« マジでお疲れ!! | トップページ | 正午=? »

やっぱりお疲れ…

 先週金曜日から日本教育KA学会のお手伝いをする。
 早朝から夜中までの気をつかう労働は、何かと疲れた(給料もっと下さい!)。
全ての会場でPowerPointを使用した発表があり、機械に弱い人間にとってその準備は苦痛だった。
会場によってスクリーンの規格やプロジェクター、パソコンの機種がバラバラ、スクリーンにパソコンの画面が映らない、映っても画面が途中で切れてる…。自由研究が始まる直前までそんな問題に追われた。結果的に問題は起こらなかったが、Oさんがいなかったらかなりヤバイことになっていたはず。
 ただし、自分はまだいいほうである。M1にもかかわらず、いや正確には大学院に入る前から、大会関連の事務作業を一手に引き受けてきたIくんの苦労は計り知れない。普通なら講座をあげて大会の準備に取りかかるところ、一つの研究室だけでそれを行う。講座内の他の教員はほとんど協力しない。院生がいるにもかかわらず、そちら(とりわけ自分の研究室)にはあまり声をかけず学部一年生や市内の公立学校の教員を動員する。その中に学会経験者は少なく、意思の疎通が取れているのかどうかは心許ない…。
 振り返ってみればみるほど、どこか非効率的な感が否めない。自由研究やシンポジウムにも、カメラ撮影だ、マイク係だ何だで、どうも集中できなかった。
 教育における「経営」という切り口は本来おもしろいはず(個人的には教育の領域に「経営」という視点が持ち込まれた背景を知りたい。大正期から昭和期にかけて当時の教育雑誌をいくつか見ていくと、「学級経営」や「学校経営」の語を頻繁に見かける。その流行の具体的な要因を知りたい)だし、イデオロギーに縛られず、建設的な教育論議を展開していく上で、有効な視点の一つである。『日本を滅ぼす教育論議』(講談社現代新書、2006年)の著者で、文部官僚の岡本薫氏も、日本の教育論議には「マネジメント」の発想が欠如していると説いている。
 今回の学会で注目したのは、シンポジウムで「指定討論者」の一人だった東大の高橋先生による本場経営学の視点からのコメント。他のパネリスト(教育関係者)と比較したとき、きわだってドライで、おもしろかった。「評価」(=本来主観的たらざるを得ない)には本来責任が伴う、という言われてみればあたりまえの指摘は、現在教育現場で進行している教員・学校評価の問題性を捉えていくうえで有効だと、印象に残った。

さて、先月下旬からの「お疲れ」三部作は、これにて落着。
これでようやく、通常の忙しさに戻ることができる。

|

« マジでお疲れ!! | トップページ | 正午=? »

日記・コラム・つぶやき」カテゴリの記事

コメント

「お疲れ」三部作、読みましたー。ほんとにお疲れさまです。
週末、来たらどうかと言われたのですが、もちろんお断りしました(笑)
相変わらずというより、状況はひどくなっているみたいですね。それを思うと気が重いですが、それでも…と思う奇特なニンゲンがここに一人。
「評価」には責任が伴う、こうやって読むと当たり前のことですが、日々いろんなものに埋もれていると、わからなくなることのように思います。それに、なんだかそういう簡単なことが、なかなか言えなくなるようにも思います。シンポジウムは聞きたかったですね。

投稿: ミティ | 2006/06/06 17:32

お疲れさまー。
シンポジウムは、人選からすると「もっと論争的になってもよかったのにー」という印象でした。
「評価はそれ自身責任を伴う」「そうである以上、評価を行うものにはある程度人事権をもたせるべき」「企業において、部下への最高の評価は『君とまた仕事がしたい』」「評価基準を決めたら、その基準内で達成できる程度のことしかやらない」などなど、高橋先生の一つ一つの指摘がおもしろかったです。企業にいたことのある人なら、いろいろと共感できたのかも。

投稿: タカキ | 2006/06/06 23:38

コメントを書く



(ウェブ上には掲載しません)




トラックバック

この記事のトラックバックURL:
http://app.cocolog-nifty.com/t/trackback/69457/10409129

この記事へのトラックバック一覧です: やっぱりお疲れ…:

« マジでお疲れ!! | トップページ | 正午=? »