『教育』を読む会に学んで

 雑誌『教育』といえば、戦後発刊されて以来、教育(学)界に大きな影響を与えてきた、伝統ある硬派な雑誌である。

自分も学生時代から、暇を見つけては、大学の図書館で記事をチェックしていた。


 じつは約2年前から、勤務先の大学でも雑誌『教育』を読む会を不定期で実施している。まさか大学教員となって、学生とこの雑誌を読みあうことになるとは夢にも思わなかった。
 たしか、浦野学部長の発案で、熱心な学生が結集して始まったと記憶している。
 記録をふり返ってみると、自分が初めて同会に参加したのは、2014年の1月だった。おそらくその前に1回は実施していたはずである。
 実施はひと月に一回程度。試験期間や長期休暇期間などは実施できないことが多いので、年間にできる回数はかなり限られ、1年ほどしかやっていないのではないかと錯覚していた。だがふり返ってみると、細々とではあるが、着々と活動成果を蓄積してきたことになる。


 学生にとっては、かなり敷居の高い読書会ということになるが、参加者の顔ぶれは変わることなく、かつ少しずつ新顔も加わりながらここまで継続してきたことは、特筆すべきことと言ってよい。

 さらにその多くが4月から教員、もしくは(非正規ながら)学校現場に関わる仕事に就く予定であるという現状も喜ばしい(本を読む時間すら取れないという、きわめて問題のある今の教師の現状からみれば、学生時代に教育雑誌を読み込んだというこの経験は、たとえすぐには成果として表われなくとも、やがてこころの奥深くに沈んで、本人の教師としての生き方・成長を下支えするはずである)。

 この4月から小学校教員になる私のゼミ生は、同会の初期からのメンバーであり、これに飽き足らず、一橋大学で毎月開催されている多摩『教育』読者の会にも自主的に参加してきた。
 彼女に誘われて私も参加しはじめているほか、本学の学生も少数ながらこの学外での読書会へと自主的な学びの幅を広げつつある。

 そして、つい先日には、八王子の大学セミナーハウスで合宿を実施、2016年2月号を検討した(これには、多摩読者の会の方々も驚かれていた)。
 もっとも、これは合宿大好きなもう一人の支援教員の発案によるもので、読書会より夜話会がメインという性格が強かったのだけど、それでも従来通り、担当学生がレジュメを切り、論点を提示しながら議論を深めていくというスタイルを貫き、中身の濃い議論をすることができたと思う。

   ◇  ◇  ◇ 

 『教育』を読む会に参加する意義を学生たち自身は、どう考えているのだろう。


 教員があれこれ世話を焼く必要はないのかもしれないが、気にはなるところである。だが、学生たち自身も尋ねられて即座に答えるのは難しいかもしれない。


 「教育といっても、わからないことが多い。だから学んでみようと思った」
「講義のような一方向的な学びでは満足できない(まして、「べき論」ばかりの教職科目の授業はつまらない)」

――といったあたりが、最大公約数的な答えだろう。 


 自分自身とて、何か「〇〇を得よう」という明確な問題意識があって参加しているのではない。

しかし、だからこそ得られるものが多々ある。
 ある学生に、「先生の専攻分野は歴史なのに、なぜこの読書会に参加するのか」と尋ねられたことがあるが、その時は「現代の教育についての問題意識がないと、歴史を捉えることはできないから」と答えた記憶がある(そもそも歴史とは、固定化された不動の過去などではではなく、歴史家が史料と格闘し、解釈した事実の集まりである。
歴史家の現代的課題意識が反映する意味において「すべての歴史は現代史である」 by B.クローチェ)。
 もう少し、(学生にも向けて)補足すると、次のようになる。

「『教育』を読むことを通して得て自ら得た知識や、読書会を通して触発されて考えたことは、日々のニュースや会話のなかで同様の、あるいは類似の教育問題に接したとき、その都度立ち現われてくる。それが、さらに問題について考えるきっかけをくれる。今までなら素通りしてしまっていた問題も、立ち止まって考えることができるようになる。教育史に限らず、およそ教育を研究する者としては“教育を見る眼を鍛える”ために有意義な機会である。」

問題をセンシティブに捉えるための襞は、あればあるほどよい。


「学力テスト体制」「生き凌ぐ技法(アート)」「教育への『行政犯罪』」「シメない教育」……。
学生たちには、それら『教育』のテーマとして設定されたユニークなフレーズを思考のスイッチとしながら、思索を深めてもらえればと願っている。
そして、学びの潜在的欲求を持った新入生たちを巻き込んでほしい。

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「次世代の学校・地域」のゆくえ

 次期学習指導要領改訂に向けた論点として「社会に開かれた教育課程」が掲げられ、また、「チーム学校」というキーワードのもとに、学校地域協働による教育が重視されようとしている。
 昨年暮れに出された三つの中教審答申は、かなり大風呂敷を広げたように見えるけれども、各フレーズ―「学校と地域の一体改革による地域創生」「学び合い、高め合う教員養成コミュニティの構築」など―は、たしかに興味深い論点を含んでいる。

だが。
 教育史を学んでいる身としては、「これは中途半端に終わるな」という感じを受けてしまう。
 「学校と地域の連携・協働」というのは、別に目新しい理念ではなく、これまでも散々言われてきたことである。財務省から予算をとってくるための言葉のリニューアル、というのがホントのところではないだろうか。


