「読むことは内容のある人間を作る」

 前回の記事「大人の力量が問われている」(2009年2月2日)について、斎藤史郎氏(長野県・上田市マルチメディア情報センター)から貴重なご意見をいただいた。斎藤氏に感謝申し上げる(斎藤氏のコメントについては、前回記事のコメント蘭を参照されたい。また斎藤氏のブログはこちらをクリック→)。

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 さて、斎藤氏の批判を受け、言葉足らずな私の意見を振り返ってみたい。
 私は、前回の記事で次のように述べている。
①「ケータイによる狭い仲間内でのコミュニケーションにとどまっている限り、モノを読む力、書く力は伸びない。親しい関係の間でしか通用しない範囲に、言語体系や価値観が限定されてしまう。ケータイ依存は、モノを書く力を鍛えることなく、自己を『外部』の世界へと開いていく〈教育〉本来の可能性を狭める方向に働くはずである。だから、その点は、学校の先生にしっかり指導をお願いしたい。 」
 それに対し、斎藤氏は、コメント欄で次のように述べられた。

今は子ども達の世界が狭くなっているので、逆に狭い付き合いの中での「空気を読む」など、大人と違う意味での「読む力」「書く力」は持っているのかもしれない、と私は思います。それを大人が理解できないだけで。
それから今の子ども達を見ていて「ケータイ依存」と言うのは、あくまで「携帯=電話」と思っている大人の価値観であって、「ケータイ=情報ツール」と思っている当の子ども達は、既にケータイを日常のコミュニケーション手段の一つにしているように思います。使う頻度が高いからと言って、別に「依存」ではないのではないでしょうか。

 如上の指摘を受け、以下、私の意見についてさらに整理する。
 上述の主張①について、敷衍すると次の通りである。

(1)私がいう「ケータイ依存」は、「携帯可能な電話」としての携帯電話だけではなく、「情報ツール」としてのケータイも含めて、それによりかかってしまうことを指している。ただし、程度の問題なので、線引きは難しい。
(2)子どもたちがケータイを「日常のコミュニケーションの手段の一つにしている」かぎり、私は何ら批判的ではない。そもそも「使う頻度が高い」ことを指して、「依存」とは言わない。
(3)だが、ケータイがつくりだす「狭い」関係性に強迫されることで、本や雑誌などを通して、未知の世界へと思考を膨らませる時間が削られるようなら、大いに問題である。そうなる前に自省し、自制する手段を学ぶべきである(→「その点は、学校の先生にしっかり指導をお願いしたい」)。
(4)また、ケータイは「情報ツール」としては限界がある。ケータイを利用する以上、その限界を理解する必要がある。「限界」とは、例えば、次のことである。
 ケータイが媒介する情報の主な「供給源」はインターネットである。だが、インターネットが提供する情報はきわめて断片的であり(検索した部分についてだけ部分的に知る)、段階性も体系性もない。自分にとって都合の悪いものは避けて通るか排斥する、自分の中の認知図式(偏見)にあてはまるものだけを取り入れていくといった情報受容の仕方も可能になっている。
(5)子どもたちは、ネットの掲示板をなどを通して、「ムカツク」「ヤバイ」「キモイ」といった、人物や状況を簡潔にまとめて表現し、その感覚を共有しあう=「空気を読む」より、知識や経験を積み上げて議論し、思考を鍛える技法を学ぶべきである。子どもに「読み書き」のスキルを学ばせることが主眼の教育関係者なら、この一線は譲れない。
(6)そのための有効な訓練となるのは、現時点では「読書」である。「読むことは内容のある人間を作る」(ベンサム)。また、他者(大人)を説得するには、知識の備蓄に拠るほかはない。

 だから、①のように書いた私の真意は、じつに単純である。「こどもたちよ(あるいは一部の大人たちよ)、たくさん本を読め!」である。

 繰り返し述べれば、私は、子どものケータイ利用について決して否定的なわけではない。ただ、ケータイを媒介として現出する問題の一端に批判の眼を注いでいるだけである。
 そして、私が上に述べた(5)のような問題意識に応えるかたちで、ケータイを子どもたちの「読む力」や「書く力」を向上させるための道具として―議論・情報交換の道具として―積極的に活用していくこともまた可能ではないか、また、現にそのように機能している部分もあるのではないか、と半ば楽観的に思っている。

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スクールとホーム

 前回、「学園(スクール)ドラマ」の隆盛と、その背景(=「学校化」)について思うところを書いた。
 それと並んでもう一つ、テレビからうかがえる最近のおもしろい傾向として言えるのは、J-POPで、"HOME"や"おかえり"、“帰りたくなったよ”など縁(よすが)や結びつきの表象としての〈ホーム〉(=家庭、ふるさと)を連想する曲が目立つこと。

 これを〈スクール〉と関連させると、次のようなことが言えるのではないか。
 学校や学級という組織は、伝統的な共同体結合原理から離床して実現した疎外的な空間であり、そこで、本来多面的・全体的存在である青少年は、学習活動をすることのみに自己の活動を限定される。それぞれいくつもの領域に分けられ、パッケージ化された知識を伝達され、学力への習熟をくり返し要求される。子どもたちは一面的な生活と、その組織のリズム(=規律)に一方的に自分を合わせることを強要される。
 しかも、学校・学級は、自らの需要を生み出す働きかけを、競争の創出とそれによる学習意欲の喚起というかたちで展開する。
 同一年齢、同一教師、同一空間といったすべての要素が同一化される条件下で、子どもたちはたえず規律と競争へと駆り立てられることになる。厳格な規律と競争的な人間関係のなかで疎外状況が放置されれば、青少年はバランス回復の衝動に駆られ、学校への否定的感情、教師への敵対感情、生徒間の軋轢を増幅させ、ときにその状況からの離脱を図ろうとする。
 突如、強制的に規律的な空間へと組み込まれ、教師の権威に服従することを求められる。そのような人為性に子どもたちが簡単に同化するほうが難しい。
 だが、公的世界へのイニシエーションとして、そのような厳しい環境を尊重する傾向は依然としてある。むしろ、学校に競争や規律を求める風潮は、いっそう強くなっているのではないか。
 だからこそ、そのようなギスギスした公的世界から峻別された、プライベートで情愛的な結合の象徴としての〈ホーム〉が一方で強調されることになるのではないか。

 ところが、「家庭内暴力」「児童虐待」など、今やその〈ホーム〉の脆弱性が問題とされる状況である。
 したがってネクストステージとして、〈スクール〉に包括的で抱擁性のある(「学園ドラマ」のシナリオのような)関係性が強く求められることになる。ということで、昨今の「学園ドラマ」の隆盛に話が戻っていく――。

