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『犯罪不安社会』を読む

 浜井浩一・芹沢一也『犯罪不安社会―誰もが「不審者」?―』(光文社新書、2006年)。「おすすめ」(小田中先生風)。大晦日、帰省中の列車のなかで読み始めたら、これが面白く、(乗り物のなかで本を読むのは苦手なのだけど)一気に読んでしまった。
 
 「治安悪化」の「常識」に基づいて厳罰化や監視強化が進む現状に対し、本書は統計・思想の両面からの分析を通して、その神話生成の要因、治安悪化神話と監視強化や厳罰化がつくり出している「現実」を提示している。
 治安悪化は神話であるという見方は、教育学の分野でも「青少年の凶悪化」神話というかたちで、主に教育社会学的観点から指摘がなされてきた。そして、私自身はそのような「青少年の凶悪化」(本書の言葉で言えば、「少年の怪物化」)言説が、くり返される「教育改革」政策の自己総括を回避し、「改革」の根拠とするかたちで機能してきたと理解してきた(今もそれは変わらない)。
 この本では、そのような「青少年の凶悪化」言説も含めて、凶悪犯罪がどのように語られてきたか、その言説変容のプロセスが詳細に論じられている(2章)。簡単に表にすると、以下のような感じか。


○1989年、宮崎勤の連続幼女殺害事件~事件に、時代や社会を読む言説の隆盛
○1997年、酒鬼薔薇事件の衝撃~少年Aをめぐる解釈合戦。議論は教育制度批判へ
○1998年、栃木黒磯事件~怪物化する少年たち
○犯罪被害者遺族への注目
―社会の共感は加害者から被害者へ―
○2000年、少年法の改正~「加害者と教育」パラダイムから、「被害者と厳罰」パラダイムへの移行
○2001年、宅間守の大阪池田小事件~転換点―法制度の批判、異常者という眼差し、セキュリティの強化―
○2004年、小林薫の奈良女児殺害事件(第二の宮崎勤)~「犯罪被害は、何の前触れもなく突然襲ってくるもの」という「不安」


 そのほか、犯罪統計の読み方(1章)という基礎的な考察を含め、実態なき犯罪不安に駆り立てられた地域住民たちの防犯活動が、コミュニティの再生という運動に参加している喜びと結びつくという、「快楽と不安の共存」。しかし、現実に生み出されているのは地域の連帯どころか、子どもに声をかけたら不審者扱いされるという「相互不信社会」であるという皮肉な現実(3章)、さらに、科学的根拠(エビデンス)に基づかない、信仰に基づく犯罪対策がもたらしている現実の一断面として刑務所の実態―「福祉の最後の砦」になりつつある塀の中―という刺激的な分析へと続く(4章)。
 監視や管理の強化という犯罪対策によって、我々は何を得、何を失っているのか。それを考えるうえで勉強させられた。セキュリティも重要だが、それだけでなく、社会保障を含めた広い視野から犯罪問題を捉えていく必要性を痛感した。少なくとも、自分の安全が脅かされない限りでの「自由」の享受―得体の知れない他者を排除し、均一化された生活空間で「自由」に振る舞う=自分もその立場に置かれるかもしれない社会的弱者への無関心、ないしは非寛容―という発想では、事態は閉塞するだけではないか。


〈リンク〉
・少年犯罪データベースhttp://kangaeru.s59.xrea.com/
 少年犯罪データベースドアhttp://blog.livedoor.jp/kangaeru2001/
・キャンベル共同計画http://fuji.u-shizuoka-ken.ac.jp/~campbell/index.html

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受信: 2007/01/10 12:44

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