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[土ログ]教育学の混迷

『思想』第995号(2007年第3号)、目次
http://www.iwanami.co.jp/shiso/0995/shiso.html
※広田照幸「教育学の混迷」を閲覧できる。

広田さんは、次のように述べている。

 重要なポイントの一つは、1950年代以降、教育学の主流の研究者が野党的な政治的ポジションに「隔離」されていったことである。戦後改革の初期には、東大の教育学の教員などが、重要な制度構築に関わっていた。しかし、50年前後からの、いわゆる「逆コース」以降は、政策決定過程から外れていき、与党の政策策定過程において影響力を持つことはまれになった。

 革新側にシンパシーをもつ研究者が多いのは、何も教育学に限ったことではなかった。しかし、教育学の場合、革新的な運動と切り離せない形でしか研究が深まっていかなかったことが、ある意味で不幸であった。教育運動の拡大や教育実践の組み換えにつながるような研究が望ましいとされ、政治的(運動的)効果と学問的意義との峻別が不十分だった点が、おそらくあった。

 このような指摘は最近よく耳に入ってくる。政策と市民運動(やそれにコミットしていく社会科学)との間で対立的にすみ分ける、ある種の共犯関係がそこには成り立っていた、政策立案への関与という発想が戦後教育学には欠落してきた、ということだろう。
 これを読んで自分は、以前広田さんが成城学園で行った講演(「澤柳政太郎とその時代」2004年10月、『成城教育』第128号、2005年6月を参照)を思い出した。戦後教育学をめぐるこのような問題意識は、大正期教育史研究についてもあてはめることが可能だからである。広田さんは講演で、大正新教育における二つの〈教育改造〉について指摘していた。それは成城内では、澤柳政太郎(校長)と小原國芳(主事)との間の対立、〈実験対実践〉という対立軸で表される。
 小原に代表される新教育展開の手法、それは確固とした教育理念(「全人教育」)を前提とする教育実践の宣伝を通しての、いわば下からの教育運動による〈教育改造〉であった。一方、澤柳が志向した〈教育改造〉の手法は、はじめから特定の理念に立脚して啓蒙的実践を展開するのではなく、科学的吟味に基づく教育実験を通して文部当局に働きかけ、それをもって全国的に普及させていくというものだった。この二つの〈教育改造〉のうち、戦後教育学においてとくに重視されてきたのは教育運動としての〈教育改造〉であったことはご指摘の通りだろう。そう捉えると、新教育における澤柳の立ち位置というのがかなり独自なものにみえてくるし、また「大正新教育を運動としてだけでなく、多面的にみる」新しい視角への可能性についても、いろいろと思考を触発される。自分もそんなユニークでかつ読み手を唸らせる認識枠組みを設定してみたいのだが…。

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「状況の力」の恐ろしさ、悪の平凡さ

土曜深夜にテレビで放送していた映画es[エス]は、すごい映画だった。
1971年、スタンフォード大学で行われたある心理学実験の顛末を題材として、ドイツ人がドイツを舞台に映画化した。

 「模範刑務所で2週間の心理実験。報酬は4000マルク」
大学施設内に用意された模擬刑務所のなかで、募集で集められた被験者たちが看守と囚人に分かれ、2週間を過ごす。実験の内容はそのようなものであった。しかし、数日も経たずに被験者たちの様子は一変し、非人間的でおぞましい惨劇へと向かっていく―。
 映画は、実験の結果を忠実に再現しているというが、にわかには信じがたいほど、その詳細は残酷である。しかも、看守(役)も囚人(役)も、募集で集められたごくごく「普通の人たち」である。その「普通の人たち」がいつしか与えられた役割を務めるうちに「人格」を支配され(しかも自分では気づかない。むしろ積極的にその状況に寄り添っていく)、「状況の力」の前に服従・順応していく。そして、その支配に対して弱者である囚人(役)から抵抗が行われるとき、「状況」は残酷さを加速させてゆく。
 「悪の平凡さ」という言葉の意味を、この映画は教えてくれる。