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「学園ドラマ」と学校化社会

 ここ最近(といっても数年だろうか)、「学園(スクール)」を舞台としたドラマがやけに多いことに気付く(「花ざかりの君たちへ」「ライフ」「鹿男あをによし」「ごくせん」「ROOKIES」等々)。ドラマティックな展開の舞台が学園内でなくとも―いやむしろそちらの展開が多いのだが―、登場人物間のつながりはほとんど学校をハブとしている。また、「学園」の範囲も最近だと大学にまで拡大している印象を受ける(「のだめカンタービレ」「ハチミツとクローバー」)。もちろん、学園ドラマといえば昔からの定番ジャンルではあるが、それでも最近は飽和感を否めない。なぜだろうか。

 このギモンに対して考えられる解答はおそらく次のようなものだろう。
 1960年代の高度成長以前、青少年は学校内の同年齢集団(=〈学級〉)のみならず、学校外の多彩な異年齢集団にも属し、双方に関わりを持っていた。ところが、高度成長がはじまり、農村から都市への流入が加速すると、伝統的に地域共同体が持っていた紐帯は弱体化し、学校外の異年齢集団の存立を支える社会的基盤もまた消失してしまった。その一方で、学校だけは、制度としてそのまま存在し続け、同年齢集団への、青少年の集団帰属意識は一層強くなった。そして、人々の共通の経験的前提と言えるのは、学校以外にはなくなった今、(視聴率を重視する)テレビドラマの舞台として設定される状況が頻出している―。 
 日本中羽振りがよかったバブルの時代であれば、消費文化が共通の経験的前提となって、それを漏れなく織り込んだ「トレンディ・ドラマ」が高視聴率をとりつづけた。だが、バブルが終わり、「格差」の顕在化が問題視される状況になると、もはや共通経験として共感を得やすい舞台となるのは学校以外には残らなくなってしまった―。

 このように見るならば、日本国民の経験において「学校教育」の占める割合の強さが推察される。
そして、社会からの正当な評価を得る機会が学校体験のみに限られるとき、社会は学校に全面的に依存する「学校化」の様相を強くする。過熱する学校バッシングや教育改革論議の現状と同様、「学園ドラマ」の隆盛もまた、学校的価値を過度に重視する「学校化」の一面を映し出しているのではないか―と思ったり。

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視座の転換を促す「経験」

 新年早々にもかかわらず、休日返上で国際シンポジウム「21世紀アジアの教育改革」のお手伝いに行ってきた。
今回のシンポジウムは、はるばるモンゴルからゲストを招き、教育改革について紹介していただくほかに、現役高校生(=学習主人公)にもご登壇いただくという点で独自性のきわめて高いものであった。あまりに内容が豊富だったので、議論や質疑応答のための時間が足りず、情報を十分消化しきれなかった点が残念。

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 6日の高校生の「国際理解教育」をめぐる実践発表は、聴いていて実にうらやましく思った。
自分が高校生の頃に、こういう学習の機会があればと。
実に「すぐれた」実践の報告であった。
指導にあたられた先生方は、教材研究にあたって実に大変な思いをされたと思う。
 自分が「すぐれている」と感心したのは、実践・学習を通して〈世界の「客観的」認識を、どこまでも自分たち「主体」の側のあり方の問題として捉えていこう〉という視座の転換への指向が垣間見え、しかもそれが生徒の側に「自覚」されていたことである。単に他国の人々と文化交流をしようというのにとどまらない、諸々の直接経験を通して、今まで自分自身の生活から切り離された“他人”でしかなかった外国の人々が、自分の身近な生活を支えている“隣人”として認識されるようになる――。
そのような目標を随所に感じ、発表を聴きながら、吉野源三郎『君たちはどう生きるか』や鶴見良行『バナナと日本人』を思い浮かべていた。

 「総合」の時間などを利用した、教科の枠組みを超える体験学習=直接経験を行うと、すぐに“ただ「直接体験」をすれば済むものではない”といった批判が起こりがちだが、その批判は妥当なものではない。
 「直接経験」そのものを問題にするのではなく、その経験の“質”をこそ問い、「直接経験を通して学習者は何を学んだのか」を問題にすべきである。
直接経験から学習者は、単に個人的な感情・態度の変化(「これからは他国の人と仲良くしようと思う」)にとどまらず、例えば「フェア・トレード」などの「客観的」認識にまで結びつく「主体的」思考へと展開しえたか、そこを評価すべきである。

 だから、自分は高校生と先生方に次のような質問をぶつけてみたかった。
(1)「国際理解」実践を通して、自分の日常生活や世界をみる眼にどのような変化があったのか。
(2)報告された特別学習の成果が、教科学習に向かう姿勢にどのように作用したか。

それが明示されれば、上記の評価や“何をもって「国際理解」とするのか”という根本的な問題についての共通理解も可能になったと思う(今回はシンポそれ自体、テーマがいくつも錯綜していた。開催までの裏側を知っているだけに、何とも…。企画側の全責任である)。

 ところで、今回実践発表をしてくれた高校生のみなさんは、見事なまでに全員“女子”だった。いったい男子はどうした。女子に花を持たせたのか、それとも単にだらしないのか(後者だろう)。それとも企画者・T先生の嗜好が露骨に出たのだろうか……。

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実践指向と言うけれど

 ウチの大学院でも、実践指向の教員養成(正確には教育専門職養成)を行うと言い出した。来年からは新専攻(教育を設計し評価するという)も発足する。
大学院教育支援GPにも採用された。
中心にいるのは、あの先生。
 このたび発行されたニューズレターで、次のようにおっしゃっている。
「これまでの教育学は、原理原則の追究が中心で、その現場適用についてはあまり力を入れないできましたが、プロフェッショナルな知識・技術の開発研究は、今後画期的な影響を教育学にもたらすものと思います。」
今までさんざん「原理原則」と口癖のように言ってきたのはあんたじゃないのか―そう、即座にツッコんでしまった(まあ、いいけど)。

 「あなたの理論はわかった。では、その理論にしたがって、具体的な実践例をつくってみてくれ。実践例をつくることで理論を説明してくれ」という教育学批判への応答というならばその姿勢は評価できる。教育学の教師が、自ら小学校・中学校・高校の教育内容を加工・生産する過程を通して教育学を作ることができていない実情、“具体的事例を熟考する中で”理論を検証しつつ受容できない実情、理論(研究)と実践とが相互に批判し、修正し合う緊張関係の欠如、といった問題は確かにあったと思われるからである。例えば、生徒の主体的な「学び」を訴える教育学の大学教員が、自分自身の教育実践への自覚を欠いたまま、教育(学)についての「知識」を「記憶」させるだけの粗雑な「教員養成」を展開していたおそれというのも十分に考えられる。

