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日本語に賭けた人物の生涯

 高田宏『言葉の海へ』(岩波書店同時代ライブラリー341、1998年)、読了。
日本初の近代国語辞典『言海』をつくった大槻文彦の生涯を描いた伝記文学であり、『言海』完成にうちこむ文彦の苦悩や情熱が感動的に描かれている。詳細な時代描写と関わらせることで、大槻文彦の個性が鮮やかに、説得力をもって読者に示される。それゆえに、読み応えがある。当時の時代状況をもっと勉強した上で読み直せば、さらに面白く読めるようになるはず。
 国語の統一は、一国の独立の基礎、近代国家には近代国家の辞典が要る―そのような文彦のナショナリズムが「洋学」と「仙台」という二つの「根」から育まれてきた、という見方などはとくに心にひっかかり、以下の文章などはチェックせずにはいられなかった。

 西国に居ては分らないかもしれない、はっきりした北辺への感覚が、奥羽の人びとの血には、流れている。その感覚は同時に外国への感覚であり、それがこの土地から多くの洋学者を生み出した。この土地が生んだ洋学者は外国の技芸学術の習得に止まろうとしなかった。国際関係への関心と国防への熱い思いが誰をもつらぬいていた。蝦夷地が目前にあったからである。そのことが「日本」を嗅ぎ取らせていた。(162ページ)

 洋学は、熱地に蜜蜂を移入するためのものではない。ヨーロッパに蜜蜂のあることを識れば、熱地には熱地の蜜虫を見つけ出して、育てる。それが見識であり、また、利にもつながるはずだ。自らの土地のものを創り出さないでは、他の土地の人たちと肩をならべて付合えるわけがない。
 大槻文彦は、西洋文法と西洋辞書に良質の蜜を見た。そして、この日本の土地にふさわしい蜜を、足もとから見つけ出し、育てようとした。日本文法と日本辞書を、この国に育てなければならぬ。それなくして欧米人と付合うのは不見識であり、恥ずべきである。
 文彦の「洋学」は、そういう「洋学」であった。
(170ページ)

                    ◇

 この本、以前から、というか仙台赴任当初から梶山先生が皆にお薦めしている本である。先生が好きだというのがよくわかる。史料によるあとづけを行いながら人物の個性を生き生きと描く、そんな歴史研究をしてみたい、という欲求に駆られてしまう(もっとも、作家の歴史の捉え方をそのまま歴史研究に活用することはできないが)。
 なお、『言海』は、現在ちくま学芸文庫から出版されており(文庫としては異例のぶ厚さ、値段も文庫としては異例)、手軽に読むことができる。

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