それに。 
 「チーム学校」といったとき、その中心はあくまで学校であり、“学校がリーダーとなって地域の力を動員し、一丸となって国が定める教育課程の実現に努めよ”“その実現に向けて学校経営の組織改革や、アクティブ・ラーニングなど新しい学びを実践するための教員の養成も必要だ”、という理解でおそらくまちがってはいないだろう。
あくまで(学校を社会に開くことを通して)地域の主体性をいかに教育的に掬い上げるか、というところに主眼がある。

 そうなると、学校による所定の教育理念(学習指導要領)の実現が到達目標だから、そこに関わる地域の意味は、あくまで方法的・手段的なものでしかない。そういう発想に地域が乗ってくるだろうか。地域経済の停滞や過酷な労働状況と相まって、結局地域からの協力は先細っていく、それでも学校は今までと同様に地域へと訴え続けなければならない―、というところまで予想できる。
 「地域も学校を支えよ」という、地域を手段として見る発想は、教員の負担を減らすという思惑とは裏腹に、学校の多忙化をいっそう加速させ、教師たちは(さらには地域も)息切れしてしまうだろう、というのが自分の見立てである。 
 
 
   ◇  ◇  ◇  
 
 昨今の教育政策の動向は、大正自由教育から郷土教育・全村教育に至る1910―30年代の史的展開と、枠組みがひじょうに似ているように見えてしまう。
問題解決学習など子どもの自発的な学びが重視されながらも、その活発な教育活動を行なう教師の主体性を特定の方向へと水路づけるために展開された「教育の郷土化」施策という、あの時代の静かな教育統制。加えて、向上心に擽られて、それに進んで向かっていく教師たち(専門性の向上という名のもとに、かえって教師教育の均質化を進んでいくというのも、この頃に顕著になっていく傾向だった)。そして、教師が学校内にとどまらず、地域振興・経済更生にも役割を果たしていった先に待っていたのは、国家総動員・一億総玉砕だった―。

 翻って、現代。一方でアクティブ・ラーニングの重要性が謳われ、他方で地域との協働へと学校・教師が駆り立てられるという状況。加えて、教職の高度化に向けた「養成・研修の充実」(という名の静かな統制)が叫ばれる現状。そして何とも時代遅れに聞こえる「一億総活躍社会」という響き。
 これらは、単なる偶然の一致なのだろうか。

 「すべての歴史は現代史である」というクローチェの言葉ではないが、現代をみる自分の課題意識が投影しているから、そのようなものとして歴史が立ち現われてくるのかもしれない。

 いずれにしろ、あの時代をもっと掘り下げてみていかなくては、と思う。 自分の研究フィールドなのに、まだまだ勉強が足りない。 

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新科目・教職実践演習を担当して見えてきたこと

 4年制大学で、今年度から教職課程に本格的に導入された「教職実践演習」(4年次後期、教育実習後)。
 自分は昨年度の試行段階から関わっており、今年度が2年目だった。中・高社会で学生たちをまとめた後、さらに3グループに分け、1グループ2名の教員によるティーム・ティーチングで担当した。次年度も同じく担当予定である。
 昨年度の試行段階(パイロット版)では、教員採用試験の一次合格者を対象として実施した。だから、指導協力を仰いだ学校現場からも受講学生たちに対して高い評価をいただいた。
 今年度以降は、去年とは異なり、教育実習を終えたすべての4年生が受講対象であった。昨年までとは大きく事情が異なる。
 当然ながら「免許だけ」という学生も履修するので、受講者のレベルは格段に落ちる。とはいえ、それは想定内のことである(ちなみに、教育実習を終えているにもかかわらず、この科目を履修放棄した学生が複数いる。「内定が決まったから」という理由で辞めていく学生たちである)。
 今回、本格的に授業を担当して気づいたのは、彼らが実習先でどんな指導を受けてきたのかが透けて見えてしまうということである。率直に言えば、「彼らは実習先で指導教諭からほとんど指導を受けてこなかったのではないか」―。それが透けて見えるのである。
 彼らに研究授業で実施した授業を、実践演習内で再度行ってもらったのだが、そのレベルたるや、我が目を疑うほど残念な内容である。教科書の言葉(not社会的事実)をただただ覚えさせるだけの(それも説明内容は不正確極まりない)展開である。
 〈3年次に教科教育法で教えたことは、いったい何だったのか。まるで成長していない……。〉
 そして、そんな指導案・授業について「指導教諭からはどんなことを言われたのか」とこちらが質問しても、学生たちからは明確な回答がない。そんなにうるさく言われていない、と答える。場合によっては「研究授業に、ほかの先生が見に来てくれなかった」というケースもあり、その後の批評会でも活発な議論が行われなかった、と彼らはいう。
 ここから想像できるのは、次の二点である。
①指導教諭は、辛抱強く学生に指導した。しかし、それが学生には伝わっていない。
②「教育実習公害」と揶揄される状況下、教育実習生に対し熱心に指導する時間的余裕など今の教育現場にはない。毎年毎年レベルの低い実習生にうんざりしているし、そもそもこの学生は真剣に教壇に立つ気はないし、その段階にも達していないのだから(お互いの幸せのため)適当に付き合う。
 おそらくどちらもなのだろう。以前、日本教育新聞には次のような記事が出ていた。