 「実践指向」ということが、「研究と実践の相互批判・相互修正」、「実践の形にまで具体化された理論-理論に支えられた実践」という明確な関わりへの指向を意味しているのならば、進むべき方向はまちがってはいないだろう。「ある内容を教えるときにどうするか。授業をしなくてもいいから、自分の教育学理論と噛み合わせて教材をつくってみろ」。そう言われたとき、すぐに応えられるだけの地力を持つことが、「実践指向」の教員養成を行う教育学者に求められるだろう。難しい。教科教育学をやってきた人たちならともかく、ウチの大学院でそれをやってきた人はいるのか(えっ、T先生? 新専攻にもGPにも入ってないぞ)。

 ただ一方で、次のような問題への配慮が必要となってくるのではないか。
 およそ学問は――少なくとも社会科学は、特定の角度から現実を単純化して(特定の視点で切り取って)見る思考の技法であり、フィクションである。だから、現実問題すべてをカバーできるものではない。単純化しているのを忘れて、「例えば、PDCAモデルだとこうなるから、現実の政策・実践もそうすべきだ」と何の躊躇もなく短絡することは果たしてできるのか。「教育学は役に立たないといけない」という強迫観念のもとで、役に立つところを見せなければと思い込んでいる学問・学者ほど、自分の使うモデルと現実を混同し、煽動的になりやすくなるのではないか。そんな問題がどうしても浮かんでくる。

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「待ってました!」「たっぷり!」

 「話芸から学ぶ説得の技法―浪曲と教育の接点を探る―」と題するセミナーに、お手伝いをかねて参加してきた。「現代教育科学の最前線」と題する研究シリーズの第1回である。
初めて、“生で”浪曲(浪花節)を聴いた。
伝統の口誦芸能、その「語り芸」はわれわれを大いに魅了してくれた。
一つの演目に30分ほどかかるわけだが、素人からみれば、あの「語り」(音楽)をつっかえずにこなすだけでも大変なはずなのに、声の強弱や身振り手振り、そして絶妙の「間」で聞き手を惹きつける、その鍛え抜かれた技術は圧巻である。
そして、そのような卓越した「語り」の技術があるからこそ、聴く側もその「語り」の内容を脳裡に焼き付けることができるといえよう。
相手に何かを伝えるということの大変さを、浪曲を通して再認識させられた。
ちなみに今日の表題は、浪曲を聴く際の聞き手の約束事である。
 
 今回のセミナーの趣旨は、次のようなものであった。
「西洋教育史の歴史を振り返ると、教育という営みは、「話-術」とも言うべきレトリックと密接なつながりをもっていました。教育もレトリックも、たんに話しの内容を理路整然と語るだけではその役割を果たしません。聞き手の心を「動かし」、「説得」するためには、語り手と聞き手とのダイナミックな関係を構築することが必要です。このような関心から見た場合、我が国における「話芸」の伝統は、教育学にとって貴重な資源になりうるものです。……」
①語り手、②聞き手、③語りの内容(知識・情報)のうち、われわれは③には力を入れてきたかもしれないが、①と②の密接なつながりについてはほとんどかえりみてこなかった。
いまや、相手に「話す」「語る」といえば、プリントやパワーポイントでの発表が主流のご時世。テレビにはひんぱんにテロップが出る。
しかし、われわれはもっと自分の身体(声や身振り手振り)を通して、聞き手の心を動かすという点への視座をもってもいいのではないか。
お経の内容がいくら正しくても、それを語るお坊さんの読経が不十分ではありがたみは湧いてこないように、(③内容が充実していることは大前提だが)たとえ③が十分で正しいものであっても、①語り手の技術が不十分では、必ずしも②聞き手には伝わらない―。
以上が、教育にも連なる、セミナーの大きなテーマだったように思う。
 
 ここから、すぐに思い浮かぶのは『教師のためのことばとからだ考』などで知られる竹内敏晴氏の「からだ」論である。
例えば、「わたし」が「あなた」の話を「聞く」というとき、それは単に話されたことばの文章内容だけを抽出して取り込むということではない。
それは、話しかける「あなた」の息づかいや、ことばを探して立ち止まったり、もどかしく手を振ったりする「からだ」(身動き)全体を「わたし」が受け取ることを意味する。
逆にことばを「話す」というのは、相手を動かし変えようとする「からだ」と心の試みだということになる。
「情報」が人と人との関係を捨象して、言語=文章化し抽象化した意味内容のみを伝達する機能である―情報は受け手を特定しない、交換性をもつのに対し、「話しことば」は「じかで、たった一回きりの、文内容を越えたなにかであり、からだからからだへ響きあい、共鳴し反撥すること」として対比される。
竹内氏はそのような視点から、「わたし」を疎外して「情報」のみを抽出しようとする情報社会の構造的動向に対する「からだの反乱」を説こうとする。

 学校教育がまさに「わたし」を疎外して「情報」のみを扱うものであるならば(例えば「学力テスト」といったかたちで)、「話芸」「語り芸」などの日本伝統の「わざ」は、今の教育の問題状況を変革するヒントを提示しているのかもしれない。
つまり、教師の教育技術も、子どもが学ぶ知識もそれ自体が具体的文脈から独立して存在するのではなく、教師-子どもの全人的関係性や、「からだ」という媒体を通した「話す」「聞く」といった行為の過程=現象全体の中に埋め込まれているのだと(話芸のプロが聞き手の反応を敏感に読みとり、場の空気を換えようとする臨機応変な対応は、知識の文脈依存性をよく示していると思う。稽古だけで学べるものではなく、舞台という「場」でお客「聞き手」との関係を通じて初めて、それに習熟していくことができるのだろう。教師が子どもに教えることもまた然りである)。

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教育の社会科学的研究の〈失敗〉とは

 苅谷剛彦「教育の社会科学的研究の〈失敗〉」(『日本教育行政学会年報』第33号、2007年)。その率直なタイトルと明快な文体に惹かれて、目を通してみた。

 「教育研究の現状は、学会や研究者の数に見合うだけの生産性や影響力を増しているようには見えない」、「教育の社会科学的研究は、現実の社会に対して影響力を失いつつある」。教育研究の現状をこのように厳しく評価する苅谷氏は、その原因を、大学変革の影響を含めた「研究者養成の失敗」と、「学問としての感度の悪さ」との複合的な現象として捉えていく。
 「研究者養成の失敗」とはどのような問題状況なのだろうか。
 誕生当初「ポツダム学部」と呼ばれた教育学部は、アメリカの強い影響を受けて設立されたものの、講座制というドイツ型組織編成を残したまま発足した。そして、それがその後の教育研究と研究者養成のあり方に影響を与えることとなった(細分化の原理での組織拡大)。加えて、政治的スタンスの違いや、旧帝大系・旧高等師範系など大学院の間における色分けなどもあり、戦後教育学は、もともと研究の専門分化=「たこつぼ化」しやすい構造を備えていたといえる。
 そのような構造を基本的に残したまま、教育学系の大学院は90年代以後の大学改革の波に飲み込まれ、教育研究のさらなる「たこつぼ化」が促進された。
 大学改革は業績主義をよび、業績主義は「たこつぼ化」を促進したわけである。そして、この後の苅谷氏の筆致が、何とも生々しい…。

