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<title>鵜の目「タカの眼」</title>
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<description>―ヘタレ教育学研究者の落穂拾い―</description>
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<title>誰だぁー！</title>
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<description>こんなんアップした奴ぁぁぁぁぁ。 http://www.kibutu.com/s...</description>
<content:encoded>&lt;p&gt;こんなんアップした奴ぁぁぁぁぁ。&lt;br /&gt;&lt;a href=&quot;http://www.kibutu.com/search2.php?number=7715&amp;amp;university=teikyou&quot;&gt;http://www.kibutu.com/search2.php?number=7715&amp;amp;university=teikyou&lt;/a&gt;&lt;/p&gt;

&lt;p&gt;名前間違えるなぁorz&lt;br /&gt;&lt;a href=&quot;http://campus.nikki.ne.jp/?module=lesson&amp;amp;univ=%C4%EB%B5%FE%C2%E7%B3%D8&quot;&gt;http://campus.nikki.ne.jp/?module=lesson&amp;amp;univ=%C4%EB%B5%FE%C2%E7%B3%D8&lt;/a&gt;&lt;/p&gt;</content:encoded>


<dc:subject>日記・コラム・つぶやき</dc:subject>

<dc:creator>タカキ </dc:creator>
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<title>「国定制へとずり落ちた」</title>
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<description>先週土曜日は、印刷博物館での梶山先生の講演ならぬ、館長さんとの対談を聴きに行って...</description>
<content:encoded>&lt;p&gt;先週土曜日は、&lt;a href=&quot;http://www.printing-museum.org/&quot;&gt;印刷博物館&lt;/a&gt;での梶山先生の講演ならぬ、館長さんとの対談を聴きに行ってきた。&lt;br /&gt;　対談のテーマは「日本の近代教育発展に果たした教科書の役割」。&lt;br /&gt;　明治から戦後に至るまでの教科書の変遷を辿るもので、館長が進行役になり、一つ一つのトピックに先生が応答する。時折、スクリーンに当時の教科書の画像を映したりしながら、和やかに話が進んだ。&lt;br /&gt;　やっぱり面白かったというか、梶山先生が一番熱っぽく語っていたのは、すでに聞き慣れていたことだけれども、先生の面目躍如たる「検定制から国定制への転換」にあたる明治後期の話だった。&lt;br /&gt;　教科書国定化への流れを、内容統制という「官の力」と見るのではなく、教員・教科書に対する権威の失墜に伴う「検定制の崩壊」の結果だと捉える、通説とは異なる独自の見解を改めて先生は強調していた。文部省の側から自由採択制をめぐる議論が出されていたにもかかわらず、採択合戦をめぐる教育関係者の数々の汚職（教科書疑獄事件）によって、国定教科書へと方向転換していく。それゆえか、国定化への議論にあたっては、「教科書の中身がおかしいから、国定にしろ」といった内容統制に関する議論はなかった―、という具合だ。〈国家・官・行政・政策サイドの内容統制〉対〈現場・民・教育運動による対抗〉という二項対立図式に囚われては出てこない、史料を幅広く渉猟しなければ出てこない見解である。&lt;/p&gt;

&lt;p&gt;　戦後の、教科書墨塗りの実態をめぐるフロアとの意見交換もおもしろかった。「地域による墨塗りの仕方の違い」（頁を切り取ってしまったり、墨塗りの頁を縫い合わせてしまったり）はなぜ出てきたのか。どうやったら調査可能か見当がつかないが、ひじょうに知りたいところだ。&lt;/p&gt;

&lt;p&gt;　なお、梶山先生の著書、『近代日本教科書史研究』は、現在&lt;a href=&quot;http://repository.kulib.kyoto-u.ac.jp/dspace/handle/2433/68906&quot;&gt;京都大学学術情報リポジトリのウェブサイトから全文読むことができる&lt;/a&gt;ようになっている。&lt;br /&gt;　&lt;br /&gt;　　　　　　　◇&lt;/p&gt;

