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聞くほうも重い

 今日は、地方教育会の研究会に出席。
あいかわらず、ハイレベルというか、内容について行くのがキツイ。
お二方とも、足を使い、手間暇かけた重厚な報告で、話題性があり、議論も広まりと深まりを見せた。そのような報告を一度に二本。聞く側にとっても重い(とは、C葉先生の言)。
 I橋さんの報告は、ゼミで聞いてきた内容を含んでいたので、自分や指導教員もああだこうだと言っていたことを思い出しつつ聞いていたが、この研究会での先生方からの指摘は別格。なるほどそんな見方もあるのかと唸る。「確認のため」といって出される質問も、報告者の分析視点の深化を促すような、建設的で鋭いものである(そのような質問はTゼミでは出ないし、自分も出せない)。そんな、さらなる考察のきっかけとなるようなところに、すばやく「眼」が行くという、その「眼」の精密さに学ばなければと思う。もちろん、一朝一夕で自分の「眼」が鍛えられるわけはないから、こうして研究会に出席しているのだが、果たして鍛えられているのかどうか┐(´~`)┌
 Oさんの報告での議論中に提起された問題―教員養成史における師範学校史偏重の問題(師範卒は全体の三割程度、多数はnot師範出)と教育会の教員養成事業(あるいは他の養成ルート)の問題―さまざまな教員養成のありようへの指摘も面白かった。たとえば、壺井栄『二十四の瞳』で師範出の大石先生に向けられた同僚教員や庶民の眼差し、その背景を知り、物語の理解を深めることにもつながるかもしれないなどと考えたりした。

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マダマダ修行が足りん…

 日曜日に、居合道の昇段審査を受験。無事三段に昇段する。応援して下さった方々、ありがとうございました。そしてともに昇段された同好会の方々、おめでとう。

それにしても、朝、寝ぼけて右足首をひねってしまったのにはマイッタ。軽い捻挫状態になった。よりにもよって審査の朝にするか、という感じであった。幸い大したことはなく、審査には大きく影響しなかったが、今日は足がジンジン痛んだ。

檀崎友彰著『夢想神伝流居合』(1966年、非売品。現在、『居合道―その理合と神髄』という題で体育とスポーツ出版社から出されている)では、「居合の至極―目的」として、次のように述べている。

剣道、柔道は人が立ち合つて試合を初(ママ)めるのだが居合は何時如何なる場合、如何なる場所に於てでも常住坐臥、油断があつてはならない、それは口に言い易く行い難しだが、努めて斯くあるべきであつて、それによつてこそ隙のない心構が養われるのである、昔の剣客は道に達し、丸腰で居たとはよく聞く事乍ら正にその人こそ真の居合人といえ様・・・(27頁)

「隙のない心構」か…、全然体現できてないなぁ。「隙のない心構」、自分なりに言い換えるなら、「不覚」と反対の心構え、目配りや細心の注意、といったものを技化するべく、さらに精進せねば。

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「居合道」の誕生はいつ?

 「居合」「居合道」について、いくつか辞書を引いてみた。別に、これといって特別な理由があったわけではない。ただ、日曜日に昇段審査(三段を受験する)があり、そこで実技とともに学科試験が課せられていることが一つのきっかけとなっている。

「居合」については、以下の通り。

◆大槻文彦『言海』(ちくま学芸文庫、2004年。初版は1889年)
ゐ-あひ(名)[居合] 
剣術ノ一派、居ナガラ、刀ヲ抜キテ敵ト立合フ術、狭キ所ニテ、甚ダ長キ刀ヲ、抜クナド、スベテ、自在ニ刀ヲ抜キ差シスルヲ術トス、林崎重信ニ起リ、コレヲ利方トイフト云。

◆日本大辞典刊行会編『日本国語大辞典〔縮刷版〕 第一巻』(小学館、1979年)
い-あい ゐあひ【居合】〔名〕
片膝をついたまますばやく刀を抜いて敵を切るわざ。戦国時代、元亀、天正(1570~92)の頃、林崎重信が創始したものと伝える。近世には、長い刀を気合いとともに抜く術をもいうようになった。居合い抜き。居合い術。

◆新村出編『広辞苑 第五版』(岩波書店、1998年)
い-あい ヰアイ【居合】 
片膝を立てて、すばやく刀を抜き放って敵を斬り倒す技。元亀・天正の頃、林崎重信にはじまるという。居合抜イアイヌキともいい、後には大道芸化する。