「業績主義といえば、聞こえはいいが、オリジナルな論文を書くこととは、言い換えれば、いかに他者と差異化するかである。しかも以前よりスピードが求められるから、大きなテーマにじっくり取り組んでいる余裕はなくなる。……〔その結果〕同じ学会の中でもせいぜい数十人にとどまるような、『専門的』な論文が増えていく。」(102頁)

「幸運にも、こうした大学改革の時代より前に職を得た『中堅』層は、大学改革で派生した、研究以外の仕事に忙殺されている。大学評価にさらされるために、研究業績の『点数』は稼がなければならないが、じっくり大きなテーマに取り組むわけでもない。若い世代が博士号をとっても、自分たちの職は保証されているから、中堅世代は大論文を仕上げる必要もない。また、それより上の世代ともなると、今度は改革の中心的な担い手としての仕事が増えていく。外部資金獲得のために申請書を書き、獲得した研究費の意義を外部に見せるための派手なシンポジウムや国際会議の準備に忙しくなり、口頭発表を集めただけの報告書が増えていく。」(103頁)

「さらに近年では、国立大学の法人化に伴い、ポストも予算も削られ、とくに教育研究者の主たる就職先であった教員養成課程のポストも充足にまったがかけられたりするところから、若手の教育研究者の就職先もどんどん先細っている。それを食い止めようとするポスト増の要求は、アカデミックなポストより(あるいはそのポストを削って)、役立ち感=実践性が外に見えやすい、「専門職」養成のプログラムに集中する。……たしかに実践家の養成も重要ではあるが、それが学問体系の先細りとトレードオフの関係になってしまうとすれば、問題である。」(103頁)

教育学の渦中で閉塞感・切迫感を肌身で感じている若手としては、「おっしゃる通り」としか言い様がない。
 「たこつぼ化」に関して自分の経験で言えば、とくに実践研究領域で次々に展開される目新しい理論や手法に接するたびに陰鬱な気持ちになってきたことが挙げられる。新しい用語(ジャーゴン)が飛び交うために議論にまったくついていけない、という状況に何度も見舞われてきた。これは、「自分の怠慢」だけが原因とはいえないだろう。
 研究各領域の専門分化という状況が相互交流の不在、言語不通を引き起こし、かえって低迷、混迷、「まとまり感のなさ」を拡大させているとすれば、教育学は危機的状況を乗り越えられないだろう。他の領域との連帯性を組織するような思考とテクニック(「たこつぼ」ではなく「ササラ」)が、今こそ教育研究者に求められているといえる。丸山眞男の言葉を拝借してみよう。「ちょうど犯人をさがすときに、犯人を見たという人々の印象からモンタージュ写真を作成するような操作が学問の方法の上でも考えられなければならない。原理原則から天降るのでなしに、いわば映画の手法のように、現実にある多様なイメージを素材として、それを積み重ねながら観客に一つの論理なりアィデアなどを感得させる方法を、もっと研究することが大事ではないかと思います」(丸山眞男『日本の思想』岩波新書、1961年、151頁)。

 さて、一方の「学問としての感度の悪さ」とはどのような問題状況なのだろうか。これについては、11月の読書合宿で触れたいと思う(「あんこの会」会員の方は読んでみて)。

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「事件は現場で起きているんだ」というフィクション

※以下は、ずいぶん前から構想として頭の中にあったのだけど、なかなか文章化できずにいたものです。

 「現場を見に来い」とは、よく学校現場の先生が大学の研究者や教育学部の学生に向かって吐くセリフである(指導者講座にお手伝いで参加したときよく言われた)。ときに、「事件は会議室で起きているんじゃない、現場で起きてるんだ」という『踊る大捜査線』の青島刑事の台詞を援用して、大学の研究者に教育現場の窮状を訴える先生もいるほどである。
 

 なぜ、『踊る大捜査線』は人気を博したのか。自分が思うに、その理由の一つは、これまでの刑事ドラマとは違った切り口(視点)からストーリーを演出してみせたところにある。例えば、警察内部のタテ社会構造を、それに翻弄される最前線の刑事たちの姿や思いというかたちで描き出したことが、特筆すべき点として挙げられよう。そんな警察社会の暗部に切り込んだ刑事ドラマはおそらく、これまでほとんどなかった。もちろん、切り口が異なれば、また違ったストーリーが出来上がってくる。『太陽にほえろ』とか、『古畑任三郎』とか、火曜サスペンスものとか。海外モノでいえば『刑事コロンボ』とか。

 自分が問題にしたいのは、その「切り口」(視点)のことである。当然ながら、警察官が直面する現実は、「タテ社会」という特徴のみに解消することができない、複雑なものである。日々緊迫した職務に追われる当事者の肉体的実感としては、そんな問題を自覚する余裕などないだろう(それ以外に問わなければならないことが多々ある、とむしろ反論されるかもしれない)。
 だからこそ、意図的にその問題点を抜き出し、問題提起をしてみせた『踊る大捜査線』のフィクションとしての力が評価されるのである。そして、そのフィクションが投げかけた視点は、相次ぐ警察の不祥事という、当時かなり話題となった問題にもマッチし、一般の理解を促すものになりえた。
 自分が『踊る大捜査線』を評価するのは、そのような「現実を切り取る視点の鮮やかさ」においてである。「現実から切り取られた」ものはフィクションであり、切り口が「鮮やか」であればあるほど、それは理論的精密さを帯びるようになる。だから、理論とは、現実から意図的に抜き出したフィクション的性格を強く有しているといってよい。それゆえに、現実に訴える力をもっている。

 自分は、教育学がこれから展開していかなければならないことの一つは、同じように教育の現実を鮮やかに切り取る分析視点の提示、およびその視点からのリアルな問題提起だと考えている。単に現場の先生に「同情」してあげることなどではないし、ましてや「若者の規範意識」「日教組」「ジェンダーフリー」がどうのこうのと捲し立てる俗悪な教育論議に加担することではありえない(それらは「切り口」としてはあまりににぶい)。
 もし、先のように「事件は現場で起きてるんだ」といって不満をぶちまけてくるような先生がいたら、自分は、次のように答えようと思う。
 「センセイ、あれはフィクション(理論)ですよ」と。

