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行く先も解らぬまま

 K原さんが来仙、院生室を訪ねてきた。博士論文の聞き取り(審査会の前段)があるらしい。
「論文評価の背景にある政治力学をも考慮に入れた執筆作業」に関する話を聞く。
論文の評価は純粋に内容によるだろうと冗談に思われるかもしれないが、
ウチの講座だけにこの話はご冗談とはいえず、笑えない(院生発表会でのいろいろなやりとりもみているし。裏事情は相当ドロドロしていると推測される。自分は果たして書けるのだろうか)。

自分はというと、学会発表という作業が眼前に迫ってきた。が、「まいった」。
どういう構成で発表すればよいのか、いまだ検討がつかない。
史料は豊富にある。
だが、それを一つ一つ羅列していったからといって、事実が明らかになるわけではない。
史料に語らせるにはどうすればよいのか。
これは、換言すれば、
ある史料と他の史料との関連をどうつけるのか
という問いになるかと思う。
ある史料をどんなに面白いと思っても、それ一つだけでは、どうにもなるものではない。
各史料が説得力を発揮するには、それらをお互いに結びつけ、意味づける文脈(物語?)が必要となってくる。
それがないとき、歴史的研究は無味乾燥なものとなり、「好事家的な仕事」という周囲からの視線に行き着くことになるだろう。教育学のように、政策に左右され、実用性が要求される学問の領域ではなおさら、そのような視線にさらされることが多くなると察する。
もちろん、実践との間の緊張関係をもつことは重要であり、そこにこそ教育学の存在理由はあると考える。
とはいえ、それが実利主義的に受け取られ、早急に「特効薬」ばかり求めたところで、結局は「対処療法」でしかない(問題の根本的な解決には至らない)のではないか。

…なんて格好のいいことを言っている場合ではない。はやく発表資料をつくらねば。
こうしてまた宵っ張りの生活スタイルになってきた(トリノ五輪の影響もある)。研究とは、一面で自傷行為だとつくづく感じる。
そして、D5の夜は更けてゆくのだな。 D5の夜~♪

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コメント

そんな板があったとは!
仲間入りしたい!切実に、仲間入りしたいです(笑)

K原さんお元気そうでしたか?K原さんでも、政治的力学を笑い飛ばせないのだから恐いですよね。

ところで、「顔」が何で作られているのか非常にきになるのですが…!

投稿: ミティ | 2006/03/03 22:37

「顔」はすべてマグネットで作られてます。
眼の部分は、単にカバーがとれた市販のマグネットだったか、それともK原さんが自転車のライトのモーターを分解して取り出したマグネットだったか…。
なお、この「顔」はほんの「はじまり」にすぎません。この後どうなっていくか、乞うご期待!

投稿: タカキ | 2006/03/04 19:44

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