◆goo辞書(三省堂提供「大辞林 第二版」より)
いあい ゐあひ 0 【居合】
武芸の一。抜刀の瞬間に相手をきる技。座った状態からの抜刀を基本とする。

 ところが、驚くことに、「居合道」という語となると、自分の確認したどの辞書にも載っていなかった。「合気道」「弓道」「剣道」「柔道」などの語は確認できるのにである。いったい、この事実をどう理解すればよいのか。居合道は、いまだ市民権を得ていない武道ということか。
 なお、明治22年に出された『言海』(日本初の国語辞書)には、「居合道」はもちろん、「合気道」「弓道」「剣道」「柔道」の語も載っていない。これは、このころにはまだ「武道」が誕生していなかったことを示す傍証といえる。「武道」という概念は、実はきわめて新しいものである(もちろん、「武道」の文字は『言海』にはない)。

 いったい、この、辞書にも載っていない「居合道」という言葉は、いつごろ、誰の手(いや口か?)によって生みだされたのか。どなたかご存知であれば、教えて頂きたい。自分でもさらに調べる予定である(ただし、余裕があれば)。なお、居合関連で載せられている語には、「居合腰」「居合師」「居合抜」といったものがあった。
 ついでに、「英辞郎on the web」(http://www.alc.co.jp/)の和英機能で「居合」を調べたら出てこず、「居合道」で調べると、[art of drawing real swords]との訳語があてられていた。

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輝ける「団塊」に暗澹たる「教員大量退職時代」

 「団塊の世代」がごそっと退職することで、日本の成長を支えてきた高度な技術(職人芸といえる「わざ」)の担い手が不足する――
 この、いわゆる「2007年問題」に関するマスメディアの報道を、最近よく見かける。昨夜のテレビ朝日「報道ステーション」では警察と水道局にスポットを当てて、対策の現状=若手の育成の模様を放送していた。少し前、TBSの「News23」でも大手企業を対象に同様の問題について取材していたのをみた記憶がある。
 教育の世界もこの問題と無縁ではなく、さらに複雑な様相を呈している。
いくつかのWebサイトですでに指摘されているが(http://www.tokyo-np.co.jp/daizukai/666.htmlhttp://www.benesse.co.jp/s/ednews/050303.shtmlhttp://benesse.jp/blog/1/1/41.htmlなど)、それらによれば、
これから10数年間は、定年退職を迎える小中学校教員の数が急増する、「教員大量退職時代」に突入する。1970年代前半の第二次ベビーブーム世代の進入学に合わせて80年前後に大量に採用された教員がどんどん退職する一方、その第二次ベビーブーム世代の子どもたちが学齢期にさしかかるため、必要な教員の数はそれほど減らない、結果、教員不足に陥るという時代状況が到来する。
雇い主である都道府県は、教員の高齢化に伴い、給与や退職手当の増加に頭を痛めることになる(先に財政制度審議会から出された提言は、この問題状況にどう配慮しているのかは不明であるが http://www.sankei.co.jp/news/051020/sei071.htm)。
 人件費が増え、その削減が必要となる時代に教員不足になるという事態、逆にいえば、人手不足の時代に人件費を抑えなければならないという事態は、教育の質の向上にとってはきわめて危機的ではないか。さらにこの事態は、人材確保をめぐる地域間格差など、いろいろな問題を呼び起こす可能性がある。
また、いびつな年齢構成という現状は、教員の技量向上に影響を与えている可能性がある。
 「団塊の世代」を含む教員の7割(40代4割・50代3割)が「ベテラン」という状況の中で、教員は若い同僚から刺激を受ける機会が減る一方、技術も経験もあるのに同世代が多くて役職に就けないという、「意欲低下」をそそる構図が職場内に浮かび上がってくる。今後はその傾向がより促進される可能性もある。
 以上のような状況下で、教師の技量・専門職性といった問題を議論したところで、教師にとっては専門職ならぬ専門ショックであり、所詮屁みたいなものでしかないと思うのは自分だけだろうか。

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ヘタレ院生旅情編

ここ一週間、いろいろと歩き回った。なかなかないことだ。

先週末は、東京浅草~広尾。

asakusa

ご存じ、雷門

火曜日は、栗駒山~金成歴史民俗資料館(旧金成小校舎)~鳴子温泉郷。

kurikoma2

矢印の方向(東栗駒山)からぐるりと回って山頂へ

kurikoma栗駒山山頂付近からの眺め

kannari残念ながら休館日だった、金成の歴史民俗資料館(旧金成尋常高等小学校)

心地よい疲労感を味わった(上野のカプセルホテルでは、暴力的イビキによる苦痛を味わったが)。こういう疲労感を研究でも味わいたいなあ。

ヘタレ院生にお付き合い下さった方々、ありがとうございました。

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