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「教育の『いま』を読み解くために」

 『リーディングス 日本の教育と社会』(第Ⅰ期全10巻、日本図書センター、2006年-)。
 昨年夏、日本教育学会が本学で行われたとき、受付業務の合間に各出版社のブースを回っていた際に日本図書センターの社員の方からチラシを頂いて、刊行の情報を得た。全巻欲しいところだけど(M原先生の本一冊買うよりはお得だろう)、さすがに今は余裕がない。早く図書館に入らないかなぁ。
 社会科学的な観点で教育問題を扱った研究論文を集めたという、このリーディングスの刊行を機に、『週刊読書人』で広田照幸さんと浅野智彦さんの対談が組まれている(「対談=広田照幸・浅野智彦 教育の『いま』を読み解くために」『週刊読書人』、2007年1月26日。浅野さんが広田さんにインタビューする形式での対談)。図書センターから郵送されてきた広告にこの対談記事のコピーも付いていたので、読んでみた。
 対談で広田さんは、『リーディングス』刊行の背景にある教育学研究の現状への問題意識、すなわち現状の研究では納得しない意識について、次のように語っている。

教育研究の専門分化が進む中で一種のタコツボ化が生じていて、心理学的な視点から教育問題を扱っている人と政治学的な視点から扱っている人には共通した言葉がない。教育学内部でも、下位分野が違うと議論がかみ合わない。そういう時に、社会科学的な視点から共通の言葉が持てるようになればいいと思うんですね。
     (中略)
むしろ教育学という狭いアイデンティティを壊したいという思いが私にはあります。一つは教育学内部の細分化を超えたい。教育○○学という形でどんどん細分化してきたのが教育学のこの間の展開で、その狭いアイデンティティを揺るがさないといけないと思うんですね。いろいろなアプローチを社会科学的に取りまとめることで、共通な「広場」を作りたい。
     (中略)
戦後の教育学には、学的自立性を強めながら独自の概念や理論を作ってきた歴史があります。教育諸学が他の社会科学や人文科学と共有するものを持たなくなった大きな問題点の一つがそこにあります。(中略)
 それと現場の先生方に対して何を提供できるかという問題ですが、戦後の教育学は教育実践や教育運動と密接に関わりながら展開してきた側面があります。オーディエンスの主たる集団が先生であって、そのことが日本の教育の方向を大きく左右してきた。現場で何ができるか、何をすべきかといった実践的関心が教育学の方向を形作ってきたわけです。それがある種の隘路になっていて、現場でできることの範囲をものを考えるから、かえって問題全体の構造が見えなくなったり、新しい観点からの分析視角が発展しなかったりしてきた。むしろ現場から一歩引いたところでさまざまな教育問題をまとめ直すことで、これまでになかった視点を現場の先生方に伝えたい。現場の先生には「すぐには役に立たないが、じっくり教育について考えようとすると役に立つ」企画だと思います。

このような問題意識は、教育問題の世間的な論じ方―問題の単純化や過度の一般化―への批判にも関わってくる(「子どものバーチャル・リアリティを問題にする前に、大人たちが抱く青少年像や教育問題像のバーチャル・リアリティを問題にしろと私は言っているのですが」)。
 広田さんはすでに『教育には何ができないか』(春秋社、2003年。ストレートなタイトル!)など一連の著書において、わかりやすい処方箋を書いてすべてを教育に還元しようとする議論のやり口を批判しているが(教育神話の解体)、今後教育問題を論じていくうえで必要な視点は、次のようなものになるだろうと述べる。これは、教授学習科学といった講座に所属する私にとっては、痛い指摘である。

一つはマクロなレベルで、教育問題を取り巻く制度や条件をどうしていくのかといった議論に発展させることが必要です。もう一つ、ミクロなレベルで考えた時に、ある種の理念の実現のような形ではなく、実際の効果をきちんと考えて、できることとできないこと、すべきこととすべきでないことを考えていく必要があります。すべてを教え方の改善・工夫の問題に還元しようとする発想からどう脱却するかを考えないといけない。
    (中略)
日本の教育界は、当面うまくいけばいいという形で教育現場の実践知を組み立てることで、自己閉塞的な発想に陥ってきた部分がある。むしろそれをいったん相対化したところに、長期的に見ると実効性のある解決策が見えてくるような気がします。それをやっていかない限り、夢の中で苦しみ続けるような状況からはなかなか抜けられないのではないかと思います。

自分も教育万能主義的思考を批判してきた手前、すべてを現場での「教え方の改善・工夫の問題に還元しようとする発想」からの脱却をとく広田さんの指摘には共感するところがある(※)
 また、「社会科学者が考えなければいけないのは、波や繰り返しの指摘に留まるのではなく、今この時代を新しい極面としてどう説明できるかということです」という広田さんの指摘にも、説得力を感じる。「そんな問題は昔からあった」「まったく問題の捉え方が進歩していない」というかたちで教育論議の状況を批判するだけでは、話は先に進まないだろうからである。この指摘もまた、教育史研究をする自分にとっては実に痛い。ブログでネタが書きにくくなる。加えて、いくら証拠や実証データをきちんと示しても、「オーディエンスの側のニーズと違えば簡単に無視されてしまう(中略)多くの人は自分が読みたい物語を探していくだけ」という現状がある(これは教育問題にとどまらない)。そんな状況に少しでも「待った」をかけるうえで、「社会的視点から掘り下げる」教育学研究の重要性は今後ますます高まっていくと考えるし、そこにこそ(あちこちの大学から「教育学部」が消えている切実な状況下だからこそ)「教育学」再生の足がかりもあるのかもしれない。ただ、「教育」を相対化するためには「教育(学)」の外側に出ないといけないのだとすると、その道のりは、じつに「しんどい」。

[注]
(※)ただ、だからといって、教科教育学のように教育現場の実践と直接切り結ぶ研究、研究と実践とが相互に鍛えあう緊張関係が不要だとも思わない。現場と関わりをもつ教育内容・方法の研究領域においては、従来以上に「その研究は、学校現場の実践とどこで、どのように関わるのか」という問題意識を持ち続けていくことが、一方で必要になると考えている。
 むしろ、これらの研究領域に対して「社会科学的な視点」を問う場合には、〈「社会科学的アプローチ」などと称して、他の諸科学の用語・概念、研究成果を日曜大工的に貼り付けて彩るだけの研究〉に堕する危険性に注意する必要があるだろう。