「東京都のある小学校長は以前、実習生のマナーの悪さが目に余り、大学側に注意した。/学校に短パン、サンダル履きで登校する。あいさつができない。指導案の書き方を知らない。繰り返し遅刻する。しかし、大学側から返事はなかった。/『社会人としての基本的なマナーが学生に身に付いてなかった。それで会社を訪問するのだろうか。大学側の事前指導の質に格差があるように感じる』/高松市の中学校長は『大学の指導教官からの指導は一切期待していない。校長や教頭も加わって、教員の仕事の基本を教えている』と話す。」
「……一方、学校現場からは実習生への指導力の低下を打ち明ける声も聞こえる。『以前はベテラン教員が丁寧に指導できたが、学習内容の増加や若手教員の割合が増えたことで、学校現場に余裕がなくなっている。経験の浅い教員が指導せざるを得ないときもある』(東京都の公立小学校長)。」
 「なんでこんな学生を実習に送り出したのか」という現場からのクレームは、毎年ある。それに対しては、大学側はただただ頭を下げるしかない。
 そもそも、教育実習は、根本的に大学のマターであって、学校現場はそれに協力してくださっているありがたい存在である。あくまで、問題の根本は大学にある。「これ以上は面倒見切れません」と現場から言われれば、仕方なく引き下がるしかない。
(※ちなみに、自分の勤務校では、GPA-Grade Point Average-による履修基準を設けているので、教育実習に行くことのできる学生の質=学力レベルはある程度保障されていると言いたいところだが、それでも実際は問題が生じているのが現状である。基準をクリアできている学生といってもあくまで本学の中での相対評価で「よい」ということであって、他と比較すればまだまだ条件として「ゆるい」ということなるのだろう。だが、それ以外で問題を起こす学生もいるので、教職センターでは事後処理に追われている。具体的にどんな問題が起きているのかは詳しく述べないが、未来の実習生へのアドバイス的に述べるなら、例えば、教育実習に行く予定の学生には、実習先の生徒(とくに異性)と学校以外で個人的に会うような隙をつくらないよう注意してほしい。今の御時勢、別の生徒がその場面をスクープし、画像におさめてSNS上で話題にするといった問題に発展する可能性がある。)
 先に、「研究授業に先生方が見にきてくれなかった」という学生のコメントを紹介した。確かに、小学校に比べると、中・高と上がるにしたがって実習生に対する指導的雰囲気が冷たくなっていくようすは、実習校を回っていて感じ取ることができる。それは何も実習生への指導に限らず、日々の校内における教員の同僚性・協働性の構築の充実度とも関連していると推察する(中・高と上がるにしたがって、教科ごとの教員グループに閉じこもるので、同僚性・協働性の充実度は下がっていくであろう、ということ)。
   ■  ■
 
 教師はまず授業で勝負できなければならない。しかし、その力量がまだまだ学生にはついていない。
 とすれば、(とりわけ本学における)「教職実践演習」でやるべきことは明確である。
 すなわち、「授業批評」に力を入れていく=実習先でできなかった分、ここで時間をとって(心を鬼にして)学生にダメ出しをするということである。
(※本来、実習校を大学教員が訪問して担当学生を指導するのが理想だが、全国各地の出身校で実習を行う学生を指導するというのは、体がいくつあっても足りない。)
 本学実習生の弱点が「学力」にあることは、すでに前から指摘されてきたことである(といっても、現場の先生と話をしていると、偏差値の高い大学の学生でも「学力」レベルでダメなことが多いらしいので、レベルを問わず学生の「学び直し」を促していく必要性があるだろう。学生時代の自分をふり返っても、そう言える……)。
 実習に行く段階になっても、知識不足=授業力不足が充分に克服できていない。そして、学生自身が(実習が終わった今も)そのことを十分に自覚できていない。それを痛感させる批評を(猛烈な虚脱感に襲われつつ)行うことに時間をかけた、というのが今年度の現状である。来年度も基本的な方向性は変わらないだろう。
 
 「教職実践演習」は、教職課程の総まとめの授業として位置づくものであり、現場に出ても問題ないよう、(教科指導にとどまらず、学級経営や生徒指導など)自身の実践的指導力の到達度を、これまでの教職課程での学びを振り返りつつ総合的に確認するもののはずである。しかし、そんな高尚な段階にまでこの授業を到達させることは困難だろう。
 実際は、教育実習生が実習先でかけてきたであろう数々の迷惑を可視化する装置として機能し、「おい、頼むからしっかり反省してくれ」ということを演習担当教員が説教する時間となっているのではないか。
 この授業に意味がない、と言いたいのではない。むしろ、逆である。学生の実習成果、そして教職課程での学びの成果を可視化し、いやでも大学側に突きつけるという意味で、この科目には意味がある、というのが授業を担当しての個人的見解である。
 


 「大学はもっと熱意をもって学生に指導しなければならない」と言われればそれまでなのだが、現在の大学は、かなり学校現場を意識したカリキュラムを組んで「やりすぎではないか」と思えるぐらいの丁寧な指導をしている、というのが私の実感である(本学だけかな。実務家型教員の割合は異常に高い)。実務家型教員は増え、現場を理解する授業も増えた。学生の合宿なども行い、正課外の学習指導にも乗り出した。学校インターンシップの仲介も行い、教採に受かった学生の入職前学習会まで企画する―。
 

