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女が刀を求めるとき

 中村きい子『女と刀』(講談社文庫、1976年)を読む。名作である。
前から読みたがっていたのだが、なかなか見つけることができなかった(確か絶版である)。
つい最近古本屋で見つけ、ようやく眼を通すことができた。
 COEのRAをやっていたときに読んでいれば、なおよかった。
 鶴見俊輔はこの本の「解説」で次のように述べている。
「この本には、明治以後の百年を、この本一冊によって見かえすほどの力がある。明治百年が日本の男が表にたって指導した歴史であったことを考えあわせるならば、明治以後の日本の男たち全体を見かえす力がある」(鶴見俊輔「解説」、同上書、335ページ)。

―鹿児島・霧島連峰の麓、外城士族の家に生まれたキヲは、父権領司直左衛門から、「郷士」の娘としての誇り―気高い士族意識―、「おのれを侵されるな」「血を汚すな」「おのれに意向をもて」との教えをたたきこまれる。しかし、「士族の娘の結婚」となったとき、ほかでもない父によって、その誇りは裏切られることになる。
 キヲは伊原兵衛門と結婚したものの、情(こころ)が通わない「血固め」の結婚に、そして家長制という立場によりかかることでおのれの男であるという権威を保とうとする夫に反発し、世の習慣に侵されない自身の生き方というものを模索していく。
 そのなかで、キヲの思いはいつしか実家に置いてある刀へと向かっていく―

話のおおよその流れは以上のようなものだが、キヲが刀に魅せられていく思いが記された以下の文章を、自分はとても気に入っている。

 このひとふりにつながる多くの刀が、かつて明治の御代以前の歴史をいかに揺り動かし、突き崩し、また創ってきたことであろう。(184頁)

 武士のたましい、あるいは精神の鏡などと申しても、とどのつまり刀自体は斬るということにしか、その本命はないのである。
 刀ひとふりのため、いくつかの権力が倒され、そしてまたいくつかの権力が生まれた。
 それゆえ、これまでに刀は世の仕置きにたずさわる男たちのみに、その所有は許されてきた。
―権力と刀、これは表裏一体をなしていることで、「刀」と存在する―
   (中略)
 たとえ、世がかわり、武器に飛道具が用いられる時代となって、刀にかわる火縄銃が生まれ、火縄銃につぐさまざまの銃がつくられたにしても、その時の権力をのみこみ、権力の威力という重さを、ずしりと突きつけるものは刀よりほかにあるまいと、わたしは考えている。(184-185頁)

 刀には刀であるがゆえに刀がもたねばならぬ美というものを、わたしは知っている。それは、このように床の間などに飾りとして、愛でられることで終わってしまう刀のことではない。
 ―おのれの意向をうちたてるため、いやさらに言うならば、「権力」というものを、おのれの手に握らねばならぬとしている人間の、その理念こそが、このひとふりとしてある―と構えたところで、敵を斬り倒す、その一瞬の刀のきらめきこそ、わたしはおのれの思念に映ゆる真の美というものをえがく。
 ―おのれ、というものを通すことで、生命を賭して刀と刀が向きあう。そのむきあう刀には、これをもつものの姿勢、心、目これらの動きが、闘う、あるいは敵を倒すために存在しているという精神で満ちている。その厳しさに見いだされる美を、射てばあたるという操作だのみの近代(はやり)の銃には、わたしは見いだすことはできないのである。
 生命を賭して生きる人間の魂、あるいはその裸像ともうつる、この刀と向きあうことで、日々わたしはいささかの弾みをもった。(185頁)

 キヲは、「子どもしか産めぬ女と、おのれの生涯を閉じることのなきよう、そのため絶えずわたしを激しく突きゆさぶる相手として向きあえるものは、このひとふりの刀にあらずしてほかになにがあろう」(187頁)と、おのれの意向をたてねばならぬとする自分の肌が向きあえる唯一のものとして刀を求めていく。
 掌を伝わって、ずしりとこたえるそのひとふりの重量(おもさ)が突きつける、時の権力者たちの強い意志。刀とその重量(おもさ)と向きあって生きていかねばならぬとするキヲの意向は、現代に生きるわれわれの軽さを思い知らせる(実際に居合の稽古で刀を持っても、そんなことを考えたことはなかったな)。

 齢七十の老齢になって夫と離婚するキヲが、兵衛門に吐き捨てた言葉は、
ひとふりの刀の重さほどにも値しない男よ」。
〈刀をもつ女〉を妻にもっていたりする旦那様は、こんなことを言われないよう、「おのれの意向」を確と立てなければならない(T橋さん、がんばってください)。

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