 この作品がドイツ人の手によって描かれたのは大きい。その点こそが、実は、この映画の最も重要なポイントなのかもしれない。ナチズムの歴史を想起せずにはいられないからである(しかし、映画のなかでナチズムに言及するシーンは、ほんの一瞬しかない)。ドイツの懐の深さを感じる。
 この作品を日本版として(我が事として)映画化できるだろうか……。

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[土ログ]城山三郎さん逝く

「訃報:城山三郎さん 79歳 死去=作家」『毎日インタラクティブ』、2007年3月23日。

「経済小説のパイオニア 城山三郎さん死去 79歳」『YOMIURI ONLINE』、2007年3月23日。

「城山三郎さん死去 『落日燃ゆ』、経済小説開拓」『中日新聞 Chunichi Web ress』。

「城山三郎氏が死去~戦争の恐ろしさを知り尽くした人」『レイバーネット』。

「組織と個人が一貫した主題 戦後を憂慮した城山さん」『中国新聞』、2007年3月22日。

「<評伝>組織と個人追求 戦争体験原点に」『神戸新聞 WEB NEWS』、2007年3月23日。

また一人尊敬する作家さんが亡くなってしまいました。ご冥福をお祈りいたします。

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「教育の『いま』を読み解くために」

 『リーディングス 日本の教育と社会』(第Ⅰ期全10巻、日本図書センター、2006年-)。
 昨年夏、日本教育学会が本学で行われたとき、受付業務の合間に各出版社のブースを回っていた際に日本図書センターの社員の方からチラシを頂いて、刊行の情報を得た。全巻欲しいところだけど(M原先生の本一冊買うよりはお得だろう)、さすがに今は余裕がない。早く図書館に入らないかなぁ。
 社会科学的な観点で教育問題を扱った研究論文を集めたという、このリーディングスの刊行を機に、『週刊読書人』で広田照幸さんと浅野智彦さんの対談が組まれている(「対談=広田照幸・浅野智彦 教育の『いま』を読み解くために」『週刊読書人』、2007年1月26日。浅野さんが広田さんにインタビューする形式での対談)。図書センターから郵送されてきた広告にこの対談記事のコピーも付いていたので、読んでみた。
 対談で広田さんは、『リーディングス』刊行の背景にある教育学研究の現状への問題意識、すなわち現状の研究では納得しない意識について、次のように語っている。

教育研究の専門分化が進む中で一種のタコツボ化が生じていて、心理学的な視点から教育問題を扱っている人と政治学的な視点から扱っている人には共通した言葉がない。教育学内部でも、下位分野が違うと議論がかみ合わない。そういう時に、社会科学的な視点から共通の言葉が持てるようになればいいと思うんですね。
     (中略)
むしろ教育学という狭いアイデンティティを壊したいという思いが私にはあります。一つは教育学内部の細分化を超えたい。教育○○学という形でどんどん細分化してきたのが教育学のこの間の展開で、その狭いアイデンティティを揺るがさないといけないと思うんですね。いろいろなアプローチを社会科学的に取りまとめることで、共通な「広場」を作りたい。
     (中略)
戦後の教育学には、学的自立性を強めながら独自の概念や理論を作ってきた歴史があります。教育諸学が他の社会科学や人文科学と共有するものを持たなくなった大きな問題点の一つがそこにあります。(中略)
 それと現場の先生方に対して何を提供できるかという問題ですが、戦後の教育学は教育実践や教育運動と密接に関わりながら展開してきた側面があります。オーディエンスの主たる集団が先生であって、そのことが日本の教育の方向を大きく左右してきた。現場で何ができるか、何をすべきかといった実践的関心が教育学の方向を形作ってきたわけです。それがある種の隘路になっていて、現場でできることの範囲をものを考えるから、かえって問題全体の構造が見えなくなったり、新しい観点からの分析視角が発展しなかったりしてきた。むしろ現場から一歩引いたところでさまざまな教育問題をまとめ直すことで、これまでになかった視点を現場の先生方に伝えたい。現場の先生には「すぐには役に立たないが、じっくり教育について考えようとすると役に立つ」企画だと思います。