 あまりプログラムでがんじがらめにしてしまうと、かえって学生の自律性や創造性が育たないのではないかと思うくらいだ。「学生を鍛える」というスローガンのもと、彼らの主体性が画一化・均質化へと向かっていく=戦前から揶揄されていた「師範型(タイプ)」的な教員気質に収斂していくのではないかという不安を覚えているのも確かである。

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なぜ、学生は“本音ではそうでもない”教職を志望するのか

 勤務先に赴任後、教職科目を担当するなかで、以下のことがたえず気になってきた。
 すなわち、学生たちは、一口に「教職志望」とはいうものの、実際のところ、教職をめざした勉強をしていない(いるようにみえない)という現状である。加えて言えば、彼らの志望動機は、ほぼどれもありきたりなものである。「子どもが好きだから」「恩師の影響」が理由の9割を占める。それ以上の、彼らの展望がまったくみえてこないのである。


 それは、筆者がこれまで学生に対して行ってきたアンケートなどからも明らかである。
 そして、そんな彼らの多くが、学年があがるごとに教職を断念していく。本学で単位を取り、教員免許をとることは決して難しい問題ではない。GPA2.2という制限を設けているが、これは近隣の他大と比較しても、決して高い数値ではない。それに学生の成績については、相対評価を義務づけているわけでもない。こちらが設定した基準をクリアできれば、いくらでも高い評価を出せるのである。
 にもかかわらず、学年があがるごとに教職課程履修登録者は順調に減少していく。


 このような現状をどう理解すべきか。(学生のなかには、「親が言うから」という学生もいる。本人の希望ではないのである。ここまで来ると、半分は親の問題である)。


 この問題について、私が行き着いた仮説は次の通りである。

 すなわち、彼らが教職をめざすのは「教師になりたい」からではない。もちろん、彼らとて「なれればいい」とは思っている。だが、おそらく、学校教員を取り巻く環境や勤務実態を知れば、「それでも教員になりたい」と断言する学生は減るはずである。

 そうではなく、彼らは「自己承認を得たい」のだ、そういう深層心理が彼らのなかにあるからだ、というのが私の仮説である。
 
 大学のカリキュラムには、少人数のゼミも用意されているし、彼らが積極的に前に出る機会などいくらでも準備できる。だが、彼らはその輪の中に入ってこない。こちらが与えても入らない。
 先月、学部の初等教育コース(小学校教員養成課程)において新入生合宿をはじめて行ったのだが、学生たちの言動をみているかぎり、彼らが、これまでの学校教育の経験においてリーダーシップを発揮したケースはほとんどないのではないか、という印象をもった。これは、私だけの見解でなく、合宿に参加した教員の共通見解である。
 AO入試の面接などで、彼らの志望理由書や学校からの書類をみても、彼らが生徒会や○○委員長のような経験をしていると記されているケースは稀である。 
 彼らは、どちらかといえば、そこから二、三歩ひいたポジションにいた、あるいはそこにしかいられなかったのだろう。だから、いざとなると、腰が引けてしまうか、端から自分は関係ないというポジショニングをとってしまう(これは、いわば潜在的カリキュラムのなせるわざである)。
 それでは、このような立場にいる彼らの「承認」は、それまでの学校教育の経験において、いったいだれが、どこで、どのようなかたちでしてくれたのであろう。


 そして、このような彼らのポジショニングは、学力によって影響されていることが多い(「学力の高い人が、学級委員にふさわしいから」というように)。
 本学に入学してくる学生たちの学力の現状は決して芳しいものではないが、それは当然ながら、入学前における学校教育から継続している。場合によっては、彼らは担任や進路指導の教師から厳しい扱いを受けてきたかもしれない。
 そもそも、これまでの「教育学科学生の生活実態調査」に即していえば、本学入学者の6割強は不本意入学者である。入学時点で、彼らはすでに「自己承認」から遠ざかった地点にいるのである。そのような彼らの「承認」を、いったいだれが、どのようなかたちでしくれているのであろう。

 
 このように見るならば、学生たちは、これまでの学校教育において、決して自身が望むような経験をしてきているとはいえない(もし、しているとすれば、授業外の、部活動などでの経験だろう)。
 それでも彼らは、自身が苦手なはずの勉強を教えるという職業を選択し、自身にとって決して望ましい環境ではなかった現場へと戻ろうとするのである。
 

 ただし、今度戻ろうとする彼らには、「教員免許取得予定者」という肩書きがつく。それは、「自己承認」を得るための、強力な通行手形になりうる。
 もしかすると、学生たちは、「教える立場に立つ」というかたちで、改めて「自己承認」を得られなかった現場に立ち返り、今度こそそれを実現したいと考えているのではないか。


 このような認識枠組みで捉えるのでなければ、私には、彼らの一連の行動を理解できない。

 そして、彼らの深層心理がこの通りだとすると、それはかなり危険な兆候である。
 彼らは、「教師-生徒」という非対称の、権力関係を意識的に「自己承認」のために利用しているようにもみえるからだ。あたりまえだが、教育実習校とそこの生徒たちは、実習生の個人的な理由に付き合うためにいるのではない。
 だが、それを自覚せず、また、十分な力もつけずに現場に出てしまえば、当然、生徒たちに振り回されて問題を起こすはめになる。その先に、どんな問題が起きるか。昨年度までの実習生の現状から結論を知っているだけに、危険なのである。


