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[木ログ]ニュース記事いくつか

《生活》
◇「不当表示:トイレ用芳香洗浄剤で排除命令 公取委」『毎日新聞』2007年11月27日。
 最近、どこに行っても「セボン」を見なかったのは、こういう理由だったのか。
 (※「お詫びとお知らせ」@アース製薬HP

◇「『うまい棒』の入浴剤発売へ」『asahi.com』2007年11月29日。
 間違えないように注意。

《事件》
◇「児童盗撮ビデオ:警備員が教諭の机から発見、脅迫し逮捕」『毎日.jp』2007年11月29日。
 誤読しそうな記事。逮捕されたのは教師じゃなくて“警備員”なのね。ドロドロだな。阿部和重の小説を思い浮かべてしまう。

《歴史》
◇「大川周明:未発表原稿見つかる 大物右翼・頭山満の評伝」『毎日.jp』2007年11月29日。

◇「大川周明 幻の原稿見つかる」『asahi.com』2007年11月29日。

《政治》
◇「『徴兵制あってしかるべき』東国原知事が持論展開」『asahi.com』2007年11月28日。
 軍隊のかわりに「たけし軍団」で一つよろしく。

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過剰不安社会への危惧

 芹沢一也さんは次のように述べる。

「先日、作家の川端裕人さんとお話しする機会があった。話題は、ぼくがその問題性に警鐘を鳴らしてきた地域住民の防犯活動である。……
 [川端さんは過剰な防犯意識の-引用者注]クールダウンのため、PTAで母親たちに、ぼくが犯罪学者の浜井浩一さんと書いた『犯罪不安社会』を薦めて下さっているとのことだった。ところが、この本で日本の治安は悪化していないし、子どもたちの生命も危険に曝されていないと知っても、母親たちの意識はまったく変わらないという。たしかに確率は低いかもしれないが、決してゼロではない。そうであるなら、子どもを守るためには、どんな手段にでも訴えるべきだと言うそうだ。……
 会話の最後に川端さんは、一枚のパンフレットをぼくに差し出した。それはある養護学校が作成したもので、知的障害に対する理解を促すためのものだった。現在、地域社会では不審者とみなされると、すぐ警察に通報されるようになっている。そのような時勢にあって、パンフレットは知的障害者を不審者扱いしないでと訴えていた。……母親が子どもの安全を願う気持ちは、もちろん非難すべきことではない。だが、そうした思いが防犯意識を過剰なものとし、社会的な弱者の排除へとつながっている。しかも社会が排他的になると、弱者にしわ寄せがいくだけでは済まない。異質なものや多様性を許容できない社会は、結局は進歩へのダイナミズムを枯渇させていく。それはぼくたち自身の未来の可能性を狭めることでもあるのだ。……」
〈註〉芹沢一也「ダブルクリック 恐怖心が奪うもの」『毎日新聞』2007年11月23日。

 犯罪不安を解消して「安心」(≠安全)を得たいという市民の姿勢が、結果的に、他者(社会的弱者)を差別・排除する方向に向かう―そして、そのことを問題にしない―という問題性については、十分に配慮すべきである。
 上に示した芹沢さんの記事が眼に留まったのは、入国外国人への指紋採取と顔写真撮影が始まったことに対する個人的違和感とマッチしたからである。鳩山法相の拙い発言が、問題をより際立たせる。改正入管法施行に基づくこの取り組みについて、彼は「テロを防ぐという大きな目標のために我慢してほしい」と述べたという(「法相が指紋システムを視察/『テロ防ぐため我慢を』」『四国新聞社、SHIKOKU NEWS』、2007年11月19日)。「友達の友達はアルカイダ」など、一連の過激発言はこの政策を説得づけるために行った=国民の不安を煽ったものだろう。しかし、根本的に考えて問題なのは「テロの脅威にさらされるような危険な状況へと日本を追い込んだ」ことのほうである。状況が変わってしまったというなら、そのような敵対状況を“作り出した”人間の責任がまず問われなければならない。「なりゆき」でこうなったから仕方がない、我慢してくれという「なりゆきの現実主義」で説明されても、何ら説得力はない。自己(国)中心的な理由で日本に入国する多くの外国人を不審者のように扱い、不快な思いにさせるのでは、かえって日本への好感度を国際的に下げる不利益のほうが大きい(この政策に賛同する一部の議論は、とりわけ特定の「外国人」中傷に眼目があるようで、「テロを防ぐという大きな目標」からすらズレているようだ)。とともに、このような姿勢はまた、我々個人間のたえざる相互不信を醸成する危険があると想定せざるをえない。
 何よりも問題にすべきなのは、テロや犯罪への過剰な不安をダシにした「対テロ・危機管理利権」(『保坂展人のどこどこ日記』2007年11月19日)ではないのだろうか(それは、住基ネット、Nシステムと同じ図式、すなわち、新しい管轄対象と手段をつくり出すことによる役人たちの権力と利権の拡大・再編成の表出である)。

