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今回の敗戦もやっぱり「しょうがない」ですか

 日曜日に行われた参院選。その結果は、自民党の「歴史的敗北」に終わった。にもかかわらず、安倍総理は続投を表明している。これにはさすがに、世論や与党内部から疑問の声があがっている。だが、彼が「自由主義史観」的な歴史意識をもつ、歴史修正主義者であること(「日本の前途と歴史教育を考える若手議員の会」の事務局長といった経歴)を考えるなら、このような態度を彼がとることは十分想定されるし、それほど驚くことではない。すなわち、「つくる会」教科書と同じように、自己中心的・独善的で、自己批判能力を持たないという点では、彼のスタンスは終始一貫している。選挙後における彼の答弁が、記者からの質問と悉くかみ合わないのは、そのような態度の表出であるといえよう。「反省すべきところは反省する」といってはいるが、具体的にどこをどう反省しようとしているのかは全くわからない。結局は国務大臣の度重なる失言等、政策以前の諸々の問題に責任をすべて転嫁し、政策(マニュフェスト)については「国民の理解が得られなかった」(=国民が理解してくれなかった。でも我々は間違っていない)という程度の「反省」に行き着くだけで終わるのだろう。要するに、どこかの大臣が原爆投下を「しょうがない」といったのと同じように、なりゆき主義的な立場からの総括に終始することが容易に推測される。
 安倍氏が、自分の都合のいいように事態をねつ造し、「おかしな言い分」を重ねるという素行の悪さは、例えば、数年前に話題となったNHKの番組改変問題からも明らかである。これについては、証言記録による魚住昭氏のスクープが実に生々しい(魚住昭「『政治介入』の決定的証拠―中川昭一、安倍晋三、松尾武元放送総局長はこれでもシラを切るのか」『月刊現代 9月号』2005年9月)。

 安倍総理が今後も自己批判に向かうことなく、他者へのレッテル貼りを一層加速化させていくのか否か、今後一層その点を注視していくことが国民には求められよう。

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