&lt;p&gt;　その夜は、大学院生時代に有志で結成した読書会のメンバーと、神楽坂で軍鶏を食べる。&lt;br /&gt;楽しかったと同時に、なんか大人になってしまったなぁとしみじみ感じてしまうひと時だった。&lt;br /&gt;今やメンバー全員が仕事持ちの上、仙台在住がいなくなり、東京在住が主流になってしまう日が来ようとは。&lt;br /&gt;　また来年もやりましょう。今度はしっかり温泉合宿というかたちで。 &lt;/p&gt;</content:encoded>


<dc:subject>教育史ノート</dc:subject>

<dc:creator>タカキ </dc:creator>
<dc:date>2009-09-22T00:01:04+09:00</dc:date>
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<item rdf:about="http://takakist.cocolog-nifty.com/otibohiroi/2009/09/post-479b.html">
<title>すでに指摘されていたことではあるけれど…</title>
<link>http://takakist.cocolog-nifty.com/otibohiroi/2009/09/post-479b.html</link>
<description>　日本教育史に関わる地方の学事関連文書の散逸、廃棄もすでに懸念されているところで...</description>
<content:encoded>&lt;p&gt;　日本教育史に関わる地方の学事関連文書の散逸、廃棄もすでに懸念されているところではあった。&lt;br /&gt;　こうした記事を読むと、改めて残念である。&lt;/p&gt;&lt;blockquote dir=&quot;ltr&quot;&gt;&lt;p&gt;◇「公文書散逸の危機　平成の大合併後、旧庁舎などに置き去り」＠河北新報・東北のニュース、2009年9月10日。&lt;br /&gt;&lt;a href=&quot;http://www.kahoku.co.jp/news/2009/09/20090910t71005.htm&quot;&gt;http://www.kahoku.co.jp/news/2009/09/20090910t71005.htm&lt;/a&gt;&lt;br /&gt;&amp;nbsp; &lt;br /&gt;　平成の大合併後、旧町村が保存してきた公文書が廃棄や散逸の危機にさらされている。昭和以前の歴史的・文化的な価値の高い資料も多いが、出先機関の総合支所となった旧庁舎に置き去りにされたままのケースも目に付く。全国では大量廃棄の事例が報告され、東北の自治体でも庁舎建て替えの際に邪魔にされたり、組織改正や異動で旧町の実態を知る職員が少なくなったりすることが懸念される。専門家は「早く精査して保存すべきだ」と訴えている。（編集委員・大和田雅人）&lt;br /&gt;　大崎市は３日、総合支所職員を対象にした文書保存説明会を開いた。市政情報課の担当者が大まかな整理の仕方と目録の作り方を指導した。&lt;br /&gt;　合併から約４年。文書は旧古川市を含む七つの庁舎にばらばらに保管され、「手付かずの状態で何があるのかも分からない」（同課）という。&lt;br /&gt;　限られた人員の中、取りあえず廃棄は避けようというのが説明会の狙い。総務省が３年前、歴史的文書の保存を求める通知を出したことも背景にある。登米市は各支所から閉校した小学校の校舎に運び込むなど、緊急避難的な措置を取った。&lt;br /&gt;　問題は膨大な資料群の選別だ。公文書の分類法は二つあり、起案の段階で永年、３０年、１０年、５年、３年、１年と保存期間が決められた文書は、年限が過ぎたら事務的に処分される。その中でも歴史的、文化的価値がある場合は保存に努めると規定されている。&lt;br /&gt;　歴史資料は議会議事録、市街地図などが考えられるが、はっきりとした定義はない。栗原市総務課は「基準をどう明確にするかが課題」と悩む。&lt;br /&gt;　秋田県公文書館は３年をかけて、県内の旧６９市町村すべての保管状況を調査した。担当者は「明治以降の議事録を見事に残している市があれば、そうでない自治体もあった。選別の判断も人それぞれ」と明かす。&lt;br /&gt;　選別は建設部局、教育委員会など縦割りで行われる。「職員には歴史的観点を意識するよう指導しているが、判断に迷うだろう」（大崎市）というのが実情だ。&lt;br /&gt;　仙台市には苦い記憶がある。昭和の合併で消滅した生出村（１９５６年編入）、七郷村、高砂村（４１年編入）などの公文書が合併後にほとんど廃棄されていた。&lt;br /&gt;　仙台市博物館は編さん中の「仙台市史」の特別編で旧村特集を発刊する予定だが、資料不足で難航している。鵜飼幸子編さん室長は「街の移り変わりや住民活動など地域の歴史が詰まっていたはず。平成の合併では同じ轍（てつ）を踏まないでほしい」と話している。&lt;/p&gt;

