程(後期)に在籍している身として、課程博士一本化(論文博士廃止)の問題を含む大学教育・学術行政の問題など、吟味してみたい現実問題はたくさんあります。どんな対象を設定するかといった内容面はもちろん、文章のスタイル(「です・ます」調か「である」調か)などの形式面についても、あと半年ほどかけて試行錯誤を続けていく予定です。今後ともよろしくお願いします。

               ◇

 以前、生活綴方に関する記事を書いたとき(「『山びこ学校』は語りかける」、2005年3月9日)、ウェブログはまさに「今日の綴方運動」だという認識を持つようになりました。ウェブ[Web]上に書く・記録[log]することを通して(+ウェブ上で交流することを通して)自らを取り巻く社会環境を再認識し、価値観を再構築していくというのはブログの一つの活用法ではないか。そう強く思います。

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セクシズムの男女共学

 ようやく、一つ論文の区切りがつきました(というか、観念しました)。
この間、〈ジェンダーと教育〉の問題に関していくつかの専門書や論文を読む機会を得、未熟な自分なりに、視野が広がる、今まで見えなかったものが見える(可視化)という知的経験の快感を得ることができたと思っています。

 例を挙げると、男女共学論の問題。
 男女共学のほうが別学よりもジェンダーの拘束性が弱く、ジェンダー中立的な営みであると何の疑いもなく確信している研究者はまずいないでしょう。教育社会学を中心に、教育学研究において学校内部におけるセクシズム(性差別主義)の存在が取り上げられるとき、議論の俎上に乗せられてきたのは何より男女共学の教育でした。この男女共学における性差別の存在が、共学・別学、どちらがよいかという問題さえ生んでいるといえます。
 学校教育に男女平等とセクシズムが同居している。それを可能にしているからくりはどのようなものか。これは私が一つ関心をもった点です。それは男女共学論がこれまでどのような視角から論じられてきたかという問題へとつながります。先行研究の見解は、男女共学論でも、そこで焦点が当てられてきたのは常に女子教育の問題であったこと、すなわち、男子の教育のあり方を一つの基準としてその基準へ女子教育のレベルを近づけるという意味での「共学」であり、男子教育のあり方は不問に付される一方で(そもそも「男子教育」なる言葉はどの教育学事典にも載っていない)女子には「平等」と「差異」(女子の特性)の二重基準が求められるというジェンダーの非対称性があったということでした。
 男女共学を求める言説自体にジェンダーの非対称性(男性が主、女性が従)が存在し、そして、そのようなものとして男女共学が実施されて今日に至っていると捉えるとき、改めて問題としなければならないのは、単に共学よろしではなく、その中身です。そしてこの問いは、共学論のみに向けられるものではなく、別学論にも当然向けられるべき問いです。男女の特性に応じる(男らしさ・女らしさを一方的に否定しない)意味で別学が指向されたとしても、実際には「女子のあり方」(男並み化と女らしさの間での葛藤、進む社会進出や少子化との関係で問われる女性のライフスタイル)のみに問題が集中し、男子に求められるのは「女子への理解」といった思弁的な問題でしかないとすれば、それは共学論に内在する非対称性の問題と何ら変わりません。

〈参考〉
・小山静子「男女共学論の地平」藤田英典ほか編『教育学年報7 ジェンダーと教育』世織書房、1999年。

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イーネー!

 どういうわけか、研究室でイネを育てています。昨年までここの院生だった方からもらい受けたものです。もともとは学習心理学の先生が育てたいということだったのですが、あまった苗が自分のところに来てしまいました、もらい受ける気はまったくなかったわけですが、とりあえずは怠けずに、栽培を続けています。驚くのは、そこら辺で適当に拾ってきた土と普通の水道水でも成長していくんだなぁということ。今後いったい、どれくらい成長するのか、実験です。

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ジーコJAPAN、おめでとう

昨日はとなりの研究室の方々とテレビでサッカー観戦(研究そっちのけ)。よかったぁ~。今はただそれだけで満足です。
見ていてハラハラする試合が予選を通していくつかありましたが、最終的にはきっちり「本大会への出場、一番のり」という「結果」を残したこと、これは誰もが評価しなければならない点ですよね。

