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「身体」からの視点

 斎藤孝『「できる人」はどこがちがうのか』(ちくま新書、2001年)を読む。内容は、その道の達人と呼ばれる人々のエピソードをもとに技の習得・修練のプロセスを論じ、普遍的(「領域またぎ越し」)な上達の秘訣を探るというもの。
 何かを学んだり、習得するというとき、どうしても頭(思考・認識)と体(作業・実践)は切り離されて捉えられがちだが、この本を読むと両者の密接な関係性について深く考えさせられる。スポーツとか武道とか学問とかいった領域を越えて、普遍的な学習の論理を教えてくれる。居合道に勤しむ自分の経験と照らし合わせたり、また大学院生として机に向かって物を書く経験と照らし合わせたりして読んでいて、なるほどと目から鱗であった。村上春樹が、走ること(ランニング)や音楽を通してリズムとテンポを体に染み込ませ、それを動力にして自分の仕事の、そして文章のスタイルをつくりあげていったという指摘など、へえと思わせる。
 斎藤さんは、東大大学院教育学研究科に在学していた。『東京大学教育学部紀要』には「教師における自己の確立―芦田恵之助における岡田式呼吸静坐法体験を主題として―」(第31巻、1991年)といった論文も書いている。単に言説のみならず、斎藤さん自身の身体経験に基づく芦田の世界への接近を通して、言葉の背後にある事実の豊かさ(教師の経験の世界)に迫る手法は、教育実践史の観点からも独創的と評価されている(吉村敏之「教育実践史の可能性―教師に学び、教師とかかわることをめざして―」『日本教育史研究』第14号、1995年)。本書もそのような斎藤さん自身の経験に裏打ちされたものといえ、その意味で説得力がある。

 目下、自分にとっての切実な課題は、限られた時間の中、高い集中を発揮して研究作業をこなすことだが、その解決のヒントについても同書は教えてくれる(それは斎藤さんにとっても切実な課題のはず)。本当はそんなことを大いに期待しながら読んだ一冊。

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