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遅筆ですから

 忙しい… 論文進まない… 書けば書くほど内容が気にくわない… 
相変わらずの遅筆だな…

 自分へのご褒美は、『フラガール』にしよう。何しろ、地元が舞台だし(『釣りバカ日誌8』以来じゃないだろうか、いわきが映画の舞台になったのは)。自分も小さい頃―まだ「常磐ハワイアンセンター」だった頃―よく遊びに行ったところだ。くねくね曲がるウォータースライダーの前にあった、あの直線滑り台の思い出がよみがえる(あれのほうが単純だが、スリリングで好きだった)。もちろん、フラダンスの記憶も鮮烈で圧倒された。

 1971(昭和46)年の磐城高校野球部夏の甲子園準優勝などもあり、昭和40年代のいわきには異常な熱気があったはず。新しいものが押し寄せる急激な時代の変化のなかで地域再生と自分の人生との間で葛藤する当時の人々の問題意識、シチュエーションは、今日にもじゅうぶん通じるものがある。それを映画から読みとってみたい。

 はやくみられるよう、がんばって書き終えねば…(道は険しい)

[link]
映画『フラガール』
http://www.hula-girl.jp/index2.html

スパリゾートハワイアンズ
http://www.hawaiians.co.jp/

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常識的判決と倒錯の時代

 入学式や卒業式における日の丸・君が代への起立・斉唱の義務を否定し、違反者の処分を違憲・違法とする東京地裁判決(9月21日)は、時期が時期だけにやはり注目されるものである。判決をうけて尾木直樹氏は「常識的で妥当な判決」とコメントし(『朝日新聞』2006年9月22日、34面)、藤田英典氏は、「強制と処分は憲法と教育基本法に定められた教職の専門性と自立性、教育の独立性を揺るがす」と指摘した(同上)。

 まったくその通りだと思うのだが、現実に起こっているのは、その判決とは異なる転倒した事態―日の丸・君が代の強制―である。「『逆さ』の世界」という、丸山眞男がチャップリンの映画(『独裁者』など)に読みとったメッセージが浮かぶ。原告側から発せられた「意外」「夢のよう」というコメントからは、自らの思想・信念(常識)にしたがって行動した人間がいかに「逆さ」のイメージによって侵蝕されつつあったかという、その危機の深さを窺い知ることができる。

 判決に対し石原東京都知事は、裁判官は現場を見ていない、規律ある統一的な行動によらないと学校の荒廃は改善されない、といった旨のコメントを記者会見でしていた(『朝日新聞』、9月23日、38面)が、これには首をかしげざるを得ない。そもそも現場を知らない・見ていないということから、正しい判断ができないという結論を論理的に導くことはできない。また、学校の荒廃が事実だとして、なぜ日の丸・君が代の強制になるのかがよくわからない(むしろ、強制によって荒廃に拍車がかかっている可能性さえ想定される)。何でもかんでも愛国心の欠如や戦後教育悪玉論→特定理想の(スパルタ)教育像に短絡的に帰結させる思考では、かえって問題の原因と対処を見誤る可能性が高い。

 ところが、現状がこの倒錯に向かって突き進んでいることを考えると、ナショナリズムによる煽動について厳しく、注意深く見極めていく〈眼〉を確立しておかねばと痛感する。この種の問題は、むしろ「気づかぬうちに忍びよるもの」と想定するから。

●東京地裁判決要旨(PDF) @「日の丸・君が代による人権侵害」市民オンブズパーソン

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「戦後」を考える機会

 教育史学会に参加するため東京へ。去年と違って、大会スタッフでも発表者としてでもなく、他の会員の発表を聴きに行ったに過ぎないので、その点気は楽だったけれど、ただ座り、聴き入るだけでも相当体力を使う(ホリエモンみたいな言い回しになってしまった)ということを改めて思い知った。
 常に自分の現代教育に対する問題認識を自覚し深化させながら、個別の歴史事象を捉えて、そこに現代的生命を与えていく―無知なりにその重要性(方法・手段としての教育史とでもいえばいいのか?)を認識し、課題として持ち帰る。

 シンポジウムに触発されて、今度の読書会は、「戦後教育史」あるいは「戦後史」をテーマとした研究からテキストを選んではどうかと今度提案してみよう。学部生も関心をもってくれるかも知れないし。
 また、「戦後」というキーワードについて、じっくり考えてみたい。「戦後」と付すからには、やはり戦争と結びつけて論じられる必要がある(戦争後のガラっと変わった時期だよという程度の、戦前と断絶した単なる時間的な枠組みとして「戦後」を済ませることはできない)と漠然ながら思う。なので、先行研究が「戦後」「戦後教育」概念をどう処理しているのか、ぜひ調べ合い、議論してみたい。まずは、ピックアップから……。

