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教育上ノ点カラ観察ヲ下ス評ハ少カツタヨウニ見受ケタノデアリマス

 今年は、東北大学創立100周年の記念の年にあたる。この100周年に合わせ、地元メディアも巻き込んだ、さまざまな記念行事が行われている。大学百年史の編纂事業もその一つだ。
 本学の歴史を語るうえで、決して外すことのできないのが澤柳政太郎の存在である。初代総長が気鋭の〈教育学者〉であったという事実は、ぜひとも心に留めておく必要がある。澤柳は、「門戸開放」「研究第一主義」など本学の学問風土形成に大きな役割を果たしたとされる。創立100周年を迎え、改めて澤柳政太郎に呼びかけ、彼から学ぶべきものについて熟考する機会をもつのは決して無意味なことではない――
 
 ということもあってなのか、なぜかM腰先生のゼミで澤柳について発表してくれと頼まれ、火曜日に報告を行ってきた。
 澤柳の人物像([文部官僚から、成城小学校・新教育のリーダーへ]。両者は一見して「分裂したイメージ」だが、[教育学者]というキーを差し込むことで両者は自然につながる)をめぐる課題に始まり、澤柳教育学を浮き彫りにしていくうえでの研究課題がまだまだありそうだ、むしろ今こそ振り返る必要がある云々と、しどろもどろになりつつ報告してきた。

 澤柳は文部官僚の時代から、実に膨大な海外教育に関する情報を収集している。それは野に下ってからも変わらず、帝大の教育学者を凌ぐほどである。それら海外からの教育情報を受容するなかで彼の教育学がいかに形成されていったか、また海外の情報に触れるなかで逆に日本をみる比較教育的な「まなざし」がどう形成されていったのか、その筋道を探ることは非常に重要な研究課題になりうる。彼はペスタロッチに共鳴し、『ペスタロッチ』(1897)という著書も発行している。また、ヘルバルト派の教育学にも学んでいる。
 しかも彼は、いわゆる講壇教育学者とは違って、その都度輸入学説を翻訳し、紹介すれば済むといったポジションに止まることが許されなかった。文部官僚としてその情報を咀嚼し、政策へと具体化していく必要があった。それゆえに、近代日本の公教育制度形成の観点からも彼の思想形成の独自性に着目していくことはおもしろい課題になりうるはずであるし、政策課題にコミットするスタンスをめぐって今日的意義も大きい。

 とくに文部官僚としての経験は、彼をして「従来の教育学」の徹底批判へと向かわせた。第三次小学校令(1900)起草にあたって、彼は「従来の教育学」から学ぶものがほとんどなかったと言い放っている。加えて、小学校令改正後の「教育社会」からなされた批判に対して、彼はかなり不満であった。教育内容の合理化・近代化―国語科を設置したり、算術で筆算を主体にしたり―を進めたにもかかわらず、その具体的な中身に言及しない「教育社会」の抽象的な批判に澤柳は失望した。今日の記事の表題は、そんな彼の主張の一節である(「改正小学校令ニ対スル批評ヲ論ズ」1900年、帝国教育会演説、『澤柳政太郎全集』第三巻、国土社、1978年所収)。

 そこで彼は、病気のため官職を離れた時間を使って『実際的教育学』を執筆、「従来の教育学」の改造を主張する。それは講壇教育学者たちへの宣戦布告であった。「従来の教育学は余りに空漠である」といったストレートなタイトルを各節につけるような教育学文献は、当時としては(今でも)異例で、そのインパクトは鮮烈である。
 同書で、彼は 自身の理想だけを根拠に教育のあるべき姿を主張するような教育学を批判し、教育上の実際問題に対処しうる教育学、「教育の事実」を出発点としてそれを「科学的」に研究する学問への、改造を訴えた(その場合の「教育の事実」について、彼は「学校教育中の普通教育」に対象を限定する)。
 はじめから特定の結論を主張しようとはしない、そのプラグマティックな姿勢は終始一貫しているといってよい。成城小学校が「実験学校」であることもそうだ。今日的にいえば、成城小は政策立案に寄与できるだけの実証的資料を提供する「研究開発学校」的位置づけにあったといえる。そして、成城小で実証された確たる根拠をもって全国規模での〈教育改造〉につなげていくという発想が、澤柳にはあった。そう考えると、彼が特定の理念に立脚した私立新学校の「画一性批判」に否定的であった理由も、教科書国定化支持であった理由も見えてくるのではないだろうか。

 その他、いろいろな方面に対してなされた彼の主張は明快で、今日に至っても全く色褪せてはいない。
 今回『澤柳政太郎全集』を眺めて自分の眼をひいたのが、彼の「教師及校長論」。当時の「教員社会」(教育会・教員会等)に対して、彼はかなり言及していることに改めて気づいた。「教育の自律性」(「教権の独立」)、「教師の専門性」という今日的課題との関わりからも要チェックだ。

といったようなことを話した(すいません、かなり美化してます)。

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コメント

 『教師及校長論』…。卒業論文で大きく取り上げ、「なるほど」「そうそう!」と思いながらまとめたのを思い出しました。『実際的教育学』については、学部時代に読んだ時には、ちんぷんかんぷんでしたが(笑)。そういえば、教育会に興味を持ったのは沢柳の著作・履歴を通してでした。
 沢柳は、今の人にも、もっともっと知ってもらいたい人物ですよね!

投稿: Shira | 2007/07/13 17:06

 おお、そうでしたか。
「沢柳は、今の人にも、もっともっと知ってもらいたい人物ですよね!」というのは、まったくおっしゃる通りです。

 彼の教育会論というのもおもしろそうです。今度ご教示をいただければと思います。

投稿: タカキ | 2007/07/13 23:05

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