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「強制」と「状況の力」

 「従軍慰安婦」問題、および高校歴史教科書の沖縄集団自決に関する記述問題で、日本軍による「強制」(慰安婦問題の場合、連行における「強制」)があったか否かで、ここしばらく湧いている。「証拠(文書)がない」といった指摘自体が、矮小な歴史認識(官房的歴史観とでも言おうか)の反映にすぎないと、率直に思う。そもそも「強制」なくして、証言等に示されているような慰安所経営や集団自決の状況を作り上げたのなら、軍の関与云々以前に日本人の非人間性がよりかえって問題になるだろう。

 自分は歴史教育について、以下のように考えているが、上記問題をめぐって、安倍内閣からその姿勢は見えてこない。

自己満足(例えば、我が国は戦争、植民地支配時にいいこともした、など)や趣味(最近テレビで歴史ブームだがあれは何故?)に終始し、「自己変革をとげていく高度に知的で心理的な作業」である「自己批判」をもたない歴史認識は、その国の知的・文化的成熟度の低さを周囲にひけらかすようなものであり、そんな歴史認識に基づく独善的で自国中心的な歴史教育のほうが、(外からの軽蔑の眼にさらされる点で)はるかに「自虐」的だ。

 もちろん、戦争を一方の(被害者の)立場からのみ語ることで、隠蔽してしまうものは多々あると思う。国民総「動員」という言葉が示しているように、軍による「強制」というだけで戦争を捉えきることができないのは事実である。今回の教科書検定に際して、各教科書会社がはじめから「従軍慰安婦」記述について自主規制している=文科省にすり寄っている現状からして、ある種、戦時期のメディアの対応と変わらない一面を示している。

 自分は先日、映画es[エス] について触れた。この映画は歴史教材としても非常にすぐれたものだと思う。高校歴史の授業の際に生徒にみせたら、いい反応が得られるのではないだろうか。
 同映画では、「状況の力」がいかに普通の人々の「人格」を支配し、非人間的な行為へ向かわせるかが描かれている。ただ、誤解してはならないのは、「すべてはその時の状況が悪かった」というように、時代の「なりゆき」が問題なのではないということである。どんな状況も、それを作りだす人間がいてこそ成り立つわけだから、どこに問題の根源があったのかを、あるいはそれを回避する未発の契機があったのかを、慎重に検討していくことが有意義だろう。

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