 「自己承認」は、努力に対する「結果」として得られるものである。だが、彼らは、教職課程をその有効な「手段」として考えている節がある。

 これを打開するには、教職以外で彼らの「承認」の場を与えていかなければならない。大学教育にしても、これまでの学校教育同様、否、それまでにもまして、彼らを挫折へと追いやる厳しい成績評価システムによって運営されているからである。

 では、具体的にどうすべきか。
 やはり、まずは少人数の授業を積極的に導入すべきだ、というのが私の持論である。
 あたりまえのことに聞こえるかもしれないが、本学では、いまだにマスプロ授業が主流である。勉強が苦手な学生たちにとって、一方的に聞くだけの講義は、自信を失わせるもの以外の何物でもないはずである。また、「自分は大多数のなかの一個」でしかない、という認識を持ってしまえば、それは、容易に怠惰な授業態度につながり、最終的には、「学びからの逃走」の果てに、モラトリアム志向を強める結果となってしまうだろう。
 もちろん、大人数の「授業」でも、学生の参加を促すことは可能ではあるが、本学においてそれを行うというのは、膨大な時間と労力と技量が要る(本学のように、300~400名を超える受講生が来る授業もある場合を想定すると、それを要求するのは、とても厳しい)。その実現には、相当な職人技が必要になる。教育学部はともかく、他学部の先生方が、積極的に授業改善に乗り出してくれるであろうか。自分の見通しは暗いといわざるを得ない。

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「教育学部(学科)です」という気恥ずかしさと誠実さ

(新入生オリエンテーションにて~実際には文面が長いのですべて話せなかったけど)

 教育学部に入学された皆さん、おめでとうございます。皆さんは、記念すべき「教育学部第一期生」という貴重な肩書きがついてきます。そのことは、心に留めて置いていいでしょう。

 さて、入学早々に唐突ですが、皆さんにこんな質問を投げてみます。

 「何学部(に入学したの)ですか?」と尋ねられて、「教育学部(学科)です」と答えるのに躊躇するということはないでしょうか。ある種の気恥ずかしさを感じることはありませんか。

 どうでしょう。


 私は、常にそう感じてきました。

 私自身、学生時代は「教育学部」に所属していましたし、大学教員になった今もこうして教育学部(学科)に所属し、“教員”をやっているわけですが、現在もそのような感じをもっています。
 他人から職業と部局を尋ねられて「教育学部(学科)で教えています」と答えるのは、かなり躊躇します。

 ちなみに、さっき私は自分の職業を大学“教員”といいました。似た言葉として、“教師”という言葉がありますが、自分を“教師”“先生”と呼ぶことも、またそう呼ばれることもにも躊躇いを感じます。


 なぜ、そのような感覚をもつのか?

 単純な話です。
 自分ごときがひとさまに「教える」、あるいはそれについて論じるといったことがおこがましい、と感じるからです。「先生」と他人から言われていい気になりたくもありません。
 
 とはいえ、学校に行けば、「先生と生徒」(大学ならば「先生と学生」)という役割を自然と引き受けることになります。今、我々がこうしているように。
 しかし、ひとたび学校の外に出れば、そこにそのような役割関係を「演じる」必然性はありません。教室の権力関係にしばられる必要はありません。公共の空間では、どの人も同列に扱われます。そのときに~つまり「教師」や「先生」という肩書きを取っ払ったときに~、自分には何が残るのだろうと考えた時、他人と比較して何か取り柄があるわけでもない、特段誇れるような社会貢献をしているわけでもない、むしろ、自分よりすぐれた結果を残している人はいくらでもいると思ってしまうと、果たして、そんな自分が他人に何かを教える資格があるのだろうか? こう思ってしまうわけです。

 そういう人たちにとっては、「教師」や「先生」というコトバや肩書きには、ある種、威光を発する魅惑の力があります。
 でも、それにすがることは、自分を過大視し、現実から目を背けてしまう危険性があることも理解すべきでしょう。その肩書きは、必ずしも自分の「人間としての地力・底力」を証明するものではありませんから。
 
 皆さんの多くは、将来教職に就くことを希望して入学したのだと思います。

 しかし、ここまでの話をふまえて言えば、まず、他人に教えうるだけの地力を鍛える―、学校教育以前に〈自己教育〉をこそ自身の問題として引き受ける必要があるといえるのではないでしょうか。
 他人に「教える」前に、自分自身が「学び続ける」、そういう存在になってほしいと願います。学ぶこと≒勉強することが嫌いなのに、他人に「教える」資格など本来持たないはずです。
 その意味でなら、我々大学教員も、多少は皆さんの手本となる存在になれると思っています。
 大学教員の本質は、“教師”というよりはむしろ“研究者”=学び続ける人たちだからです(私自身の学生時代を振り返ってみても、「授業」の記憶よりは、先生方との直接的な対話や研究される=「学び続けている」先生方の背中をみて触発された記憶のほうが鮮明です)。

 大学という場は、まだ答えの出ていない社会のいろいろな問題を探究し続けるところです。その点が、これまでの学校教育とは決定的に異なります。

 我々大学教員は、皆さんに何かを「教える」というよりは、皆さんと一緒に「学ぶ」機会を共有したいと願っているものです。 
 もちろん、授業という「教える」行為も真面目にやりますけれども、それが皆さんに大きな影響を与えるとは正直思っていません。少なくとも私自身は、自分の学生時代の経験もふまえてそう断言します。

