« 恐るべき「善意」 | トップページ | 悉皆調査に起因する問題 »

懲りない「心」の評価

■「子どもの道徳心を偏差値化 各地の小中学校でテスト」asahi.com、2008年04月10日14時19分

 子どもの道徳心を検査し、偏差値や5段階評価を示す業者テストが全国の小中学校で実施されている。テスト結果を受けて教師に渡される各児童・生徒の個人診断票には「重点指導項目」として「愛国心」「郷土愛」などが記される。今年3月に文部科学省が公表した改訂学習指導要領には道徳教育の目標に「我が国と郷土を愛し」という文言が加わったが、道徳の数値評価は「行わない」とされている。それだけに、保護者からは「先生がテスト結果をうのみにして生徒を色眼鏡で見るようになってしまうのではないか」などと不安視する声も上がっている。

 「偏差値30」
 今年に入って、福岡県内に住む小学生の息子(10)の母親は、本来教師が持っている道徳テストの個人診断票を偶然知り、驚いた。道徳心の5段階評価は「1」だった。
 テスト結果の評価コメントには、重点的な指導が必要な項目として、順に「愛国心」「勤勉努力」「自立節度」「郷土愛」などが挙げられていたという。母親は「子どもの心を数字で表すことはできないはず」と不信感をあらわにした。
 このテストの発行元は図書文化社(東京都)。同社によると、テストは「道徳教科の理解度をみる」のが目的で、90年度から販売している。偏差値などの数値評価は「子どもの到達水準を知りたいという現場教師の要望で付属資料として出している」が、いつからなのかは「答えられない」という。
 同社のテストは、小学生用や中学生用などがあり、約30~50問を選択式で回答する。例えば、中学生用では「寺の壁の落書きを見て、どんな気持ちになるか」などの設問がある。ただし、日の丸・君が代に関する設問は含まれていない。
 昨年度は全国47都道府県の小学校約1200校、中学校約1100校の児童・生徒約38万人が同社のテストを受けた。各都道府県ごとの児童・生徒数は「企業秘密に属する」として公表していない。
 福岡県内では、小学校46校、中学校5校で実施された。検査価格は1人430円で、自治体が予算を組んで購入することもあるという。このうち、文科省から道徳教育研究授業を委嘱されている大木町では、町立小中学校の全児童生徒約1300人を対象にテストを実施。経費約57万円は町が支出した。「子どもの力がどれだけ伸びたのか、研究授業の成果を判断するデータを取るため」(同町教委)だ。
 同社によると、道徳テストはほかにも複数の業者が作成し、全国で実施されているという。
 文科省教育課程課はこうした状況について「道徳テストが実施されていることは確認しているが、数値評価が行われていることは知らなかった」とコメント。ただし、「道徳は改訂学習指導要領でも『数値などによる評価は行わないものとする』としており、偏差値や5段階評価はなじまない」と指摘した。
 同社は「改訂学習指導要領に基づき、新版をつくる予定」で、「結果(数値評価)の示し方についても検討する」と話している。(白石昌幸)

 まず、文章にある「道徳教科」というのは間違い。道徳は「教科」領域には位置付いていない。出版社の人はほんとにそう答えたのだろうか。

 さて、「また(福岡)ですか」というのが率直な感想である。
なぜなら、同様の記事が―やはり朝日新聞だが―以前にもあったからである。
2003年5月3日の同紙に
(1)「通知表に『愛国心』、広がる 小6社会科11府県172校盛る 本社調べ」、
(2)「子供の心まで採点(「愛国」の陰で①) 『元寇、君ならどうする』 討論授業が『将来の模範」』」

と題する記事が載っている。
「国を愛する心情」など愛国心を通知表での評価に含めた学校の数で、福岡市は63校と圧倒的に多かった。
 以下、(2)の記事からの引用。
「市内の小学6年生のある担任教諭は、最初に通知表の文案が示された1学期の職員会議でこの文言に気付かなかった。当時の最大の関心事は、本格導入された総合学習の評価をどうするかだった。(中略)気付いた後、評価をどうするか同僚と話し合った。結論は、「子どもの愛国心は評価しようがない」。2学期以降は児童の評価を3段階(ABC)のBにそろえた。」
 結局、愛国心評価の実態なんてこんな程度だ。「国を愛する」という言葉(徳目)に一定の解釈を当て込んで、子どもの思考を硬直させることはできない。特定の徳目解釈に現実を当てはめようとすると無理が出てくるし(「水からの伝言」はそのいい例)、現実には徳目同士が対立するケースがザラにあるからだ。子どもはその矛盾を的確に衝く。困るのは教師だ。だから、上記のように「事なかれ主義」になる。

 そもそも、道徳とは社会のある具体的状況においてどのような意志決定をするかという「行為」の問題に帰着するものであり、「心」の問題に還元されるべきではない。
 「寺の壁の落書きを見て、どんな気持ちになるか」とテストの設問があるというが、「気持ち」なんてどうでもいいから、「落書きをなくす」ためにどう工夫するのがよいかを、独自の工夫を行っている実践例などの事実をもとにして議論をするほうがはるかに有意義だろう。そして、それを「道徳的だ」といちいち段階的に評価できますか? 

         ◇

 それにしても、ここにも商業主義の影響が……。

|

« 恐るべき「善意」 | トップページ | 悉皆調査に起因する問題 »

ニュース」カテゴリの記事

コメント

コメントを書く



(ウェブ上には掲載しません)




トラックバック

この記事のトラックバックURL:
http://app.cocolog-nifty.com/t/trackback/69457/40844053

この記事へのトラックバック一覧です: 懲りない「心」の評価:

« 恐るべき「善意」 | トップページ | 悉皆調査に起因する問題 »