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[火ログ]最強の武器

科学が暴く! 史上最強の武器決定戦

武器のお勉強に。

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ちなみに私は図書館をこう活用した

 図書館を避ける方、「図書館は本を読むところ」という先入観をお持ちではないだろうか。
 もちろん、それが大前提なのだが、図書館の機能はそれだけではない。視聴覚資料、要するにビデオ・DVDを見るもことができるし、CDを聴くことも可能だ。
 とくに自分は、「雑誌を読む」点で図書館を大いに活用した。『教育』や『現代教育科学』など教育分野のものはもちろん、『世界』や『論座』、『週刊東洋経済』、あるいは『週刊新潮』『サンデー毎日』などポピュラーな雑誌の最新号が読み放題である。
『ENGLISH JOURNAL』など英語学習に役立つ雑誌もそろえている。雑誌の定期購読などができない貧乏学生にとって、これはありがたい。
本屋の店頭には並ばない、コアな雑誌も置いている。『風俗画報』や、戦時期雑誌など歴史的な雑誌を手に取ることもできる。通俗的な雑誌記事がその時代の世相を反映しているのに気づき、貴重な研究対象となるかもしれない。20年前ならもう立派な「同時代史研究」の対象になる。自分の生まれた年月の雑誌や新聞(縮刷版やマイクロ・フィルム)など渉猟してみたら、おもしろい発見があるかもしれない。
大学の図書館であれば、学術雑誌は欠かせない。研究紀要に掲載された先行研究の存在は、論文の起点となる。

 そして、図書館の強みはバックナンバーを蓄積していることである。ここ一・二年なら、各出版社のHPからお目当ての雑誌のウェブページで、バックナンバーの目次を見ることができる。読んでみたい記事を見つけたら、図書館に行こう。学術雑誌なら、大学図書館のHPから「雑誌記事索引」“MAGAZINE PLUS”にアクセスして検索することができる。学会のHPでも紀要目次を公開しているケースがある。万一見つけられなくても記事のタイトル、号数、出版年をメモし、レファレンス・コーナーで複写依頼をすれば間違いなくお目当ての記事を手にすることができるだろう(コピー代に加えて送料がかかる。これが無料だったらうれしいのに)。
 自分が時間を見つけてやりたいと考えているのは、1991(平成3)年間の『月刊剣道日本』(スキージャーナル)を見ることである。おそらく宮城県図書館にバックナンバーがそろっているはずである。
 どうして、1991年か。この年は、わが師匠が第26回全日本居合道大会で優勝した年である。今年宮城県で全国大会が行われるが、前回宮城で行われたときの全国大会の様子・入賞者の写真が誌上で取り上げられているはずである。
 そのときの様子、そして師匠の勇姿を拝見したいという思いからである。前回の大会は10月13日に行われているから、11月号、12月号、翌1992年1月号のあたりに掲載されていると思う。
 余裕がなくて、いまだ実現できていない。誰か錬武会会員の方、もしお時間があればよろしく。

    ◇  ◇

 漫画が好きなんだぃ、というあなた。手塚治虫など著名な漫画家なら、漫画全集も置いている。マンガだって読めるのだ。「マンガの描き方」に関する本もある。漫画家の技法の特徴を分析していたりして、勉強になる。
 図書館は人智の宝庫であり、その活用とは、お目当ての知識・情報を探す宝探しである。図書館は好きなモノや日常にある物事をより高度で、多面的な視点から見るきっかけを用意してくれる。知っているようでまだまだ知らない、自分が興味をもつ世界の奥深さ、価値の高さを感じることができるはずだ。