 むしろ、正課の授業を一つのきっかけとして、それ以外の機会に皆さん自身が、各自の力で、大学内のさまざまなツール~図書館などのハードだけでなく、大学で知り合った仲間たち、そして授業以外での教員~を使って自主的に知識や能力を獲得し、自分を耕していってもらいたい。そのようにして、自力で獲得したものしか、生涯残っていかないはずです。

 自分の今の現状に嘘をつくことなく、足もとをしっかり見つめ、謙虚になり、愚直に歩みつづけること。
 それが、最終的には“教育”という文化的な営みにつく自信を得るための、あるいは社会に出て自立した生活を営むための、重要なプロセスだと思います。

 皆さんは、今ここに、そのはじめの一歩を踏み出しました。
 たとえ短くても、その一歩をしっかりと踏みしめ、次への確実なステップにして、前に進みつづけてください。 
 私も、この業界ではまだまだ若輩者。といっても、すぐに成果が出せるわけでもありませんから、地道に歩き続けていきます。
 お互い、いろいろなことを「学び合って」いきましょう。

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「読むことは内容のある人間を作る」

 前回の記事「大人の力量が問われている」(2009年2月2日)について、斎藤史郎氏(長野県・上田市マルチメディア情報センター)から貴重なご意見をいただいた。斎藤氏に感謝申し上げる(斎藤氏のコメントについては、前回記事のコメント蘭を参照されたい。また斎藤氏のブログはこちらをクリック→)。

   ■  □  ■

 さて、斎藤氏の批判を受け、言葉足らずな私の意見を振り返ってみたい。
 私は、前回の記事で次のように述べている。
①「ケータイによる狭い仲間内でのコミュニケーションにとどまっている限り、モノを読む力、書く力は伸びない。親しい関係の間でしか通用しない範囲に、言語体系や価値観が限定されてしまう。ケータイ依存は、モノを書く力を鍛えることなく、自己を『外部』の世界へと開いていく〈教育〉本来の可能性を狭める方向に働くはずである。だから、その点は、学校の先生にしっかり指導をお願いしたい。 」
 それに対し、斎藤氏は、コメント欄で次のように述べられた。

今は子ども達の世界が狭くなっているので、逆に狭い付き合いの中での「空気を読む」など、大人と違う意味での「読む力」「書く力」は持っているのかもしれない、と私は思います。それを大人が理解できないだけで。
それから今の子ども達を見ていて「ケータイ依存」と言うのは、あくまで「携帯=電話」と思っている大人の価値観であって、「ケータイ=情報ツール」と思っている当の子ども達は、既にケータイを日常のコミュニケーション手段の一つにしているように思います。使う頻度が高いからと言って、別に「依存」ではないのではないでしょうか。

 如上の指摘を受け、以下、私の意見についてさらに整理する。
 上述の主張①について、敷衍すると次の通りである。

(1)私がいう「ケータイ依存」は、「携帯可能な電話」としての携帯電話だけではなく、「情報ツール」としてのケータイも含めて、それによりかかってしまうことを指している。ただし、程度の問題なので、線引きは難しい。
(2)子どもたちがケータイを「日常のコミュニケーションの手段の一つにしている」かぎり、私は何ら批判的ではない。そもそも「使う頻度が高い」ことを指して、「依存」とは言わない。
(3)だが、ケータイがつくりだす「狭い」関係性に強迫されることで、本や雑誌などを通して、未知の世界へと思考を膨らませる時間が削られるようなら、大いに問題である。そうなる前に自省し、自制する手段を学ぶべきである(→「その点は、学校の先生にしっかり指導をお願いしたい」)。
(4)また、ケータイは「情報ツール」としては限界がある。ケータイを利用する以上、その限界を理解する必要がある。「限界」とは、例えば、次のことである。
 ケータイが媒介する情報の主な「供給源」はインターネットである。だが、インターネットが提供する情報はきわめて断片的であり(検索した部分についてだけ部分的に知る)、段階性も体系性もない。自分にとって都合の悪いものは避けて通るか排斥する、自分の中の認知図式(偏見)にあてはまるものだけを取り入れていくといった情報受容の仕方も可能になっている。
(5)子どもたちは、ネットの掲示板をなどを通して、「ムカツク」「ヤバイ」「キモイ」といった、人物や状況を簡潔にまとめて表現し、その感覚を共有しあう=「空気を読む」より、知識や経験を積み上げて議論し、思考を鍛える技法を学ぶべきである。子どもに「読み書き」のスキルを学ばせることが主眼の教育関係者なら、この一線は譲れない。
(6)そのための有効な訓練となるのは、現時点では「読書」である。「読むことは内容のある人間を作る」(ベンサム)。また、他者(大人)を説得するには、知識の備蓄に拠るほかはない。

 だから、①のように書いた私の真意は、じつに単純である。「こどもたちよ(あるいは一部の大人たちよ)、たくさん本を読め!」である。

 繰り返し述べれば、私は、子どものケータイ利用について決して否定的なわけではない。ただ、ケータイを媒介として現出する問題の一端に批判の眼を注いでいるだけである。
 そして、私が上に述べた(5)のような問題意識に応えるかたちで、ケータイを子どもたちの「読む力」や「書く力」を向上させるための道具として―議論・情報交換の道具として―積極的に活用していくこともまた可能ではないか、また、現にそのように機能している部分もあるのではないか、と半ば楽観的に思っている。

