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東北大学教育学部の受難に関するメモ

 法人化以降、大学の経営や研究体制をめぐる変化は、かなりのスピードで進行し、多くの情報が大学のHPを通じて開示されてはいるものの、その量は眼を通すのも困難なほど膨大である。
 なかでも、教育学部・研究科に関わる大きな話題といえば、教育専門職大学院(プロフェッショナル・スクール)設置へむけて議論が進められていることである。
構想の詳細については不明だが、それでも、「既存の大学院との間の差別化をどうはかるのか」、「同大学院の設置が、既存の研究科、研究コース(講座)に与える影響はあるのか(例えば、講座 の改編などのような事態が起こってくるのか)」、「専門家の育成が、既存の大学院の研究・教育体制では達成できないとすれば、それはなぜか」、「これまでの大学教育・大学院教育に関するどのような問題認識の上に、同大学院構想は成り立っているのか(もちろん、大きな理由は入学者数、定員数の確保だと思うが)」、などの問いが浮かんでくる。
 研究が、教育現場の実践を批判・修正し、新たな実践を創り出すのに寄与しているどうか。教育学には絶えずその課題がつきまとう。「教育改革」の煽りによって、教育学部はたえざる自己変革に追われるという不安定な立ち位置を余儀なくされる。しかも、大学における教員養成は教育学部だけで完結することはできず、どうしても、教科専門科目の面で他学部の協力が不可欠となってくる。

                   ◇

 東北大学教育学部の創設は、全国的にみて、特別(「ユニーク」)な事例とされる。

戦後、本県における義務教育教員養成は宮城師範学校を包摂することによって東北大学教育学部が行うことになった。東北大学教育学部の構想した教員養成方式は、旧帝国大学の学問研究と教員養成の統一を課題とし、努力目標とするものであった。しかし、それは至上命令であるCIEの「一県一大学の原則」により、〔「宮城学芸大学」としての―引用者注〕独立を強く望んでいた宮城師範学校を迎え入れる条件の整っていない東北大学に包摂せざるを得なくなったことから構想されたといえるものであった。(宮城県教育委員会『宮城県教育百年史 第三巻(昭和後期編)』ぎょうせい、1957年、974ページ)

 全国のほとんどの師範学校が、地域における専門学校、高等学校などと合併して学芸学部、教育学部になり、旧帝国大学がすでにあった大都市では独立の学芸大学となった。だが、宮城師範学校の場合は特別であった。ここだけは、東北「帝国大学」の〈なかに〉放り込まれた。
 旧帝国大学で、積極的に教員養成の方針を打ち出したこと(「細谷構想」)は、全国的に注目されたが、一方で、「学術研究」と「教員養成」の関係をめぐる問題も顕在化するようになった。
 1943(昭和18)年までは県立の中等学校にすぎなかった師範学校の包摂には、大学全体(旧制二高も含む)を通して、反対の空気が強かった。創設当初の教員養成は、前期二年を教育教養部(旧師範学校)とし、後期二年、教科専門の指導を文学部、理学部などの専門学部に委託する方式であった。この方式によって、各学部では教育学部生たちへの配慮が必要となってきた。例えば、理科系の実験、実習では、設備の点で障壁に行き当たった。そのような状況下で、教育学部生たちは、質の高い講義などに接近することができるという喜びの反面、屈辱的な差別を受けることとなったという(横須賀薫「『大学における教員養成』を考える」藤田英典・黒崎勲・片桐芳雄・佐藤学編『教育学年報9 大学改革』世織書房、2002年、211ページ)。1965(昭和40)年、東北大学は教員養成課程を分離して宮城教育大学が設置され、今日に至っている。

 「学術研究」と「教員養成」との関係が問われる場合、これまでは常に「学術研究」(教科専門科目とは名ばかりの)と何の関連ももたないかたちで「教員養成」が展開されてきたといってよい。
 プロフェッショナル・スクール構想が、この現状に、どう応えるものになるのか。研究科としての見解を、ぜひ聞いてみたい。

〈参考文献〉
東北大学教育学研究科編『東北大学教育学研究科・教育学部の歴史』東北大学教育学研究科、2004年。

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