« アジアの高校がめざす「学力向上」 | トップページ | インド式計算から二位数のかけ算を直観 »

実践指向と言うけれど

 ウチの大学院でも、実践指向の教員養成(正確には教育専門職養成)を行うと言い出した。来年からは新専攻(教育を設計し評価するという)も発足する。
大学院教育支援GPにも採用された。
中心にいるのは、あの先生。
 このたび発行されたニューズレターで、次のようにおっしゃっている。
「これまでの教育学は、原理原則の追究が中心で、その現場適用についてはあまり力を入れないできましたが、プロフェッショナルな知識・技術の開発研究は、今後画期的な影響を教育学にもたらすものと思います。」
今までさんざん「原理原則」と口癖のように言ってきたのはあんたじゃないのか―そう、即座にツッコんでしまった(まあ、いいけど)。

 「あなたの理論はわかった。では、その理論にしたがって、具体的な実践例をつくってみてくれ。実践例をつくることで理論を説明してくれ」という教育学批判への応答というならばその姿勢は評価できる。教育学の教師が、自ら小学校・中学校・高校の教育内容を加工・生産する過程を通して教育学を作ることができていない実情、“具体的事例を熟考する中で”理論を検証しつつ受容できない実情、理論(研究)と実践とが相互に批判し、修正し合う緊張関係の欠如、といった問題は確かにあったと思われるからである。例えば、生徒の主体的な「学び」を訴える教育学の大学教員が、自分自身の教育実践への自覚を欠いたまま、教育(学)についての「知識」を「記憶」させるだけの粗雑な「教員養成」を展開していたおそれというのも十分に考えられる。

 「実践指向」ということが、「研究と実践の相互批判・相互修正」、「実践の形にまで具体化された理論-理論に支えられた実践」という明確な関わりへの指向を意味しているのならば、進むべき方向はまちがってはいないだろう。「ある内容を教えるときにどうするか。授業をしなくてもいいから、自分の教育学理論と噛み合わせて教材をつくってみろ」。そう言われたとき、すぐに応えられるだけの地力を持つことが、「実践指向」の教員養成を行う教育学者に求められるだろう。難しい。教科教育学をやってきた人たちならともかく、ウチの大学院でそれをやってきた人はいるのか(えっ、T先生? 新専攻にもGPにも入ってないぞ)。

 ただ一方で、次のような問題への配慮が必要となってくるのではないか。
 およそ学問は――少なくとも社会科学は、特定の角度から現実を単純化して(特定の視点で切り取って)見る思考の技法であり、フィクションである。だから、現実問題すべてをカバーできるものではない。単純化しているのを忘れて、「例えば、PDCAモデルだとこうなるから、現実の政策・実践もそうすべきだ」と何の躊躇もなく短絡することは果たしてできるのか。「教育学は役に立たないといけない」という強迫観念のもとで、役に立つところを見せなければと思い込んでいる学問・学者ほど、自分の使うモデルと現実を混同し、煽動的になりやすくなるのではないか。そんな問題がどうしても浮かんでくる。

|

« アジアの高校がめざす「学力向上」 | トップページ | インド式計算から二位数のかけ算を直観 »

教育学」カテゴリの記事

コメント

コメントを書く



(ウェブ上には掲載しません)




トラックバック

この記事のトラックバックURL:
http://app.cocolog-nifty.com/t/trackback/69457/17431951

この記事へのトラックバック一覧です: 実践指向と言うけれど:

« アジアの高校がめざす「学力向上」 | トップページ | インド式計算から二位数のかけ算を直観 »