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私は図書館をこう活用した

  (前回mixiの日記に書いたが)宮城教育大学附属図書館にて来年度の利用証を発行してもらったついでに、入り口脇にある「自由にお取りください」コーナーで『こもれび』(宮城教育大学附属図書館ニュース)をもらってきた(というか勝手にとってきた)。眼にとまったのは第112号の「私は図書館をこう活用した~大学での“勉強法”~」という特集。
 学生時代に先生から「君たち、大学生なら一か月に一万ページ読まなきゃダメだよ。」(一日に333と3分の1ページ)と言われた竹内洋先生(社会科教育講座)のエピソードなど、先生の体験談を交えた“図書館のすすめ”が掲載されている。そして、図書館運営委員・笠間先生による企画の意図=学生へのメッセージも記されております(「学生の皆さんへ:特集「私は図書館をこう活用した」について」)。
 それは要するに、
授業を受けることがイコール「単位をとる」ことだと思うのは甘いぜ。90分の授業なら、その2倍の時間を「授業外の学習」に充てろ。それが「単位制度の実質化」(*)の基本的原則だ。『履修のしおり』に記されている「学習時間」の趣旨も、要するにそういうことだ。そして、そのためにもっとも整えられた環境を提供できるのが図書館だ。さぁ、足を運びんしゃい。
(*)文部科学省・中央教育審議会大学分科会資料、2004年12月15日
ということですかね。

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驚異のテーブル

歩くテーブル

伸び縮みするテーブル

回転しながら伸縮するテーブル

スゲー! でもって、最後のやつは、指挟みそう。

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「渋滞、車多いと自然発生」

「渋滞、車多いと自然発生 阪大などのチームが実証」@asahi.com、2008年03月04日

 渋滞は道路を走る車の数が一定密度を超えると起きることが、自動車を走らせる実験からわかった。トンネルや坂といったボトルネックなどの特別な外因がなくても自然発生するという。英国のオンライン物理学誌ニュー・ジャーナル・オブ・フィジックスに4日発表した。
 名古屋大学情報科学研究科の杉山雄規教授や大阪大学サイバーメディアセンターの菊池誠教授らの研究チームが実施した。大学の敷地内に1周約230メートルの円を描き、これを車線にして乗用車を時速30キロで走らせた。慣れたドライバーが円の上を走るだけなので、渋滞を起こす外因はない。
 車間距離によって車の加速度が決まる数理モデルをたてたところ、車が約20台を超えると渋滞が発生すると予測された。
 実験では、22台が連なって走った。最初は約10メートルの車間距離を保って走行したが、数分たつと流れの悪くなる部分が現れ、やがて4、5台は一瞬、完全に止まるようになった。前の車両が動けば再び走り出すが、渋滞部分は車の流れと逆方向に順々に後送りされ、時速20キロほどで後方に向けて移動した。
 菊池教授は「車の密度が一定値を超えると、ちょっとした速度変化が後の車に次々に伝搬し、渋滞を起こす。ある温度以下になると水が一斉に氷に変わる現象と同じだ」と説明している。

 ネットで話題になっていたニュース記事。
  文系の自分が読む限り、阪大などの研究チームが「渋滞」が「自然発生」する仕組み=理論(モデル)を提示、実験を通して確認してみせた、ということだろう。
 それでも、慎重に読まないと大いに誤解を呼びそうな記事である(自分も正直、わかっているとは断言できない)。
 車が多いと渋滞が起きる――。「あたりまえだろ」と一蹴してしまいそうだが、我々は意識しないうちに「車が多い」以外にも渋滞の要因を土着に作り上げている。「渋滞発生ポイントはあそこ(だから、裏道を行こう)」といったかたちで。でも、理論上は信号や交差点などの外因がなくても「渋滞」は発生するというのが、記事の意味するところだろう。なお、自明の前提だけど、理論は現実すべてをカバーするわけではなく、現実から意図的に抽象化したフィクションである(がゆえに現象や問題の構造を明晰に見通せるのである)から、現実の社会では乗用車だけでなくトラックもあるだとか、円形の中を回っているだけで何がわかる、といった指摘は文字通り“論外”だろう。

New Journal of Physics(FullTextへのリンク) 

