「剣気無心」

 すでに「仙台錬武会ブログ」「すだ公民館」で取り上げられている通り、先週土曜日、第43回全日本居合道大会が仙台市体育館で行われた。
 自分も大会当日はスタッフとして早朝から昼食を取る暇もなく、電算処理にかかりきりになった(間近で行われている演武も落ち着いてみれなかったが、まあチラ見できただけでもOKか)。
 さらに夜は、打ち上げの幹事として奔走。いつもの如く二次会、三次会と日にちをまたぐまで飲み、昨日はへろへろで布団から出られなかった。

          ◇

 全日本居合道大会は、五段の部、六段の部、七段の部に各都道府県から選出された選手各1名、計3名(×47)が出場、それぞれトーナメント方式で勝ち負けを争う。試合は真剣による形(各流派古流と全日本剣道連盟居合)の演武の形式をとる(さすがに斬り合いはできませんから)。
 各段選手個人の結果[個人戦]はもちろん、都道府県ごとの成績をも算定して、団体の結果[団体戦]も競う。
 算定の仕方は以下の通り。
 一試合につき、勝ち数と旗数を計算する。勝敗は審判員三人による判定=赤・白の旗の数で決する。旗三本[3-0]での勝利なら、勝ち数が1点、加えて旗数が0.03点加算される(つまり、旗一本につき、0.01点)。合計、1.03点である。
 選手は、勝ち進めば多くて1回戦から6回戦(決勝)までを戦う。それがすべて[3-0]の勝利なら、1.03×6=6.18点ということになる。
 これを、五段、六段、七段の各47人の選手でそれぞれ計算し、3名の合計を都道府県ごとに算出して順位を出すわけである。

 今回の大会で地元・宮城県は三選手で合計15.44点をあげ、団体・初優勝を成し遂げた。前回の大会が行われたのは、1991(平成3)年。その時のことはこのブログで少し触れたことがある(「若き日の師匠の勇姿(以上の衝撃?)」、2008年6月16日)。その時宮城県は、都道府県対抗順位で惜しくも2位だった。
 だから、県連居合道部会として「今回こそは」という悲願があっただけに、先生方の感慨は一入のはず。
 この日のために、特練を積んでこられた選手の先生方、本当におめでとうございました。

          ◇

 ちなみに、今日の記事のタイトルは、記念品として配られた手拭いの文字。書かれたのは、大学剣道部のときにお世話になった堀籠先生だった(相変わらずの達筆!)。いまだご健在だったなぁ。 
 もう一つの記念品は、玉虫塗の……、ええと名刺盆でしたっけ。M野さんのお土産と同じくらい使わない気が……、いえ何でもございません(汗)

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若き日の師匠の勇姿(以上の衝撃?)

  宮城県図書館に行って、『月刊剣道日本』のバックナンバーを調べてきた。理由は、以前に書いている[*]。
 そして、師匠の記事(第26回全日本居合道大会、1991年10月13日、仙台市体育館)を見つけてきました。1991年12月号です。若い! トレードマークの髭がない!(他の先生も若い!)
 なお、記事の見出しは、六段の部で前人未踏の三連覇を成し遂げた東京・金田先生のほうを強調している(ちなみに、金田先生はその後七段の部でも、前人未踏の三連覇を達成している)。

 もっとも居合関連記事はそもそもが小さい扱い。同月号で最も大きく特集されていたのは、平成の武蔵・宮崎正裕選手による史上初の全日本剣道選手権・二連覇の偉業であった(たしかに、あれはリアルタイムで見ていて「歴史的瞬間!」の衝撃を受けた。この偉大な記録に続く剣士は、結局その後現れていない。長い全日本剣道選手権の歴史の中で選手権を連覇した人は後にも先にも宮崎選手ただ一人である)。
 それと、残念なことに、『月刊剣道時代』のほうの同月号は、県図書館には所蔵しておらず、記事をみることができず。

              ◇

 さて、前回宮城県で全日本居合道選手権が行われた1991(平成3)年10月13日(日)はどのような日であったのか。
『河北新報』1991年10月14日の記事で調べると、次のようなことがわかる。

・台風21号 東北の交通網マヒ状態
「台風21号による大雨のため、十三日の東北はJR各線や主要道路が寸断され、交通網は終日マヒ状態となった。特にJRは各地区で降雨量が「運転中止」の規制値を超え、東北新幹線を除くほとんどの路線が深夜まで全線または一部不通となり、秋田県を除く五県で十八万人の足が乱れた。」(1面)
(※)大荒れの天気の中で、全国大会は開かれたということですな。ちゃんと選手は到着できたんだろうか?

・広島カープがリーグ優勝(山本浩二監督)
阪神とのダブルヘッダー、第二試合を佐々岡―大野の完封リレーで、1-0で勝利。地元で優勝を決める。

―といった感じで、選手権の記事は小さく載っていた(15面)。まあ、話題盛りだくさんで、居合どころではないということですね。

              ◇

 この時期(1991年)の『剣道日本』のバックナンバーをいくつか読んでみたが、いろんな意味で時代を反映していておもしろかった。今だったら、完全に問題になるような記事が載っている。
 例えば、「体験・気の世界」なる、いかにも怪しい特集。
 悪霊(狐)が取り憑いている人に対し、「魔除けの居合」でそれを追い払ったなんてスピリチュアル全開なことが書かれていたりする。たしかに、この時期はまだ「あなたの知らない世界」などのカルト的な心霊番組を堂々と放送していた。
 ちなみに、全日本居合道選手権が行われた1991年の10月13日夜、ゴールデン枠で放送されていたテレビ番組は―、
「矢追純一UFOスペシャル第4弾!! 緊急特報・生きた宇宙人がつかまった?▽南ア空軍UFOを撃墜・生きた宇宙人2人を捕獲・3本の指と水かき・ウロコ状の皮膚▽秘密地下トンネルほか」(日本テレビ系列、7:00~8:54)

 これは、居合どころじゃありません!!

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ムムムム

 日曜日は、福島市で居合道の大会に参加。
力を出し切るも、あえなく初戦敗退。またしても一本に泣く。
身重のあおぎんぐさんの言葉を拝借すると、「若さ」にやられたといったところ。
もっともそれでは身も蓋もないが、剣の「勢い」に負けたとは、上位進出者の演武を見ていて思った。
要するに、日頃師匠に注意されていることが敗因である。今回の指定技が、その「勢い」の点でとくに師匠から指摘を受けていた六本目「諸手突き」だったから尚更だ。試合を見ていてくれたすだっちは「あそこで差がついた」と評価してくれた。
 さて勉強にはなったものの、改めて明確になった課題を前に、「有意義だった」というより、その「遠い道のり」に戸惑っているというのが現状だ。ただ、「勢い」のある演武とはこういうものだ、という具体的なイメージをつかむことはできた。いろいろな居合をみて、視野を広げられるのが、大会のいいところだ。
 とりあえず、毎日の素振りと筋トレ(ちょっとずつ)。それを自らに課すことで試行錯誤していくことから始めたい。「生活習慣」から変えると帰路の途中に反省したのは、そういうことです。

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稽古の春

 居合の春―。仙台錬武会の第3回一日稽古会に参加してきた。出席者が多く、にぎやかで活気に満ちた楽しい会だった。稽古には実にイイ季節である。それに業の課題を貴重な土産として持ち帰ることができた(ついでに先生がハーレーにまたがった姿もスクープ!camera)。いろいろと下準備を行ってくださった事務局に深く感謝申し上げます。会場の確保から資料の作成までいろいろと大変だったはず。おかげでくたくたになるほど充実した一日だった(6、7時間も刀を振っていればさすがに応える。基礎体力の強化も目標に入れないといかんか)。

 自己紹介のときに再認識したのだが、自分の居合歴も、はや7年目に突入しようというところ(県連のサイトに寄稿した「居合のすすめ」が26歳のときだって。)にきた。よく続けてきたという達成感の一方で、妙な虚しさも感じるのは春(なのに変わらない自分という問題構図がある)だからだろうか。

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下緒が切れそう

 時間が合わないのと、雪のため(原付の人間は)道場まで足を運ぶことができなかったのとで、二週間ほど居合の稽古にいけなかった。
 明日(日付変わって今日)は稽古に行こうと、素振りをして気合いを入れたところだが、刀をみて気がかりなことが。
下緒(さげお。さげを?)が切れそうなのである。今年の最初くらいに気づいたのだが、すぐにでもぷっつんといってしまいそうな状況である(知らない人のために説明しておくと、下緒とは刀に括り付けている紐で、居合道では付けることが作法として義務づけられている→たとえば、こちらの動画を参照)。栗形と左手との摩擦でほつれてしまったのだろう。装飾には頓着しないタチだから、刀を買ってから一度も付け換えたことがなかった。ついに一歩手前まで来た。稽古をしてきた年月が感じられて、少し感慨深いものがある。
 さて、ここまで来たので買い換えようと思うが、できれば大会の時にいろいろと物色してから購入したい。でも、それは春以降の話。それまでには間違いなく切れそうである。そこで、このブログを見ている錬武会会員の皆さんで「もういらない」という下緒があったら、お譲りください。