&lt;p&gt;◎保全のポイントは？／精通した職員配置必要／平川新東北大教授に聞く&lt;/p&gt;

&lt;p&gt;　古い公文書の保存に当たって何がポイントになるのか。旧家の古文書保全などに取り組んでいる平川新東北大東北アジア研究センター教授（日本近世史）に聞いた。&lt;br /&gt;　貴重な史料は文化財に指定されれば残るが、現実には未指定の公文書などに貴重なものが圧倒的に多い。行政はこれから、永年保存や１０年保存など規定に従って機械的に選別するだろう。歴史的文書があった時、専門家でさえ迷う判断を一般職員ができるだろうか。&lt;br /&gt;　公文書には政治の意思決定、民衆のかかわり方など後世に研究価値の高い記録が多く、捨てられたら手掛かりが失われる。小さな自治体が研究者を雇ったり、公文書館を建てたりするのは無理があり、せめて文化財などに詳しい職員を文書担当にして長く配置することが望ましい。史料は百年後、千年後に評価されるという観点が必要だ。&lt;/p&gt;&lt;/blockquote&gt;</content:encoded>


<dc:subject>ニュース</dc:subject>

<dc:creator>タカキ </dc:creator>
<dc:date>2009-09-13T23:12:49+09:00</dc:date>
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<item rdf:about="http://takakist.cocolog-nifty.com/otibohiroi/2009/09/post-61f5.html">
<title>[本]『教育と平等』を読む</title>
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<description>■苅谷剛彦『教育と平等―大衆教育社会はいかに生成したか―』中公新書、2009年。...</description>
<content:encoded>&lt;p&gt;■苅谷剛彦『教育と平等―大衆教育社会はいかに生成したか―』中公新書、2009年。&lt;/p&gt;

&lt;p&gt;　戦後日本にとって&lt;br /&gt;　格差をなくす　とは&lt;br /&gt;　こういうことだった―　（帯文より）&lt;/p&gt;

&lt;p&gt;　『大衆教育社会のゆくえ』（中公新書、1995年）の裏面史ともいえる、苅谷氏の戦後教育社会論。同書もまたひじょうに中身の濃い充実した内容となっている。&lt;br /&gt;　アメリカと比較したとき、日本の戦後教育において「平等」とは、どのようなことを意味し、その具体化のプロセスとは、いったいいかなるものであったのか。&lt;br /&gt;　本書では、「面の平等」（⇔「個の平等」）というタームを用いながら、教育の機会平等をめぐる〈システム〉構築へのきわめて特異なプロセスを浮き彫りにしている～個人の能力の差異を初期条件として設定し、その差異に応じて学習の個別化を図るのではなく、教育条件自体の均一化（均質な時間と空間を用意し、そこで繰り広げられる教育・学習においても、等量・等質をめざす。その象徴としての「学級」）を図り、むしろ個々人の差異を目立たせずに、平等状態を仮構する。個人を単位に平等を考える「個の平等」とは異なる「面の平等」～。&lt;br /&gt;　「文部省」（教育政策）対「日教組」（教育運動）という二項対立的な図式に左右されない、その底流（本書では「義務教育におけるお金（税金）の動き」）へと目を向けた「歴史」のかいくぐり方には、研究者として強い感動と憧れを抱く。&lt;br /&gt;　「歴史」を扱いながらも同書が問いかけるものは、きわめて現代的な課題にも迫るものである。&lt;br /&gt;　教育条件の均質化のために、戦後日本が選択した「平等」のシステム。&lt;br /&gt;教育格差が問題視される今だからこそ、改めてこれまでのありようを冷静に議論する必要があると、本書はそう我々に問いかける。&lt;/p&gt;

&lt;p&gt;　　◇　　◇&lt;/p&gt;

