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とらえどころなき教育会

 土曜日は、教育会の研究会。
もう、大学に常時待機できる学生が自分しかいないものだから、
頼まれたら断れない。一人でせっせと会場づくりをする。
発表者は、K山先生一人であることに、先生本人が驚く。
しかし、こちらからすれば、わざわざ岐阜から発表をしに来る先生のモチベーションの高さに驚くというものである。

 今年度の教育情報回路研の研究対象時期は大正期である。
この時期教育会は一体何を行っていたのか、教員社会においてどのような位置にあったのか。これを明らかにするのが、主要課題となってくるだろう。
 この時期は、教員会・教員研究会など教員のみを構成員とする活動組織が各地で誕生し、力のある校長のもと、実地授業・批評会形式(いわゆる今日の公開研究授業)の自主的な研究活動が展開されてくる時期である。(その前提として)行政サイドはそのように現場の課題解決力を喚起調達しつつ(K間先生のいう「公教育運営の変容」)校長会などを設けることで監督指導体制を整備していく。また、師範附属小が初等教育研究会などを実施して、府県下研修にのりだし、現場への指導性を発揮していく。
 そのような状況下で、「地方教育会が取り組む事業領域は、学校教育から次第に社会教育へと変化していった」と捉えるべきなのか。これが一つの論点であったように思う。「従来教育会が担っていたものがなくなっていき、教育会としては再編を迫られる」のは確かもしれないと、漠然ながら推測する。とにかく、この時期の教育会はとらえどころがない。
 研究会の後、S藤先生と少し話をして、教育会は〈会員制倶楽部〉のようなものだったのではないかという意見を聞き、肯く。「教育会会員」という箔が付くことでもたらされるものがかなりあったのではないかとは、十分考えられる。その場合は、〈人〉を分析視点として教育会という対象に切り込んでいくことになるだろう。
 相変わらずのことだが、たくさんの、刺激的な意見を聞くことができて有意義な時間だった。自分もこの間、大正期の名取郡(仙台市に隣接)における「教員の研究会」(郡学事会→郡教員〔研究〕会の流れ)についていろいろ調べていたので、先生方の議論からいろいろと触発されることが多く、そのことが楽しかった。

 でもやっぱり、ヘビーだ。そしてブルーだ。〆切を強いられたから(〆切のある幸せを噛みしめる日は来るんだろうか…)。

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教育史ノート」カテゴリの記事

コメント

そういえば、先日教頭が職員室で案内を配ってた。
地元の教育会の大正から初期にかけての会報の復刻版らしい。
地元の教育委員会から頼まれたんだろうね。
ド田舎の町の教育会か…どんな感じだったのだろう。
復刻版買おうかどうか迷ったが、読まない気がしたので
注文していない。

投稿: F田 | 2007/05/31 21:38

マジですか。
もっと詳しい情報を知りたいです。
値段によっては買ってもいいと思ってます。
地元の教育会とは静岡県教育会のことなのか、
それとも、それより小さい町村の教育会なのか。
情報お待ちしてますm(_ _ )m

投稿: タカキ | 2007/05/31 22:45

 話の横から失礼します。
 それは私にとっても気になる情報です。
 ぜひ詳細を教えてください。

投稿: Shira | 2007/06/01 11:15

職員室に案内を置いてきてしまったので、詳細は今分かりません。
週明けにでも、お知らせします。
私の勤務校がある小さな町の教育会です。
町の教育委員会かどこかから頼まれたんだと思います。

投稿: F田 | 2007/06/01 22:26

F田先生、情報提供サンクス。
公費購の方向で何とか手に入れたいと考えてます。

投稿: タカキ | 2007/06/10 18:47

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