【追記】2008年2月4日。
  金曜日(2月1日)の稽古で、ついに切れてしまった。何とか切れた部分を縫い合わせて直したけれども、我ながら無様な出来映えである。

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驚きの理合で、心から「なっとく」

 昨日は居合道の稽古。水曜日に稽古へ行くのは久々である。金曜日と違い、少数(といっても一時期よりは明らかに多い)での充実した稽古。せっかくの機会なので、先生に古流の理合(そのような所作をする合理的・説得的な理由)について、自分が感じている素朴な疑問をぶつけてみた。
 そうしたら、「すげぇー!」と驚くような答えを聞き出すことができた。目から鱗返とはこのことや(シャレや! それも居合関係者にしか通用しないな!!)。これまで安易に考えていた「形」の背後にある、武術としての業がもつ深い意味を理解し、「そうだったのか!」と納得するのは、実に気持ちがいい。学校の教室で学ぶのも、本来同じこと。単に伝達されたことを手っ取り早く「できる」だけでなく、「そうだったのか。なんだ、あたりまえじゃないか!」という「なっとく」を、“経験を通して”得てこそ、意味がある。

 ということで、今日は居合道の話題。
 初伝の「陰陽進退」。第二の敵に対し、どこの部位に切り付けるのか。自分は今まで「切り下ろしてくる相手の刀が自分の頭蓋をとらえるまえに、敵の腹部を斬る」ものだと思っていた。たぶん、同じように考えている人はかなりいるんじゃないだろうか。でも、実際に検証してみると、とてつもなく難しい。ほんとうに可能なんだろうかと思ってしまう。だって、相手と刀の長さが同じで、相手よりも不利な体勢にあるのに、タイミングよく、身体を後方に引きながら、相手より先に斬りつけるなんてできるのか。
 むしろ、そんな危ない状況は想定しないで、もっと自分に有利な状況として考えたらいいんじゃないかということになる。じゃあ、どういう理合なのか。それは「口伝」によって伝承されるべき部分なので、ここでは述べられない。
 とにかく、先生の話(そのもとは松峯達男範士の研究会とのこと)を聞いて、そして実際に検証してみて、心から納得した。そして、改めて檀崎友彰範士の本を読んでみると、なんと第二の敵に対し、どこの部位を斬るのかは記されていないではないか。ここでも「なっとく」。
  
 こう考えると、実は居合(道)というのは、大事な部分(「秘技」「奥義」と、その理合)は、表向きは隠して稽古しているのだな、ということがわかってくる(例えば「逆手陰陽進退」では、切り下ろす前の敵の体勢を崩す「ある動作」はしないことになっている)、であればなおさら、そのことを忘れて(あるいは知らずして)表面的な「形」だけを稽古することに意味はない、となるのは当然のことだろう。

 まだまだ、わざへの疑問はたえない。できる限り、自分の力で考える作業をくり返しながら、師の教えを乞うていきたい。

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一日稽古会

 昨土曜日は、仙台錬武会の一日稽古会の日。昨年に続いて、二回目である(事務局長殿ご苦労)。
雨の中、ずぶ濡れになりながらバイクで会場に向かう(わが辞書に「電車」という文字はない。嘘)。
 参加者の顔ぶれをみると、若い人(10代、20代)が多い。もともと若手が多数を占める、宮城県では珍しい会だが、今回の稽古会も若手で占められた。自分が年長者に入ってしまう。
 稽古は10時前から16時過ぎまで。みっちり稽古して、HEROHEROになってきた。
 皆の稽古ぶりも真剣そのもの(でも、休み時間にまで学校の勉強をするのはやりすぎです)。
 「わざ」は、身体から切り離して存在することはできない。学校で学ぶ(科学的)知識のように抽象的な「言語」や「記号」としてはありえない。言語化できたとしても、それは「わざに関する知識」であって、「わざ」自体ではない。
 個々の身体を通してのみ具現する、普遍化・一般化が困難なもの、それが「わざ」の特徴である。だから、「わざ」の習得は、師匠の言葉に耳を傾けつつも、それだけではなしえない。「わざ」を学ぶ者が、自らの身体に主体的に働きかける作業を通して、はじめて達成できる。
 だから、皆真剣である。自分の身体との内なる対話を通さないと、それは習得できないのだから。五体を使って多様な対話を試み、非日常的な身体感覚を高めていく。その繰り返しを通して、いつしか身体が「あまってくる」ようになり、さらにその「わざ」の意味にまで思考を深めていくことができるのだろう。
 自分はもうそろそろ、その深みに入っていかなければければならないのだが、まだまだ思考が浅いようだ。「『信夫』(=夜の敵)では、暗闇の中でなぜ相手が敵だとわかるのか」との師匠の問いかけは、今まで自問したことがないものだった。まだまだ形だけの居合であり、敵対行為としての武術にまでは至っていない。これからも幾度となく、そのような事態に陥るのだろう。
 その世界の深さに想いを馳せつつ、行きと同じように、ずぶ濡れになりながら自宅に帰るのでありました。とほほー。

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体育の日、稽古三昧

 今日は、居合道の伝達講習会に参加。
疲れたよ。まぁ、でも今回もいろいろな意味で勉強になった。居合道家は卓越した指導技術を兼ね備える必要があるんだなとか。
 業の面でいえば、全剣連居合の一本目(前)や二本目(後ろ)で、袈裟に血振りし、その後に足を揃える、その合理的な理由がわかったような気がした。H郷先生に感謝です。でも、三本目(受け流し)をご指導いただいたときは、昔のあの名取での記憶が思い出されて……、こらえるのが大変でした(深く詮索しないでください)。 
 それにしても不満だったのは、講習会終了後の後片づけ。おい若手共(あ、オレも若手か)、なぜ誰も手伝わない。オレやウエ様といった30代が中心でどうする。アップアップなんだよ、こっちは。終わったら、錬武会の人は誰もおらんし。何ともいえない徒労感に襲われたよ。火曜日が来ないでほしい…、もうなってるけど。

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刀に嫌われた

 久々に居合の稽古に行く。
学会発表の準備やバイトと重なったりとで、しばらく刀を握っていなかった。
なので、「鈍っとるのぅ」という感じだ。
刀がそれを教えてくれるのである。
刀を振っていても、どうもしっくり来ない。以前体感していた感覚に到達しない。かといって、無理に振り回したところで勘が戻るわけでもない。最近テレビによく流れる「あなたと合体したい」(音量注意!)ではないが、居合も刀との感応、共鳴がなければ、「気持ちいい」切り下ろしはできない。そして、その「気持ちいい」感覚は、たえざる業の鍛錬(≠肉体運動)によって獲得できるものである。

 昨日の稽古では、強引に刀を振ったせいか、右手が痛くなってしまった。掌のちょうど人差し指の付け根あたりだろうか、そのあたりが今も痛む。柄を強引に握っていたのだろう。柄巻の凸凹が掌の負担になったにちがいない。先週の残暑気払いで「茶巾絞り」と言われたばかりなのに。変な操作をされて、刀も嫌がったにちがいない。右手の痛みは、その結果だ。稽古から遠ざかったせいで、ずいぶんと身体感覚が鈍ってしまったようだ。
 また一から出直しかのう。

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貧困な精神主義的発想からの脱却

 前回の記事では、知識と道徳の乖離問題について、教育再生会議第二次報告から読みとった。道徳を個々人の「心」に閉じこめ、内面的・心理的な問題に還元する議論の非生産性について論じ、改めて「徳育」教科化(もはや教化化に近い)への疑問を示した。

 このような問題の枠組みは、学校教育の問題におさまらない。自分が勤しんでいる武道についても十分に当てはまることである。
 武道の世界ではその目的が「人間形成」に置かれている。だが、武道の実質たる稽古の要点が「人間形成」ではなく、「わざを学ぶ」点にあることくらい、常識で考えれば、すぐに理解できよう。
 だが、とりわけ武道の世界に縁のない人ほど、「人間形成」の魅力を武道に見出してしまうようである。
 大きな居合道大会の開会式で地元代議士の先生方が挨拶されることがあるが、その内容は次のように定型化されているケースが多い。①まず、最近の国民におけるモラルの低下や(体感)凶悪犯罪の悪化を憂う、②次に、武(士)道の精神(「心」、この場合は情操を意味するだろう)の「素晴らしさ」「美しさ」を賛美する、ときにそこから「国家の品格」や「愛国心」の重要性にまで話題を振る、③最後に、そんな素晴らしい武道の修行に励む「選手の皆さんの健闘を祈る」というエールで締める。これに④ご当地の宣伝が加われば、立派な開会式挨拶定型が出来上がる(だから正直言って、聞く側かるすればつまらない)。
 しかし、何も居合道家は「心」一点張りの、精神論一辺倒で日々稽古しているわけではない。それだけでは「わざ」は上達しない。一つ一つの所作を不断にチェックし、「わざ」の実践を繰り返しながらその「わざ」の意味を身体を通して知り取っていく、というように、認識・思考と切り離したかたちでは、そもそも日々の稽古は成り立ちえないのである。
 居合道に関していえば、その素晴らしさは「心」云々以前に、それが先人たちによって洗練され、考え抜かれた「わざ」の体系(門外不出の奥義)だという点にあると考える。かつて確かに存在した剣豪たちと同じ「わざ」の稽古をし、彼らが「わざ」の精度を高めていくうえで辿ったであろう思考の一端を現代において共有することは、自分にとっては大きな魅力である。その「わざ」自体に発する居合の魅力を、安易に個々人の「心」に結びつけて道徳臭くしてほしくはない(右臭くもしてほしくない)。
 世間的にも評価を得ている「わざ」の世界の深みにはまってしまえば、ほかの悪いことに手を染めたりはしない。武道による「人間形成」など、その程度に語りえれば十分だと思う。道徳はあとからついてくる。