このような問題意識は、教育問題の世間的な論じ方―問題の単純化や過度の一般化―への批判にも関わってくる(「子どものバーチャル・リアリティを問題にする前に、大人たちが抱く青少年像や教育問題像のバーチャル・リアリティを問題にしろと私は言っているのですが」)。
 広田さんはすでに『教育には何ができないか』(春秋社、2003年。ストレートなタイトル!)など一連の著書において、わかりやすい処方箋を書いてすべてを教育に還元しようとする議論のやり口を批判しているが(教育神話の解体)、今後教育問題を論じていくうえで必要な視点は、次のようなものになるだろうと述べる。これは、教授学習科学といった講座に所属する私にとっては、痛い指摘である。

一つはマクロなレベルで、教育問題を取り巻く制度や条件をどうしていくのかといった議論に発展させることが必要です。もう一つ、ミクロなレベルで考えた時に、ある種の理念の実現のような形ではなく、実際の効果をきちんと考えて、できることとできないこと、すべきこととすべきでないことを考えていく必要があります。すべてを教え方の改善・工夫の問題に還元しようとする発想からどう脱却するかを考えないといけない。
    (中略)
日本の教育界は、当面うまくいけばいいという形で教育現場の実践知を組み立てることで、自己閉塞的な発想に陥ってきた部分がある。むしろそれをいったん相対化したところに、長期的に見ると実効性のある解決策が見えてくるような気がします。それをやっていかない限り、夢の中で苦しみ続けるような状況からはなかなか抜けられないのではないかと思います。

自分も教育万能主義的思考を批判してきた手前、すべてを現場での「教え方の改善・工夫の問題に還元しようとする発想」からの脱却をとく広田さんの指摘には共感するところがある(※)
 また、「社会科学者が考えなければいけないのは、波や繰り返しの指摘に留まるのではなく、今この時代を新しい極面としてどう説明できるかということです」という広田さんの指摘にも、説得力を感じる。「そんな問題は昔からあった」「まったく問題の捉え方が進歩していない」というかたちで教育論議の状況を批判するだけでは、話は先に進まないだろうからである。この指摘もまた、教育史研究をする自分にとっては実に痛い。ブログでネタが書きにくくなる。加えて、いくら証拠や実証データをきちんと示しても、「オーディエンスの側のニーズと違えば簡単に無視されてしまう(中略)多くの人は自分が読みたい物語を探していくだけ」という現状がある(これは教育問題にとどまらない)。そんな状況に少しでも「待った」をかけるうえで、「社会的視点から掘り下げる」教育学研究の重要性は今後ますます高まっていくと考えるし、そこにこそ(あちこちの大学から「教育学部」が消えている切実な状況下だからこそ)「教育学」再生の足がかりもあるのかもしれない。ただ、「教育」を相対化するためには「教育(学)」の外側に出ないといけないのだとすると、その道のりは、じつに「しんどい」。

[注]
(※)ただ、だからといって、教科教育学のように教育現場の実践と直接切り結ぶ研究、研究と実践とが相互に鍛えあう緊張関係が不要だとも思わない。現場と関わりをもつ教育内容・方法の研究領域においては、従来以上に「その研究は、学校現場の実践とどこで、どのように関わるのか」という問題意識を持ち続けていくことが、一方で必要になると考えている。
 むしろ、これらの研究領域に対して「社会科学的な視点」を問う場合には、〈「社会科学的アプローチ」などと称して、他の諸科学の用語・概念、研究成果を日曜大工的に貼り付けて彩るだけの研究〉に堕する危険性に注意する必要があるだろう。

