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教育県検証~長野~

■「教育県 検証(1) 改革に着手 信濃教育会」『YOMIURI ONLINE』2008年2月13日。

■「教育県 検証(2) 進学率アップ 道半ば」同上、2008年2月14日。

 実は先週、記事を執筆した記者の方から、(本ブログを経由で)信濃教育会(以下、信教と略す)について質問を受けたところだった(教育情報回路研のエントリに信教の名を記したことが原因。いったい、誰が見ているかわからない。すだっちが言うように「ブログの裾野は広い」)。K山先生にも聞いて頂きたいといったので、先生のところにも連絡が回ったと思う。それにしても、うまいことまとめるなぁ。
 記事では「教育県」再興をめざした、信教による教員現職研修の新たな試み(信濃教育会改革)が紹介されている。

 記事で触れられているが、長野世論調査協会が行った調査(1999年)で「長野県は教育県だと思わない」が65.8%に登り、「大学進学率の低さ」と並んで、理由の一つに「信濃教育会が指導力を持ちすぎ」(16.9%)とあることに驚く。こんな指摘は他県では考えられない。
 長野県民における信教へのまなざしとはどんなものなのか。知りたくなってきた。正直今までは教育史研究の一対象としてしか見ていなかったが、この教育会は今日まで続いているわけで、Web上には、信教のHPはもちろん、信教をタネにした関連ページがいくつか確認できる(例えば、元新聞記者の方が綴った体験談「『教育県・長野』はどこへゆく」『ペンの旅・わが半生』)。そんな話題をもつような教育会は他にはないだろう。

       ◇

 長野が「教育県」だと言われてきた背景には、明治期の「高い就学率」(=近代教育普及の模範的存在)や大正自由教育の展開などを含め、教育・文化に対する県民の高い関心があったと言われてきた。
 だが、「教育県」の指標は、時代の移り変わりのなかで変遷を遂げていると考えている。とくに、戦後は「学力」(=進学率)が強固な指標となっており、また、その向上をめざすスローガンとして用いられてきた傾向にあるのではないか。あるいは「教育県」指標・言説には、その時代における人びとの教育観や学校観、あるいは社会の問題が刻みこまれているのではないか。質問を通して、そんなことを考えるきっかけをいただいた。

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