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今の職を辞する前に記しておきたいこと

 「教育研究支援者」。そうGoogle検索したところで、ほとんど関連する情報はひっかかってこない。
これは、今の自分の職種である。研究科内の教育研究支援に関する業務に携わる。と言ってもわかりづらいか。
「研究してもいいし、企画研究などに関わってもらうが、事務仕事もしろ」。わかりやすく言えば、自分のポジションはそんな感じである。
 国立大学の法人化に伴い、大学の裁量によって置くことが可能になった役職の一つであると聞いている。
他の大学だと「教務補佐員」という役職があるが、おそらくそれに相当する。
 また検索結果を少し調べてみると、同じ「教育研究支援者」でも時間雇用職員相当から助教相当までと、部局によって扱いが異なることがわかる。私は「准職員」相当である。

 私は、所属研究科ではおそらく最初の「准職員」相当の教育研究支援者となった。約一年半前だ。
その後、大学院GPなどの採択によって人員は着実に増え、現在研究科には私を含めて5名の教育研究支援者がいる(ただし、今後同じようにポスト数が維持されるかどうかは不明である。補助金削減の問題があるから翌々年度あたりにどうなっているか)。
 設置されてまもないポストであるため、大学側も試行錯誤といったところがある。講座制でなくなり、(昔の合研・助手のように)教育・研究環境を整備するための人手が足りなくなっている現状を補うために、新たなかたちで労働力を動員したと自分は理解している。 
 以下、自分の在職経験を振り返って、同職種の意義を記しておきたい。

① まず、自分にとっては本当に助かった。食うのに困らなくて済んだ。首の皮一枚つながったという思いだ。
経済的な問題は、大学院生であれば常に気にかける問題である。先に述べたように、私は「准職員」待遇なので、事務職の給与体系に基づいた給与が支給される。また健康保険証も交付される。有給もある。さらに、奨学金の免除職にも相当する。生活保障があることは、研究面でも精神的余裕を与えてくれる。
 新勤務地への引越のために、今月は非常に物入りとなったが、これも今の職に就けていたからこそ持ちこたえられた。

② 自分の研究の幅を広げることにもつながった。「学生支援」というまったく未知の領域に踏み込むことはなかなか大変であったが、おかげで、統計的な調査研究の初歩などを知ることができた。自分の所有知識が、非常に狭い範囲のものであったということを再認識する契機ともなった。人的交流の幅も広がり、研究の蓄積もできた。
 
③ だが一方で、同職の不安定な状況は否定できない。勤務は一年。毎年度更新のための手続きをしなければならない(書類提出-面接)。また、「准職員就業規程」によると、更新は原則3年の規定がある。いわゆる「雇い止め」規定である。また、採用時期(法人化以前と以後と)でも待遇に違いが出てくると聞く。
(※教育研究支援者になってはじめてわかったことだが、所属研究科における事務係の職員構成をみると、正職員の割合は3分の1程度と少ない。多くは准職員か、時間雇用職員で成り立っている。また、准職員、時間雇用職員のほとんどは女性である。正職員は定期的に異動があることを考えると、実は准職員や時間雇用職員の役割というものが非常に大きいということがわかる。)

④ 先に述べたように、教育研究支援者の給与は事務職の給与体系に基づいている。したがって、「大学職員」という括りになるわけだが、「研究者」ではない。したがって、研究者番号はもらえない。番号がないので、科研などにも応募はできない。無給の博士研究員から教育研究支援者になったために、研究者番号を失ったという同僚の話も聞いた。日本学生支援機構での定義では免除職に相当しながら、研究者番号がないという捻れ現象。これは、大学側の裁量がマイナスに働いてしまった側面といえる。

⑤ 「研究者」という括りにならないため、私が研究科の年報に論文を載せようとしたとき、「それでは事務職員なら誰でも執筆できることになってしまわないか」という意見が編集委員会で出されたという話を聞いた。教育研究支援者という新しいポストに対応する編集規定がなかったため、どう対応したらよいか問題になったという(でも冷静に考えて、事務長さんとかが投稿すると思いますか?)。当時の編集委員長が理解のある先生だったため、投稿・掲載が認められた。私が前例をつくったので、その後ほかの教育研究支援者も問題なく投稿することができている、と内心自負している。

⑥ 「准職員」として働く以上、兼業はできない。この規定がおそらく、教育研究支援者に応募する上での最大の障害かもしれない。自分は他のバイトをやめることにそれほど労力を使わなかったが、それまで非常勤をしていた専門学校等をやめるに当たって後継を探したりと、いろいろと大変な想いをしたという事例も聞いた。もし、それができない場合は、兼業可能な「時間雇用職員」相当の教育研究支援者として働くという道を取ることになる(私の前にいた初代支援者は、その雇用形態だった)。だが、その場合、給料はぐっと減る。一方、前述のように、教育研究支援者は毎年度更新をしなければならず、しかも「雇い止め」がある(まだ期限まで働いた支援者はいないが、そうなったとき果たしてどうなるのか)。
 事務職員として拘束され「雇い止め」があるが給与がもらえる雇用を選ぶか、教職経験など柔軟な働き方が可能だが給料が少ない雇用を選ぶか、この二者択一は苛酷である。

       ◇

 研究員と事務職員との境界で引き裂かれているのが、教育研究支援者だと言って良い。この状況を理解して支えてくれる、理解ある先生方がいたからよかった。一方、事務にも関わることで、いろいろと教員の「裏事情」を知ることもできたのも個人的に収穫だった(どの先生が〆切通りに原稿を出さないかとか、何年も論文書いてないかとか、某先生が××××したとか……)。
 「事務の信頼を失ったら、大学教員はだめだ」。それが、在職経験を通じて得た、最も大きな知見かもしれない。

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日記・コラム・つぶやき」カテゴリの記事

コメント

今朝方、タカキさんが結婚する夢をみましたよ~。

で、どこに引っ越すの??

投稿: あおぎんぐ | 2009/03/28 08:19

あおぎんぐさん、こんにちは。
>タカキさんが結婚する夢をみましたよ~。
正夢と信じていいんだな、それcatface 
相手がだれか気になるのう~。

 さて、現在引っ越したばかりです。場所は「新撰組のふるさと」と呼ばれるところですよ。
 昨日、土方歳三らの位牌が置かれているお寺に観光に行ってきました。
 はじめての東北地方以外での生活です。遠く離れたところに来てしまったという印象です。

投稿: タカキ | 2009/03/31 18:10

きっと新しい土地で運命的な出会いが・・・・・・

あるといいね!

結婚式には呼んで下さい♪色々喋ってあげますから!

投稿: あおぎんぐ | 2009/04/04 21:07

「運命的な出会い」? ふん、おれはそんなもの信じないね。

 そんなものがあるとすれば、それは、自分が「この人」と決めた人と長い年月寄り添うことができた末に=死ぬ間際になって事後的に悟ることができるものさ。
 「ああ、君とこうして人生を共に過ごすことができたのは運命的だった」と。
 「運命的な出会い」だったと振り返られる人生を、お互い作り上げていくものなのさ――

、とキザなことを言ってみる。

投稿: タカキ | 2009/04/05 21:15

感動した!


超感動した!!


一瞬(゜д゜)こんな顔になった!

投稿: あおぎんぐ | 2009/04/06 22:20

( ̄ー+ ̄)
エクセレントなこと言って、どうもすいません。

投稿: タカキ | 2009/04/07 22:42

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