     ■   □   ■

 以下の記事も、過剰不安の問題を考えるうえで、非常に示唆に富むので、挙げておく。
「暮らし 『世界が完全に思考停止する前に』森達也さんのお話」『JANJAN』2007年11月25日。

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[木ログ]意外に難しいなぁ

◇都道府県テトリス(Statetris-Japan
 http://www.mapmsg.com/games/statetris/japan/

地理の勉強にもなりますね。

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[メモ]とかく「学力向上」が叫ばれる世の中だから

 全国学力調査の結果が公表されたのは、約一ヶ月前(平成19年度全国学力・学習状況調査 調査結果資料@文部科学省)。この学力調査への私見については以前述べたとおりであり、現在もその見方は変わっていない。むしろ、いっそう思いを強くした。70億円を超える税金を毎年この学力調査に投入するくらいなら、教員の負担を軽減する施策(=人員増加)等ほかにいくらでも有効な対策が考えられそうなものである。同調査について、苅谷剛彦氏からは「精度の悪さ」「解像度の不十分さ」が指摘されている(「第12回 全国学力調査から見えてくるもの・見えてこないもの」『webちくま この国の教育にいま、起きていること』2007年11月9日)。「調査結果のポイント」をみても、まったくその通りといわざるをえない。むしろ、全国的なばらつきが少ないことに驚いたくらいだ(平均正答率±5%以内)。教科ごとの正答率も、小・中ともAが80%以上、Bが約60~70%だから、これでは子どもの「学力低下」を嘆くことすらできない(とかく青少年を謗りの対象にしたい保守派の方々にとってはとても残念なことだが)。
 問題として自分が受け止めたのは、「AよりBのほうが正答率が低い。これをどう改善していくか」という点だが、ただ、これなど別に“全国”学力調査を行わなくともわかっていたことである。知識を「学ぶ」ことが結局、日常の生活世界の文脈から切り離された空間での「蓄積・付加」に終始していて、自分が消化しやすいように「調理・加工」していく技術にまで達していない点。これは、まず地道に大人たちが「わかる」ことの大変さとおもしろさを子どもたちに示していく以外にないと思う。だから、教材研究の時間が必要であり、そのためにこそコストをかけるべきだと、何度も言っているのだが…。
 さて、それより深刻に読みとるべきは、これも「全国学力調査」をしなくてもすでに指摘されていたことだが、〈家庭の経済力と学力との相関関係〉だろう。
 Webでも見られる最近のものとして、学力格差の要因・改善の視点として指摘される「ペアレントクラシー」(耳塚寛明「学力格差と『ペアレントクラシー』の問題」『BERD』8号[2007年4月])、あるいは、学力格差をもつ学校が「力のある学校」として発展していく際のポイントとして提起される「家庭・地域との協働による教育活動」(志水宏吉「金川小学校が『力のある学校』となったのはなぜか―「学力の樹」を基にした子どもが伸びていく仕組み―」『BERD』8号[2007年4月])などが注目される。
 これらの指摘を受け、また学力調査の結果も含めて、最近自分が考えていることについて述べてみたい。
 それは〈「学力」を伸ばすことは、学校内での知識伝達といった発想だけでは困難だ〉ということである。要するに、「学力」を形成していくうえでの前提条件―文化的環境と、そこでの子どもの経験といったものが非常に重要になってくるということである。家庭や地域という「場」が備えもつ文化性や包容性といったもの―J.R.マーチンが『スクールホーム』で述べる「3C」―が、実は、子どもの「学力」(3Rs)を用意する前提になるのであり、それを無視して「学力」向上を議論することは困難だということだ(*1)
 そう考えると、新自由主義的路線の中でこの前提が失われ―家庭・地域という「場」の「崩壊」―、そしてそのような中で「競争意識を喚起する」を合い言葉に「学力」テストが行われていったとしても、教育不信ばかりが増大してあまり効果はないということになる。「学力」が伸びないばかりか、むしろ、いっそう学校内の雰囲気が殺伐としたものになる。そのような“冷たい雰囲気”のなかでの「学力」形成が果たして、ほんとうに子どものためになりうるのか、自分には甚だ疑問である。ただ「できのいい子」と「できの悪い子」のレッテル貼りを加速させるだけではないのか、という危惧がたえない。
 もし、家庭や地域に現在その準備がないとすれば、さしあたり学校が中心となって地域・家庭に働きかけ、そのような「学力」形成の前提としての子どもを包容できる環境作りを考えてみるのは一つの方法なのかもしれない(くれぐれも学校・教師に多大な負担を強いることだけは避けなければならない)。今のところ具体的なイメージはついていないが、例えば、学習発表会での演劇活動や社会科での新聞づくりなど、既定のカリキュラム内でも可能だと自分は考える。教師と子どもたちがともに「参加」し(*2)、文化的活動を実践できるような「学びの場」が用意できれば―。「総合的な学習の時間」などはそのような「場」になりうると考えるので、その安易な時間削減には反対である(教師の奮起を期待したいのだが…)。

