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挑戦的研究発表―思考実験―

 I田先生から、ジェイン・ローランド・マーチン(Jane Roland Martin)の本(訳書)に関して、「人物注」部分の確認・修正作業を頼まれた。翻訳本はおそらく東大の出版会から刊行されるはずである。まもなく(午前2~4時の間には)イタバシさんと東京へ出発する(帰省に便乗して、相乗りさせてもらう)ため、それまでに一通り作業を終わらせなければならず、ついさっきまで必死に作業していた。教育史学会の発表要旨提出も迫っており、スケジュール的にはかなりキツイ。これから忙しくなるという時に限って、いろいろと用事が舞い込んでくるから、ほんと笑うしかない。
 
               ◇

 マーチンは、“Fifty Modern Thinkers on Education”(現代の教育思想家50人)の一人にも選ばれるほど高名な教育哲学者である(※)。昨年11月、COE主催の国際シンポジウムにパネリストとして来仙した。一週間ほど仙台でシンポジウムへの参加ほか、教育学部でレクチャー二つをこなし、東京でもいくつかの大学に招かれて講演を行った。
 自分はマーチンの講演を三つも聴くことができたのだが、その内容をきちんと理解できたかと尋ねられると、「はい」と即答できる自信はない。もちろん、それは自分自身の理解力・英語力のなさゆえなのだが。
 しかし、彼女の一言一言は極めて強いメッセージ性を持っていた。そのため、(よくないことだが)どこか理解した気持ちになり、ある種の満足感を得ることができた。「書き手・話し手の責任 writer/speaker-responsibility」の風土に生きる研究者の姿勢を見せつけられたという感じだ。
 理解した気持ちになったというのは、とくに彼女の講演内容に対して明快に「疑問」をもつことができたからである。それは「この人は何が言いたいのかよくわからない」というのとは無縁のものである。彼女の講演を聴いていくうちに、そのような「疑問」が浮かび上がり、それを受けて自分の内的思考が誘発されていくのを感じた。
 「疑問」をもったのは、「家庭の道徳的等価物としての学校」―“School As a Moral Equivalent of Home”や、合理的・意図的教育の認識ではとらえられない「教育的変身」―“Educational Metamolphoses”といった教育のあり方についてであった。
 それらの見慣れない、新しい言葉を提示するという作業は、何か事実の証明というよりはむしろ、一種の「思考実験」であるといえる。各言葉はそこでは、我々の教育認識の根本的転換を図るための概念装置として働くことになる。

 彼女は哲学者。その役割は〈複雑な教育の現実を整序し、説明する(視点を提示する)ことである〉とするなら、彼女の講演は我々の現実をみる眼を変え、さらなる思考へと誘うきっかけを創ってくれたといえる。彼女は自分たちが漠然と抱いている疑問に、「さしあたって」(≠「あらかじめ一義的に確定したものとして」)しっくりくる言葉・概念―問題の現状をうまく説明してくれる視点―を提供し、我々を挑発してくれたのだと思う。

 論争を引き起こすであろう、新たな概念・言葉を試みとして投げかけるという挑戦的な研究発表。学会発表でそれをやるには相当の力量がいる(自分は恐くてできない)が、そんな研究発表の仕方もあることを、そして、それがはまるととても場が盛り上がるということを、マーチンの講演を振り返って思い出した。忘れないように書きつけておこう。

(※)
①J.R.マーチン略歴
1929年ニューヨーク生まれ。ハーバード大学においてイズラエル・シェフラーに師事し、同大学において博士号(Ph.D)を取得。現在、マサチューセッツ大学ボストン校名誉教授(教育哲学)。John Dewey SocietyやAERAの招待講演者、アメリカ教育哲学会会長などを務めた。専門は教育哲学およびフェミニズム哲学。著書に『女性にとって教育とはなんであったか―教育思想家たちの会話―』(村井実監訳、坂本辰朗・坂上道子共訳、東洋館出版、1987年)、The Schoolhome:Rethinking Schools for Changeing Families(Harvard University Press, 1992)など多数。
②“Fifty Modern Thinkers on Education”
 同名の著書。 Palmar, A., ed., Fifty Modern Thinkers on Education : From Piaget to Present, Routledge, 2001.

〈参考〉
・東北大学21世紀COEプログラム「男女共同参画社会の法と政策―ジェンダー法・政策研究センター」『研究年報 特集号2-Ⅱ』、平成16(2004)年度。

上述したように、東京出張のため、しばらくブログ更新をお休みします。

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