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教育的「変身」の実例

 唐突だが、まず、以下のJ.R.マーティンの論文の論旨を整理することから始めたい(さりげなく本の宣伝も兼ねて)。

■ジェイン・ローランド・マーティン(Jane Roland Martin)、尾崎博美訳
「第2章 教育による変身 (Educational Metamorphoses)」
生田久美子編『ジェンダーと教育―理念・歴史の検討から政策の実現に向けて―』(ジェンダー法・政策研究叢書第4巻)東北大学出版会、2005年12月。

 本論でマーティンは、教育という現象の「変身」(educational metamorphoses)という側面に光をあてる。この試みは、従来の研究が教育という現象を付加的な変化(incremental change)、つまり、教育を(学習者が知識を積みあげていくように)小さな変化や進歩を積みあげていくという側面のみで捉えられていることへの批判を含むものである。
 教育を付加的な変化として捉えることは、生徒の学習到達度評価を可能にするなどのメリットはある。だが一方で、教育目標の画一化など、細かい点に及ぶ管理を推奨することにつながる。教育者たちに管理という幻想をもたらす。
 だが、実際の教育は、ほとんどの場合、予測不可能的な現象であり、そのことを知らない人はいない。それにもかかわらず、その多くの側面を持った教育という行為を、きっちりとした制御の下に置こうとする試みが頻繁になされてきた(もしも教育が自発的で意図的で自覚的な行為であるとしたら、教育が手に負えない予測不可能な現象であることを心配する必要がなくなる)。
 マーティンが問題にするのは、教育を知識や理解の獲得を目的とする行為とし、学び手の自発性や教え手の意図をその前提としている教育の合理主義的な定義である。そして、この「狭すぎる定義」が、教育領域から母親たちの教育的行為を放り出し、さらには「新生児の変身」や「文化横断による変身」をも教育から排除することになると指摘する。
 マーティンはビクターやマルコムXを具体的事例として、合理的定義では捉えきれない教育的「変身」―人を全人的に変貌させる行為としての教育―を論じてみせる。

 なぜ、このマーティンの論文を挙げたのかというと、このマーティンの指摘が、自分が今読んでいる本の内容と極めて密接に絡むものであり、教育哲学者マーティンの思考実験を実証してくれる日本の事例がその本に示されていると考えたからである。

 その本とは、宮本延春『オール1の落ちこぼれ、教師になる』(角川書店、2006年)
 同書では、小さい頃からいじめられっ子で、中学では成績がオール1だったという「落ちこぼれ」の宮本さん―中3で漢字は自分の名前しか書けず、英単語はbookしか知らず、九九は2の段までしか言えないという状態―が、奥さんとなる「彼女」や職場先の上司・同僚、定時制高校の先生との出会いを通して劇的に変化し、勉強する喜びに目ざめ、その後、名古屋大学大学院にまで進み、母校に数学教師として赴任するという、その経緯が自伝的に書かれている。
 これこそ、付加的な変化という枠組みでは捉えきれない、教育的「変身」を指すのではないのか。知識や技能が「加えられた」という次元に、この宮本さんの学びを還元することには、さすがに無理がある。しかも、「落ちこぼれ」の宮本さんを学びへと誘ったのがアインシュタイン(のビデオ)だというから、さらに驚く(宮本氏自身も「不思議」だと述べている。)。教育の予測不可能性をこれほど明快に物語るエピソードは、世界でも稀であろう。
 また、宮本さんが純子さん(「彼女」)はもちろん、土田先生(「父親のような先生」)、そして、「死ぬまで勉強だよ」という母親の言葉をとくに印象深く語っていることも興味深い。教育を語る主要概念として「家庭」概念―それは「逃げ去る場所」のように不当に評価されてきた―を積極的に捉え直し、新たな学校像/教育像を提起しようとする、マーティンの「スクールホーム」構想(≠ホームスクール)の有効性や意義を、宮本さんが自身の経験を通して示してくれているようにも読めるからである。
 …と書いておきながら、自分自身「スクールホーム」概念についてよく知らないのだが、日本語訳が近々刊行されるので、それからまた勉強するということで、今日はこれでおしまい。

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