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教育の社会科学的研究の〈失敗〉とは

 苅谷剛彦「教育の社会科学的研究の〈失敗〉」(『日本教育行政学会年報』第33号、2007年)。その率直なタイトルと明快な文体に惹かれて、目を通してみた。

 「教育研究の現状は、学会や研究者の数に見合うだけの生産性や影響力を増しているようには見えない」、「教育の社会科学的研究は、現実の社会に対して影響力を失いつつある」。教育研究の現状をこのように厳しく評価する苅谷氏は、その原因を、大学変革の影響を含めた「研究者養成の失敗」と、「学問としての感度の悪さ」との複合的な現象として捉えていく。
 「研究者養成の失敗」とはどのような問題状況なのだろうか。
 誕生当初「ポツダム学部」と呼ばれた教育学部は、アメリカの強い影響を受けて設立されたものの、講座制というドイツ型組織編成を残したまま発足した。そして、それがその後の教育研究と研究者養成のあり方に影響を与えることとなった(細分化の原理での組織拡大)。加えて、政治的スタンスの違いや、旧帝大系・旧高等師範系など大学院の間における色分けなどもあり、戦後教育学は、もともと研究の専門分化=「たこつぼ化」しやすい構造を備えていたといえる。
 そのような構造を基本的に残したまま、教育学系の大学院は90年代以後の大学改革の波に飲み込まれ、教育研究のさらなる「たこつぼ化」が促進された。
 大学改革は業績主義をよび、業績主義は「たこつぼ化」を促進したわけである。そして、この後の苅谷氏の筆致が、何とも生々しい…。

「業績主義といえば、聞こえはいいが、オリジナルな論文を書くこととは、言い換えれば、いかに他者と差異化するかである。しかも以前よりスピードが求められるから、大きなテーマにじっくり取り組んでいる余裕はなくなる。……〔その結果〕同じ学会の中でもせいぜい数十人にとどまるような、『専門的』な論文が増えていく。」(102頁)

「幸運にも、こうした大学改革の時代より前に職を得た『中堅』層は、大学改革で派生した、研究以外の仕事に忙殺されている。大学評価にさらされるために、研究業績の『点数』は稼がなければならないが、じっくり大きなテーマに取り組むわけでもない。若い世代が博士号をとっても、自分たちの職は保証されているから、中堅世代は大論文を仕上げる必要もない。また、それより上の世代ともなると、今度は改革の中心的な担い手としての仕事が増えていく。外部資金獲得のために申請書を書き、獲得した研究費の意義を外部に見せるための派手なシンポジウムや国際会議の準備に忙しくなり、口頭発表を集めただけの報告書が増えていく。」(103頁)

「さらに近年では、国立大学の法人化に伴い、ポストも予算も削られ、とくに教育研究者の主たる就職先であった教員養成課程のポストも充足にまったがかけられたりするところから、若手の教育研究者の就職先もどんどん先細っている。それを食い止めようとするポスト増の要求は、アカデミックなポストより(あるいはそのポストを削って)、役立ち感=実践性が外に見えやすい、「専門職」養成のプログラムに集中する。……たしかに実践家の養成も重要ではあるが、それが学問体系の先細りとトレードオフの関係になってしまうとすれば、問題である。」(103頁)

教育学の渦中で閉塞感・切迫感を肌身で感じている若手としては、「おっしゃる通り」としか言い様がない。
 「たこつぼ化」に関して自分の経験で言えば、とくに実践研究領域で次々に展開される目新しい理論や手法に接するたびに陰鬱な気持ちになってきたことが挙げられる。新しい用語(ジャーゴン)が飛び交うために議論にまったくついていけない、という状況に何度も見舞われてきた。これは、「自分の怠慢」だけが原因とはいえないだろう。
 研究各領域の専門分化という状況が相互交流の不在、言語不通を引き起こし、かえって低迷、混迷、「まとまり感のなさ」を拡大させているとすれば、教育学は危機的状況を乗り越えられないだろう。他の領域との連帯性を組織するような思考とテクニック(「たこつぼ」ではなく「ササラ」)が、今こそ教育研究者に求められているといえる。丸山眞男の言葉を拝借してみよう。「ちょうど犯人をさがすときに、犯人を見たという人々の印象からモンタージュ写真を作成するような操作が学問の方法の上でも考えられなければならない。原理原則から天降るのでなしに、いわば映画の手法のように、現実にある多様なイメージを素材として、それを積み重ねながら観客に一つの論理なりアィデアなどを感得させる方法を、もっと研究することが大事ではないかと思います」(丸山眞男『日本の思想』岩波新書、1961年、151頁)。

 さて、一方の「学問としての感度の悪さ」とはどのような問題状況なのだろうか。これについては、11月の読書合宿で触れたいと思う(「あんこの会」会員の方は読んでみて)。

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