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もう若くはないなぁ。

 先週末は、同じ講座の院生数名で組織する研究会「あんこの会」の研究合宿で、中山平温泉に行ってきた(「あんこの会」という名前の由来については、話が長くなるので割愛)。
 今や在仙組が少なくなってしまったため頻繁に集まることが困難になっているが、年一回の合宿だけでも行おうという意志は消えていなかった。自分の呼びかけに応じ、意外なほどすんなりメンバー結集。各自話題を持ち寄り、宿にて議論を行った。教育史専攻はばっしーさん以外にいないので、自分は戦後教育(学・史)についての私見(最近の議論動向のまとめ)を、ああだこうだと垂れ流してきた。

 近年、戦後教育学あるいは戦後教育史の枠組みをめぐる議論が活況を呈しており、教育関連学会でこのテーマに関連したシンポジウムやラウンドテーブルが開かれている。その背景には、教育学が現実社会への影響力を失いつつあるという問題認識が貫かれている。
 では、なぜ教育学は今の社会の動きに対して有効性を発揮し得ていないのか。そのことに対して、教育学者たちはどのように理由づけているのかをいくつかの研究論文(苅谷、広田など)から探ってみるというのが自分の課題だ。大雑把に整理すると、以下のようにまとめられようか。
○戦後教育学が革新的な左翼運動と深く結びついたかたちで展開した→90年代以降の教育改革において国家が表舞台から退却したことにより、国による統制の強度を問題にしていた時代の枠組みでは批判的検討を行い難い、新たな問題に教育学が直面することになった。
○戦後教育学が政治からも経済からも距離を置いた地点に学問的な基盤を据えようとした(教育固有の価値、「人権」「発達」など)→社会的視点を欠落させた教育学の動向=教育学の「個人化」(個人と社会とを二元的に対立させる認識枠組み、森田、2005)。
 このような問題は、戦後の教育史研究にも共有されうる。〈戦後〉という枠組みが、決して自明なものではなく、それ自体数々の封印によって見えていないものを含む、問題をはらんだ枠組みであることに気づかされる。
 これまでの(戦後)教育史研究が、憲法・教育基本法を前提とする超越的に聖化された価値理念によって戦後教育政策を裁断する手法にとどまってきたことを問題視する指摘。あるいは、戦前教育(学)精算主義的なスタンス(戦前の全否定)が、結果としていかに戦前の記憶を覆い隠し、戦後教育史像を固定化してきたかということ。そして、「戦時動員体制論」(山之内靖ほか編『総力戦と現代化』、1995)など新たな分析軸から、斬新な問題が提起されていること。戦前/戦後の断絶よりも、1970年代までを一つの時期区分とする捉え方が、共通に指摘されている傾向があること―などなど、まとまりなくしゃべってきた。

 夜は「教育夜話」といいつつ、酒を飲み交わしながら夜遅くまで大雑談大会。
 そして翌日は、鳴子峡、吉野作造記念館を見学(下の写真は、記念館前にある「古川学人吉野作造之碑」)。立派な建物である。吉野が政治学という学問の殻に閉じこもることなく、ヒューマニズム(キリスト教)に裏打ちされた強い精神でもって、広く当時の政治・社会問題を見通し、積極的に関わっていったことを再認識した。
 それにしても、研究合宿を通して疲労感がどっとたまった。帰宅後はぐったり。さすがに、体育会系のノリでは厳しい年齢になりつつあるのかのう。

 でも、何はともあれ、研究会は無事終了。会員の皆様。ご協力ありがとうございました。いやはや楽しかった。

Furukawagakujinnohi

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日記・コラム・つぶやき」カテゴリの記事

コメント

 タカキさん、面白そうなこと考えていますね~。

投稿: Shira | 2007/11/06 22:39

ありがとうございます~。

投稿: タカキ | 2007/11/08 00:08

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