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教育変動期をどう生き抜くのか

 寺脇研さんの講演会が研究科主催で開かれ、参加してきた。寺脇さんは、先月文部科学省を退職され(「『ゆとり教育』の旗振り役 寺脇研さん、文科省を辞職へ」『asahi.com-アサヒ・ドット・コム-』、2006年10月18日)、現在はNPO 教育支援協会のチーフコーディネーターを務めている。退官の背景については、寺脇研「さらば文科省」(『Yahoo!みんなの政治 政事記事読みくらべ』、2006年11月20日)などを参照されたい。


 行政改革が引き起こした問題と教育再生会議の危うさ、臨教審、教育改革国民会議の裏話、高校の未履修問題、大学入試をめぐる錯覚、教育委員会制度など、講演の話題は多方面にわたった。
 「教育変動期における大学の役割」という題目と絡めて、自分が関心を持ったのは、寺脇さんが文部省に入省した1975(昭和50)年からの10年間についての話であった。 寺脇さんはこの年(75年)を「高等教育にとっての分水嶺」と位置づけ、文部省における「75―85年の迷走」の時期だと捉える。
 当時文部省では、大学への進学率が右肩上がりに上昇を続けるとの予測を立てていた。ところが、76年にそれがはじめて横ばいとなる。85年には入学率50%に到達するであろうという省内の予測は外れることとなった(大学等進学率の推移については、『データからみる日本の教育 2005』、および『我が国の高等教育の将来像(答申)』中のこちらを参照)。これは単に所得格差などで片づけられる問題ではなく、大学以外(専門学校、専修学校、就職)に積極的に進路を求めようとする中学生や高校生の存在に注意を向ける必要があるという。
 大学側が陥っている妄信、すなわち、「大学」をつくれば(自動的に)学生は入ってくるだろうという思惑がいかにもろい幻想であるかということが、すでにこの時点において認識されつつあった点は興味深い。
 では、2007年問題も間近に控える大学「定員割れ」の時代になった今、大学側はどのような教育・経営をなすべきなのか(定員を削減しても入学者の学力水準を維持すべきなのか、定員はいじらずに教育・経営のあり方を変えていくべきなのか、それとも日本の大学・研究者は滅びの美学を考えはじめる時期なのか)。そこまでの言及はなく、尋ねてみたかったが止した。それはやはり、大学側が自主的に考えていく問題であろう(個人的には、考えるのが憂鬱な問題である。ただ、大学は入学者を選べる権限を持つのだから、定員の弾力化などさまざまな対応ができるはずなのに―「分数ができない」ならなぜ落とさないのか―、あたかも学習指導要領通りに入試する義務があるかのように初等・中等教育の現状を批判するという大学側への指摘は、たしかに妥当的なものだといえる。中教審答申「初等中等教育と高等教育との接続の改善について」をもう一度読む必要がありそうだ)。


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 また今になって思い出したが、「ゆとり教育」の旗振り役としてみられることへの感想を聞いてみたかった。
 今回の講演を聴いた限り、寺脇さんの文部官僚としての教育(政策)論の根本は、「ゆとり」というより「自己責任」である。「自己責任」だからこそ、上からの画一性の押しつけはおかしいということになり、「個性」や「生きる力」や「総合的な学習」といった方向へと向かったといえる。そして、よくよく考えればあたりまえだが、それは臨教審からの新自由主義-「小さな政府」路線と一方で符合しており、大いに議論する余地のある問題である(しかし、この観点からの「ゆとり教育」批判はあまり見かけない。知識量が減っただのどうのという批判に終始しているものが多い)。そう捉えるなら、新自由主義路線に基づく「自己責任」論の、文科省的表現(教育の充実を図るという文脈での表現)が「ゆとり」であったということになる。しかし、それは実感的・非論理的で、国民には理解しにくい表現であったことは否めない。そして、本当にそれでこれからの「格差時代」を生き抜けるのかどうか、自分には不安が残る。

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