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「箱物」と名づけよう

 今回の教育再生関連3法案可決によって、導入されることになる教員免許更新制は、無駄無駄無駄…、ただそうとしか言いようがない施策である。箱物行政と変わらない。さすが、拙速な議論に強行採決というかたちで出来たものにふさわしい出来映えだ。


 教育再生会議(「第2回学校再生分科会」平成18年11月30日、再生会議副室長発言)や衆議院「教育再生に関する特別委員会」(平成19年4月18日議事録、文科相発言)において、免許更新制に「不適格教員」排除機能を持たせるかのような説明がなされている。中教審の議論ではその点、「不適格教員の排除を直接の目的とするものではなく」と慎重に避けられていたのにである(「今後の教員養成・免許制度の在り方について(答申)」平成18年7月11日)。
 しかし、少し考えれば、そのように機能するはずがないことは理解されよう。免許の更新は10年ごとになっている。「不適格教員」への対処に10年もの年月をかけるというのは制度としてどうなのよ、と問いたくなる。佐久間亜紀氏が述べるように、そもそも「不適格教員」の処遇問題は、免許制度ではなく任用制度で対処すべき問題である(佐久間亜紀「なぜ、いま教員免許更新制なのか―教育ポピュリズムにさらされる教師たち」『世界』第761号[2007年2月号])。


 すでに、「不適格教員」への研修の義務化など、処遇のための仕組みはあるのに、すべての教員(免許回復者・ペーパーティーチャーを含む)をふるいにかけるという更新制。「教育不信ここに極まる」といったところだが、根本的に教師を信頼しない制度を設けることで、学校がよくなるはずがない。現職教員や教員志望者の不安を煽るだけでしかない。団塊世代の大量退職という状況にもかかわらず、教職は魅力ある職業ではなくなり、有望な人材の獲得すらままならない状況に陥るのではないか(すでにその兆候ははじまっている。苅谷剛彦「この国の教育にいま、起きていること 第6回 免許更新制と教員受難のパラドクス」『webちくま』2007年5月18日を参照)。教員を萎縮させる施策は無駄なものでしかない。


 教員免許更新制を実施しているのは、アメリカ以外に見あたらない。それはアメリカ特有の事情(教員不足、貧弱な研修制度、そのなかでの地位の向上という課題)によるものである。また、アメリカの更新制は個々の教師の職能成長計画に位置づくものであり、免許状の(より上位のものへの)切り換えといったメリットを持っている。
 それと比較して、日本の教員免許更新制が「不適格教員」排除のためのチェックをするにとどまるのだとしたら、あまりに非効率的であり、無駄もいいところだ。


 2002年に免許更新制が見送られた際、その代替策として10年経験者研修が登場し、実施されている。現状の議論のレベルだと、免許更新制も、結局「行政研修」というポジションにおさまらざるをえないだろう。「その時々で必要な資質能力に刷新(リニューアル)する」云々と高らかに謳いながら、結局形式的なものになる可能性が高い。現職教員だけで110万人以上を越える膨大な人数に対処するのだからそうならざるを得ない。
 また、日本は現職研修制度が整いすぎているといっていいほどだが、校内研修は別として、更新講習などは学校現場から離れざるをえない。その教員が抜けた間の穴埋めはどうするのか。結局、教員の多忙化に拍車をかけるだけである(いわゆる夏期休暇期間が講習に充てられると考えられるが、まさか今どき「先生は夏休みがあっていいねぇ」などとツッこむ無知な人はいないだろう)。


 はやい話が、税金と労力の無駄である。そもそも教員免許更新制は、教育内在的な論理から登場したものではない(義務教育費国庫負担金制度を堅持するための代償・生け贄。藤田英典『教育改革のゆくえ―格差社会か共生社会か―』岩波ブックレットNo.668、2006年、43-44頁を参照)。
 「教育不信」(いじめや未履修問題)も強く作用していることは確かだが、制度改革をすれば問題は解決するかのような安易な発想からは、そろそろ脱却しなければならない。

…ほかにもたくさん言いたいことがあるのだが、とりあえずこの程度にしておく。書くたびに、ため息が出るから。

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