*1 こういうふうに言うと、すぐ「食育」「親学」とかが言われるが、そう単純なことは考えていないので、あしからず。一斉教授の中で知識〔文字・記号の機械的操作でしかないもの〕を蓄積させていくといった従来の「教育観」「学校観」を、〈家庭〉や〈地域〉といった観点から書き換えていくことは可能か、そこから現状の改善策を導きだせないか、というところに自分の関心がある。「教育改革」論議における「親学」や「食育」は、既存の学校教育の補完的位置づけでしかないだろう。それは根本的解決にはなりえない。
 
*2 〈教師〉が〈子ども〉に知識を教授するという一方向の考え方ではなく、〈教師〉〈子ども〉がともに〈文化〉に対して働きかけ、学ぶという「三角形の関係」を、この場合の「参加」としてイメージしている。「三角形の関係」のなかでは、教師は援助者として子どもに働きかける。

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驚きの理合で、心から「なっとく」

 昨日は居合道の稽古。水曜日に稽古へ行くのは久々である。金曜日と違い、少数(といっても一時期よりは明らかに多い)での充実した稽古。せっかくの機会なので、先生に古流の理合(そのような所作をする合理的・説得的な理由)について、自分が感じている素朴な疑問をぶつけてみた。
 そうしたら、「すげぇー!」と驚くような答えを聞き出すことができた。目から鱗返とはこのことや(シャレや! それも居合関係者にしか通用しないな!!)。これまで安易に考えていた「形」の背後にある、武術としての業がもつ深い意味を理解し、「そうだったのか!」と納得するのは、実に気持ちがいい。学校の教室で学ぶのも、本来同じこと。単に伝達されたことを手っ取り早く「できる」だけでなく、「そうだったのか。なんだ、あたりまえじゃないか!」という「なっとく」を、“経験を通して”得てこそ、意味がある。

 ということで、今日は居合道の話題。
 初伝の「陰陽進退」。第二の敵に対し、どこの部位に切り付けるのか。自分は今まで「切り下ろしてくる相手の刀が自分の頭蓋をとらえるまえに、敵の腹部を斬る」ものだと思っていた。たぶん、同じように考えている人はかなりいるんじゃないだろうか。でも、実際に検証してみると、とてつもなく難しい。ほんとうに可能なんだろうかと思ってしまう。だって、相手と刀の長さが同じで、相手よりも不利な体勢にあるのに、タイミングよく、身体を後方に引きながら、相手より先に斬りつけるなんてできるのか。
 むしろ、そんな危ない状況は想定しないで、もっと自分に有利な状況として考えたらいいんじゃないかということになる。じゃあ、どういう理合なのか。それは「口伝」によって伝承されるべき部分なので、ここでは述べられない。
 とにかく、先生の話(そのもとは松峯達男範士の研究会とのこと)を聞いて、そして実際に検証してみて、心から納得した。そして、改めて檀崎友彰範士の本を読んでみると、なんと第二の敵に対し、どこの部位を斬るのかは記されていないではないか。ここでも「なっとく」。
  
 こう考えると、実は居合(道)というのは、大事な部分(「秘技」「奥義」と、その理合)は、表向きは隠して稽古しているのだな、ということがわかってくる(例えば「逆手陰陽進退」では、切り下ろす前の敵の体勢を崩す「ある動作」はしないことになっている)、であればなおさら、そのことを忘れて(あるいは知らずして)表面的な「形」だけを稽古することに意味はない、となるのは当然のことだろう。