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講習会という(重宝な?)方策

 休日だった月曜日、県の居合道講習会に参加してきた。県内の居合道関係者が一斉に集い、高段者の指導のもと、講習を受けるというもの。この講習を受けたのち、午後から昇段審査が行われ、受験者は午前の講習をふまえて、演武を行うということになる(自分は今回は受験対象ではなかった)。
 何だか、このように書くと、戦前の教育会などによる教員養成講習会(講習会→臨時試験検定のセット。宮城県を事例にカサマ先生が明らかにしている)が教育史的観点から想起されるが、形式としては似ている。昇段審査の合格率はきわめて高い。もちろん、これは講習会の成果とは一概には言えない。講習会に参加せずに受かる者もいるし、何しろ実技だから二時間ほど講習を受けたくらいで「わざ」が洗練されるというのは、ちょっと無理である。重要なのは、やはり日頃の稽古である。とはいえ、審査前に受験者に対して審査の着眼点等について指導を行うというしくみは、事前に体をならすという効果も含めて、一定程度段位付与の有効な方策として機能していると考える(他の都道府県ではどのようなしくみで行っているのか、気になるところ)。
 昇段審査を含まない、県講習会も定期的に開かれている。特筆すべきことに、居合道界では、「わざ」(全日本剣道連盟制定居合)の解釈などをめぐって、毎年中央講習会が行われている。各都道府県ではこの中央講習会に参加する高段者の先生を選抜し、派遣する。中央講習を受けた先生方は、今度は「講師」として中央での結果を、地方講習会の場で県内の居合道関係者に伝達していく。その結果が、さらに各道場に広まっていく。[中央講習会-地方講習会(「伝達講習会」)-各道場]という情報回路(?)が出来上がっているのである。
 中央集権的というか、このような伝達システムが確立していることに、自分はこの世界に入って驚いた。にもかかわらず、流派の違い、地域の違い、師の指導・解釈の違い、そして、あたりまえだが、刀を振る人間それ自体の違い=個性によって、全国各地での居合道はかなり多彩な様相をみせており、その違いをみるのが、大会での自分の楽しみである。

     ◇

 さて、自分は、今回の講習会で、
①切り下ろしに課題を見つけてきた。これから研究する。
②いくつか、素朴な疑問が生じた(なぜ「添え手突き」は「添え手」なんだろうなど)。こういうのは、意外と意識していない。今度道場で聞いてみる。
②自分の居合が「師匠に似ている」と言われた。二度目か三度目である。自分ではよくわからないのだが、どのあたりが?

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中山博道の居合

中山博道(1873-1958)の動画(Youtube)があった。→ココをクリック

三道(剣道、杖道、居合道)範士、夢想神伝流創始者である中山博道の演武動画。
今日の居合とだいぶ違うことに、まず驚嘆。「伝統」というものが人間の手によって継承される以上、それはたえず変化し、生まれ変わってゆくものだ(わざの継承のうえでそれは避け得ない)ということを改めて認識する。
それにしても、貴重な映像だ。

ついでに、以下の動画もみつけた。その魔法のような技にただただ圧倒された。

三船久藏(柔道)

植芝盛平(合気道)

塩田剛三(合気道)

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アブナイ居合道稽古法

(以下、駄文)
 新年に入って、稽古に行くことができていない。
しかも、それに加えて、この一ヶ月は県の武道館が使用できないときた。
この現実を前に、では(道場で行う形態の稽古の)ほかにどのようなかたちでの稽古法がありうるのか。それを、最近考えるようになった。
 素振り、呼吸法の鍛錬、書物で勉強、などが、ある程度場所を選ばずにできる稽古法だといえる。
 しかし、“居合とは本来、時間と場所に関係なく、自分に殺意を示し、斬りかかってきた敵への的確な対処の仕方だ”と捉えるなら、日常生活の各場面場面がすでに稽古の場になりうることになる。そして、ここから、あるアブナイ稽古法が浮かび上がってくる――。そう、以下のような「妄想劇場」が。


〈ケース1〉
街を歩いている途中、もしかしたら今自分に向かってくる人が斬りかかってくるかもしれない。
⇒袈裟切り、諸手突き、顔面当て(以上、全剣連居合)、摺袖返、受流(以上、古流奥伝)など


〈ケース2〉
街を歩いている途中、もしかしたら今自分の隣を歩いている人(々)が斬りかかってくるかもしれない。
⇒添手突き(全剣連居合)、連立(古流奥伝)など


〈ケース3〉
公衆便所で用を済ませて出ようとしたら、入り口に敵が待ち伏せていた。
⇒門入、壁添(以上、古流奥伝)など


さすがにばかばかしいのでここらで止めておく。おそらく、居合道関係者の中は、これとは違ったかたちで、想像力を働かせて日常生活の中に稽古を組み込んでいる方々がおられるはずであろう。
 上に示したような思考であまり入れ込み過ぎると、「目付」ならぬ目つきが相当にヤバくなり、想像の世界にとどまらないで、思わず実際に身体が動いてしまいかねない危険性がでてくる。そうなると変質者と間違われるので(いや十分に変質者じみている)、結局は、素振りや筋トレを少しづつでもやっておこうという結論におさまる。でも、「アブナイ稽古法」でも“多少”勉強になる部分はあることも確かである。例えば、「今自分に向かってくる人」にタイミングよく切り付けられるかというと、自分と相手の歩幅や歩く速さの違いなどから、簡単にはいかないということがよくわかる。自分のそう都合のいいように「仮想敵」は動いてくれないという現実を理解したうえで業の精度を磨くことができると思う。


(さらに駄文)
 そういえば最近は、町中などで人とすれ違うとき、どちらに抜けてよいかわからずにばったりはち合ってしまう(それで「あ、すいません。あれっ」とお互いに行ったり来たりするような)ことが無くなった。ゆっくり歩くようになったということかもしれないし、あまり出歩かなくなったからかもしれない。そもそも、そんな事態になること自体、極めて珍しいということもある。だが、実は、居合の成果-遠山の目付-によるものだと思ったり(願ったり)する。
 それと、これは一度リサーチしてみたいが(いつやるのさ)、居合をやっている人は、お互いに刀がぶつからないよう、すれ違うときは左側を抜けたがるという習性があるのではないか、なんて思ったりする。ちなみに自分にそんな習性はない。右側を抜ける。ということは「行違」(古流奥伝)で斬る気満々ということか(ただ、右利きだからそうなるだけだ)。

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居合漬け

  日曜日は、仙台錬武会の一日稽古会に参加する(その模様はこちらからどうぞ。写真に自分も紛れ込んでいる。総会を除けば、一月に発足した本会の初イベントといえる)。
 朝寝坊して朝食を摂る間もなく会場へスっ飛び、開会ギリギリに到着した(顔色が白いと言われる)以外は、無事に怪我もなく、充実した居合漬けの一日を過ごすことができた。午前中は、全剣連居合を、そして午後は居合道史についての師匠のレクチャーに始まり(講習会の時もそうだったけど、マメにレジュメを作成する師匠に感服)、古流をみっちり稽古、そして締めに会員による演武。おかげで今日はすごい疲労感。

 一日のうちに、かなり多くのことを学んだので、完全にキャパ・オーバー。
 もっとも一つ一つの業は一朝一夕で身につくものではないし、何度もおさらいして身体に滲み込ませていく身体知なのだから、気楽に行こう(という心構えがいけないか)。とりあえず、久々に各業の注意点を稽古日誌に記録しておくか(あれ、何を指摘されたっけ)。

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やっぱり「間」だな

  今日(水曜日)の稽古の際、すだっちから、県大会の演武を録画したデー・ブイ・デーをもらう。
改めて自分の演武を自己分析。
敗因はやっぱり「間」だな。緊張からくる焦りからか、一つ一つの技が淡白に見える。
一つ一つの動作のつながり(=かたち)にはなっても、一つの業としては表現されていない。
切り下ろしから血振りへの移行にしろ、血振りから納刀への移行にしろ、油断のない慎重さ―「残心」を示す必要があると感じた。倒した敵の生存を慎重に確認せず、また次の襲いかかってくる仮想敵の動きを見極めることもなくして、次の動作に移るとしたら、それは軽率である。
とりあえず、もっとじっくりやらねば。
 
 とは言っても、ただゆっくりやれということではないから、難しい。
「間」は字義通りに言えば「形」として表現されたものの間隙にある沈黙、空白の部分を指している。しかし、業(「わざ」)における「間」とは、単なる空白でも沈黙でもなく、それなくしては業が成り立たないほどの構成要素である。単に時間的要素としてではなく、状況全体のなかでの必然性という観点から自らの呼吸のリズムや動作の間隔を決定することが、「間」の体得ということに他ならない(だから、業(「わざ」)の深い認識に至っていないと体得できない代物なのである)。
その成果として、業として表現された部分と表現されない部分との間に、抜き差しならぬ緊張関係があるとき、演武者の業は映えるし、周囲からも評価される。
 とりあえず、地道にやっていくしかない。まずは、先に述べたような「残心」―自分的には「細心」と言いたい―を意識することから始めよう。

