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企業の論理による言論の抑圧

 社会はそこまで倒錯したか、という思いを強くせざるを得ない。
日本教職員組合の教研集会・全体集会「会場使用拒否」をめぐる問題である。

■「日教組、全体集会実施困難に ホテル会場『他企業使う』」asahi.com、2008年02月01日。

■「日教組 全体集会を中止 プリンスホテル 高裁の使用命令拒否」『東京新聞』(Tokyo Web)、2008年2月2日。

■「教研集会:全体集会初めて中止に ホテル側の開催拒否で」『毎日新聞』2008年2月2日。

 国家による強力な統制とは異なる、民の非協力、迎合といったかたちでの言論の抑圧をみせつけられるとは思わなかった。
暴力による言論の「弾圧」とそれに荷担する企業、という構図が当て嵌まる。言論抑圧の具体的な姿を垣間見た。
「全体集会で民間ホテルの会場使用を予定したのも初めて」というから、組合の側にも不手際があったのかもしれない。とはいえ、ホテル側の対応は、「卑近な商業主義」と批判されても仕方のないものである。
産経をのぞく大手三紙(読売、朝日、毎日)の社説はいずれも、今回のホテル側の対応を批判している。言論の自由に関わる問題であるだけに、当然の対応だろう。

読売「ホテル使用拒否 司法をないがしろにする行為だ」2月3日
朝日「教研集会拒否―ホテルが法を無視とは」年2月2日
毎日「社説:会場使用拒否 言論の自由にかかわる問題だ」2月2日

 司法の判断より企業の論理を優先させた「グランドプリンスホテル新高輪」の文字は、深く刻みこんでおく。これが大きな問題への予兆である可能性は、ゼロではない。
 ほとんど換骨奪胎されてしまい、労働組合的性格の面でも、専門職的指導性の面でも、もはや大きな影響力たり得てないにもかかわらず、それでも叩かれる日教組というのは実に不思議な存在である。ここまで来ると、むしろ右翼や批判者は組合を愛しているんだなといわざるを得ない(それが、「亡霊」であるにもかかわらず)。

【追記】2008年2月11日
株式会社プリンスホテル(2月5日)
http://www.princehotels.co.jp/kouhou/pdf/20080205kumiai.pdf

 虚偽だらけの釈明で、実に言い訳じみている。本来、(日教組への)謝罪文の体をなしていなければならないのに、それがみられない。

(1)
「右翼団体等からの圧力は一切なく、右翼団体等をおそれて解約したのでも決してございません」。
いや、おそれたのだ。「右翼団体等」が念頭になくても、契約を解約したというのか。だったら、なおさら問題だ。

(2)
 相手が暴力団ならともかく、「他のお客様に多大なご迷惑がかかる」といって、ある一人のお客様(=日教組)を排除するのは、接客のあり方として杜撰である。
会場使用を一方的に解約する代わりに、別の会場使用の手続きをとるといったフォローをホテル側は行ったのか。尋ねてみたいところである(「主催者側には他の会場を探す時間もあったのではないでしょうか」などという文言からは、そのようすは見えてこない)。
仮にしていたとしても、客の意向に添えなかったのだから、接客対応としては問題だ。ホテル側の器量が問われた問題だった。

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傍観しながら批判をするのは簡単だ。むろん沈黙するよりもはるかに評価できる。だが、いくら激しい言葉を並べても、切実さや痛みが伴わない言葉は届きにくい。そんなことを考えさせてくれたのが「日教組が教研全体集会の開催中止」のニュースである。客観主義の格率からの逸脱も時には必要ではないか、などと考えた。 日教組が教研全体集会の開催中止 ホテルが使用拒否、51年以来初 (47news 2008/02/01 1... [続きを読む]

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