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杞憂ないし誤解であればいいが

はじめに:(※)の部分は無視してください。

 今週の日曜日、××方法学会に参加してきた。しばらくこの学会には出ていなかった。
(※他の学会と大会開催日が重なっていたということもあるが、最も大きな理由は、抽象的でよく内容を理解できない研究発表が多く、魅力を感じないからである。)

 今回は開催地が近く、自分の研究関心にヒットする教育史的研究発表が何本かあったので行ってみた。(※しかし、それ以外に、大きな収穫はなかった。使用する意味がわからないジャーゴン(隠語、学者語)や、何とでも理解できる形容詞が羅列された発表は正直聴く気にはなれない。前者はおもに大学の研究者、後者はおもに現場の教員が陥るケースである。合併症となっているケースもある。)
 とくに、午後の〈教育実践の理論化〉をテーマとした課題研究は少し期待していた。
 しかし(※期待は裏切られた。)残念ながら、その抽象的で崇高な内容を理解することが自分にはできなかった。自分の研究不足ということはもちろんだが、もう少し聞き手が理解しやすいような、配慮がほしかった。
 実践の理論化を考えるうえで最も根本的な課題は、実践を鮮やかに切り取る研究の視点であり、またその視点を一般化し、共有できることば(概念)をどう創り出すかということであるはずだ。教育の理論(概念装置)がことばによって「動く」(=研究者・教師が理論を具体的場面で使用する、それによって実践が見えてくる)以上、その検討は避けられないはずである。だから、実際に発表者が実践の事実(あるいは実践記録)から何を切り取り、それをいかにことばを通して意味づける作業をしているのか、「具体的に」説明してほしかった。
 だが、その点への言及は一切といってよいほどなかった(※ 「つなぎ(ボンド)」って具体的に何ですか、「のりしろ」って何ですか。そんな比喩を使うことにどのような理論的意味があるのですか、「質的研究」って具体的にどんなことをするのですか、等々疑問は絶えなかった)。
 内容が抽象的でわからない、もっと具体的に説明してほしい、というS.Yさんの素朴な指摘に激しく同意した。すでに一線を退いた研究者からこのような指摘を受ける事態には危機感を覚える。

 自分は以前、見田宗介さんの本を取り上げながら、教育の実践家が固有の状況のなかで生み落としたことば(実践記録)も、その固有の文脈を離れることで、単なる美辞麗句へと転換してしまう(「生き生きとした活動の展開」とか「子どもたちの輝いた眼」とか「確かな学力」など)ことに言及し、教育実践を研究する困難さについて書いたことがある。
 この困難を前に、書き手(研究者・教育者)は何を考えなければならないのか。
 それをめぐって、過去にどのような論争があり、どのような研究が蓄積されてきたかについては、多くの情報を得ることができた。それは収穫だった。それにまず学んでみるとしよう。

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教育学を学ぶためのメモ~学問的体系が自分に代わって物を見てくれるわけではない~

 書きたいことはたくさんあるのだけど、ここ数日、情報の洪水に圧倒され(ヒデが引退を表明し、ドイツが敗け、北がミサイルを発射、などなど)今は力が絞り出てこないので、以前メモ帖に記していたことを書きおこしてみる(ブログをはじめる前は、メモ帖に書き込むことが多かった)。
 テーマは「教育学」だというのに、取り上げるのは、内田義彦「経済学をどう学ぶか」(『生きること学ぶこと』内田義彦セレクション1、藤原書店、2000年)。だが、一読に値する。
 これは内田が学生向けに書いた経済学の学び方に関する論考(初出は1966年)である。経済学のみならず、広く社会科学の学び方について論じたものとしても受け取れ、教育学を学ぶ自分にとっても非常に示唆に富む内容となっている。
 自分が同論考をとくに気に入っているのは、自然科学と比較した、社会科学独自の研究手法、難しさに言及している(と自分自身受け取った)からである。比率的に圧倒的多数の自然科学分野の学生や教員と関わることが不可避である総合大学の文科系学生として、理科系とのカリキュラムの顕著な違いに昔から疑問を持っていた自分にとって、この論考は一つの答えを示してくれている。
 例えば、次のような記述がある。

たとえば、医学や工学を専攻する学生は、大学のコースについてゆけば、細分されたテーマについての実験という操作を中核にもっていることで、(中略)少なくとも自分の専攻する分野についての主体的な研究能力を自然的につけざるを得ない。(中略)能動的・主体的に勉強する(自分で実験をすすめる)という困難な仕事すらが、ここではカリキュラムの進行それ自体の中に「組みこまれ」、いわば強制的に自主的にたらざるをえない形になっている。(195ページ)

 ところが、社会科学の場合は、一般に言ってそうなってはいない。創造的な学問を生み出す能動的な学習態度は、カリキュラムの進行それ自体の中に「組みこまれ」いや応なしに作り出されるという形にはなっていない。「どうしても、大学という真理の探求の場所に参加するという行為が、学生諸君の主体的な決断において要求されるのである」(196ページ)(*)。
*「参加」は、日本語では無責任な意味合いを帯びているといわれてもおかしくないほど、軽い意味で扱われるケースが多い(「参加することに意義がある」が、「参加しときゃいいんだろう」、あるいは「参加するだけじゃだめだ」というような文脈で受け取られてしまうといった具合)。それに対し、内田は「参加」を、(真理の創造において)ある部署を、責任をもって果たす(take part)ことと捉えなおす。

 さらに、経済学(社会科学)は積み重ね方式で学問を進めながら順次専門をきわめてゆくことが出来るようなものではないという。

テーマの設定や研究の進め方は、学界という土俵の上ではなく、現実の世界という広い土俵の上であるということ。真理は(出来上がったものではなく)探求されつつあるものであり、安心してもたれかかる既存の知識や体系はないということを一度心にきざんだ上、学界で現に問題となっていることを見渡しながら、自分としてはどこにどう土俵をとり、どこに真理へのはしごをどうかけて、どういう手順で何を明らかにしてゆくかを、自分の責任においてきめてゆく覚悟をもたねばならぬ。(199ページ)

 つまり、最終的には学問的体系に媒介されながらも、やはり〈自分の眼〉でものを見なければならない、ということである。自分の眼が体系によって深まってくる過程と、体系が自分の眼によって媒介されて深まってくる過程とが循環する、無限の過程が経済学(さらには、広く社会科学)の研究作業の内実だということである。そして、「過去の蓄積にもたれかかることをやめて経済そのものについての自主的な研究を始める決意をするとき、過去の蓄積は〈初めて〉蓄積としての意味をもって自分にせまってくる」(199ページ)。
 実は、自分がブログのタイトルに「タカの眼」(=自分の眼)と括弧付きで記すのも、この内田の文章に触発されたことが大きい。「経済」の部分を「教育」に置き換えても、何ら問題なく意味が通じてしまう。