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刀一本でつながっています

  居合道同好会の掲示板でも連絡しましたが、一昨日の稽古会の様子を撮影した写真をしばらくウェブに公開しておきますので、参加された皆さんは、ご自分の勇姿をご覧ください。もっとも大した出来ではありませんが。

    ■   ■

 日頃なかなか参加できない多彩な面々(ささきさん、O塚きゅん、ワダさん@久々の道着姿!、ウエさま)による演武は、非常に刺激になり、時間が過ぎるのが早かった。
 ささきさんは以前仙台を去るときに、「私は刀一本でみなさんとつながっています」との名言を残された。その言葉通り、刀が―それ自体は、人を斬り殺す武器であるにもかかわらず―人と人とを結びつけている。貴重な一時だった。

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黎明期のこと

 すだっちが、「東北大学居合道同好会の来歴」と題して、設立の経緯や会への思いを記している。
彼のことだから、酒の力を得て書いた可能性も臭うのだけれど(笑)、書いてあることは結構重要である。現役会員のみんなも読もう。現在を規定するものとしてある過去(それも遠くない過去)を知ることは、これからの未来を考えていく上で重要な作業だからね。

 自分の意見を言わせてもらえば、
―同好会が、まさに外の大学から進学してきた一人の大学院生の発案で始動したという事実。その意味するところはとてつもなく大きいと考えている。内の人間だけでは、その(一度始まってしまえばささいに見える)一歩を踏み出すことすらおそらくできなかったであろう。事実、彼以外の誰もやらなかった。来年めでたく百周年を迎えるという歴史をもつ大学でだ。
 大学を拠点として生まれた若手会員の活動は、単なる会員数の増加にとどまらず、所属団体や流派の垣根を越えた交流を生み、各々の視野を拡大するうえで非常に有益なものになっている。そう考えると、宮城県の「会員拡充」に関する(というか、すでにそれにとどまっていない)彼の功績は大きい―
 これは決して過言ではない。同好会の会員が県大会で毎年それなりに活躍しているという事実は、裏を返せば、それだけ多くの若手会員が同好会をきっかけ(窓口)として居合道の世界に入り、稽古に励み、大会にも積極的に参加して、宮城の居合道を盛り上げていることの証左である。
 そのための土台をつくったという意味で、すだっちへの讃辞はいくら贈っても足りないのである(「宮城県居合道の今後ますますの発展を」と唱えているだけのとは訳が違う)。

 来年、同好会は発足五周年。そろそろ展開期といってよい時期に入る。
自分の記憶としては、同好会発足時は、「会員拡充」という表向きの目標よりも、「若手交流の輪を広げる」というところに活動の重点があったと心得ている(だからあんなに飲んだんだ)。そして現在、活動はその方向でも加速度を増している(さながら、回を重ねるごとにエスカレートしていく『北斗の拳』の次回予告のように)。これからの会員には、黎明期の理念を汲み取って、さらに自由な発展を遂げてもらいたい。自分はただそう唱えることしか能のない人間である。酒を飲みつつ、その様子を脇から頼もしげに眺めていることにする。

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あと一本が足りない

 日曜日は山形での各流居合道大会に参加。
昨年も初戦で敗れ、夜の深酒へとつながったこの大会だが、またしても、初戦を突破することはかなわなかった。あと一本でも審判の旗が挙がれば勝てるのに、及ばない。
もっとも自分自身で振り返っても、今回の演武は満足の行く出来ではなかった。
自分の業の不完全さが大一番で露呈するということは、それが現時点での自分の実力を示すということだろうと反省。
 これは、稽古の繰り返しによって克服していくしかないが、その際、今後の課題をどう設定するか、そして、課題達成のためにどのような稽古を行っていくか、という道筋を多少なりとも具体的に考える必要がある。自分に足りなかったものの自覚と、その克服のための具体的方法の設定である。

 自分なりに考え、今回の演武に足りなかったものは「動作のゆとり」だと理解した。
力強さを表現しようという意図が、どうも業の忙(せわ)しさにつながってしまい、メリハリのない内容になってしまった感がある。スピードはあるが、その分、肌理が荒くなり、業の小ささや切り下ろしなどにおける刀のブレとなって表れたように思う。余裕のなさから来る焦りもあった。
 上位入賞者の演武は、力強かった。水平で止めた切り下ろしの余波が突風となって正面の審判に吹き付けるような勢いがあった。しかし、それは、ただ単に、腕力があって切り下ろしが速かったということではない。切り下ろしの前段階には抜き付けの「決め」がしっかりとあり、それが切り下ろしの鋭さにつながっていた。そして、鋭い切り下ろしの「決め」が、その後のゆったりとした「残心」を深みあるものにしていた。
 個々バラバラな動作の集合としてではなく、一つ一つの動作が有機的に結合した、一連の流れとしての業を実現するために、自分に必要なものとして「動作のゆとり」を設定したのは、以上のような考察による。「メリハリ」「力の強弱」などと表現してもよいが、業が忙しくなりがちだと自己分析する自分にとっては、「ゆとり」という観点から業を錬るのがよいだろうと考えた。

 では、具体的にどのような稽古を行っていくべきか。
 周囲からの示唆を得て、自分が考えているのは、稽古中一定の時間を定めて、その時間内は(自分がやると決めた)一つの業を、自分の納得如何に関わらず、徹底的に繰り返していくという方法である。ともすると、最近の稽古は、奥伝立業に進んだという刺激もあって一つ一つの業にじっくりと意識を集中させる時間が短くなっていた感がある。もう一度(意識的な)ゆとりをもって技の一つ一つを見直し、自分の体に滲み込ませていくことを次の稽古から心がけてみたい。

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加速度的上達

 日曜日は同好会の稽古に参加する。
 ゴールデン・ウィークに入ったし、人はそんなにいないだろうなぁと思っていたら、かなりの盛況だったので驚いた。(正確に数えていなかったが)新入生7人ほどが見学に来ており、居合を実体験していた。
 当然ながら、皆、居合固有の特異な動作に苦戦していた。
 礼法一つとってみても、そこにはいくつもの細かい決まり事=型が定められている。それを一度に頭にたたき込んで行おうとしても無理がある。何度も稽古を重ね、一つ一つの細かい動作を意図的に自分の身体に滲み込ませていくことで、徐々にそれらの動作が無意識にも行えるようになる。
 一見してシンプルな動作に秘められた「出来事」の多さを指摘され、その通りに行う難しさを見学者たちは味わってくれたはずである。

 稽古の最後に演武を行った。最後の演武は二年生たちである。
 彼らの上達ぶりは日頃からみて認識しているが、今回の見学者と比較すると、改めてその加速度的変化に驚かされる。彼らが一年前ぎこちなく刀を振っていた風景は、間違いなく今回の見学者たちがみせたそれと同じであった。
 同様のことが自分自身についても言える。自分が居合をはじめた頃。
そのころの自分の居合がどんなものであったかは、もはや思い出せない―。

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わざから得る快楽

 外はポカポカ陽気なのに、今日もあいかわらず学内を歩き回る忙しい一日だった。何しろ椅子に座る時間が少なく、落ち着きがない印象を周囲に与えてしまっている。
 そして、夜は居合の稽古へ。大学のほうがかなり忙しいが、かといって、口で反省し、課題ばかりを書き溜めるだけでは技は上達しない(その点では「武道は論ずべきものに非ず、行ずべきものである」という指摘に同意する)―と、こう書くことで、技の鍛錬=錬武を実行してまっせというところをアピールしちゃう。
 
 居合は刀術の一種として考え出されたものであるが、今日、その理念は〈人間形成〉と結びつき、精神の鍛錬を第一義として論じられる場合が多い。
 しかし、〈人間形成〉を念頭において日頃の稽古を行っている者などおそらくいないだろう。自分に関していえば、「技術の修練のみに傾倒することなく、自己修養との関連からその修行目的を十分考えていくことが必要である」などと学科試験で書いたりするものの、実際の稽古で〈人間形成〉といった崇高な理念を念頭に置くことなどはまずない。
 そもそも人間形成と武道の稽古との間にどのような因果関係があるのかがよくわからないし、おそらくだれも証明はできない。もちろん武道関係者のなかに「人格者」の方は多くおられるが、それが稽古の成果によるものだとする論証は困難なはずである(本人は武道のおかげだというかもしれないが)。すなわち、それは証明不可能な部分を含む「思想」であるから、否定も肯定もできない。本人がそれを支持しているというだけの話にすぎない。
 自分が現在保持している「思想」=「居合修行の目的」は、「居合によって、どんな事態が突如自分を襲うかもわからない、よって油断があってはならない、という心構えが養われる」というものである。

 だがそのような「居合修行の目的」以前に、自分が体を引きずってまで稽古するのは、それが快楽をもたらしてくれるからである。快楽というと、本能にしたがうままに欲望を貪る堕落的な行為が想起されがちだが、ここでいう快楽とはそうではなく、むしろ訓練を積むことによって順次開発されていく高次のものを指す。
 例えば、刀が空を切り裂く音や、切り下ろしがピタっとが水平で止まったときの手応えを身体を通して感じたとき、一つの業が最初から最後まで納得のいくかたちで決まったときなどは快感である。
 しかし、稽古を積まないかぎり、その高次の快楽を味わうことができない。そして稽古を積めば積むほどさらなる快楽があることを知り、(矛盾するようだが)ストイックに稽古を続けていく―。だから高段者ほど実はまだ自分たちが知らない快楽を味わっているはずだ(先生方はそれを隠している!)というのが、自分の推察(暴論)である。
 わざの達人たちが、「チョー気持ちいい」や「ヘヴン」などと声に出すのは、まさにその境地に達してしまったからではないのか。自分はまだまだそこまでの快楽には達していないために、それを求めて稽古を続ける―。