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学校ボランティア関連記事まとめ

 中田小学校のボランティア活動も今週火曜日をもって、無事に終了。
お別れに子どもたちから寄せ書きをもらったりして、何だかハートフルな雰囲気になってしまった。こちらからは、子どもたちの幸せを願って、ささやかながら、クローバーの鉢植え(四つ葉入り)をプレゼントした。
 報告書は、学校ボランティアのウェブサイトに提出したので、そのうちアップされると思う。そちらをみていただきたい。
 一方で、活動を通していろいろと思考をめぐらせた結果は、このブログにいくつか記事としてアップしてきた。ここにもう一度、まとめて挙げておく。

「学習刺激剤としての『学校ボランティア』」、2007年2月22日。

「学校現場で『直観』を学ぶ」、2006年12月28日。

「一学期のボランティアを終えて」、2006年10月11日。

「正午=?」、2006年06月12日。

実にいろいろな勉強をさせて頂いた。中田小学校の教職員の皆様、およびボランティア事務局の方に心からお礼申し上げます。

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取扱説明書バトン

 居合に「受け流し」という業があるが、その「受け流し」のことを考えると、どうしてもムーディ勝山が連想される今日この頃(※「受け流し」では左から来たものを受け流すのだけど)。
 さて、せっかくなので、今回はミティさんから回ってきたバトンに答えることにする。

〈取扱説明書バトン〉

●本製品名:タカキ
(※『日本歴史トラベラーズ』のタカキくんとは異なりますので、よくご確認ください)

●対象年齢:25~35歳
(※ところが好評を博しているのは、幼児とお年寄りという調査結果が得られました )

●適切動作環境:適度に涼しい・暖かい室内(秋の武道場など)では効果を発揮します。

●不適切動作環境:高温多湿は避けてください。

【操作方法】

●話す:気軽に話しかけてみてください。ただし、ライフル銃のような会話攻撃は、メモリの関係上処理できない場合があります。

●誘う:「飲んでます」(or 「飲まない?」)と言ってみてください。作動しなければ、「冷たいな」と続けてみてください。「~に7時!」といった強引な操作は控えてください。

●笑わせる:高田純次風にふるまってください。

●泣かせる:「感動作」と評判のものを見せあげてください。

●怒る:本製品を「怒る」と、しばらく距離をとる行動に出るでしょう。逆に、本来協業を要する仕事を押し付けるといった、自分勝手な行動に出ると、ひそかに「怒る」動作をするでしょう。

●褒める:本製品を「褒める」場合、「おかげで助かった」など労いの言葉をかけると、操作がしやすくなります。「味方にする」のにも利用しましょう。逆に、(本製品がカバーしていない)気が利くことをすると、本製品は「褒める」動作をするでしょう。ただし、口下手なので、過剰な期待はしないでください。

●謝らせる:はじめに「怒り」ありきの高圧的な対応に出れば、「謝らせる」ことができるでしょう。ただし、その陰で反論の準備をする可能性があるので、理不尽な主張には気をつけましょう。

●挑戦する:根拠のない自信をもっているので、気軽にゲームに誘えば、受けてたつでしょう。

●倒す:(ばばぬき、あっち向いてホイなど)駆け引きを要するシンプルなゲームを設定すると「倒す」ことができるでしょう。また、ギャンブルにも滅法な弱さを発揮します。

●だます:環境の変化には鈍感です。本人の眼が届かないところで秘密工作を行ってください。

●味方にする:「義理堅い」スペックが付いておりますので、ある程度仲良くなりさえすれば、簡単に味方にすることができるでしょう。ただし、味方にしたからといって大きな戦力になるわけではありませんので(「倒す」の項を参照のこと)、過剰な期待に注意してください。また、適切動作環境を確認してください。