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実験装置を拵えるのは難しい

 正月休みも明け、昨日からさっそく大学で事務補佐の仕事。
この時期、自分の所属学部は慌ただしい。卒論・修論の提出時期だから(自分は「年貢の納め時」と呼んでいる)。
さっそく、S津君から卒論指導の依頼を受ける。気がづいたら、5時間も付き合っていた。彼をさらなる混乱に陥れてやった(イタバシさんと共謀)。ああ、何て優しい先輩なのだろう。彼は昨夜一睡もできなかったらしい。
 彼が犯した過ちは、教育実践の分析が簡単にできると踏んでいたことである(※)。しかし、そんなのは、第一線の研究者だって難しい。
 実践を論じる上で難しいのは、どのような分析視点をたてるか(=実践のどこに着目するか、どういう切り口でみるか)ということである。いわば、実験装置の組み立てから行わなければならない。その視点に立つことによって、肉眼では見えない、実践がもつ構造(顕微鏡に喩えれば、物質の構造)が鮮やかに見えてくるかどうかが問題のはずだから。しかし、自前の実験装置を拵えて、それをやろうとなると、きわめて難しい。
 所与の装置を使うにしても、それを使いこなすのは、顕微鏡をのぞき込むのと同じようには行かない。自前にしろ、借り物にしろ、実験装置は自分の脳内に自力で拵える以外に途はない。そして、取扱説明書(理論)を書いているのは、デューイ(「経験」という概念装置の説明書)やペスタロッチィ(「直観」という概念装置の説明書)だったりするのである。彼らが見たのと同じ「眼」でもって、眼前の実践を見てみる(「彼らが今の時代に生きていたらどう見るだろう」と考えてみる)ということが、どれだけ至難の業であるか。それだけで、一つの研究として成り立つ。
 実践を分析するためには、それに使う実験装置(分析視点、理論)の機能を理解するだけでなく、実際に使いこなせるようにならなければならない(あたりまえだが、それは実験の前段階にすぎない。自然科学系の研究で、実験装置の説明で考察を片づけてしまうものなどないだろう)。そうしなければ、いざ装置を使っても実践の重要な要素は見えてこないだろう。(誰々の)理論そのものを文字として理解する(いろいろな学説に通じている)だけでなく、自分の「眼」を通して実験装置の効果を実際にテストしてみる(=実習する)、というかたちで知る。そうした理解を経てはじめて、実践の分析を開始できるようになるのではないか。これは自戒でもある。

(※)とはいえ、彼ばかりを批判することはできない。彼の依拠する研究というのが、いわば言葉遊びに堕したものばかりだからである(「こいつは・・・」と読んでびっくりした。役人が書いたものが多い)。例えば、進路指導において「自己をみつめる」とか「生き方を学ぶ」とかいったものが具体的にどのような対象を指していうのかが、文章からはまるで読めない。いろいろな職業について調査するとしたら、その活動がどのようにして「自己実現」や「生き方」ということと結びついてくるのか。その学習・思考のすじみちを、具体的な実践事例をもとに説明してほしいのに、彼らは単に活動項目が書かれた表(紙キュラム)を提示するだけか、誰々はこう言っている(から「自己をみつめた」「生き方を学んだ」ことになる)という形で、お茶を濁してしまっている。

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挑戦的研究発表―思考実験―

 I田先生から、ジェイン・ローランド・マーチン(Jane Roland Martin)の本(訳書)に関して、「人物注」部分の確認・修正作業を頼まれた。翻訳本はおそらく東大の出版会から刊行されるはずである。まもなく(午前2~4時の間には)イタバシさんと東京へ出発する(帰省に便乗して、相乗りさせてもらう)ため、それまでに一通り作業を終わらせなければならず、ついさっきまで必死に作業していた。教育史学会の発表要旨提出も迫っており、スケジュール的にはかなりキツイ。これから忙しくなるという時に限って、いろいろと用事が舞い込んでくるから、ほんと笑うしかない。
 
               ◇

 マーチンは、“Fifty Modern Thinkers on Education”(現代の教育思想家50人)の一人にも選ばれるほど高名な教育哲学者である(※)。昨年11月、COE主催の国際シンポジウムにパネリストとして来仙した。一週間ほど仙台でシンポジウムへの参加ほか、教育学部でレクチャー二つをこなし、東京でもいくつかの大学に招かれて講演を行った。
 自分はマーチンの講演を三つも聴くことができたのだが、その内容をきちんと理解できたかと尋ねられると、「はい」と即答できる自信はない。もちろん、それは自分自身の理解力・英語力のなさゆえなのだが。
 しかし、彼女の一言一言は極めて強いメッセージ性を持っていた。そのため、(よくないことだが)どこか理解した気持ちになり、ある種の満足感を得ることができた。「書き手・話し手の責任 writer/speaker-responsibility」の風土に生きる研究者の姿勢を見せつけられたという感じだ。
 理解した気持ちになったというのは、とくに彼女の講演内容に対して明快に「疑問」をもつことができたからである。それは「この人は何が言いたいのかよくわからない」というのとは無縁のものである。彼女の講演を聴いていくうちに、そのような「疑問」が浮かび上がり、それを受けて自分の内的思考が誘発されていくのを感じた。
 「疑問」をもったのは、「家庭の道徳的等価物としての学校」―“School As a Moral Equivalent of Home”や、合理的・意図的教育の認識ではとらえられない「教育的変身」―“Educational Metamolphoses”といった教育のあり方についてであった。
 それらの見慣れない、新しい言葉を提示するという作業は、何か事実の証明というよりはむしろ、一種の「思考実験」であるといえる。各言葉はそこでは、我々の教育認識の根本的転換を図るための概念装置として働くことになる。

 彼女は哲学者。その役割は〈複雑な教育の現実を整序し、説明する(視点を提示する)ことである〉とするなら、彼女の講演は我々の現実をみる眼を変え、さらなる思考へと誘うきっかけを創ってくれたといえる。彼女は自分たちが漠然と抱いている疑問に、「さしあたって」(≠「あらかじめ一義的に確定したものとして」)しっくりくる言葉・概念―問題の現状をうまく説明してくれる視点―を提供し、我々を挑発してくれたのだと思う。

 論争を引き起こすであろう、新たな概念・言葉を試みとして投げかけるという挑戦的な研究発表。学会発表でそれをやるには相当の力量がいる(自分は恐くてできない)が、そんな研究発表の仕方もあることを、そして、それがはまるととても場が盛り上がるということを、マーチンの講演を振り返って思い出した。忘れないように書きつけておこう。

(※)
①J.R.マーチン略歴
1929年ニューヨーク生まれ。ハーバード大学においてイズラエル・シェフラーに師事し、同大学において博士号(Ph.D)を取得。現在、マサチューセッツ大学ボストン校名誉教授(教育哲学)。John Dewey SocietyやAERAの招待講演者、アメリカ教育哲学会会長などを務めた。専門は教育哲学およびフェミニズム哲学。著書に『女性にとって教育とはなんであったか―教育思想家たちの会話―』(村井実監訳、坂本辰朗・坂上道子共訳、東洋館出版、1987年)、The Schoolhome:Rethinking Schools for Changeing Families(Harvard University Press, 1992)など多数。
②“Fifty Modern Thinkers on Education”
 同名の著書。 Palmar, A., ed., Fifty Modern Thinkers on Education : From Piaget to Present, Routledge, 2001.