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試合のお土産

 昨日は福島で開かれた居合道の大会(加藤恒夫杯争奪居合道大会)に、仙台錬武会の一員として参加してきた。みなさん、お疲れさまでした。自分もほんと疲れた。
 運良く結果を残すことができたが、それ以上に今後への課題を見つけられたことが一番の収穫であった。自分の試合について、福島のT先生から、「抜き付けを鋭く=鞘離れをしっかりと」「納刀をゆったりと」という旨のご指摘を受けた。お師匠や同好会のメンバーから何度か言われてきた点でもある。直したつもりでいたが、ここぞという時にボロとなって出てしまった。試合中、抜き付けの手応えがどこか違うと感じたのだが、そういうことだったのかと納得した。切っ先が見えてしまってからの抜き付けでは、たしかに締まりがない。

 「試合は稽古の一環。日頃の稽古に持ち帰る課題が見つかればいい。結果は二の次。」(すだ公民館「加藤杯参加」、2006.4.24)

自分にも、明確に課題(=いざという時に弱い部分、根本的に癖になっている欠点)が与えられ、日頃の稽古へのいいお土産となった。

        ◆

 大会への参加は、見取り稽古としても貴重な機会である。わざの視界が広がるとでも言えばいいだろうか。高段者の選手の試合や八段の先生方の模範演武における、動作の間のとり方などをみることで、自分の頭の中にあるわざのイメージを再構成することができる。道場での(いつものメンバーだけでの)稽古だけでは見えない部分が多々あることに気づくようになる。ついでに、自分が上手くなった気にすらなり、根拠のない自信=モチベーションが湧いてくる(自分だけ?)。それもいい土産かな。

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またつまらぬものを…

つくってしまった―

 新年度に入り、新たな出会いの季節。
仙台錬武会、居合道同好会としては新入会員の確保に精を出す時期である。
 自分も何らかの手を尽くさねばなるまい。
そこで、居合道のロゴをつくってみた。
 以前、慣用句に登場する刀の部位を問うクイズ形式のイラスト(同好会用ビラ)をつくったことがあるが、今回は、道路標識タイプである。一部は、O塚君作成のイラストをベースにしている。

Iaisenyou

 

  居合専用


Renbuchu_1

 

 錬武中


Keitouka

  

  携刀可




錬武会のロゴにどうでしょう。

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合同稽古会―2006・春―

  土曜日(11日)は、山形大学居合道同好会との合同稽古会に参加。
一昨年からはじめて、今回で5回目(年2回、3月・9月ごろ)の開催となる。
合同稽古会は、(仲間内でも)日頃は意識していない各々の技の着眼点を指摘し合える貴重な機会なので、相変わらず勉強になる。
 これまで無意識にこなしていた自分の身体運用のクセなり問題点を意識の俎上にあげるという作業は、一人では難しい。より多くの人のいろいろな「眼」で見られ、いろいろな言葉で指摘されることで、自分の居合あるいは技それ自体への理解を深めていく。加えて、自分が気づいた点を言語化して相手に伝える難しさを痛感し、改めて、技の「想定」と「理合」をたえず確認しつつ稽古する習慣を身につけなければと反省する……
 合同稽古会の意義について、自分はそう捉えている。今年もまた多くを学ばせていただいた。

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錬武なWebサイト

 仙台錬武会のWebサイト(ウェブログ)が開設された。
すだ事務局長の持ち前の行動力に感服する。
彼はこれまでネットというツールを使って、居合の輪を拡げてきた実績がある。
東北大学居合道同好会を立ち上げたのも彼であり、現在も続いている(おっ、気がつけば土曜日にある)山形大学との合同稽古会を始めたのも彼の尽力によるところが大きい。
それだけに、今後このサイトを通じて居合に関心をもつ人に錬武会の存在が知られ、会員が拡大していくことも期待できるはずである。
唯一心配なのは、現会員がどれだけこのサイトを見るのだろうか(見る会員は若手に限られているような)ということ……、そして、大会のお知らせ以外にはどんな内容を盛り込んでいくかということ、まあ、それは大きな問題ではない。会自体が発足して間もないし、徐々にサイトとしての方向性も見えてくることと思う。重要なのは錬武(=稽古、居合道の研修)。それが本質である。

仙台錬武会HP
[http://blog.goo.ne.jp/renbukai/]

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「錬武」の「れん」は鍛錬の「錬」

居合道、「仙台錬武会」の結成総会に参加(「練武」ではなく「武」。1月28日の記事では「練」の字を使ってしまった。ここに訂正する)。
年齢的にも若い会である。
新年度は、この新しい会の下、大会や講習会、審査会に臨むことになる。
すだっちは「事務局長」(本人曰く、「つなぎ役」)、
自分には「監事」という役職が与えられた。
もっとも、そのような肩書きは別として、何より稽古に出て「錬武」することこそ会員の任務であることには違いない。それがなくしては、座礁も同然である。
折り返し鍛錬することで刀の高い強度と地肌の美しさがひきだされるように、たえざる技の鍛錬によって、その習熟に至らねば。
そのためにも稽古を日常習慣化するべく、そして、この新しい会の名を周囲に知らしめるべく、精進して参りましょう、みなさん。

それと、あおぎんぐさん。あなたの衝撃波はこたえたよ。
けっ○ん、おめでとう。尊敬するよ、いやマジで。

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稽古仲間の皆様へ―結成総会のお知らせ―

 居合道稽古の愉快な仲間(イアイダー)たち、改め、「仙台武会」会員の皆様へ、業務連絡です。

来週は、同会の結成総会、および新年会が開催される予定となっています。以下、詳細について転載します。会員の皆様は、ご参加ください。

           記

   日時  2月3日(金)  19:00~

   場所  「はなの舞」(仙台駅東口、Zepp仙台となり)

   会費  3,500円

  ※集合は、いつもの像の前で、18:45までに「来てね」(S[H?]S先生記す)。

いよいよ、新体制の船出です。

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マダマダ修行が足りん…

 日曜日に、居合道の昇段審査を受験。無事三段に昇段する。応援して下さった方々、ありがとうございました。そしてともに昇段された同好会の方々、おめでとう。

それにしても、朝、寝ぼけて右足首をひねってしまったのにはマイッタ。軽い捻挫状態になった。よりにもよって審査の朝にするか、という感じであった。幸い大したことはなく、審査には大きく影響しなかったが、今日は足がジンジン痛んだ。

檀崎友彰著『夢想神伝流居合』(1966年、非売品。現在、『居合道―その理合と神髄』という題で体育とスポーツ出版社から出されている)では、「居合の至極―目的」として、次のように述べている。

剣道、柔道は人が立ち合つて試合を初(ママ)めるのだが居合は何時如何なる場合、如何なる場所に於てでも常住坐臥、油断があつてはならない、それは口に言い易く行い難しだが、努めて斯くあるべきであつて、それによつてこそ隙のない心構が養われるのである、昔の剣客は道に達し、丸腰で居たとはよく聞く事乍ら正にその人こそ真の居合人といえ様・・・(27頁)

「隙のない心構」か…、全然体現できてないなぁ。「隙のない心構」、自分なりに言い換えるなら、「不覚」と反対の心構え、目配りや細心の注意、といったものを技化するべく、さらに精進せねば。

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「居合道」の誕生はいつ?

 「居合」「居合道」について、いくつか辞書を引いてみた。別に、これといって特別な理由があったわけではない。ただ、日曜日に昇段審査(三段を受験する)があり、そこで実技とともに学科試験が課せられていることが一つのきっかけとなっている。

「居合」については、以下の通り。

◆大槻文彦『言海』(ちくま学芸文庫、2004年。初版は1889年)
ゐ-あひ(名)[居合] 
剣術ノ一派、居ナガラ、刀ヲ抜キテ敵ト立合フ術、狭キ所ニテ、甚ダ長キ刀ヲ、抜クナド、スベテ、自在ニ刀ヲ抜キ差シスルヲ術トス、林崎重信ニ起リ、コレヲ利方トイフト云。

◆日本大辞典刊行会編『日本国語大辞典〔縮刷版〕 第一巻』(小学館、1979年)
い-あい ゐあひ【居合】〔名〕
片膝をついたまますばやく刀を抜いて敵を切るわざ。戦国時代、元亀、天正(1570~92)の頃、林崎重信が創始したものと伝える。近世には、長い刀を気合いとともに抜く術をもいうようになった。居合い抜き。居合い術。

◆新村出編『広辞苑 第五版』(岩波書店、1998年)
い-あい ヰアイ【居合】 
片膝を立てて、すばやく刀を抜き放って敵を斬り倒す技。元亀・天正の頃、林崎重信にはじまるという。居合抜イアイヌキともいい、後には大道芸化する。

◆goo辞書(三省堂提供「大辞林 第二版」より)
いあい ゐあひ 0 【居合】
武芸の一。抜刀の瞬間に相手をきる技。座った状態からの抜刀を基本とする。

 ところが、驚くことに、「居合道」という語となると、自分の確認したどの辞書にも載っていなかった。「合気道」「弓道」「剣道」「柔道」などの語は確認できるのにである。いったい、この事実をどう理解すればよいのか。居合道は、いまだ市民権を得ていない武道ということか。
 なお、明治22年に出された『言海』(日本初の国語辞書)には、「居合道」はもちろん、「合気道」「弓道」「剣道」「柔道」の語も載っていない。これは、このころにはまだ「武道」が誕生していなかったことを示す傍証といえる。「武道」という概念は、実はきわめて新しいものである(もちろん、「武道」の文字は『言海』にはない)。

 いったい、この、辞書にも載っていない「居合道」という言葉は、いつごろ、誰の手(いや口か?)によって生みだされたのか。どなたかご存知であれば、教えて頂きたい。自分でもさらに調べる予定である(ただし、余裕があれば)。なお、居合関連で載せられている語には、「居合腰」「居合師」「居合抜」といったものがあった。
 ついでに、「英辞郎on the web」(http://www.alc.co.jp/)の和英機能で「居合」を調べたら出てこず、「居合道」で調べると、[art of drawing real swords]との訳語があてられていた。

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戸詰! 戸脇! …どういう意味だ?

