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静寂のキャンパスでおもう

 珍しく早起きしたので、午前中は附属図書館で資料収集をしようと大学へ向かったら、やけに静かな様子。しばらくして「今日(6月22日)は大学の創立記念日だ」ということに気づく。図書館が閉まっていたのは残念だったが、生協(書籍部と食堂)は開いており、人がまばらなせいもあって、いつもの騒がしさとは異なる快適な時間を過ごす。

 在籍する大学でありながら、その創立までの歴史やその後のあゆみについて、自分にはきちんと語る術がない。以前講義で教わったり、自分自身で調べたこともあったのに、急速に記憶の彼方に消え去ってしまい、知識再生が困難な状況になってしまう。学習の仕方(知識の構造化の仕方)が悪いのだろう。

 大学創立の経緯やその後の歴史展開をまとめる沿革史(五十年史や百年史)の編纂作業は、とくにここ数年、多くの大学でなされており、自分が在籍する大学でも創立100周年にあわせて、百年史が刊行中である。そのような沿革史編纂の過程を通して、大学文書館(大学アーカイヴス)の設置(への提言)など、編纂の手だて・システムも着々と進歩していると感じる。以下のような、大学沿革史の編纂手引書も出版されているくらいである。
 ■寺崎昌男・別府昭郎・中野実編著『大学史をつくる―沿革史編纂必携』東信堂、1999年。
同書に次のような記述がある。
「沿革史の編纂・刊行は、一見地味な仕事のように見える。だが実は、最も息長く、根本的な仕方で、大学の自己点検を行う作業である。〔中略〕それぞれの大学が、自分たちの歩みを記すことを通じて、大学としてのアイデンティティを確かめ、それを社会に問い、広げてゆく重要な事業となってきたのである」(「はしがき」)。
 今年2月には、教育学研究科が中心となって「東北大学の『学問風土』シンポジウム」も開催された。法人化の「衝撃」の下、改めて大学の歴史的な経験(伝統・革新のあゆみ)を振り返り、そのあゆみの中でかたち作られてきた大学の存在意義を捉え直す作業がさまざまに展開されてきている。学生ももっと敏感に反応しなければ。そう静寂のキャンパスの中で反省した一日でした。

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