●服従させる:「強制」色を排し、甘い蜜で釣ってください。それを「貸し」に弱みとすることで、「服従させる」ことができるでしょう。ただし、服従させたからといって大きな労働力になるわけではありませんので、過剰な期待に注意してください。

【メンテナンス・故障かなと思ったら】

●エネルギー:カレーライス/寿司/じっくり読書ができる環境を設定してエネルギーを補充してください。

●ケアの仕方:飲み会の設定を行ってください。

●故障している例:テンションが高い/いつにも増して髭が濃い/遅刻する(※徹夜明け+締切間近の可能性が高いです)

●修理の仕方:十分な睡眠とちょっぴり贅沢な食事を与えてください。

【保障制度】:(保証のこと?)とくに設けておりません。

【知りたい製品】どれでも(見ているミクサーならどなたでも)。

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[木ログ]臨教審のころ

こんな映像を見つけた。

◆臨教審 - 1985(Youtube)

登場する校長先生の発言がある意味スゴイ。「集団としての秩序が重要だ(そんなことはサルでもわかる)」ということを言いたいのだろうけど、何度聞いても「サル同様に生徒を飼い慣らす必要がある」という意味に受け取ってしまう。編集のせいだろうか。

直接関係はないけど、こんなもの(↓)もひっかかってきたので。

◆久米宏 vs 権力 NS18年のバトル

久米さんの「ゆるくて鋭い」感じがいい。思わず笑ってしまう。誰とは言わないけど、最近のキャスターは、ケシカラニズムの煽り一色なもんだから、聞いていてとにかく居心地の悪さを感じる。

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ハッピー・リタイヤメント

 金曜日は、カジヤマ先生の最終講義。先生に縁のある全国の先生方も遠路遙々お見えになって、大入り。先生のお人柄が反映している。
 「教育史研究をふりかえって」と題して、学生時代のエピソードを含め、先生が教育史研究者としてこれまで歩んでこられた軌跡(研究関心・内容の変遷)についてお話になられた。
 これまで日頃の講義・演習を通して断片的に聞いてきたことでもあったが、改めて時期を追うかたちで体系的に聴かされると、実に多岐にわたってきた先生の研究の移り変わりのなかに底流している問題認識がいかに一貫しているかということがよくわかる。
 先生は、本学に赴任された時から折りにふれて、色川大吉さんの『明治精神史』(講談社学術文庫、1976年)を学生に勧めてきた。歴史の底に地下水のように流れてきた「水脈」=民衆の精神史を探り当て、そこに「未発の契機」を見出すという色川史学の魅力的な手法は、例えば、先生の教科書史研究では、政治に従属する内容統制的な制度・政策史とは異なる「国定化」解釈―議会や文部官僚、学界人、教科書会社が複雑に織りなすドラマのもと、検定制度がズルズルと崩壊していく過程―として凝縮され、「研究書であることをしばしば忘れさせるほどの迫力」との評価を得た。
 教育会史も、そういう「地底に埋もれてしまった人々たちの躍動した軌跡を掘り起こすとともにそれが現代に投げかける歴史の教訓として対象化する」という眼で見ないといけないのだなぁ、と思う。「サウイフ筆致ヲワタシモシタイ」(百年はやい)。

 最終講義の翌日も、そして今日も先生は大学に来られている。
 先生の研究への情熱、学生指導への情熱を示すエピソードは枚挙に遑がなく、祝賀会でも先生のお人柄を示すユニークな逸話が次々と披露されたが、多くの学生が知る身近で定番のエピソードといえば、「単身赴任の先生は、学生も驚愕するほど毎日夜遅くまで研究室にいる(食事後戻ってくる!)」というタフな事実がある(かといって朝遅いというわけでは決してない!)。先生の教育史研究者としての「角熟」は、この衰えを知らない情熱なしには語ることはできない。自分は大学から帰宅するとき、必ず先生の研究室の明かりがついているかどうかを確認しながら帰るのが習慣だったけど、それができるのもあと少し。

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