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狭い世界に閉じこもらないための試みとして

 本日は夕方から、サイエンスカフェ*1の打ち合わせ。
アルバイト学生(ファシリテーター)は何とか安定数確保できた。
とはいえ、やらなければならない仕事はまだまだある。やれやれ。

講師はさらに頭を痛めるはずである。
想定される参加者は中高生から年輩者に至るまで、幅が広い。
こちら(講演)に求めている内容も、世代によって異なるだろう。
そのような多様な参加者に対して、「教育を『科学』する」するおもしろさや意義を、どう参加者に伝えるのか。こちら側の問題は、おそらくそこに行き着くと思う。個人の「好み」の枠にとどまらない、「科学」や「研究」のおもしろさが身につまされる(ものごとを見る眼が変わる)ような、そんなかたちで聴く側に知らしめること、これは話す側が「おもしろい」「これは驚いた」といった体験をしていなければ困難である。正直自分は体験できた試しがない。T先生は伝えられるか。

             ◇

参加者のほとんどは教育学部の学生ではないだろうから、難しい専門的な事柄(用語や法則など)を「ご存じですね」と言わんばかりに、簡単に素通りして済ますわけには行かない。
 例えば、今日の日本教育史の授業(Tさんの検討論文は明治期教科書検定制度成立前夜がテーマ)。自分やI橋さんらドクター学生の反応とは対照的に、教授学習研究コースから受講しているM1の学生は、今日の内容について、専門用語(史実・人名)だらけで、さっぱりわからなかったと感想をもらしていた。史実を丹念に掘り起こし、複雑な制度的実態を明らかにしていくことは重要な作業ではある。そのためにはどうしても地道な作業と専門語・学術語の使用は避けられない。しかし、一方でそれが専門学者内で消化されるにとどまるだけでは、その学生たちの心を打つことは難しいのではないか、「細かすぎて伝わらない」(だからつまらない、モノマネだったらおもしろいけど*2)などと言われてしまうのではないか(もちろん、学生たちも安易・早急によりかかるべき結論を求めるべきではないが)。

カフェの参加者は、さらにこちらの言葉が通じない方々である。一部専門家だけの狭い世界に閉じこもることを避ける試みとしてサイエンスカフェを捉えるならば、これは大学の研究者・学生はかなり鍛えられる。
 参加者の方々には、ぜひ講演者・ファシリテーターにどんどんツッコまれることを熱望する。

*1 サイエンスカフェのホームページに前回(第9回)の風景を写した写真がUPされている。自分も紛れ込んでいる。
*2 細かすぎて伝わらないモノマネ選手権Ⅷ(YouTube) 
その1 その2 その3 その4 

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