 まだまだ、わざへの疑問はたえない。できる限り、自分の力で考える作業をくり返しながら、師の教えを乞うていきたい。

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些細なことですが

 実は、今月から、学生身分ではなくなり、国立大学法人准職員として(「教育研究支援者」という肩書きで)働いています。「研究員」と言いたいところですが、研究に関わる「事務」が主な作業です。
 正直、学生気分が抜け切らないところですが、とりあえず毎朝定刻に出勤しています。これに伴い、ブログのサブタイトルも、少しばかり変更(細けぇー)。任期は、来年3月までと短く、その後どうなるかはわからないのですが、そのことは頭の隅のそのまた隅に追いやり、要領悪いなりに精進しております。
 表向きには、従来と何ら代り映えしない生活を送っておりますが、このブログをご覧になっている関係各位の皆様に、とりいそぎ、ご報告まで。

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[木ログ]歴史観・想像力…

◇丸善・丸の内本店3周年『パール判事──東京裁判批判と絶対平和主義』刊行記念
  中島岳志さん×森達也さんトークショー@白水社【Web再録】
  http://www.hakusuisha.co.jp/topics/talk070906_1.php

 話題が縦横無尽に広がって、しかも軸がぶれていなくて、刺激的です。

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もう若くはないなぁ。

 先週末は、同じ講座の院生数名で組織する研究会「あんこの会」の研究合宿で、中山平温泉に行ってきた(「あんこの会」という名前の由来については、話が長くなるので割愛)。
 今や在仙組が少なくなってしまったため頻繁に集まることが困難になっているが、年一回の合宿だけでも行おうという意志は消えていなかった。自分の呼びかけに応じ、意外なほどすんなりメンバー結集。各自話題を持ち寄り、宿にて議論を行った。教育史専攻はばっしーさん以外にいないので、自分は戦後教育(学・史)についての私見(最近の議論動向のまとめ)を、ああだこうだと垂れ流してきた。

 近年、戦後教育学あるいは戦後教育史の枠組みをめぐる議論が活況を呈しており、教育関連学会でこのテーマに関連したシンポジウムやラウンドテーブルが開かれている。その背景には、教育学が現実社会への影響力を失いつつあるという問題認識が貫かれている。
 では、なぜ教育学は今の社会の動きに対して有効性を発揮し得ていないのか。そのことに対して、教育学者たちはどのように理由づけているのかをいくつかの研究論文(苅谷、広田など)から探ってみるというのが自分の課題だ。大雑把に整理すると、以下のようにまとめられようか。
○戦後教育学が革新的な左翼運動と深く結びついたかたちで展開した→90年代以降の教育改革において国家が表舞台から退却したことにより、国による統制の強度を問題にしていた時代の枠組みでは批判的検討を行い難い、新たな問題に教育学が直面することになった。
○戦後教育学が政治からも経済からも距離を置いた地点に学問的な基盤を据えようとした(教育固有の価値、「人権」「発達」など)→社会的視点を欠落させた教育学の動向=教育学の「個人化」(個人と社会とを二元的に対立させる認識枠組み、森田、2005)。
 このような問題は、戦後の教育史研究にも共有されうる。〈戦後〉という枠組みが、決して自明なものではなく、それ自体数々の封印によって見えていないものを含む、問題をはらんだ枠組みであることに気づかされる。
 これまでの(戦後)教育史研究が、憲法・教育基本法を前提とする超越的に聖化された価値理念によって戦後教育政策を裁断する手法にとどまってきたことを問題視する指摘。あるいは、戦前教育(学)精算主義的なスタンス(戦前の全否定)が、結果としていかに戦前の記憶を覆い隠し、戦後教育史像を固定化してきたかということ。そして、「戦時動員体制論」(山之内靖ほか編『総力戦と現代化』、1995)など新たな分析軸から、斬新な問題が提起されていること。戦前/戦後の断絶よりも、1970年代までを一つの時期区分とする捉え方が、共通に指摘されている傾向があること―などなど、まとまりなくしゃべってきた。

 夜は「教育夜話」といいつつ、酒を飲み交わしながら夜遅くまで大雑談大会。
 そして翌日は、鳴子峡、吉野作造記念館を見学(下の写真は、記念館前にある「古川学人吉野作造之碑」)。立派な建物である。吉野が政治学という学問の殻に閉じこもることなく、ヒューマニズム(キリスト教)に裏打ちされた強い精神でもって、広く当時の政治・社会問題を見通し、積極的に関わっていったことを再認識した。
 それにしても、研究合宿を通して疲労感がどっとたまった。帰宅後はぐったり。さすがに、体育会系のノリでは厳しい年齢になりつつあるのかのう。

 でも、何はともあれ、研究会は無事終了。会員の皆様。ご協力ありがとうございました。いやはや楽しかった。

Furukawagakujinnohi

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