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主体的責任意識

 今回の『ザ・スクープSP』(07.8.12)も、切れ味鋭かった。
 第二部の731部隊の闇を追跡した報道についていえば、新たな史料(「特移扱」の文字が示す、生体実験への軍全体の組織的な関与の可能性)・証言の発掘とともに、歴史を捉える枠組み-戦後へのつながりを提起していることが、やはり刺激的である。
 生体実験のデータという稀少価値をもつ資料をめぐる米ソの駆け引き、戦犯免責(問題の隠蔽)、そして戦後医学界、ミドリ十字(薬害エイズ問題)。これら個別の事実が一つのつながりのもとに描かれていた。戦前-戦後の連続性が提起されていたともいえる。731部隊の「闇」とは、総括されてこなかった戦争責任の問題であり、現代に生きるわれわれが考えていかなければならない問題だと。

 そして、また今回も、昨年夏の放送(「終戦61年目の真実~昭和史のタブーに迫る」)のときと同じ感想をもたざるを得なかった。昨年、ブログに書いていた感想とは、以下のとおりである。

彼らの医者・科学者としての倫理的精神が個人の内面的自覚によってではなく、外的な条件に左右されている(流されている)という問題性も、一方で強烈に感じざるを得なかった。(中略)
 九州の大学病院での生体解剖実験をモデルとした遠藤周作の名作『海と毒薬』(新潮文庫、1960年、初版は1955年)では、まさにその点が主題となっていた。
 倫理的あるいは宗教的な選択があってしかるべきところが、空白のままやり過ごされてしまう日本人の精神的倫理的「真空」、神なき日本人の(世間や社会の「罰」しか知らない)「罪の意識」不在の不気味さへの着目。それが作者の一つのメッセージであったと思う。「ザ・スクープ」をみ終えた自分の頭に浮かんだのは、『海と毒薬』のこのメッセージだった。

 その夜は、ETV特集「城山三郎 “昭和”と格闘した作家」をみる。「個人」を蹂躙する「組織」の中で、いかにそれに抗い、生きるか。それを歴史上の日本人の生き様のなかに見いだし続けた城山さん。『落日燃ゆ』における廣田弘毅の生き様(他の戦争に関わった指導者たちが自殺、もしくは東京裁判で権限への逃避による弁明を続けるなか、いっさい弁明せず、自ら戦争の責任をとって「殺される」道を歩んだ)に想いを馳せるにつけ、以上に記した感想はいっそう強くなる。

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