〈参考〉
・東北大学21世紀COEプログラム「男女共同参画社会の法と政策―ジェンダー法・政策研究センター」『研究年報 特集号2-Ⅱ』、平成16(2004)年度。

上述したように、東京出張のため、しばらくブログ更新をお休みします。

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自分の「眼の構造」(その2)

 前回は、内田義彦さんが指摘した、二通りの読書に触れたところで終わりました。今日はその続きを書かせていただきます。
 自分が従事する教育学という領域を含め、社会科学において読書は最も日常的な研究作業です。この本を読むということが、どのような意味で社会科学研究でありうるのか。これについて、内田さんは「情報として読む」と「古典として読む」という二通りの本の読み方を提示することで応えています。
 例えば、ヘタレな私は、情報誌を読むように専門書を読み、そこから何らかの新しい情報を得ようとしてしまいがちです。それは内田さんのいう「情報として読む」読書を意味します。これに対して「古典として読む」読書とはどのようなものか。内田さんは次のように述べています。
  

ところが、これ(=「情報として読む」)とはまったく違った本の読み方がある。新しい情報を得るという意味では役立たないかもしれないが、情報を見る眼の構造を変え、情報の受けとり方、何がそもそも有益な情報か、有益なものの考え方、求め方を-生き方をも含めて-変える。変えるといって悪ければ新しくする。新奇な情報は得られなくても、古くから知っていたはずのことがにわかに新鮮な風景として身を囲み、せまってくる、というような「読み」があるわけです。(前掲『読書と社会科学』、13ページ。)

古くからの情報を、眼のも少し奥のところで受けとることで、自分の「眼の構造」を変え、いままで眼に映っていた情報の受けとり方、つまりは生き方が変わる。そういうふうに読む読み方を、内田さんは「古典として読む」読み方としてとらえているわけです。そしてそのような読みに耐えうるものが「古典」だと。内田さんの指摘は、社会科学研究が現実から乖離しないための重要なヒントを与えてくれています。つまり、読書を通して自分の「眼の構造」を変え、その新しくなった自分の「眼の構造」をもって、常識や通説から自由に社会の現実を見る(読むだけではだめなのです、実際にその眼を使ってみなくては)。そのような探究を内田さんは(「研究者」と呼ばれる人だけでなく、すべての人々が日常の中で行うことを)熱望しているわけです。

 前回の花森さんの話に戻れば、花森さんは、単に誘惑のままに新しいモノを求め、買っては捨て、捨てては買うといった大量消費の傾向に対して批判を投じ、「暮し」の情報を慎重に受け取り、読み深め、自身の生活をじっくり見つめ直す、自分にとって必要なモノは何なのか、素敵な「暮し」とは何なのかを探究する、そのような人々の暮らしへの姿勢と実行を求めていたといえるのではと思います。そして、雑誌読者の深い読みを想定し、さらにそのような読みを引き出すような雑誌編集を行っていたと思います。

 「研究者」をめざす自分は、果たしてそのような読者の深い読みに耐えうるものを書けるかどうか、それ以前に「古典としての読み」を怠けず心がけているかと問われると、気が遠くなるわけで……。

 ということで、また次回です。

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自分の「眼の構造」(その1)

 初っ端の今日は、自分が従事している学問、広い意味での社会科学の研究についてちょっと考えてみました。

 みなさんは『暮しの手帖』を読んだことがありますか。恥ずかしい話、自分も最近まで眼を通したことすらなかったのですが、冒頭の文章は心に残ります。
名編集者と呼ばれた花森安治さんの「暮しの哲学」ともいうべき思想が強く感じられます。

  これは あなたの手帖です
  いろいろのことが ここには書きつけてある
  この中の どれか一つ二つは
  すぐ今日 あなたの暮しに役立ち
  せめて どれか もう一つ二つは
  すぐには役に立たないように見えても
  やがて こころの底ふかく沈んで
  いつか あなたの暮し方を変えてしまう
  そんなふうな
  これは あなたの暮しの手帖です
 
            花森安治

 
 この文章について、社会科学者の内田義彦さんは次のように語っていました。これがまた、絶妙なんです。長いんですが、引用してみます。

これは、詩の形でさりげなく書かれておりますけれども、思想家花森さんの哲学を綱領的に鮮明にした宣言・マニュフェストだと私は思っています。さりげない提示の仕方自体花森哲学の表示とみるべきでしょう。「マニュフェスト」だけがマニュフェストではない。私はこの雑誌を見るたびに花森哲学の照明をあびて、さて、わが講義、わが文章はと、しんどい思いをさせられるわけですけれども、ともかく、この商品「案内」の雑誌は、読者の側の深い(古典書に接する場合にも似た)読みを前提し、それを狙いにして編集されていますね。事実また読者もそういうふうに取扱っている。私の知る限りでも、この雑誌を長年身辺に大切に保存している人が多い。私の手帖・カイエ・本として。必要なところだけを読み、ゼロックスして、捨てるという読書界一般の風潮の中で、あるいは、そういう本ばかり氾濫している出版界の現状の中で、珍しいことと思います。いつかまた読もうということもあるでしょうが、何か捨てられぬ思いが残っているのでしょう、この本には。事実上「私の古典」になっている。(内田義彦『読書と社会科学』岩波新書、1985年、14ページ。)

内田さんは、古典を含めて本を「情報として」取り扱う合理的で安易な風潮に疑問を投げかけています。そして「有用な情報を得る即席の効用にこだわらないで、本の読み深め方に専心習熟してくださるよう、希望いたします」と読者に語っています。
 雑誌編集者ではなく、経済史家である内田さんがこのように述べたのは、社会科学研究において日常的作業となる読書と関わってでした。本を読むということが、どのような意味で研究でありうるのか。これについて、内田さんは「情報として読む」と「古典として読む」という二通りの本の読み方を提示することで応えているんです。
 
 さて、そこでその二通りの本の読み方の詳細なんですが、すでに文章が長くなってしまいました。
この続きは次回に。またお会いしましょう。

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