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mixiに潜入

 自分もとうとうmixi(ミクシィ)に入ってしまった。招待したヤギーさん曰く、例の読書会の「コミュニティ」を通じて連絡を図る、ということらしい……。
 周知のとおり、ミクシィといえば、国内の代表的なSNS(ソーシャル・ネットワーキングサービス)である。一年前には「悲劇的なgooリサーチ結果--SNSは認知も利用もされていない」(『CNET Japan』、2005年07月11日)という記事が発表されていたほどだが、今年にいたって、その利用者急増が指摘されている(「ネットレイティングス、『mixi』の利用者急増などを指摘 」『INTERNET Watch』、2006年5月26日)。2006年7月24日時点でユーザーは500万人を超えたという(「『mixi』のユーザー数が500万人を突破」『デジタルARENA』、2006年7月27日)。
 新たなコミュニケーション・ツールとしてその可能性が注目される一方(「研究対象としての『mixi』」『ITmediaニュース』、2005年9月14日など)、問題も引き起こしているということだろう(「真夜中のインターネット 第4回 mixiのなぞ」『NETWORKWORLD Online』、2005年8月16日などを参照)。自分も正直(アナログな人間ということで)消極的なんだけれど(苦笑)。まだ使い方もよくわからないし。しかし、ちょうどゲーテの『若きウェルテルの悩み』のタイトルに飛びついて数行読んでがっかりして返すような(byさくらももこ『永沢君』)、そんな「のぞき見」志向もあったりするわけで、困ってしまう―。
 そんなわけで“ミクサー”のみなさん、ご教示のほどよろしくお願いします。

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「逆さの世界」の喜劇王

 読書会+αのメンバーで、チャップリンの映画『独裁者』、『モダンタイムス』、『黄金狂時代』(『ゴールド・ラッシュ』)をみる。丸山眞男『増補版 現代政治の思想と行動』(未来社、1968年)所収の論文「現代における人間と政治」(452頁-)の冒頭、これら映画のシーンについて触れられており、それがきっかけとなって上映会という運びとなった。チャップリンが演出した現代における「倒錯」・「逆さの世界」に関し、丸山が注目した部分について確認し、合わせて喜劇王による見事なコメディを楽しむ(その手法の多くは、今日に受け継がれていると感じさせる。さすがに、三本ぶっつづけでみるのは疲れたが…)。

 丸山は、チャップリンの映画から、次のような意味を引き出している。

チャップリンは、現代とはいかなる時代かを執拗に問いながら、くりかえし同じ規定を以て答えているように見える。それは「逆さの時代」だということである。何をもって「逆さの時代」というか。それは常態と顛倒した出来事が〈あちこち〉(傍点部)に見られるとか、人々の認識や評価が〈時折〉(傍点部)狂いだすとかいうような個別的な事象をこえて、人間と社会の関係〈そのもの〉(傍点部)が根本的に倒錯している時代、その意味で倒錯が社会関係のなかにいわば構造化されているような時代ということである。(463頁)

 『独裁者』の導入部分における飛行機のシーンは、(主人公である床屋の記憶喪失と合わせて)まさに「逆さの世界」への入口を演出したとも受け取れたし、『モダンタイムス』におけるあの最高に笑えた自動飲食マシーンは、人間の自然な欲求すら能率的に操作されるという人間と機械の倒錯した「逆さ」の関係を表している。しかも、その倒錯が、現代に生きる我々にもそのままあてはまるとすれば、いったい素直に笑えるシーンなのか…

   ■   ■

 学問的な文献・論文だけでなく、このように大衆映画を素材として議論を展開する丸山の手法、その多趣味には驚かされる(彼の音楽嗜好も有名だ)。『論座』10月号(2006年、朝日新聞社)には、「『速舌遅筆』丸山眞男の超人的好奇心」と題して、『現代政治の思想と行動』の編集に携わった松本昌次氏のインタビューが載っている(「“生涯現役編集者”松本昌次が語る わたしの戦後出版史―その側面⑦」)。 映画、演劇、音楽、専門外のあらゆるジャンルにわたって、あらゆる蘊蓄を傾けてダベるその饒舌ぶりや、好奇心の旺盛さを示すエピソードが語られている。「いかなる場合も、広く深い学問的・時代的経験に立って、全人格的といいますか、全身体的といいますか、持てるものをすべて出しきって、書く主題とわたりあうようにして書かれている」(同上、335頁)丸山の本はたしかに刺激的で、「面白い」。