 居合の稽古は、遂に新技に突入した(水曜日は稽古参加者が少ないので、先生の指導を受けやすいよ。先週はマンツーマンだったし)。「戸詰」「戸脇」の二つである。教本では「四方切」が先に記されているが、私の場合は旧い順番で教わることとなった。
 さすがに、奥伝ともなると人物としての仮想敵だけではなく、障害物までその想定に入ってくるのでおもしろい。その分、これはいったいどんな状況で相手に斬りかかっているのか、話を聞いてもよく呑み込めない。「いろいろ矛盾な点もある」と先生自身がおっしゃったこともあり、そう簡単に理解できるものではないことは明らかだ。
 だから当然、現段階(昨日の今日の話)での自分の技は、単なる「形」の模倣の域を出ていない。
 そもそも技の習得のはじまりとはそういうものだ。日常の動きとはまるで違う武道特有の動きを、師匠の範にしたがって、一つ一つなぞっていく、その「模倣の体験」から技の習得は始まる
 そして、師匠の「形」を「模倣」する作業を反復するなかから、学習者は各技を成り立たせている一つ一つの「形」の意味を自ら納得したいという欲求を持ち、身体全体を通して「解釈の努力」を始めるようになるのが、技の習得における次の段階である。それを経て(その間にもいくつかの段階があるはずである)、ようやく歴史性を備えた技(「型」)の習熟に至るのである。単に外見的な「形」=(結果まね)に満足していることも、逆にあっさり見切りをつけて似非「創造」に走ることも、習得のプロセスからすれば、逸脱でしかない。
 だが、この思考をつらぬくことは難しい。動作の反復を繰り返す中で、どうすればもっとスムーズに動けるかといった点には思いをめぐらせても、なぜこのような動作なのか、自分の理解を絶えず再検討・修正する作業にはなかなか至らない。
 教本にそう書いてあるからだ、と簡単に納得してしまうのではなく、その文言を自分の頭で再解釈する作業を怠らないようにしなければならない。講座の先輩Kさんの言葉を借りていえば、「文献中の情報を自ら検証できる“厳しい”眼」と、それによってはじめて形成される「実験的思考」を持たなければならないといえようか。
 今回の技の場合、教本を読んでもなお想定が呑み込めない。早くも「判断の回避」癖が起きそうだ……

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意識の介入

 昨日は、居合道同好会の稽古に参加。実際に相手(=すだっち)を立てて稽古を行う。相手を立てることで、技の想定、そして各動作の意味内容=理合を、より具体的に深めていくことができる。とともに「なぜこのような動きなのだろう」という疑問も湧いてくる。
 このような稽古法は、他の会員もぜひ行うべきだ。ただダベッているだけではいけない。頭の中にある既成のイメージは概して貧困なものであり、また文字・音声だけの情報に頼れば頼るほど誤った認識構造を構築してしまうという結果に陥ることが多い。そのような頭の中にある土着の認識構造の修正を、具体的な現実を想定することで直観的に行う(何とも教育学的な見解)―師匠がいない時に自身の技の修正点を意識化するという点から考えれば、このような方法こそが最も効果的であるといえる。

 日頃の生活で行う動作がほとんど無意識から成り立っているのに比べ、居合の「わざ」はかなり特異な動作の連続であり、それが体系化された「型」である。したがって、居合の稽古には日常の動きとは異なる意識の介入が、稽古する者=学習者に必要とされる。この「意識の介入」という作業は、極めて難しい。身体に関わる知(覚)は「暗黙知」とも呼ばれる。何らかの形で意識の俎上に上げないと見えてこないものである。師匠からの指導、ディスカッションなどを経ることで、それは意識化されることがあるかもしれない(同好会という装置は、その意味ではきわめて有効である)。だが、その暗黙知が繊細な身体感覚であるとなれば、やはり自己の身体との対話を通してこそ、最も理解しやすい形で得られるのではないか(そもそも身体感覚など、師匠でも教えることはできない)。実際に相手を立てて稽古を行うことも、それによって身体から受けた刺激を自分の頭の中で意識化するという意味できわめて有効だと、そのような意義も自分は加えておきたい。

               ◇

 その道の達人は素人に比べ、技の動作における「意識のコマ割り」が多いという(斎藤孝『「できる人」はどこがちがうのか』ちくま新書、2001年)。刀の素振りを例にとった場合、初心者の場合は、ただ「振り下ろす」という動作の瞬間でしかない。それ以外に意識は働かせられないだろう。だが、達人はその瞬間をいくつものコマに割り、そこで多くの判断をする。だから、ほんの瞬間でも、達人には流れる時間が遅く感じられるという。これを自分なりに解釈すると、達人は「ココの感覚はこう」といった、日常生活では絶対に浮かべない、極めて繊細な意識をいくつも介入させることで、技の精度を高めているのではないかと思う。そして、そのような非常な事態を、日常化させてしまっているのだと。

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「まっすぐな風」で行こう

まず無事に家に着くことができましたので、ご報告します。ありがとうございました。

 今日は朝から宮城県居合道大会。いろんな意味でアツかった。自分も、試合の補助員を兼ねつつ(忙しかった~)、二段の部に出場。山形大会の反省を生かし、そしてすだっちが選手宣誓で唱えたように「平常心」を心がけて演武に臨む。もちろん、日頃から平常心で臨むように心がけてはいるが、改めて「平常心」と言葉にして、一つ一つの動作を心がけることで、今回は大きなミスは避けられたと思う。そして、結果から言えば、最高の評価を得ることができた。先生が喜んでくれたのが何よりもうれしい。

 今回はビデオで録られていたため、自分の居合を外から視覚的に確認することもできた。正直恥ずかしい部分もあったが、勉強になった。自分が所有しているイメージのズレと重なって、「まだまだだ」と思う部分が一気に見えてくる。
腰の位置が高いこと斜め納刀顎が上がる、そして荒々しさが足りないこと
いずれも今まで先生から指摘されたことばかりである。それが視覚的な説得力を持って迫ってくる。さらに、それが「あそこの感覚はもう少し○○か」といったような、既有の身体的感覚と結びついて、さっそく稽古で修正、実践してみたくなり、ウズウズする。文明の利器の力はすごい。

さて、試合シーズンはこれで一区切りついた。だが、秋には昇段審査が待ちうけている。
「まっすぐな風」(会長挨拶)のように、今後も謙虚に稽古に精進して、自分自身を鍛えていかねば。

※大会の詳しい結果は宮城県剣道連盟居合道部会で公開中。

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そして「深酒」へ

 昨日は山形県村山市での全国各流居合道大会に参加。
すだっちが四段の部で優勝する快挙!(おめでっトゥ!) その他、高段者の先生方の、そして日頃みることのできない他流派の演武をみて、多くを学ぶ。大会の意義はやはり何といってもココだろう。また今回は、とくに一つ一つの動作の「間」をみるよう意識した。あの流れる動作の中にみる躍動感(静と動のメリハリ)には、本当に溜息がもれてしまう。それを少しでも盗みたかった。

さて、一方の自分の試合はどうだったかというと、これこそ「不覚」といえる痛恨の「凡ミス」であえなく敗退。
前回の記事(「『不覚』の自覚」)において、今大会では昨年とは異なる「不覚」に遭遇するであろうと書いたが、このミスはさすがに想定できなかった。
 自分の持てる力を発揮した上で負けるのであれば問題はないのだが、「明らかにやっちまった」系のミスで負けるとさすがにヘコむ。居合の試合は(対戦相手はいるが)「独演」のかたちをとるので、勝敗の結果とその要因はすべて自分の技倆にかかってくる。それ以外に言い訳を見出すことはできない。どこまでいっても自分の問題として厳しく迫られる。そして、最後は「もっと修業せねば」という悲しき決まり文句へとつながっていく(もっとも今回の経験は「強烈」だったので、単なる心構えとしてだけでなく、「具体的に」反省することができた)。

 夜の打ち上げ(祝勝会/反省会)は、日曜だからさくっと終わろうという予定のはずが、予想以上に盛り上がってしまった。みんな今日大丈夫だっただろうか。自分はかなり「深酒」していたことを翌日になってようやく「自覚」する(ちなみに打ち上げの際のポリシーは、「反省すべき部分は反省して、悔しい気持ちは飲んで忘れる」と決めている)。年をとったのか、どうも翌日に酒が残る。そのため、今日のゼミでの発表はグダグダ。もちろん、それは自分の責任であり、誰かに転嫁することなどできない。

