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[土ログ]「論」も愉し

■「筑紫哲也さん死去:「キャスター」身近に 闘病生活も最後まで「現場」」毎日.JP、2008年11月8日。

 長年の取材に裏打ちされた歯切れのいい言葉で、国際政治からポップカルチャーまでを語り、テレビの視聴者に支持されてきた筑紫哲也さんが7日、73歳で亡くなった。「ニュースキャスター」という言葉をお茶の間に浸透させた代表格だった。
 朝日新聞記者時代には、テレビ朝日の報道番組「日曜夕刊!こちらデスク」の司会者に就任。今では一般的になった活字メディア出身のジャーナリストがテレビ出演をするきっかけを作った。
 「筑紫哲也ニュース23」のキャスター就任後は、開戦直前のイラクで現地取材をするなど、現場にこだわった。98年11月には米国のクリントン大統領(当時)をスタジオに招き、市民との直接対話を実現させて話題を呼んだ。
 TBSのワイドショースタッフが坂本堤弁護士のインタビュー収録テープをオウム真理教幹部に見せた後、坂本弁護士が殺害された問題が、96年に発覚。当時の「ニュース23」で「TBSは死んだに等しい」と述べ、キャスター降板を考えたことを明らかにしている。
 闘病生活に入った後も、大きなニュースがあった日などに不定期出演。今年3月28日放送の「多事争論」コーナーで、番組タイトルから自分の名前がなくなることを明らかにし、出演してきた18年間を振り返った。8月11日には同番組で哲学者の梅原猛さんと対談。これが最後のテレビ出演となった。
 キャスターのかたわら、立命館大客員教授や雑誌「週刊金曜日」の編集委員も務めていた。「ニュースキャスター」(集英社)「筑紫哲也の この『くに』のゆくえ」(日本経済新聞社)などの著書もあった。今年5月には、日本記者クラブ賞を受賞している。
 7日の「ニュース23」では冒頭、筑紫さんの死去について約20分間放送。後藤謙次キャスターは「(筑紫さんは)ジャーナリズムのチャンピオンだった。遺志を継いで報道の最前線で戦っていきたい」と語った。

◇ニュースキャスターの鳥越俊太郎さんの話
 同じ時期に新聞社を辞めてテレビの報道番組に転身した、同志であり兄貴分。日本の国の在り方を示し、進むべき道を探る羅針盤のような存在だった。私たちにとって、大きな損失だと思う。
◇元沖縄県知事で大田平和総合研究所主宰、大田昌秀さんの話
 95年の3米兵による少女暴行事件の後、沖縄県民総決起大会に筑紫さんが来て、「沖縄県知事は他の知事より大変だが頑張って」と激励された。その場限りの報道でなく、腰を据えて沖縄問題を伝える姿勢が確立されていた。

 只々、残念です。
 溢れる教養で権力にも、また国民の無知・偏見にも、そして自分自身(=マスコミ)にも批判の矛先を向ける硬派な知性をもった、それでいて淡々としている(煽動的にならない冷静さを持つ)、そんな数少ない「ジャーナリスト」だったと思います。NEWS23ならではのさまざまな番組企画は、ほんとうに魅力的でした。

■「『論』も愉し」

「論」も愉し

近ごろ、「論」が浅くなっていると
思いませんか。
その良し悪し、是非、正しいか違って
いるかを問う前に。
そうやってひとつの「論」の専制が起き
る時、失なわれるのは自由の気風。
そうならないために、もっと「論」を
愉しみませんか。

 二〇〇八年夏       筑紫哲也 

◇WEB多事争論

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