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すべての戦没者、戦争犠牲者を悼むには

  今年の8月15日も、あいかわらず(とはいえ、昨年よりは静かだったと思うが)靖国神社は戦没者「顕彰」色の濃い、騒々しい一日を迎えたようだ。
 一方、全国戦没者追悼式では、河野洋平衆院議長が追悼の辞で「政府が特定の宗教によらない、すべての人が追悼できる施設の設置について真剣に検討を進めることが強く求められている」との認識を示した。これは注目されることであった。
 自分も河野議長が述べる、「無宗教の戦没者追悼施設」建設構想に、現時点では賛同する。一方、靖国神社に対する思いをめぐっては、以前に記事で述べたことがある(2006年9月2日)。今も思いは変わらない。

 「戦没者追悼」のあり方は、これまで政府レベルで何度も議論されてきたことではある。
 その一つに、靖国神社を非宗教法人化するという案がある。首相の靖国参拝を違憲とする司法判断(合憲とする判例は一つもない)がいくつも下っていることがあるために、このような構想が浮上するのだろう。
 だが、そもそも一宗教法人である靖国神社に国家が介入すること自体が、政教分離と関わって問題である。靖国神社には国家が顔を出して、手をつけるべきではない。だから、A級戦犯を分祀するか否かも、別に靖国神社の好きなようにしたらいい。

 それよりも自分が問題だと考えるのは、靖国による「戦没者追悼」では、追悼すべき戦争犠牲者の範囲が狭まってしまうという点である。主に靖国に祀られているのは、日本と天皇のために殉じた自国の兵士たちである。だが、広くとれば「戦没者」(戦場での死者)はそれだけに限られない。また「戦没者」のみならず、日本が行った戦争は、国内の民間人はもちろん、中国や韓国をはじめとする諸外国(植民地支配の犠牲者)にも多くの戦争犠牲者を生んだ。そのような国内外への広い視野を持たずに「戦没者追悼」と言うのでは、ほんとうに戦争から教訓を得たことにはならないのではないか。福田総理は追悼式の式辞で述べた。「一国だけの利益を追求する風潮がないとは言えない。内向きな志向の虜(とりこ)になることなく、まなざしを世界に向けながら歩んでいきたい」と。

 靖国のような「戦没者追悼」施設とは別に(靖国を全否定するのではない。そもそも靖国参拝は、日本国民個々の私的な心情に属する事柄なのだから―)、すべての戦争犠牲者の追悼を象徴する施設を日本国民の総意として建設すること(施設とまでいかずとも平和祈念碑のようなもので十分かもしれない。そうすることで、日本国民の総意としての平和主義を外に向かって発信することになるのではないか)。
 そして、その施設(・碑)が示す「追悼」の対象には、「国に殉じた」という恣意的な基準で選別した特定の人間に限らず、民間の戦争犠牲者、植民地支配の犠牲者をも含めること。何より「戦没者追悼」という国内問題として処理して終わるのではなく、「戦争被害者の追悼」へと広げ、平和主義の立場を世界に向けて発信していく姿勢を政府が率先して示すこと(「国内外のすべての戦争犠牲者の追悼」をアピールすれば、他の戦争被害国からの靖国「追悼」に関する批判も多少軽減するのではないか)。また、そのような意味での追悼式=平和祈念の式典を8月15日とは異なる日に独立して行うこと[*]。そうしたうえで、歴史認識や戦争責任をめぐる国際対話をねばり強く行っていくこと。
 靖国に手を付けずして「戦没者追悼」に関する円満な解決策と呼べるものは、現時点ではそれぐらいしか思いつかない。

