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学習刺激剤としての「学校ボランティア」

 H小学校での学習補助は、昨日で全日程終了。一年間を通して休むことなく、皆勤することができた。
 「算数の時間が楽しくなった、という子どもが増えた」というのはありがたい。
 算数・数学教育に精通してなどいない自分ごときが関わったところで、子どもたちの「学力(学習到達度)」が即向上するはずもないのだが、しかし、子どもたちが算数の勉強のために机に向かう(今後も向かい続ける)そのきっかけや刺激剤とでも言おうか、ちょっとしたスパイスとしての役割を「学校ボランティア」が果たし得たならば本望である。
 そもそも「教育の成果」というのは、教師の力をもってしてもそう簡単に具現する質のものではないし(そもそも実体的に捉えられるものなのだろうか)、また表面に出てきたもの(=テストの点数)だけをみてそれが即成果の総体だと判断するのも、(もちろん、それも重要だが)どこか矮小的にすぎる。子どもたちが大人になって、「ああ、そういえばあのとき担任の先生や、ボランティアの人に教わったなぁ」という記憶と共に、知識が剥落していないことを実感してはじめて、当時の教育の成果を評価する一指標にできるだろう。
 それゆえに今「知っている・覚えている」ことよりも「楽しい」と思っていることのほうがある意味では重要であり、そのような感想を生徒達から貰えたことは、ボランティア活動が(その後の)自主的な学習への可能性になりえたという意味で、こちらも喜べるのである。
 子どもたちに働きかけてきた自分に関していえば、子どもたちに教えることを通して、「ああ、あのとき教わったことは、実はこういうことだったのか」と多くを学び直すことにつながった。特に、すっかり数字や記号の機械的操作として扱いなれてしまった計算を、より具体的なイメージをもつ問題として捉え直すに至った。
 例えば、以下の問題。解かせるのに苦労した問題である。

「問題:和が82、差が6になる二つの(整)数を求めなさい。」

模範回答は以下の通り。

(82-6)÷2=38
 38+6=44
          答え:38と44

これは、代数(x,y)を入れて教えることは小学四年生にはできないのが難しい。○や△でもダメであった。有効な方法として、帯(棒グラフのようなもの)を提示しながら、以下の要領で教えるというのがある。

 ①[ある同じ数](帯で図示)
 ②[[ある同じ数]より6大きい数](同じように、①より「+6」長い帯として図示)

 ①+②=82
 82-6=76(帯の長さをそろえる)
 76÷2=38(二本の同じ長さの帯一本あたりの長さ=①[ある同じ数])
 ①+6=44(=②[[ある同じ数]より6大きい数])

計算自体は、実は代数を入れたときと基本的に変わらない。

    x+y=82
 -) x-y=6
 ―――――――
    2y=82-6(76)
       y=76÷2
      =38

     x=38+6
     =44

       答:38と44

要するに、「直観的に考える」ということを以上の問題は教えてくれる。記号(x,y)を代入して計算する操作が指し示している具体的意味を、自分はこの問題を通して学び直した。

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