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「不覚」の自覚

 指を切ってもうた。左手親指の爪の下あたりをカッターで切りつけてしまった。「クッ、不覚」。
よく雑務の間にお遊びでいろいろなものを作ったりして慣れている(と思いこんでいる)ので、何の注意も払っていなかった。自分の技術を過信していると、こういう痛い目に遭う。幸い、傷はすぐふさがった。日曜日山形で行われる居合の大会にも支障はない。

 どんな事態が突如襲うかもわからないという「不覚」と反対の心構え(=「隙のない」心構え)をもつこと。それは、居合の目的の一つでもあり、また剣の理法にとどまらず、目配りや細心の注意という人生上の教訓、そして「生き様」へと通じていくと考える。自分はまだまだひよっ子だが、どんなに弱い、「不覚」に陥りやすい人間でも、それを自覚させるような経験を通じて「成長」は可能のはずである。
 今度の大会では、昨年の反省を生かし一年間鍛錬してきた成果が問われる。今回は昨年のミスを「自覚」した上で試合に臨むことができる。そして、さらにすごいことに、昨年とは異なる「不覚」に遭遇するであろうということも「自覚」できている。こんな私は昨年と比較して「成長」したのだろうか。自分では「自覚」できていない。

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新聞斬り―居合に求められる繊細な知覚―

15日の日曜日、居合道同好会の稽古。
自分がいろいろと準備をして、皆と「新聞斬り」を行いました。一年ぶりです。
新入会員のみならず、結構熱中してしまうものですよね。
新入会員のみなさんが、「わざ」の精妙さを追いかけていくむずかしさと楽しさを感じてくれたのであれば幸いです。

わからない人のために言っておくと、新聞紙一枚、一面分を相手に持ってもらい、それを木刀もしくは竹刀で真っ二つに切るというものです(こちらのサイトにその風景が掲載されてます。風景。心に残るアルバム、ありがたや)。
簡単に切れそうで、これが以外と切れない。
たいていの場合、真っ二つに切れずグシャッとつぶれてしまいます。
自分も成功率は、三回に一回程度でした(一回目は必ず失敗してた)。

むろんコツは覚えています。一回で切ろうと思えば切れないことはありませんでした。
しかし、そのコツは今回は使いませんでした。
なぜか。それを使うと、普段の素振りとは異なるものになってしまうからです。

「新聞斬り」のコツ、それは「引き斬り」です。もう少し言えば、
自分からは見えない新聞紙の裏面に剣をあてるように、剣先から振り下ろす。
そうすると、けっこう間単に真っ二つに切れます。あくまで自分の感覚ですけど。

しかし、その振りだと刀は水平で止まりません。また、手だけの振りになってしまいがちです。
「剣は肚(はら)で振る」という教えに反します。「新聞斬り」と日頃の素振りが乖離してしまっては意味がありません。

では、どうすればよいか。
正直わかりません。もしかしたらという気にもなるけれども、確証はありません。
「きわめて繊細な知覚が求められる。したがって、自分の身体動作に意識的になることが重要だ」。それだけは理解しています。
今まで気にもしなかった一つ一つの細かい動作に眼を向けてみることで、見えてくるものがあるかもしれません。

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居合の白装束

白道着・袴という白装束。一度やってみたいスタイルです。
夢想神伝流だし。今までやったことがないし。
白は膨張色だから体を大きくみせることができるかもしれないし
(黒の道着だと、ただでさえ細身の自分がさらにスリムになってしまうし(* ̄ー ̄)> )。

居合で白道着袴というと、まず夢想神伝流が想起されます。
そして、その先には中山博道
そう、〈白道着袴のルーツは中山博道〉という捉え方は、一般的な通説になっていると思います。
彼が剣道師範を務めていた東京大学、皇宮警察は今も白道着袴のスタイル。
中山道場、有信館も白道着。その弟子であった檀崎友彰ほか、その門下もまたしかり。

しかし、なぜ白なのでしょうか。今の視点からみれば、「伝統の白」といった見方もできますが、なぜ、博道は白装束というスタイルをはじめたのでしょうか。「白装束は本来死者の装束であり縁起が悪い、しかし、だからこそ死を覚悟して稽古・試合に臨むという決意の表現である」といったりすると、最もらしく聞こえますが、どうもそんな思弁的な理由からではないようです。むろん、白は映えるし、格好いいじゃんといった好みの問題でもありません。
 博道自身は次のように述べています。孫引きですが引用してみます。

「稽古着や袴がとても汚れ易いので、黒色や当時流行した縞柄の袴をやめて、白い木綿布で作らせてしまった。かくのごとくすると汚れがすぐ目立つから、結局、洗うことになる。したがって衛生的で結果は洵(まこと)によかった。初めは弟子達も厭な様子であったが、次第に慣れてきて、稽古の終わった後洗濯する者もだんだん増えてきた。
 私は自分の道場ばかりでなく、どこへ行ってもこれで押し通した。当時白袴は神官の常用袴で、稽古人がつけることなど、凡そ異常に思われていた。ところが数年経つと京都の大会にもボツボツ白があらわれて、昭和に入って俄然増加し、今日に至った次第である。白袴は中山道場の印などと噂をするものもいたが、実はただ、以上のごとき理由でしかなかった」
〈註〉「白い道着袴にはワケがある」『月刊 剣道日本』2001年6月号(No.304)、スキージャーナル社、140-141ページ(原資料は、堂本昭彦編『中山博道剣道口述集 善道聞書』スキージャーナル社、1988年)。

武道の世界では伝統が大切にされますが、博道が白を採用したのは衛生面、「清潔さ」という実に合理的な理由からであり、白道着袴はむしろそれまでの伝統を打ち破ることでした。

「伝統」を考える上で、この事例は重要なことを示唆しています。それは、「伝統」とは単に旧いものに理由もなく固執するところには成り立たない、それは現在という時間の中で新しくつくられていくものだということです。単に「伝統」だからという思考の中では「伝統」は成り立ち得ないものだということです。

今日において白を着る意味は何か。これは私たちに課せられた課題です。
んっ? 今まではなぜ黒だったのかって。なぜでしょう。

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防具の救世主―汚れ対策/居合道では?

 前回、剣道の防具について触れましたが、多くの人が防具特有のアノ臭いがたまらないという思いを抱いていると思います。通りがかりの女子高生に「くさ~い」と言われる、酸っぱい経験をした剣道人もいることでしょう(→オレ)。そういえば大学剣道部時代、稽古を終えてその足で、バイト先の某蕎麦屋にむかい、その手でそばを盛っていたという先輩の話を聞いたことがあります。かなり危険です。

 しかし、それだけ臭いことを身に沁みてわかっているわけですから、一方で剣道人は臭いに敏感で、自覚的であるということも確かです(上のような先輩の事例もあるとはいえ)。そして、また少しでも臭いを緩和する努力を行ってきていることも確かです。
 防具は高価ですから、そう簡単に換えることはできません。ですから、何度も修理したりして使うわけです。とくに小手は野球のグローブと同じで、使い古した、手に馴染むものが一番なわけで、私の経験で言うと修理の回数はダントツです。しかし、その小手こそが強烈臭の元凶であるわけで。

 そこで以前、剣道雑誌で紹介されていた方法を試してみたことがあります。それは、小手を水に浸すという方法です。バケツに水を入れ、そこにズブズブと小手を漬ける。そうして一晩おく。そうすると浸透圧の関係で、小手の中に吸収されていた汗などの汚れが水の中に染み出してくるというわけです。一晩たって今まで見たこともない色の液体を見たときのアノ興奮といったら、言葉では表せません。

 なんと現在では、剣道の防具をクリーニングしてくれる業者さんもあります(ココとかココ)。愛着のある防具を少しでも長生きさせてくれる、まさに「防具の救世主」です。

               ◇

 居合道で臭いや汚れの問題はあまり大きな問題とはなりませんが、刀の柄につく手垢の問題や、道着、袴の色落ち、しわの問題(剣道の道着よりデリケートに扱わないといけないと思う)などは、決して看過できるものではありません。これについて、イアイダーのみなさんはどんな対策をしているのでしょうか。教えを乞いたいところです。

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三年目の船出

 昨日(24日、日曜日)は長い一日でした。あの花見の後、大学の研究室へ行き、今朝5時近くまでいましたから。今日も3時間ほどしか眠れていません。これこそ、院生のノーマルな生活実態なのだー。

 それはさておき、居合道昇段審査、無事(笑)合格されたみなさん、おめでとうございます。花見の準備のためじっくりと拝見できませんでしたけれども、実技に関していえば、日頃の稽古以上の、いい居合を抜いていたと思います。プレッシャーを感じている様子はなかったし。「本番に弱い」自分からすれば、うらやましい限りです。学科に関しては、過去問とその解答(自身が書いた中身)を審査経験者が保管しておき、同好会として蓄積していくという方法がありうると思いました(もちろん、丸写しではなく、勉強のためとして。えぇ、自分もおこぼれに預かりたいなんて発想は微塵もございぁせん)。

