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[木ログ]教員受難

苅谷剛彦「第6回 免許更新制と教員受難のパラドクス」
 (この国の教育にいま、起きていること@Webちくま)
                        
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 「教員免許更新制」の話を聞くたびにいつも思うのは、どうして、教員免許の更新が不適格教員排除と結びついて議論されるのかということである。更新制は教員の現職研修(資格・キャリアの向上)のために導入するものであって、「不適格教員排除」には直結しないし、できないだろう。
 教員に「不適格」の烙印を押して解雇させるには、対象となった教員の日常行動をたえずチェックできる位置にあって、かつ適切な指導もできる教員との連携を通じた体制が必要であり(たいてい問題はこれで片づくはず)、そして、問題教員の評価にあたっては複数の教員・教育関係者・保護者からの評価を踏まえ、一定の調査期間や猶予期間を設けたうえで、最終的に校長かもしくは採用者(教育委員会)が決断を下す……、といった「人事管理システム」の構築について慎重に議論する必要があると素朴に考えるのだが、教育再生会議ではどこまで議論されているのだろうか(議事録すべてに眼を通していないので、知っている方は教えていただきたい)。
 現場から乖離した場での講習によって「不適格」の烙印を押されたりしたら、たまったものではないし、かえって様々な問題(典型は訴訟問題)を引き起こしかねない。
 「適格性」の内容にしても一律に決められるものではないし、逆に教員を(それこそ「師範型」と言われるような)一定の型(教師像)にはめるのも、価値観が多様化していく社会への対応を迫られる状況下では、あまり建設的な対策とはいえない。
 教育政策が立ちゆかない原因や社会問題の後始末を、教師の「自己責任」に転嫁するだけでは、それこそ「教員受難」以外にみるべき成果をあげるには至らないだろう。研究的な視点からいえば、『現代教員哀史』なんてのが書けるようになるかもな。

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