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信濃教育会~戦後への連続~

 前回、信濃教育会(信教)について触れたので、メモをもう少し。 
 「教育会の戦後への連続・断絶」は、現在教育会研究の一つの論点となっているところである。
 これまで教育史研究において「教育会」は、戦前教育行政の「翼賛団体」として(消極的に)評価され、[戦前-教育会]→[戦後-教員組合]の流れが必然的なものとして捉えられてきた(結果的に、日本近代教育の普及・展開に果たした教育会の歴史的役割はきちんと顧みられてこなかった、というのが研究会の問題意識の一つだと自分は理解している)。
 そのような枠組みでみると、信濃教育会はきわめて特異な存在に映る。
 信教は職能団体としての活動とともに、人事行政にも積極的に関与していた。
したがって、M川先生が1月の研究会で指摘したように、教育会=職能団体と教員組合=労働権・生活権保護交渉団体という分化が困難な歴史的条件を信教はもっていた。
 その信教でも存続か解散かということが、戦後大きな問題になった。
 しかし、占領下、長野軍政部による県教組と信教の「二本立て」指示のもとで決着がつけられたとみられている。その背景には軍政部による県教組への強権的介入(→弱体化)と、信教への一本化の思惑があった。そして、県教組による抵抗運動の一方で、信教は、占領行政への一体化のなかで「政治的復権」を成し遂げたといえよう。
 以後、信教は、自らの存在意義を専門家集団(=職能団体)としての教育世論の形成や、専門性に基づいた、官僚制への抑圧機能(官僚行政からの自由)におくとともに、「教員ギルド」と批判される側面も持ち合わせていくことになる。ここに「ガバナンス」という現代的論点が浮かびあがってくる…。そのような枠組みでみてよいのではないか。

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