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過剰不安社会への危惧

 芹沢一也さんは次のように述べる。

「先日、作家の川端裕人さんとお話しする機会があった。話題は、ぼくがその問題性に警鐘を鳴らしてきた地域住民の防犯活動である。……
 [川端さんは過剰な防犯意識の-引用者注]クールダウンのため、PTAで母親たちに、ぼくが犯罪学者の浜井浩一さんと書いた『犯罪不安社会』を薦めて下さっているとのことだった。ところが、この本で日本の治安は悪化していないし、子どもたちの生命も危険に曝されていないと知っても、母親たちの意識はまったく変わらないという。たしかに確率は低いかもしれないが、決してゼロではない。そうであるなら、子どもを守るためには、どんな手段にでも訴えるべきだと言うそうだ。……
 会話の最後に川端さんは、一枚のパンフレットをぼくに差し出した。それはある養護学校が作成したもので、知的障害に対する理解を促すためのものだった。現在、地域社会では不審者とみなされると、すぐ警察に通報されるようになっている。そのような時勢にあって、パンフレットは知的障害者を不審者扱いしないでと訴えていた。……母親が子どもの安全を願う気持ちは、もちろん非難すべきことではない。だが、そうした思いが防犯意識を過剰なものとし、社会的な弱者の排除へとつながっている。しかも社会が排他的になると、弱者にしわ寄せがいくだけでは済まない。異質なものや多様性を許容できない社会は、結局は進歩へのダイナミズムを枯渇させていく。それはぼくたち自身の未来の可能性を狭めることでもあるのだ。……」
〈註〉芹沢一也「ダブルクリック 恐怖心が奪うもの」『毎日新聞』2007年11月23日。

 犯罪不安を解消して「安心」(≠安全)を得たいという市民の姿勢が、結果的に、他者(社会的弱者)を差別・排除する方向に向かう―そして、そのことを問題にしない―という問題性については、十分に配慮すべきである。
 上に示した芹沢さんの記事が眼に留まったのは、入国外国人への指紋採取と顔写真撮影が始まったことに対する個人的違和感とマッチしたからである。鳩山法相の拙い発言が、問題をより際立たせる。改正入管法施行に基づくこの取り組みについて、彼は「テロを防ぐという大きな目標のために我慢してほしい」と述べたという(「法相が指紋システムを視察/『テロ防ぐため我慢を』」『四国新聞社、SHIKOKU NEWS』、2007年11月19日)。「友達の友達はアルカイダ」など、一連の過激発言はこの政策を説得づけるために行った=国民の不安を煽ったものだろう。しかし、根本的に考えて問題なのは「テロの脅威にさらされるような危険な状況へと日本を追い込んだ」ことのほうである。状況が変わってしまったというなら、そのような敵対状況を“作り出した”人間の責任がまず問われなければならない。「なりゆき」でこうなったから仕方がない、我慢してくれという「なりゆきの現実主義」で説明されても、何ら説得力はない。自己(国)中心的な理由で日本に入国する多くの外国人を不審者のように扱い、不快な思いにさせるのでは、かえって日本への好感度を国際的に下げる不利益のほうが大きい(この政策に賛同する一部の議論は、とりわけ特定の「外国人」中傷に眼目があるようで、「テロを防ぐという大きな目標」からすらズレているようだ)。とともに、このような姿勢はまた、我々個人間のたえざる相互不信を醸成する危険があると想定せざるをえない。
 何よりも問題にすべきなのは、テロや犯罪への過剰な不安をダシにした「対テロ・危機管理利権」(『保坂展人のどこどこ日記』2007年11月19日)ではないのだろうか(それは、住基ネット、Nシステムと同じ図式、すなわち、新しい管轄対象と手段をつくり出すことによる役人たちの権力と利権の拡大・再編成の表出である)。

     ■   □   ■

 以下の記事も、過剰不安の問題を考えるうえで、非常に示唆に富むので、挙げておく。
「暮らし 『世界が完全に思考停止する前に』森達也さんのお話」『JANJAN』2007年11月25日。

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コメント

はじめまして
心理的なものとして、一旦不安視したものは事実を知っても不安だといういい例じゃないでしょうか
例えば中国人が反日だっていうのも、日本はこれだけ償いをして反省してるっていうのをしったとしても「だけど悪いことしたじゃん」ってなるのと同じ心理なのでしょう

世の中、様々な危険がありますがそれをピックアップすると注目しちゃうんですよね
アスベストにしても、昔から危険性はいわれていたし誰でも一度は雑誌などで見たことはあっただろう。なのに「ふーん危ないね」で済んでいた。
しかしマスコミが大々的に同様の内容を伝えバッシングすると超危険なものとして認識された。

投稿: たかし | 2008/09/09 11:19

はじめまして。

 特定の人・物事を「不安」視して、排除するだけでは、根本的には何も解決したことにはならないんですけどね(心理的な問題として捉える限り、何度でも「不安」は襲ってくる)。
 まあ、中国の「反日」も同じ心理だとは思いませんが、いずれにしても、きわめて狭い次元で問題を捉えてしまい、単純な物語に安住する思考停止に陥っている現状だと思います。問題は個人的・心理的なものではなく、きわめて社会的・構造的なものだと認識することからはじめることが、本当の処方箋を見いだすことにつながるはずなのだけど。

投稿: タカキ | 2008/09/09 23:39

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