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[本]『新採教師はなぜ追いつめられたのか』

■久冨善之・佐藤博編『新採教師はなぜ追いつめられたのか―苦悩と挫折から希望と再生を求めて―』高文研、2010年。

 今年もいろいろな本を買っては積んだままにしてきたので、あまり今年のベスト○冊などと吟味する資格はないのだけど、今年出版され、読んだ本のなかで最も印象に残ったのは、この本だった。

  本書で紹介されている内容は、今年7月19日-23日の朝日新聞の特集記事「いま、先生は」でも取り上げられた。雑誌『教職課程』2010年6月号のレビュー欄でも「これから教師になろうという方には、どうしても読んでおいてほしい本」「つらい話だが読んでおいてほしい」と紹介されている。
  本書では、3件の新採教師の自殺事件(うち2件は東京)についての概要と公務災害認定をめぐるその後の展開、試練の日々から出発した若手教師たちの手記などが掲載されている。
 この20余年間、ひたすら教師に対する不満・不信を煽り、「評価」という名の管理・監視の眼差しで教師を追い詰めてきた「教育改革」が、教師の精神疾患の急増、その末の過労死・自殺に帰結している現状は、しっかり直視し、また広く知られる必要がある。

 本書で紹介されている事件から見えてくる現場の課題は、「若手教員を育てる現場の同僚性・協同性」の土壌が全くといっていいほど、学校から失われている現状である。
  教員が自殺した学校では、「給料もらってるんだろう、アルバイトじゃないんだぞ。ちゃんと働け」という管理職・同僚からの叱責があるばかりで、教員同士助け合う土壌がなかった。すべてが、その教員の個人的な問題へと帰せられてしまうのである。
  若手教員が、失敗をおかすことはよくあるはず。だが、それを学校全体としてカバーしていくだけの余裕がないというのは、どういうわけなのか。これは、決して「教員の力量」「意識改革」云々の問題ではない。教師の職能を成長させていくうえで従来大きな役割を担ってきた、同僚間のフレキシブルな学びあい・語りあいの機会が失われていることが大問題なのである。
 一部保護者からの理不尽なクレームも、もちろん問題だろう。だが、「世の中にはそういう人もいる」ということも含めて、学校全体として受け止めていく「職場づくり」ができていない(しようともしない)、管理職の姿勢こそが問題といわなければならない。
 
 本書から見えてくるのは、そのような現代教育の課題である。
 では、若手教員たちは、このような現状にどう向き合っていけばよいのか。
  ヒントは、本書の後半にある(「若い教師たちのサークル」)。校内に自由に学びあう・語りあうステージがないのであれば、校外につくるしかない。
 
  校種をも超えた広い「専門職仲間」同士の連帯の中でこそ、問題解決の糸口はみえてくる。
  “一人で悩みを抱え込まず、広い関係性の中で問題を共有し合う”。若い教師、また、これから教師になろうとしている人たちは、ぜひ、本書が送るこのメッセージを受け止めてほしい。

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