&lt;p&gt;　「あとがき」で苅谷氏が記している研究手法・スタイルをめぐる以下の言辞には、教育史研究者（の末端）として自らの手法・スタイルを反省させられる（そして、「では、どうすればよいのか」と途方に暮れる）。&lt;br /&gt;「…本書は私にとって思い入れの強い本である。ひとつには、いわゆる「言説研究」とは異なる類いの知識社会学的研究のあり方を示したいと思ったところにある。古い雑誌や文献から言葉を拾い集め、それらの関連性をもとに、ある時代の社会意識、メンタリティ、「時代精神」を取り出す。そういう研究スタイルの流行が、教育の社会学的研究でも続いた。だが、取り出された言葉をもとに、パッチワークのように再構成されたある時代の時代意識なりメンタリティが、どこまでその社会に根深く埋め込まれた基底的な知識にまで到達できているか。私自身のこれまでの研究を含めて、隔靴掻痒の感を持っていたのである。文献に残された「言葉」だけに頼らずに、「言説と実態の二分法」にとらわれずに、ある社会のある時代の基底にある「知識」を取り出すことはできないのか。財政の仕組みとその実際の動き（お金の配分のあり方）への着眼には、そのような方法論的な企図があった。語られない部分を含めて、ある社会のある時代の「知識」に迫りたい。それがどれだけ成功しているかは読者の判断に任せるしかない。ただ、資源配分に埋め込まれた基底的な「知識」が、私たちの社会や教育のあり方に影響を及ぼしていることを幾許かでも示せているとしたら、このような研究スタイルにも多少の意味があると言えるのかもしれない。」（284頁）&lt;/p&gt;

&lt;p&gt;（mixi日記9月7日から転載）&lt;/p&gt;</content:encoded>


<dc:subject>書籍・雑誌</dc:subject>

<dc:creator>タカキ </dc:creator>
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<item rdf:about="http://takakist.cocolog-nifty.com/otibohiroi/2009/08/post-26e2.html">
<title>教科書の「逆用」</title>
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<description>　例の歴史教科書採択（採択自治体の拡大）が、またいろいろと波紋をよんでいる（杉並...</description>
<content:encoded>&lt;p&gt;　例の歴史教科書採択（採択自治体の拡大）が、またいろいろと波紋をよんでいる（杉並区、横浜市、東京都）。&lt;/p&gt;

&lt;p&gt;　こういう時は、過去の実践に学ぶべきである。&lt;br /&gt;　例えば、戦前の日本、国定教科書使用が絶対という閉塞的状況下で、教育内容として通底している国定イデオロギーに抗う教師達は、それを「無害化」するためにどのような策をとったか。&lt;br /&gt;　一つとして、教科書の「逆用」が挙げられる。すなわち、「教材を現実と対照して教材が主張しようとした事柄を逆に此方で使って児童の観点を正しい方に導く」方法である。&lt;/p&gt;&lt;blockquote dir=&quot;ltr&quot;&gt;&lt;p&gt;　尋常小学修身書巻三第二十一「けんかう」&lt;br /&gt;　益軒は小さい時にはからだがよわかったので、つねにやうじやうにきをつけました。いろいろの書物を読むをりに、やうじやうのことが書いてある所があれば、書きぬいて、その通りまもりました。それでからだが次第にぢやうぶになつて、年をとつてもおとろへず、八十五さいまでもながいきをして、多くの本をあらはすことができました。クスリヨリ、ヤウジヤウ&lt;/p&gt;

&lt;p&gt;　教労長野県支部編纂修身科無産者教授教程尋常小学修身書巻三の取扱ひ第二十一「健康」&lt;br /&gt;　如何に大多数のものが不健康に落とされているか！　住居、小さなゴミゴミした不潔の家、大多数同居、日光のない家、うすぐらい家、工場の寄宿舎、労働者の長屋、農民の家、蚕時はねるとこものない。……衣服、労働、死亡統計、罹病統計、幼児の死亡率、登山、海水浴、温泉、公園等は誰のものか。病気の際。病気になても―何故なるか―過酷の労働を続けなければならない。医者は来ない。又かかれない。―何故。われわれの健康を破壊するものは誰だ。そのための闘争、ソヴェートでは。&lt;/p&gt;