 そして、審査会終了後の花見。新入会員の参加が予想以上で、昨年よりもにぎやかなものとなりました(2年生の勧誘の成果がうかがえます)。たまには、ソメイヨシノ以外のサクラ(あれはたぶん、ヤマザクラ)の下で花見をするのも乙ではないかと思い、今回あのような静かなところにセッティングしました(ていうか、結局、場所が取れなかっただけ。ペットには恰好のお散歩コースらしく、場所取りしてた時間帯にはピンク縁のサングラスを掛けたファンキーな犬も見かけました)。

  結局、夕方の6時くらいからのスタートでしたけれども、花見どころか、お互いの顔さえよく見えない状況の中ギリギリまでやり続けたあの執念、そして、メインの会場に場所を移してまた飲み直し、消灯(午後10時)を過ぎても、なおやめない執念。「夜ノ寒サヤ暗サニモ負ケス」、最終的に夜11時近くまで続行した執念という名の収拾の悪さ「粘り強さ」という同好会のカラーの萌芽を感じる一時でした。

 年度はじめによいスタートが切れたと思います。この雰囲気をこのまま継続させ、大いに活動を盛り上げていきましょう。自分もがんばります。

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合同稽古会参加記

 日曜日(20日)に、山形大学との居合道合同稽古会に参加しました。
技に関する意見交換等、このような機会は、いろいろな意味で刺激になります。

 今回の稽古会を通してとくに難しかったのは、技について自分の意見を説明する際に、言葉がうまく出てこないという問題でした。自分は日頃「稽古日誌」をつけていますが、最近は怠けがち。
身体の動作の問題について、体ではその感覚をわかっていても、それを言葉で書き留めておくというのは、非常に難しいわけです(だから、武道などの〈身体の技法〉の世界では比喩が多用されるのでしょうか。例えば、「右手は卵を握るように軽く添える」とか)。言葉によってそれぞれの技について反省し、理解していく。先生の指導の下では、容易にできることなのですが、自分自身で行おうとすると途端にむずかしくなる。いやはや、持つべきは師だなあ。

 漠然とながら理解していたことではありますが、今回の稽古会を通して再認識しました。技の精度を高めたり、自分の動作を反省するうえでは、やはり言葉は重要なものだと。まだまだ、一つ一つの技、動作について、自覚的になれていない証拠です。

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「鞘離れ」の難しさ

居合について。
日曜日は、久々に居合道同好会の稽古に参加しました。
すだっちにも会えたし。久々に体を動かし、案の定、現在お尻が筋肉痛。

抜付けに行く際、「止まるように見える」(制定居合七本目)と指摘を受けました。
自分としては、「鞘離れ」の一瞬を意識して、「溜め」をつくっていたつもりだったんですが(´ヘ`;) う~ん・・・むずかしい。静から動へのメリハリ。
なんせ以前は「ゴボウ抜き」と言われていましたからねぇ。
だれかよいアドバイスがあれば、教えてください。こうイメージすればよいとか。

もう一つは、よく先生からも言われている、切り下ろしや血振りのとき、刀がピタッと止まらないこと。
おそらく、剣道を長いことやっていたから手首のスナップが効いているのでしょう。
これがピタッと決まるとメリハリが出るんだろうなぁ。

いずれにしろ、量をこなしながら自分の身体と対話していくしかないと思い候。
「道は無窮なり」(正法眼蔵)、「我は無給なり」(タカの眼)

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雑感~居合と学問~

今年に入ってから、まだほとんど居合の稽古をしていません。
寒いとか以前に、忙しいのです(でもやっぱり寒い…この寒波は)。
一つ論文を書くと、また一つ論文…というふうに、課題が次々と降りかかってきます。
「それで論文を書いてみたら」と言われるようになっただけマシですが。
このブログも、何とか更新が滞らないようにがんばります。

そういうわけで、今日は居合道関連の記事です。
以前、私を居合道へと誘ってくれた稽古仲間のすだっちと、
「想定」と「理合」の違いについて、会話をしたことを思い出しました。
どちらとも、意識しないとごっちゃにして使ってしまいそうな言葉です。
私も、すだっちに言われるまでまったく意識したことがありませんでした。
自分は次のように整理し、すだっちの掲示板に書き込んで、応えたと思います。

「居合においては、(仮想敵などの)具体的状況を明確にし、
その状況下で自分はどうすべきかを考える作業が肝要である。」
この場合の、「具体的状況を明確にする」のが「想定」、
そして、「自分はどうすべきかを考える」ことで導き出されるのが「理合」。

それほど本筋を外れてはいないと思います、たぶん(;^_^A (お詳しい方、ご教示ください)というか、そのように捉えると、自分にとっては整理しやすいのです。
居合の世界と学問の世界とを結びつけて捉えるうえで。

以上の認識に基づくなら、
学問も、居合と同様、「具体的状況を想定して、その上でどうすべきかを考える」作業(抽象化)を通して、理論(理合)が確立し、現実の分析などに役立つ装置となりうるわけです。
具体的状況を詳細に想定できなければ、自分が何をしているのかという認識に欠け、自分自身に無自覚になり、具体的な状況とかけ離れた高級な抽象論を展開してしまうという結果に陥りやすくなります(=具体的状況を想定できなければ、技のための技に堕する)。

このように考えれば、学問領域に身を置く者として、居合道に刺激されるところが大きいわけです。

以上からわかるように、私は、居合は具体的な状況から抽象化された法則(理論)であると考えています。ですから、現実そのままというわけではありませんし、あらゆる現実に対応できるとは思いません。
もちろん、だからといって、「居合はだめだ」とか「この流派はだめだ」などと、それをすぐに放棄するような、すぐに思考停止してしまうような軽率な考えを起こしたりはしません。リアルな現実から試行錯誤を経て確立した法則ならば、古いも新しいも、良いも悪いもありません。私たち、これから居合を学んでいく人間が、その法則をより精巧たらしめていけば、という以前にきちんと理解していけば済む話のはずです。
大学時代の剣道部の恩師は、日本剣道形を「剣道の憲法」と表現していましたが、それと同じ認識でいます。
今年はそのような眼でもって、居合道に向き合いたいと思います。
ていうか、稽古してから言えって感じですね(;´▽`A``

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稽古始め

 年明け、はじめての稽古でした。
すっかり体が鈍っていました。
刀一本に、自分の体が翻弄されっぱなしという感じでした。
余計な力が入ってしまって、スムーズな身体動作ができませぇん(((。o゚))))((((゚o。)))
 日頃の修練=自分の身体と対話する習慣をつけておく必要性をつくづく実感した次第です。
じゃないと、自分の問いかけに対して何の反応も返ってこない、鈍感な身体になってしまいそうで。

繊細な身体感覚の覚醒ですね。
今日の自分は、ただがむしゃらに身体を動かしまくっていたという感じです。
そんなもんだから、体のほうが怒ってしまって、プルプルプルプル。
最終的には、怒りを越えて笑ってたわけです(膝が)。

そんなこんなで今年もがんばります。
稽古仲間の皆様、今年もどうぞよろしく。

〈注〉居合に関する記事はまだまだ少ないので、こちらもがんばります。
大部分は、つれづれ日記的なものになりそうですが。

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タカと刀は使いよう―居合道について―

 今日(18日)は自分が所属する居合道同好会の稽古納めでした。
会員のみなさん、今年もお疲れさまでした。同好会を結成して二年目。自分はあまり今年は活動に参加できませんでしたが、会長を中心に、少ない人数ながらもみんながんばったなあと感心しています。明日の納会ではその労をねぎらいたいです。
 自分自身、居合道を志して三年目。今年も多くのことを勉強しましたが、まだまだです。初心を忘れず、成長しつづけていきたいです。

 さて、居合道とは何か。自分は居合道一年目のときに、どう認識していたか。以下は、宮城県剣道連盟居合道部会に寄稿した「居合のすすめ」です。

居合道を始めて一年になります。大学院の同僚から勧められ、決意しました。
大学まで剣道を続けていましたが、引退後は忙しさを理由に稽古から遠ざかっていました。しかし武道のもつ厳粛な雰囲気と緊迫感をもう一度味わいたい思いは強く、また居合道という未知の世界に好奇心をそそられたため、同僚の誘いにすぐに応えました。
現在先生方の懇切丁寧なご指導の下、剣道とはまたちがった世界を楽しんでいます。居合は形の稽古ですので、一見地味に見えます。しかし、地味に見える中にも技の想定や理合など多くの意味が凝縮されていて、正確な動作の難しさに稽古をはじめたばかりの頃は驚きました。
恥ずかしながら剣道の稽古では、居合ほど自分の身体動作に繊細に、そして意識的になったことはありませんでした。
精神を集中して身体感覚を研ぎ澄ます。同時に先人が築き上げ、修練してきた同じ技の世界に学ぶ。これは私にとって大きな魅力です。
他にも、外人の方も多く国際色豊かなこと。試合に男女・年齢の区別がないこと。
居合で出会った方々とともに刀をジョッキに持ち替えて語り明かせること・・・・・・、たった一年でも多くの魅力を見つけました。
この居合道の世界に居合わせることができた幸運をうれしく思い、さらなる上達と新たな刺激を求めて、現在稽古に励んでいます。

 読み返してみて、認識はこの時と変わらないなあ、深まってないなあと・・・・・・。この時に比べれば多くの情報を得、経験もしているのですが。さらに高度な「眼」でもって、居合道の世界に潜入していく重要性を痛感し、今年の反省にしたいと思います。

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