映像 

Experiments of forming traffic jam 
「車間距離が一定の値よりも短くなる、つまり密度がある値を越えると、車間距離一定の一様な流れは不安定となります。その不安定な状態で、各車の速度が少し変化することによってできる車間距離のばらつきは、車の進行方向と逆向きに成長しながら伝わり、密度の波となります。これが、渋滞を引き起こします。つまり、密度が高く、車がほとんど停止した部分と、密度が低く、車が走っている部分が、交互に現れる密度の縞模様ができます。これが渋滞です。トンネルや交通事故などは、密度を上昇させる役割があるだけで、渋滞の原因そのものではありません。」

◇「渋滞の論文が出ました(または相転移現象としての交通渋滞)」@kikulog、2008年3月4日

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事務次官特別講演

 土曜日は、文部科学事務次官の特別講演会に出席してきた。現事務次官の銭谷さんは大学(学部)のOBであり、また講座の先輩である。これまでも、数回講演などで仙台にお招きしておりお目にかかったことがある。が、今回はまさに事務次官としての凱旋講演といったところ。学部としてもぜひとも事務次官のうちに招聘せねば、といったところだろう。とはいえ、今回はホテルのレストラン(?)を会場とした内輪向けの、小さな講演会だった(会場の確保が困難だったらしいから、もともと小規模に設定され、大きな宣伝も行わなかった)。
 藤井前仙台市長(こちらも大学[院]OB)のこぼれ話も飛び出しつつ(銭谷さんは藤井さんの「調査・統計論」受講学生の一人で、評点はAだったとか)、「グローバル化時代の日本の教育の課題と展望」について、一時間ほどお話をいただいた。

 箇条書きになるが、その内容を自分なりに整理すると、以下の通り(内容を正確に反映しているわけではありません)、

(1)教育行政は、国際機関の動向を無視できない 
①国連(ユネスコ)
世界初の民間ユネスコ協会が仙台の発祥であること(仙台から世界へ)
・日本の世界遺産条約への対応の遅れは、その登録件数の少なさに表れている(登録件数はヨーロッパが圧倒的)。
ESD(Education for Sustainable Development)
 「持続可能な開発のための教育」という動向
②OECD
・日本のPISA(2003)ショック
 とはいえ、G8の中ではカナダに次いで2番目に高い
☆調査をしてわかったこと
・下支えがなくなっている。
 成績を段階別に分けると、上位層の厚さは変わっていない
 =下層が増えている
・学年があがるにつれて勉強しなくなる。
 意欲の低下、ビジョンがもてないでいる
 高校と小・中とのギャップ―学習の継続性の問題
・PISAは「どれだけ学んだか」を問うテストではない
 TIMSSではまだ上位にいる
 知識の「活用・応用」をどう教えるのか
ユニセフの調査
 自己肯定性が低い日本の子ども(15歳)
 「自分は孤独だ」と感じている子どもの割合-日本はズバ抜けて高い(29.8%)
 平均は7.4%
◎OECDの教育統計―各国に影響を与えている
・PISAによって各国とも学力への関心が高まっている
☆フィンランド:教師は尊敬されている、読書に力を入れている、少人数教育、学校の自主性尊重
☆ドイツ:日本以上のPISAショック(2000)
・給食なし→給食ありの全日制へ移行(これまでは午後1,2時で下校時間だった)
 さらに朝食を提供する学校まで

(2)日本の教育の課題
①全国学力・学習状況調査
*結果からわかったこと 
 過去問との比較―学力は低下していない
 住んでいる場所で学力に差はない(沖縄がやや低い)
 都道府県(教員採用、免許公布区分)でも差はない
 学校間格差も外国ほどではない
 問題Bについて、無答が多い
・競争にしない工夫の必要
 秋田県の教育長は順位が低いだろうと予想して、言い訳を考えていたとか
②少子高齢化がすすむ国、日本
・OECD加盟国中で最もすすんでいる。
 0~14歳:14%, 65歳以上:21%
次官の出身地、秋田県はもっとも高齢化がすすむ
・日本の世帯の半分は夫婦のみか、一人暮らし
 核家族は三割
③低い教育投資
・日本の教育投資は低い、その中でよくがんばってきたというのが実態
 初等、中等教育は国際平均より若干低い…
 高等、幼児教育はひじょうに低い(幼児教育無償化の検討)
④日本の高等教育
・ここ10年間で大学は150増え、短大は150以上減った。
・日本の大学進学率は、国際的には高くない。
・追い上げられる日本
 高等教育政策にその差が表れている
・「学士力」強化
 大学で何を学んだかが問われる時代
⑤その他
・教育基本法改正
→学校教育法改正、小・中一本化
→指導要領改訂、平成21年度から実施
・職業との接続
・教員定数の改善
・地域の働きかけ-学校支援地域本部
・教員給与―超過勤務の実態の問題
……