&lt;p&gt;　（文部省学生部「プロレタリア教育の教材」1934年。春田正治・宮坂哲文編『今日の道徳教育』誠信書房、1964年、308-309頁から転載）&lt;/p&gt;&lt;/blockquote&gt;&lt;p&gt;　以上は、新興教育運動における一例である。&lt;br /&gt;　「逆用」という方法の底には、教科書内容と現実との間の明らかなくいちがい・矛盾を、事実にたよることによって暴露できるという考えが流れている。一歩間違えば、事実を媒介としない、「プロレタリアイデオロギー」の単なる注入に陥る可能性もある。そこで、「具体的な事実、児童の直接的経験を豊富に準備し巧みに捉へ……徳目の実践を中心に其の実践的矛盾を児童自身に依り発見しバクロする様に導く」わけである。「&lt;strong&gt;事実への限りない信頼&lt;/strong&gt;」を基礎とした教授法は、思想的立場に囚われることなく、生活綴方など広く教育実践に影響を及ぼした。&lt;/p&gt;

&lt;p&gt;　　　　　◇　　◇&lt;br /&gt;　&lt;br /&gt;　本来、教科書は教材の一つにすぎない。しかし、日本の歴史教科書は、教材（事実・情報）の一つにとどまることなく、歴史的事実を特定の視角から切り取った一つの解釈＝教育内容まで明示してしまっているケースが多い。しかしながら、特定の解釈（＝答え）を先に示されてしまっては、かえってその説明にかたよった、詰め込み式のつまらない授業を生み出すことにつながりやすい。&lt;br /&gt;　いかに、教科書を使いつつ、教科書の枠にとどまらない＝豊富な歴史的事実をもとに、教科書に記述されていない現象を生徒たちが自ら知的に解釈・創出する授業を行うか。どうすれば、啓蒙主義・説明主義の歴史教育を越えることができるか。その授業構成こそが重要な論点であり、最終的には教師の裁量が問われるべきである。先生方の奮起を望みたい。&lt;/p&gt;</content:encoded>


<dc:subject>教育</dc:subject>

<dc:creator>タカキ </dc:creator>
<dc:date>2009-08-17T20:40:12+09:00</dc:date>
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<item rdf:about="http://takakist.cocolog-nifty.com/otibohiroi/2009/08/post-8b50.html">
<title>紡がれる戦争の記憶</title>
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<description>◇NHK戦争証言アーカイブス http://www.nhk.or.jp/shog...</description>
<content:encoded>&lt;p&gt;◇NHK戦争証言アーカイブス&lt;br /&gt;&lt;a href=&quot;http://www.nhk.or.jp/shogenarchives/&quot;&gt;http://www.nhk.or.jp/shogenarchives/&lt;/a&gt;&lt;/p&gt;

&lt;p&gt;　戦後64年、Webから戦争の記憶が紡がれる。&lt;/p&gt;

&lt;p&gt;&lt;a onclick=&quot;window.open(this.href, &#39;_blank&#39;, &#39;width=210,height=300,scrollbars=no,resizable=no,toolbar=no,directories=no,location=no,menubar=no,status=no,left=0,top=0&#39;); return false&quot; href=&quot;http://takakist.cocolog-nifty.com/.shared/image.html?/photos/uncategorized/2009/08/15/dsc02740.jpg&quot;&gt;&lt;img title=&quot;Dsc02740&quot; height=&quot;428&quot; alt=&quot;Dsc02740&quot; src=&quot;http://takakist.cocolog-nifty.com/otibohiroi/images/2009/08/15/dsc02740.jpg&quot; width=&quot;300&quot; border=&quot;0&quot; style=&quot;FLOAT: left; MARGIN: 0px 5px 5px 0px&quot; /&gt;&lt;/a&gt; &lt;/p&gt;</content:encoded>