               ◇

ジーコとトルシエ、両者の監督術を〈教育〉の色眼鏡でみると、現在の教育論議と重なって面白い。以前、研究仲間にそんなことを話したことがあります(サッカーについては全くの素人の私ですが、うまい見方ではないかと思ったりしています)。
その色眼鏡でみると、トルシエは「基礎学力型」ジーコは「総合学習型」に分類されます。

 「基礎学力型」の特徴は以下の通りです。
① 監督は確固たる戦略(戦術・システム)の理念を持っている(「フラット・スリー」など)。
② 監督は選手をその戦略(戦術・システム)へ適応させるよう鍛えていく。選手は、その戦略に適応することが求められる。そのために、監督-選手間に軋轢が生じることもある(「詰め込み」批判のように)。
③ 監督がめざす戦略に各選手が適応できればそのチームは安定した強さを発揮するが、適応できない場合は、チーム自体が瓦解してしまう可能性もある。あまりに戦略が高度だったり、現状から外れていたりする場合も同様の結果を招きやすい。

 一方、「総合学習型」では
① 監督は最初から確固たる理念をもって、チームを運営していくわけではない。まず個々の選手の能力や考え方、あるいは全体の戦力を把握したうえで、そこから戦略(戦術・システム)を構築していく。その戦略は時々のチーム状況によって変化する(システムを4-4-2から3-5-2にしたり、3-6-1にしたり)。
② 〈選手は戦術の変化に柔軟に対応できるだけの根本的なスキルを有している〉という認識を前提として、監督はチームを運営していこうとする。したがって一方の選手には、その変化に対応できるだけの柔軟な思考と行動を自主的に行う(「主体的に学ぶ」)ことが求められる。
③ 確固たる戦略の方針(チームの方向性)が周囲にはみえにくいこともあり、選手に迷いが生じることも多い。そのため、監督と選手、そして選手間のコミュニケーションと意思統一が強く求められる。

類型化の指標は、こんな感じです。もちろん、これはあくまでテレビや新聞などメディアからの情報をもとに形成した、自分なりの捉え方です。あくまで、監督の描く「結果」へのプロセスの違いを把握する上で、自分はこのような見方をしたというまでのことです。仮に的を射ているとしても、どちらのタイプがよいということはありません。ただジーコが「総合学習型」だとしたとき、その「総合学習型」は、「基礎学力型」以上に、かなり高度な「技術」を監督にも選手にも求めると思うので、その点で彼らの苦悩の度合いは非常に高くなるのではないかと思います。しかし、「ジーコの思いに応えたい」といった選手の発言を聞くと、今の日本代表チームでは「総合学習型」の監督術のほうが性に合っているのではないかと思うわけで、結論としては、本大会に向けて、戦略の、ひいてはチーム全体のさらなる発展を強く、強く期待しています。そう、さらなる可能性を追求し続けてほしい。本大会ではその姿に見とれたい。ドイツへの道は開けた、ガンバレ!日本代表!!

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現実的かつ原理的に

 二回目の読書会。読んでいるのは丸山真男『現代政治の思想と行動』(未来社、1964年)で、現在、第一部のファシズム論に関する部分を皆と検討している最中です。
 なぜこれを読むことになったのか自分たちで決めておきながら謎なのですが、対象としては文句なし。読めば読むほど味がでる古典です。「自分の研究と結びつけるならば、この本は(そして著者は)どのようなヒントや問いを自分に与えてくれるか」。読書会の際は、そのことを考えながら読むことを心がけているのですが、そう強く意識しなくても丸山のほうから強烈に問題意識をもって迫ってくる、そんな感覚をもちます。それほど、同書から受ける刺激は強いものです。

 もっとも同書には時代的制約からくる問題点もあるかもしれません。しかし、だからといって同書ひいては丸山の思想を過去の一時代に属するものとしてしか捉えず(「これが限界だった」という批判)、イデオロギー的観点や時代を超越した今日的立場から断罪することほど無意味なことはないでしょう。そのようなかたちで読書会が進むことには警戒する必要がある。
 石田雄さんは、丸山思想の今日的意味について次のように述べています。
 