   ■   □   ■

[*]佐藤卓己氏は、周辺諸国との合理的な対話に道をひらくために、「終戦記念日」の改革(解体)―お盆の8月15日「戦没者を追悼する日」とは別に、降伏調印の9月2日「平和を祈念する日」を新設すること―を提唱している。佐藤氏が提起するように、1945年8月15日に終わった戦争は存在しない。8月15日はただ「忠良ナル爾臣民」に宛てた内向きのラジオ放送=玉音放送があった日に過ぎない。国際標準としては、東京湾上の戦艦ミズーリ号上で降伏文書が調印された9月2日(VJデイ-対日戦勝記念日)が文字通り、終戦の日なのである(佐藤卓己『八月一五日の神話―終戦記念日のメディア学―』ちくま新書、2005年を参照)。
 氏がいうように、私たちは心をこめて追悼しながら、同時に理性的(政治的)な議論ができるほど器用ではない。私的な心情と公的な意見は必ずしも一致しないし、無理に一致させることも難しい。だからこそ、終戦記念日改革をめぐる以下のような指摘には、強く惹かれるものがある。
「結論として、現在の『戦没者を追悼し平和を祈念する日』を分割して、『戦没者を追悼する』前半をお盆の8月15日、『平和を祈念する』後半を降伏の9月2日に移動するべきだ、と私は提言する。戦争の記憶を公開の場で再審するためにも、ひとまずは慰霊問題と戦争責任問題を切り離す必要性があろう。『8月15日の追悼』はお盆に、『9月2日の議論』は新学期〔夏休み明けの教室での議論-引用者注〕にふさわしい。」(http://www.kashiwashobo.co.jp/new_web/column/rensai/r01-23.html

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O.C.雑記

  水曜、木曜と本学ではオープン・キャンパスだった。全国から高校生が、大挙して押し寄せてくる二日間である。文系キャンパスも人であふれかえった。自分が卒業したあんな小さくて何もない学部にも、毎年たくさんの高校生が訪れる(通過する?)。自分は今回、スタッフ・カメラマンとして、各階の様子をフォーカスする役を引き受けた。おかげで、各階の展示コーナーに遠慮無く入れたので、いろいろ楽しかった。女子高生もふぉ(以下、省略)。
 そして今回、いろいろ運営上事件が起こったそうで、事務方は相当カリカリ、先生方も余計な気苦労が絶えず、こりごりのご様子だった。受付で嫌な思いをした高校生も多かったのではないか。犯人はやっぱり○○先生か。まったく(以下、省略)。
 さらに、今回は市長さんの講話が本学部であったのだが、まあ何というか、"独特のパフォーマンス"と"秘書使いの荒さ"だけが高校生には印象として残ったんじゃないだろうか。講話の本筋は、案の定予想した通り、「学力低下」を煽る内容である。調査の結果、算数・数学の点数が落ちているとか、応用力がなくなったとかいう話であるが、あんな話をしたところで高校生には何の糧にもならないだろうに(当然、中身がないんだから、質問なんか出るわけないよね)。どうせなら、市も積極的に捉えている「学都仙台」の長所をもっとアピールするような内容をお願いします(冊子配って終わるのではなく)。宮城県外から来ている高校生もたくさんいたんだから。
* とりあえず補足すると、仙台という、東京から少しばかり離れたところに位置し、研究・学生生活に関する沢山の情報や人的交流に恵まれつつ、一方で情報過多を避けてキャンパス・ライフに没頭できる静かな環境は、いろいろと自分自身の内面的思考を触発してくれるはず。緑も多く、住みやすいし、お薦めですよ。
* もう一つ補足すると、本学オープンキャンパスへの参加者数は毎年多いらしく、「大学ランキング2009年版(朝日新聞社)」によれば、昨年は全国でベスト5に入ったそうだ(上位にいるのは、早稲田、立教など首都圏の私立大ばかり。国立大ではトップ。『まなびの杜』2008年夏号[No.44]を参照)。「だから何」という感じだが、自分は"事務方が偉い"ということを、このランキングから真っ先に受け取る。3万6千人以上を受け入れるための環境を整えるのは大変ですよ。

   ◇

 それにしても、教育学部は、ほかの学部と比べて見せ物といえるものはほとんどない。高校生にとって目新しく映るものは心理系の実験装置くらい。見せるべきもの―研究対象―の多くは大学の外、つまりは教育の現場にあるから、なおさら高校生にはありきたりな、つまらないものに見えてしまう(か、もしくは教育を学問する変なところだという印象が強まるだろう)。
 だからこそ、そのありきたりな教育にまつわる光景が、いかに特殊で研究に値する不思議で奥深いものであるかを気付かせるような概念装置を、高校生にもわかるようなかたちで披露してあげる必要がある。それは自身の研究の上でもかなりの訓練になるはずである。
 聞き手を想定しながら、その聞き手に理解されるわかりやすいかたちで自分の研究を振り返り、組み立てなおす機会としてオープン・キャンパスを捉えると、学部側(教員・学生)にとっても生産的なものになるのではないだろうか。実際、お金と労力だけみれば、とても生産的とはいえないはずだから。

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