<dc:subject>おすすめサイト</dc:subject>

<dc:creator>タカキ </dc:creator>
<dc:date>2009-08-15T23:31:09+09:00</dc:date>
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<item rdf:about="http://takakist.cocolog-nifty.com/otibohiroi/2009/08/post-e200.html">
<title>採点地獄からの生還</title>
<link>http://takakist.cocolog-nifty.com/otibohiroi/2009/08/post-e200.html</link>
<description>　久しぶりの更新である。 　まあ、とにかく日々の業務をこなすのに追われていた。何...</description>
<content:encoded>&lt;p&gt;　久しぶりの更新である。&lt;br /&gt;　まあ、とにかく日々の業務をこなすのに追われていた。何とか一区切りついたところだ。&lt;br /&gt;何しろ、昨日まで大学で業務（定期試験の監督や学生指導）があったのだから（昨日ですよ！）。&lt;br /&gt;授業回数を文科省の言うように増やしたところで実効性はないということを肌で感じつつ、教員も学生も15回の授業と2週間に及ぶ定期試験期間をこなしてきた。&lt;/p&gt;

&lt;p&gt;　そして、今日、何とか春期の成績報告書を教務に提出してきたところである。&lt;br /&gt;テストの採点がとにかく大変だった。デスクに積み上げられた700枚にもおよぶ答案・レポートの山々（答案連峰と名付けよう）。&lt;br /&gt;見ただけで萎える気持ちを何とか奮い立たせ、フラストレーションがたまる作業に取り組んできた。&lt;br /&gt;とにかく時間がかかった。ここ1週間、それ以外何もできなかった。&lt;br /&gt;まったくもって、自分を褒めてあげたい―、心底そんな気持ちになる。&lt;br /&gt;他の学部・学科によっては、1000枚を軽く越える答案の採点に取り組まなければならない先生もいる（お盆などないじゃないですか）。&lt;br /&gt;ある先生はマークシートによる試験を実施していた。シート読み取り機を使って採点結果をExcelなどにデータ化するのである。そうでもしなければならない事情がある。&lt;/p&gt;

&lt;p&gt;　教育中心大学はこのような現状である。TAを使った授業改善を考えられる、そんな大学がうらやましい。&lt;br /&gt;　こちらで同じことをやろうと思ったら、すべて担当教員が一人で行わなければならない。300人の学生にコメントを書かせ、その全コメントに目を通し、一部コメントをパワーポイントに打ち出したりして、次の授業の際にスクリーンに映して紹介し、解説・補足を行う。大教室授業でなおかつ学生が飽きない、双方向型の授業を行おうとすれば、どうしてもそのような対策を講じなければならない。実際やってみて学生には好評だが、教員の労力は計り知れない。こうして研究の時間は削られていく―。若手研究者の環境はまことに厳しい。&lt;br /&gt;　もちろん、大学の教室も「教育」の現場であり、教育研究の対象である。学科のFD委員として、この春期は4回ほど他の先生の授業を見学させてもらった。どの先生方も、いろいろと工夫を凝らしている。それに少しでも学びながら、秋期の授業づくりに向けて、まだまだ試行錯誤を続けていかなければならない。&lt;/p&gt;

&lt;p&gt;　でも、この8月中は、少し道を戻って自分自身のやりたい「研究」をやることにしよう（決して逃避ではありません）。 &lt;/p&gt;</content:encoded>


<dc:subject>日記・コラム・つぶやき</dc:subject>

<dc:creator>タカキ </dc:creator>
<dc:date>2009-08-12T23:47:40+09:00</dc:date>
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<item rdf:about="http://takakist.cocolog-nifty.com/otibohiroi/2009/06/post-0f46.html">
<title>私もニュータイプのはずだ？</title>
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<description>　「パンデミック」と話題にはなっていてもあまり身近には感じていなかった新型インフ...</description>
<content:encoded>&lt;p&gt;　「パンデミック」と話題にはなっていてもあまり身近には感じていなかった新型インフルエンザ。&lt;br /&gt;　が、都内の大学でも感染者が出るに至り、近いところにその存在を感じざるを得ない状況である。&lt;/p&gt;

