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「教科書を教える」と「教科書で教える」(その2)

 そもそも「教科書を教える」と「教科書で教える」をめぐる議論は、いつ頃から展開されはじめたのだろうか。
 カジヤマ先生が授業で示してくださったのは、文部事務官木田宏著『新教育と教科書制度』(1949年)の存在。故・木田氏は、後に国立教育研究所所長や日本教育情報学会会長などを歴任している。
 戦後改革のなかで若き文部事務官が著したこの本は、先生曰く、「戦後検定制度への改革の意味、新制度の基本的枠組み、具体的課題と問題状況、そのあるべき処方について平明に解説したもので、戦後教科書制度のレールを敷いたきわめて重要な文献である」と。
 この中に、すでに次のような記述がある。

「教師中心から児童生徒中心へと切りかえられた新教育にあっては、教育は、教科書を教えるのではなく、教科書で教えるのであるから、教科書は学習を行うための一つの手段である。教科書は決して、学習の目的ではない。」(100頁)

それまでの国定教科書制度から、いくつもの教科書が発行される事態となることで、「使用する者の側においては、当然選択権を持つことになり、教師に自主性が与えられる。教師は、地方の実状に照らし、児童生徒の個性特徴をも考慮して、教科書を選択するわけである」(31頁)。また、「教科書は一教材として、授業計画遂行の具となるわけであつて、教科書によつて教育内容が決められるのではなくなるはずである。以前は、教科書をいかに教えるかが問題であつたのであるが、今度は教科書でもつて、いかに所期の教育内容を教えるかということが教育の中心問題でなければならない。教科書は目的ではなく手段となる」(31頁)。
 木田が問題にしていたのは、それまでの国定教科書制度下における教師の自主性、主体性のなさ、ただ教科書記述(特定の解釈)の伝達者でしかありえなかった教師の不自由さである。修身科を例にとれば、「倹約」といえば二宮金次郎、という定型化されたかたちでしか授業展開ができない、柔軟性のなさである。従来のように、教科書が授業において絶対的な位置をもつのではなく、教科書に足りない部分があればそれを別の教材で補充し、またときには教科書の内容と対立する教材を提示して子どもの思考を促すといった、実践の場での力量がこれからの教師には必要とされる―、そのような問題認識が上記の「教科書を教えるのではなく、教科書で教える」という指摘に反映されていると考える(さすがに河南氏が論じたような、「教科書を使った」授業の具体的ありようにまでは議論は及んでいないけれども)。
 戦後まもなくの時点で、文部官僚が、「教科書は絶対的なものではなく、学習のための一つの手段・道具にすぎない」と明確に述べていることは注目に値する。今日の我々からすればあたりまえに聞こえる主張だが、それまでの制度が教材も教育内容も国定化され、統制的なものであった当時からすれば、木田の主張はとてつもなく画期的なものであったにちがいない。

  *  *  * 

 だが、「教科書を教える」と「教科書で教える」をめぐる問題は、捉え方によっては(文言にとらわれなければ)もっとさかのぼることができそうである。 
 今セメの演習で自分は〈明治の森文政期の修身科における口授法採用〉に関して報告し、このブログでも書いたのだが、口授法にはまさに教科書を学習の一つの手段・道具とみなす教科書観が一部採用されていたといえる。それ以前の儒教主義に基づく教科書教授では、教科書の地位は絶対的なものであり、そこに記述された内容こそが学習の「目的」、「教育内容」であった。口授法はまさにそのような「教科書を教える」教授法への批判を含んで展開されたのではないか。森文政期、修身教育の方針をめぐっては、教師が模範となるという以外に、徳の根本方針=教育内容についての大きな展開はなかった。だから一方で、徳育をめぐって論争が展開されることとなった。そして教育勅語の発布へと向かっていく……。そう考えると、改正教育令期から森文政期に至る教授実践(教科書教授から口授法へ)の変化が、うっすらとは整理できる気がする。

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