« [水ログ]ダイヤモンドシティ・エアリ | トップページ | [木ログ]臨教審のころ »

ハッピー・リタイヤメント

 金曜日は、カジヤマ先生の最終講義。先生に縁のある全国の先生方も遠路遙々お見えになって、大入り。先生のお人柄が反映している。
 「教育史研究をふりかえって」と題して、学生時代のエピソードを含め、先生が教育史研究者としてこれまで歩んでこられた軌跡(研究関心・内容の変遷)についてお話になられた。
 これまで日頃の講義・演習を通して断片的に聞いてきたことでもあったが、改めて時期を追うかたちで体系的に聴かされると、実に多岐にわたってきた先生の研究の移り変わりのなかに底流している問題認識がいかに一貫しているかということがよくわかる。
 先生は、本学に赴任された時から折りにふれて、色川大吉さんの『明治精神史』(講談社学術文庫、1976年)を学生に勧めてきた。歴史の底に地下水のように流れてきた「水脈」=民衆の精神史を探り当て、そこに「未発の契機」を見出すという色川史学の魅力的な手法は、例えば、先生の教科書史研究では、政治に従属する内容統制的な制度・政策史とは異なる「国定化」解釈―議会や文部官僚、学界人、教科書会社が複雑に織りなすドラマのもと、検定制度がズルズルと崩壊していく過程―として凝縮され、「研究書であることをしばしば忘れさせるほどの迫力」との評価を得た。
 教育会史も、そういう「地底に埋もれてしまった人々たちの躍動した軌跡を掘り起こすとともにそれが現代に投げかける歴史の教訓として対象化する」という眼で見ないといけないのだなぁ、と思う。「サウイフ筆致ヲワタシモシタイ」(百年はやい)。

 最終講義の翌日も、そして今日も先生は大学に来られている。
 先生の研究への情熱、学生指導への情熱を示すエピソードは枚挙に遑がなく、祝賀会でも先生のお人柄を示すユニークな逸話が次々と披露されたが、多くの学生が知る身近で定番のエピソードといえば、「単身赴任の先生は、学生も驚愕するほど毎日夜遅くまで研究室にいる(食事後戻ってくる!)」というタフな事実がある(かといって朝遅いというわけでは決してない!)。先生の教育史研究者としての「角熟」は、この衰えを知らない情熱なしには語ることはできない。自分は大学から帰宅するとき、必ず先生の研究室の明かりがついているかどうかを確認しながら帰るのが習慣だったけど、それができるのもあと少し。

|

« [水ログ]ダイヤモンドシティ・エアリ | トップページ | [木ログ]臨教審のころ »

日記・コラム・つぶやき」カテゴリの記事

コメント

コメントを書く



(ウェブ上には掲載しません)




トラックバック

この記事のトラックバックURL:
http://app.cocolog-nifty.com/t/trackback/69457/14135035

この記事へのトラックバック一覧です: ハッピー・リタイヤメント:

« [水ログ]ダイヤモンドシティ・エアリ | トップページ | [木ログ]臨教審のころ »