« 聞くほうも重い | トップページ | 勝手に補足[郷土教育と北方教育] »

悩ましい「時間」(またしても)

ほんとうの時間というものは、時計やカレンダーではかれるものではないのです
―ミヒャエル・エンデ(大島かおり訳)『モモ』岩波少年文庫、2005年、317-318ページ。

 もう今年も一ヵ月を切った。研究のための生産的な時間をこの一年間送れたのかどうかは、かなり疑問である。「時間がない」といって研究の中身を「ケチケチ」したものにしていないか、大いに反省しなければならない。論文締切はカレンダーで確認できるが、それまでに時間をどう使うかは、自分次第である。自分がこれまでに失った時間を取り戻せるかどうかも、これからの時間をどうするかにかかっている。
 結局、今回は論文投稿を見送った。テーマに沿ったものを出そうとすれば、詰めなければならないことがありすぎた。「ケチケチ」して粗雑なものを出すことはできない。
 そこでまず、テーマをもう少し限定し、『研究年報』での考察を経て、もう一度大きなテーマに戻ろうと思う。これが自分にとって有効な時間の使い方なのかどうかはわからないが、良いモノをつくりたい気持ちは変わらない。
 それ以上に今頭を悩ませるのは、こうしてエントリーを書いている時間が、ということ……

|

« 聞くほうも重い | トップページ | 勝手に補足[郷土教育と北方教育] »

日記・コラム・つぶやき」カテゴリの記事

コメント

コメントを書く



(ウェブ上には掲載しません)




トラックバック

この記事のトラックバックURL:
http://app.cocolog-nifty.com/t/trackback/69457/7423762

この記事へのトラックバック一覧です: 悩ましい「時間」(またしても):

« 聞くほうも重い | トップページ | 勝手に補足[郷土教育と北方教育] »