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スクールとホーム

 前回、「学園(スクール)ドラマ」の隆盛と、その背景(=「学校化」)について思うところを書いた。
 それと並んでもう一つ、テレビからうかがえる最近のおもしろい傾向として言えるのは、J-POPで、"HOME"や"おかえり"、“帰りたくなったよ”など縁(よすが)や結びつきの表象としての〈ホーム〉(=家庭、ふるさと)を連想する曲が目立つこと。

 これを〈スクール〉と関連させると、次のようなことが言えるのではないか。
 学校や学級という組織は、伝統的な共同体結合原理から離床して実現した疎外的な空間であり、そこで、本来多面的・全体的存在である青少年は、学習活動をすることのみに自己の活動を限定される。それぞれいくつもの領域に分けられ、パッケージ化された知識を伝達され、学力への習熟をくり返し要求される。子どもたちは一面的な生活と、その組織のリズム(=規律)に一方的に自分を合わせることを強要される。
 しかも、学校・学級は、自らの需要を生み出す働きかけを、競争の創出とそれによる学習意欲の喚起というかたちで展開する。
 同一年齢、同一教師、同一空間といったすべての要素が同一化される条件下で、子どもたちはたえず規律と競争へと駆り立てられることになる。厳格な規律と競争的な人間関係のなかで疎外状況が放置されれば、青少年はバランス回復の衝動に駆られ、学校への否定的感情、教師への敵対感情、生徒間の軋轢を増幅させ、ときにその状況からの離脱を図ろうとする。
 突如、強制的に規律的な空間へと組み込まれ、教師の権威に服従することを求められる。そのような人為性に子どもたちが簡単に同化するほうが難しい。
 だが、公的世界へのイニシエーションとして、そのような厳しい環境を尊重する傾向は依然としてある。むしろ、学校に競争や規律を求める風潮は、いっそう強くなっているのではないか。
 だからこそ、そのようなギスギスした公的世界から峻別された、プライベートで情愛的な結合の象徴としての〈ホーム〉が一方で強調されることになるのではないか。

 ところが、「家庭内暴力」「児童虐待」など、今やその〈ホーム〉の脆弱性が問題とされる状況である。
 したがってネクストステージとして、〈スクール〉に包括的で抱擁性のある(「学園ドラマ」のシナリオのような)関係性が強く求められることになる。ということで、昨今の「学園ドラマ」の隆盛に話が戻っていく――。

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「学園ドラマ」と学校化社会

 ここ最近(といっても数年だろうか)、「学園(スクール)」を舞台としたドラマがやけに多いことに気付く(「花ざかりの君たちへ」「ライフ」「鹿男あをによし」「ごくせん」「ROOKIES」等々)。ドラマティックな展開の舞台が学園内でなくとも―いやむしろそちらの展開が多いのだが―、登場人物間のつながりはほとんど学校をハブとしている。また、「学園」の範囲も最近だと大学にまで拡大している印象を受ける(「のだめカンタービレ」「ハチミツとクローバー」)。もちろん、学園ドラマといえば昔からの定番ジャンルではあるが、それでも最近は飽和感を否めない。なぜだろうか。

 このギモンに対して考えられる解答はおそらく次のようなものだろう。
 1960年代の高度成長以前、青少年は学校内の同年齢集団(=〈学級〉)のみならず、学校外の多彩な異年齢集団にも属し、双方に関わりを持っていた。ところが、高度成長がはじまり、農村から都市への流入が加速すると、伝統的に地域共同体が持っていた紐帯は弱体化し、学校外の異年齢集団の存立を支える社会的基盤もまた消失してしまった。その一方で、学校だけは、制度としてそのまま存在し続け、同年齢集団への、青少年の集団帰属意識は一層強くなった。そして、人々の共通の経験的前提と言えるのは、学校以外にはなくなった今、(視聴率を重視する)テレビドラマの舞台として設定される状況が頻出している―。 
 日本中羽振りがよかったバブルの時代であれば、消費文化が共通の経験的前提となって、それを漏れなく織り込んだ「トレンディ・ドラマ」が高視聴率をとりつづけた。だが、バブルが終わり、「格差」の顕在化が問題視される状況になると、もはや共通経験として共感を得やすい舞台となるのは学校以外には残らなくなってしまった―。

 このように見るならば、日本国民の経験において「学校教育」の占める割合の強さが推察される。
そして、社会からの正当な評価を得る機会が学校体験のみに限られるとき、社会は学校に全面的に依存する「学校化」の様相を強くする。過熱する学校バッシングや教育改革論議の現状と同様、「学園ドラマ」の隆盛もまた、学校的価値を過度に重視する「学校化」の一面を映し出しているのではないか―と思ったり。

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視座の転換を促す「経験」

 新年早々にもかかわらず、休日返上で国際シンポジウム「21世紀アジアの教育改革」のお手伝いに行ってきた。
今回のシンポジウムは、はるばるモンゴルからゲストを招き、教育改革について紹介していただくほかに、現役高校生(=学習主人公)にもご登壇いただくという点で独自性のきわめて高いものであった。あまりに内容が豊富だったので、議論や質疑応答のための時間が足りず、情報を十分消化しきれなかった点が残念。