古くからある未解決の問題に、過去の丸山発言が意味を持つだけではなく、より積極的に、丸山先生の示された思考の方法が、将来にわたり私たちが当面するであろう課題ととりくむ際に持つ意味を考える必要がある。その方法とは、「肉体文学から肉体政治まで」(1949年、『丸山眞男集』第4巻)などに示されたように、極めて具体的な現実から出発して、それを人間とは何か、政治とは何かというような原理的立場から見すえていくという思考方法である。
 すなわちその方法は、一方では原理論の公式的適用による教条主義に陥ることなく、常に流動する現実に対応する弾力性を保ちながら、他方では現実に埋没して現実主義の名による現実追随に陥ることなく、動かない理念にむけた志向性を持ち続けるという、内面的緊張をはらんだ体系的思考の方法である。(中略)
 そしてこのような思考方法は一挙に身につけられるものではなく、最も日常的なものの中で、最も原理的な考え方をする不断の過程の中で、一歩一歩積みあげていくより外に近道はないだろう。そしてこの場合、原理的な考え方をするということは、何か与えられた理論や教条に頼ることではなく、人間性という共通の基盤の上に立った異質的な他者との対話によって、より普遍的なものを求めていく過程によってしかえられないだろう。
〈註〉石田雄「丸山思想の今日的意味」『世界』第627号、1996年10月(「追悼特集 『生き方』としての丸山真男」)、251-252ページ。

「何か与えられた理論や教条に頼ることではなく」という部分が眼にとまります。西洋の理論をひっぱってきて、その権威を借りて戦中の国家主義や戦後の安易な民主主義礼賛を批判するのではなく、他ならない日本の思想(『神皇正統記』、陸羯南など)を足場として日本の可能性を探っていった、丸山の思考方法を念頭に置いた記述だと思えるからです。本の内容はもちろん、このような思考方法=生き方についても読書会の過程で学び、その意味内容を深めていきたいと強く思います。

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「少女マンガ」との邂逅

 大学三年生になる春のこと。
(今はもう取り壊されている)アパートを引っ越すとき、いろいろとお世話になったお礼に、隣家のおばさんへお菓子を贈ったところ、お返しに少女マンガを頂きました……ナヌ? 予想外の出来事にお礼を述べることもできないでいたところ、おばさんは「これ、私の娘が書いたんです」と。(◎_◎;)
 佐野未央子『金曜日のお買い物』というマンガでした。佐野さんのお母さんに、私はいろいろお世話になっていたわけです(そんなことなら、もっといろいろ聞いておけばよかったと後で反省)。そんなわけで、自分の本棚には今もそのマンガが置いてあります。正直、ページを開くのにためらい=恥ずかしさがありましたが、一度開いたら最後、あっという間に読み終えてしまいました。

               ◇

 今は、羽海野チカ『ハチミツとクローバー』を読んでいます(ホームページがあります。羽海野さんのはこちら、マンガのほうはこちら。アニメ化されているようですが、仙台で視ることはできません)。
また、なんでそんな「柄にもない」ことをしているのか。あるからです、院生室に。自分のものではありませんが。ついつい何度も読み込んでしまいます(研究しろよ)。所々に描かれるコミカルなストーリーが、スパイスとなって効いてきます。そのあたりがとくに、男女関係なくウケるポイントではないでしょうか。
 私自身は「少女マンガ」事情についてはまったくもって詳しくありません。しかし少し読んだだけでも、そこには明らかに「少年マンガ」と一線を画す、独自の文化が築かれていると感じます。日常のどこにでもあるような風景を舞台として設定しながらも、現実社会の深刻な問題とか、正義-悪とかいった問題からは距離を置いたかたちで恋愛を中心とする少女たちのこころ模様が「ひらひら」(本田和子さんによるメタファー)と描かれる、その意味でのとらわれのない奔放さという印象を強く受けます(もちろん、すべてがそうというわけではないのでしょうけど)。

               ◇

 「少年」という範疇から独立した一つのジャンルとして「少女マンガ」が、海外にまで影響を与えるほどに確固たる地位を築いていることの意味をどう考えればよいのか。それは戦前、男子優先の公教育学校制度のなかで閉塞的世界に生きるしかなかった「少女」たちが、「女学生時代」という束の間の「夢の時間」の中で紡ぎ出してきた幻想=「少女文化」の名残りなのか。そんな疑問が浮かんできます。

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