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[木ログ]教育史動画(by Youtube)

 おもしろい歴史の動画がアップされているのがわかって感動。その時代の情景を伝える貴重な映像資料だ(多少のバイアスを念頭に置く必要があるが)。

◇日本の子供(戦時教育)
http://jp.youtube.com/watch?v=O_YDSgd6jkA

◇日本の子供(都会の小学校)
http://jp.youtube.com/watch?v=vYg6xslwpec

◇勤評闘争 - 1958
http://www.youtube.com/watch?v=ZoV5EPn8TEw&feature=related

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上海から先生がやってきた

■NHKスペシャル「激流中国・上海から先生がやってきた~貧困の村で~」(2008/3/2)
http://www.nhk.or.jp/special/onair/080302.html

経済成長のかげで、およそ6000万人の貧困人口を抱える中国農村部。貧しさの原因とは何なのか。彼らを救う手だてはあるのか。貧困地区を助けようと都会からやってきた若者たちの苦闘と農村の現実を半年間にわたって取材した。

これまでに10万人が参加したという都会の若者が貧困を助ける支援プロジェクト。今年、黄土高原の最貧困地域、寧夏回族自治区西吉県に13人の若者が派遣された。メンバーの一人、上海の名門、復旦大学に通う梁佩思(りょうはいし)さん(22)は、外資系企業からの就職の誘いを断り、貧しい農村の高校で一年間のボランティア教師となることを決意した。

しかし、苦労知らずの都会暮らしの梁さんを、想像を絶する日々が待ち受けていた。零下15度に冷え込む厳しい自然。具のない饅頭だけが、毎朝毎晩続く食事。あたりには故郷を捨てて移住した農家の跡が点在していた。
それでも子どもたちは、貧しさから抜け出すために、一心不乱に進学を目指す。梁さんは、生徒たちの家に通い、親身になって相談に乗り始めた。しかし、親の病気を治すにも借金が必要で、返済のために子どもは進学の道を断たれる悪循環。非情な経済の論理が急速に農村を蝕んでいる実態に、途方に暮れるばかりだった。 

若者たちの悪戦苦闘を通して、貧困の現実と彼女たちの心の葛藤を大自然をバックに描き出していく。

 中国版・大石先生(『二十四の瞳』)とでもいうべきか。あるいは中国版・北方教師、『山びこ学校』か。過去の日本が抱えたであろう問題=都市と農村との格差と同じようなイメージをもたざるを得なかった。農村若者の出稼ぎは、日本における高度成長期の集団就職を思わせる。大きな違いはおそらく、「都会の若者が貧困を助ける支援プロジェクト」が国家的規模で大々的に展開されていること、にもかかわらず、格差解消という問題は若者の「大学への進学」という個人的課題の枠組みで受け止められていることだろう。少なくとも、番組の構成からはそのような問題の構図として受け取れた。

 大学出の若い「令嬢」教師が、貧困からの脱却という切実な農村の課題を、都市への進学と強く結びつけて必死で教育を行っている。
そんな印象を強くもった。もちろん、この競争意識を煽るやり方はどこかで行き詰まる。個々の家族に大きな負担をもたらす。農村の空洞化が深刻化する。そもそも「選抜」という仕方で貧困にあえぐ生徒すべてが救済されるわけではない。にもかかわらず、農村家族はそこにしか活路を見出せないでいる。中国の教育もまた隘路に入り込んでいるようにみえてきた。

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