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教師と地域社会の「昭和」―郷土教育運動―

 学会発表は何とか終了。
いつもながらの時間ギリギリでの資料作成。
共同発表を持ちかけられたイタバシさんにとっては、さぞ辛かったにちがいない。
ゆっくり休んでください。

今回の発表で対象とした名取郡中田尋常高等小学校(現仙台市立中田小学校)。
同校の教育実践を語る上でのキーワードは〈郷土教育〉〈村教育会〉である。
この二つを欠いては同校の教育実践を語れない、というのが発表者の見解であった。

 従来の研究では、都市部の学校や師範学校附属小学校における児童教育実践としての「郷土教育」に視点が限定されてきた。だが、(全国のほとんどがそうであった)農村部で展開された圧倒的多数の〈郷土教育〉は、もっとちがうものだったのではないか。
 小学校教師が実業補習学校の教員や青年訓練所など指導員を兼ねていたことから考えても、小学校に端を発する〈郷土教育〉は、本来青年教育や村民教育(社会教育)を含めた体系的な構想の下になされたものだったのではないか。
 したがって、教師の活動は地域社会の課題と連動して展開されたものであり、その点から〈郷土教育〉も再考察する必要があるのではないか。

というのが、発表者の―正確には自分が解釈したイタバシさんの―問題認識であった。
 そこで、学校・教員がいかに地域住民・子どもと関わっていったのか(なんかどこかの公民館長の博論テーマとも似てきたな)を、昭和初期に郷土教育で名を馳せ、新教育協会といった教育改造の全国的推進団体とも関わりを持っていた、さらには村教育会という装置をもっていた中田小学校を対象に、分析しようとしたのであった。

                ◇
 
 発表に対し、カサマ先生からは、中田小という個別事例を取り上げる意義が見えないという指摘を頂いた。「個別と一般」をめぐる指摘(去年も頂いた_| ̄|○)であるが、これは単に、上述の問題認識で応えるだけでは対処できない難しさを含む指摘である。先生の指摘は、教師の活動と地域社会との関わりを考えるのであればもっと時間的に広いスパンで見ないと駄目である、というものであった。先生は著書で次のように述べておられる。

「地方改良運動の時期に内務省関係者によって強調された内容が、大正半ばと昭和初期に至って、文部当局者に受け継がれて主張されるようになっていたことに注目すべきである。そこではともに小学校と小学校教員が『地方教化ノ中心』としての役割を果たすべきことが求められていた。その根拠づけは、大正半ばでは社会教育振興であり、昭和初期では郷土教育振興であるが、両者ともに地方振興政策を政治的背景としていた点で共通していた。重要なことは、地方振興が内政上の重要かつ緊急の課題として強調される度ごとに、小学校と小学校教員の役割が町村振興とのかかわりでとらえられ、『社会教化の中心』あるいは『地方教化ノ中心』として活動すべきことが強調されてくることなのである。この地方振興と小学校という関係図式は、その原型が地方改良運動の時期に形成され、そこに源を発していたということができる。」(笠間賢二『地方改良期における小学校と地域社会―「教化ノ中心」としての小学校』日本図書センター、2003年、13ページ)

だから、昭和初期の郷土教育は明治末期からの地方改良運動とはどう異なるのかを明確に論じなければ、先生の質問への回答にはならない。つまりは、学校と地域社会との関わりという問題認識で中田小を取り上げる意味が見えてこない。史料を前に方法論を鍛えていく難しさを痛感する。
 その指摘の直後に、カジヤマ先生からいただいたコメント(=援護射撃)が、むしろ自分が「今後の課題」として解答すべきことであったと反省する。それは「中田小学校では30年代、郡役所廃止後設立された中田村教育会を通じて教員が新教育論(に支えられた郷土教育)を主張していく。これは千葉県が郡役所廃止を契機に自由教育への統制を強めていったのとは逆ではないのか。山田(恵吾)さんへの反論を展開できるのではないか」というものだった。自分がうっすらと感じていたことを発言して下さったのでありがたかった。とはいえ、それを導くための道程は険しい。宮城県も山田さんと言った通りだぞ、というオチにもなる可能性も、考察をしていてずいぶん感じたからである。
 今回の発表はほとんど資料紹介で終わっしてまった観がある。今後さらにこの研究を、カジヤマ先生の言葉をお借りすれば「こってりした」(濃厚な)ものにできるようがんばらねば、と決意した2006年春。クタクタ。

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