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「不覚」の自覚

 指を切ってもうた。左手親指の爪の下あたりをカッターで切りつけてしまった。「クッ、不覚」。
よく雑務の間にお遊びでいろいろなものを作ったりして慣れている(と思いこんでいる)ので、何の注意も払っていなかった。自分の技術を過信していると、こういう痛い目に遭う。幸い、傷はすぐふさがった。日曜日山形で行われる居合の大会にも支障はない。

 どんな事態が突如襲うかもわからないという「不覚」と反対の心構え(=「隙のない」心構え)をもつこと。それは、居合の目的の一つでもあり、また剣の理法にとどまらず、目配りや細心の注意という人生上の教訓、そして「生き様」へと通じていくと考える。自分はまだまだひよっ子だが、どんなに弱い、「不覚」に陥りやすい人間でも、それを自覚させるような経験を通じて「成長」は可能のはずである。
 今度の大会では、昨年の反省を生かし一年間鍛錬してきた成果が問われる。今回は昨年のミスを「自覚」した上で試合に臨むことができる。そして、さらにすごいことに、昨年とは異なる「不覚」に遭遇するであろうということも「自覚」できている。こんな私は昨年と比較して「成長」したのだろうか。自分では「自覚」できていない。

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