   ■  □  ■

 6日の高校生の「国際理解教育」をめぐる実践発表は、聴いていて実にうらやましく思った。
自分が高校生の頃に、こういう学習の機会があればと。
実に「すぐれた」実践の報告であった。
指導にあたられた先生方は、教材研究にあたって実に大変な思いをされたと思う。
 自分が「すぐれている」と感心したのは、実践・学習を通して〈世界の「客観的」認識を、どこまでも自分たち「主体」の側のあり方の問題として捉えていこう〉という視座の転換への指向が垣間見え、しかもそれが生徒の側に「自覚」されていたことである。単に他国の人々と文化交流をしようというのにとどまらない、諸々の直接経験を通して、今まで自分自身の生活から切り離された“他人”でしかなかった外国の人々が、自分の身近な生活を支えている“隣人”として認識されるようになる――。
そのような目標を随所に感じ、発表を聴きながら、吉野源三郎『君たちはどう生きるか』や鶴見良行『バナナと日本人』を思い浮かべていた。

 「総合」の時間などを利用した、教科の枠組みを超える体験学習=直接経験を行うと、すぐに“ただ「直接体験」をすれば済むものではない”といった批判が起こりがちだが、その批判は妥当なものではない。
 「直接経験」そのものを問題にするのではなく、その経験の“質”をこそ問い、「直接経験を通して学習者は何を学んだのか」を問題にすべきである。
直接経験から学習者は、単に個人的な感情・態度の変化(「これからは他国の人と仲良くしようと思う」)にとどまらず、例えば「フェア・トレード」などの「客観的」認識にまで結びつく「主体的」思考へと展開しえたか、そこを評価すべきである。

 だから、自分は高校生と先生方に次のような質問をぶつけてみたかった。
(1)「国際理解」実践を通して、自分の日常生活や世界をみる眼にどのような変化があったのか。
(2)報告された特別学習の成果が、教科学習に向かう姿勢にどのように作用したか。

それが明示されれば、上記の評価や“何をもって「国際理解」とするのか”という根本的な問題についての共通理解も可能になったと思う(今回はシンポそれ自体、テーマがいくつも錯綜していた。開催までの裏側を知っているだけに、何とも…。企画側の全責任である)。

 ところで、今回実践発表をしてくれた高校生のみなさんは、見事なまでに全員“女子”だった。いったい男子はどうした。女子に花を持たせたのか、それとも単にだらしないのか(後者だろう)。それとも企画者・T先生の嗜好が露骨に出たのだろうか……。

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実践指向と言うけれど

 ウチの大学院でも、実践指向の教員養成(正確には教育専門職養成)を行うと言い出した。来年からは新専攻(教育を設計し評価するという)も発足する。
大学院教育支援GPにも採用された。
中心にいるのは、あの先生。
 このたび発行されたニューズレターで、次のようにおっしゃっている。
「これまでの教育学は、原理原則の追究が中心で、その現場適用についてはあまり力を入れないできましたが、プロフェッショナルな知識・技術の開発研究は、今後画期的な影響を教育学にもたらすものと思います。」
今までさんざん「原理原則」と口癖のように言ってきたのはあんたじゃないのか―そう、即座にツッコんでしまった(まあ、いいけど)。

 「あなたの理論はわかった。では、その理論にしたがって、具体的な実践例をつくってみてくれ。実践例をつくることで理論を説明してくれ」という教育学批判への応答というならばその姿勢は評価できる。教育学の教師が、自ら小学校・中学校・高校の教育内容を加工・生産する過程を通して教育学を作ることができていない実情、“具体的事例を熟考する中で”理論を検証しつつ受容できない実情、理論(研究)と実践とが相互に批判し、修正し合う緊張関係の欠如、といった問題は確かにあったと思われるからである。例えば、生徒の主体的な「学び」を訴える教育学の大学教員が、自分自身の教育実践への自覚を欠いたまま、教育(学)についての「知識」を「記憶」させるだけの粗雑な「教員養成」を展開していたおそれというのも十分に考えられる。

 「実践指向」ということが、「研究と実践の相互批判・相互修正」、「実践の形にまで具体化された理論-理論に支えられた実践」という明確な関わりへの指向を意味しているのならば、進むべき方向はまちがってはいないだろう。「ある内容を教えるときにどうするか。授業をしなくてもいいから、自分の教育学理論と噛み合わせて教材をつくってみろ」。そう言われたとき、すぐに応えられるだけの地力を持つことが、「実践指向」の教員養成を行う教育学者に求められるだろう。難しい。教科教育学をやってきた人たちならともかく、ウチの大学院でそれをやってきた人はいるのか(えっ、T先生? 新専攻にもGPにも入ってないぞ)。

 ただ一方で、次のような問題への配慮が必要となってくるのではないか。
 およそ学問は――少なくとも社会科学は、特定の角度から現実を単純化して(特定の視点で切り取って)見る思考の技法であり、フィクションである。だから、現実問題すべてをカバーできるものではない。単純化しているのを忘れて、「例えば、PDCAモデルだとこうなるから、現実の政策・実践もそうすべきだ」と何の躊躇もなく短絡することは果たしてできるのか。「教育学は役に立たないといけない」という強迫観念のもとで、役に立つところを見せなければと思い込んでいる学問・学者ほど、自分の使うモデルと現実を混同し、煽動的になりやすくなるのではないか。そんな問題がどうしても浮かんでくる。

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