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やっぱり「間」だな

  今日(水曜日)の稽古の際、すだっちから、県大会の演武を録画したデー・ブイ・デーをもらう。
改めて自分の演武を自己分析。
敗因はやっぱり「間」だな。緊張からくる焦りからか、一つ一つの技が淡白に見える。
一つ一つの動作のつながり(=かたち)にはなっても、一つの業としては表現されていない。
切り下ろしから血振りへの移行にしろ、血振りから納刀への移行にしろ、油断のない慎重さ―「残心」を示す必要があると感じた。倒した敵の生存を慎重に確認せず、また次の襲いかかってくる仮想敵の動きを見極めることもなくして、次の動作に移るとしたら、それは軽率である。
とりあえず、もっとじっくりやらねば。
 
 とは言っても、ただゆっくりやれということではないから、難しい。
「間」は字義通りに言えば「形」として表現されたものの間隙にある沈黙、空白の部分を指している。しかし、業(「わざ」)における「間」とは、単なる空白でも沈黙でもなく、それなくしては業が成り立たないほどの構成要素である。単に時間的要素としてではなく、状況全体のなかでの必然性という観点から自らの呼吸のリズムや動作の間隔を決定することが、「間」の体得ということに他ならない(だから、業(「わざ」)の深い認識に至っていないと体得できない代物なのである)。
その成果として、業として表現された部分と表現されない部分との間に、抜き差しならぬ緊張関係があるとき、演武者の業は映えるし、周囲からも評価される。
 とりあえず、地道にやっていくしかない。まずは、先に述べたような「残心」―自分的には「細心」と言いたい―を意識することから始めよう。

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行きたかったんだけど…

 今日は、出来れば居合道の講習会に行きたかったのだが、さすがにキツかった。県大会後の反省会(飲み会)では、かなり積極的な発言をしていたのに…。お誘いくださったみなさん、ごめんなさい。行きたかったんだけど…

 昨日は、来年刊行される本の原稿読み合わせ会を行う(若手有志による自主的なものです、念のため)。かつての読書会(教育史研究会)を彷彿とさせる面子が集った。四時半ごろからの予定が、集まったのが午後七時。ご飯を食べながらスタート、三つの原稿(四人分)を検討して、終わったのが、午前二時。各自、課題を見つけて持ち帰り、さらに内容を練ることになった(といっても、時間があるわけではない)。

 そんなわけで、かなり疲れた。会終了時点で、講習会参加は断念。代わりに、宮城県図書館で史料を探したかったのだけど、起床失敗でそれもできず。行きたかったんだけど…

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安らかに眠れない祖父

 私の母方の祖父は、太平洋戦争で戦死した。靖国神社に「英霊」として祀られている。
 だが、私は、その靖国に参拝する「心」をもてないでいる。「英霊」である前に、「私の祖父」であり、そして戦争犠牲者である祖父を追悼する最良の仕方は、故郷にある祖父の墓前で手を合わせることだと心得ているからである。
 これが、国が選別した特定の犠牲者を「祀る」神社への参拝となると、〈追悼〉とは異なる、〈顕彰〉としての意味が加わり、戦争を賛美する「戦前回帰」志向につながる―その思いが払拭できない。
 現時点において、〈靖国参拝〉という行為は、「東京裁判史観の否定」(あるいは「大東亜戦争肯定論」、そして短絡的な「戦争責任の否定」へ)といった特定のイデオロギーとの結びつきが強く、過去の戦争の正当化を表現することになってしまうのではないか―そんな疑念が、自分の足を靖国から遠ざけている。そもそも、政治性を帯びてしまった靖国神社の現状はあまりに騒がしすぎて、英霊は安らかに眠ることができないだろう。

 祖父の死後、祖母は戦歿者寡婦(「戦争未亡人」)として(であるがゆえに)再婚することもなく、子ども二人を育てあげた。周囲が驚くほどタフな人間であったが、さすがに最近入院してしまった(それでも持ち前の体力に、看護士さんたちは驚いている)。終戦記念日(8月15日)に見舞った折に見た、その痛々しい姿からは、戦争を経験した人間の苦悩が見てとれた。
 国に殉じた祖父を「御祭神」として祀り、その死が「名誉の戦死」となることで、遺族感情は多少なりとも慰められる。だが、祖母が辿ったその後の人生の苦労を思うと、祖父の「無念の死」を安易に讃えたり、首相の参拝に感激する気にもなれない。まして、それが一人よがりの「平和」と排外的な攘夷を招くのであれば、当時対外的に孤立化した日本の状況を知る祖父は参拝に同意しないはずだ。
 戦争犠牲者を追悼するのに、なぜ国内の、それも一部の兵士たちだけを対象とするのか。その点をもっと問題にしていいのではないか。今日9月2日は、国際標準としての戦争が終わった日である。

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