&lt;p&gt;＊6月16日&lt;br /&gt;&lt;a href=&quot;http://mainichi.jp/area/saitama/news/20090616ddlk11040332000c.html&quot;&gt;http://mainichi.jp/area/saitama/news/20090616ddlk11040332000c.html&lt;/a&gt;&lt;/p&gt;

&lt;p&gt;　自分の職場でも感染者が出て、キャンパス閉鎖の臨時休校に入った。&lt;br /&gt;　これで、補講をどうするか、などの調整作業が新たに増えることになるんだろう。&lt;/p&gt;

&lt;p&gt;　だから、今のうちに少しでも新生活に疲れた体を休め、また、時間の貯金をつくっておきたい。&lt;br /&gt;　それにせっかくだから、&lt;a href=&quot;http://www.mhlw.go.jp/bunya/kenkou/kekkaku-kansenshou04/inful_look.html&quot;&gt;「目で見て分かる新型インフル」&lt;/a&gt;をみて、勉強するとしよう。学生への指導も必要になってくるだろうし。&lt;br /&gt;　&lt;br /&gt;&lt;a href=&quot;http://www.youtube.com/watch?v=f4citqUnYOk&quot;&gt;■「私たちにもできる新型インフルエンザの身近な予防策」&lt;br /&gt;&lt;/a&gt;　&lt;a href=&quot;http://www.youtube.com/watch?v=f4citqUnYOk&quot;&gt;http://www.youtube.com/watch?v=f4citqUnYOk&lt;/a&gt;&lt;/p&gt;

&lt;p&gt;　本格的な大流行は、「秋以降」だとの懸念が厚生労働省からは発表されている。&lt;br /&gt;もちろん慎重さは必要だろうが、一人のために二万人が「自宅待機」するといった、今の対策の現状が「大山鳴動して鼠一匹」という感は否めない。感染者が出た途端、全員がマスクを一斉に装着するといった集団主義も、気持ち悪いものがある。感染の拡大防止という衛生的な理由以上のメンタリティ（「説明責任」という衣をかぶった）をそこに見いださざるを得ない。&lt;br /&gt;　これによって感染者に変なまなざしが集まらないことを願う（事実、最初に感染者が出た高校には、匿名で抗議の電話が寄せられたという）。誰かを非難すれば済む問題ではない。これは誰でも罹りうる病気であるとともに危険度は低いのである。感染した学生へのある種の偏見をもたせない指導・働きかけが今後、教師には求められてくるように考える。ただでさえ、「空気を読み合う生きづらさ」を抱えているのが、今の若者の現状であろうから。&lt;/p&gt;

&lt;p&gt;　感染者が出る前は、マスクをしている学生はほとんどいなかった。来週の休校明け、果たして、何人の学生がどんな意識でマスクを付けてくるのか（付けてこないのか）、気になるところだ。授業で話題にしてもよいかもしれない。&lt;/p&gt;</content:encoded>


<dc:subject>ニュース</dc:subject>

<dc:creator>タカキ </dc:creator>
<dc:date>2009-06-19T00:36:31+09:00</dc:date>
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<title>静かな都市郊外から～2009～</title>
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<content:encoded>&lt;p&gt;　本当に久々の更新である。数々の「未知との遭遇」のために、全くもってブログに手をかける時間的余裕がなかった。諸業務に追われ、とてもそんな気分にはなれなかった。今もその場しのぎの日々が続いている。それでも、少しだけ精神的余裕が出てきたので、近況を報告してみる。&lt;/p&gt;

&lt;p&gt;　　　　◇&lt;/p&gt;

&lt;p&gt;　とにかく日々バタバタしている。先生方からも「大変なところだから」的な意見をよく聞かされる。たしかにいろいろと大変だ。「教授は週3日出校6コマの授業及び月1日の会議日、また准教授・講師・助教は週4日出校、6コマ授業を原則としており、さらに全教員は、授業に加えて出校日にオフィスアワーとして、週3コマまたは4コマを学生指導の時間としている」（平成20年度版自己評価報告書より）。&lt;br /&gt;　出退勤時は、教職員証（磁気カード）で「ピッ」とやることになっている。&lt;br /&gt;　各科目の授業は全15回。休講した場合は、必ず補講しなければならない。しない場合は、給料から引かれる（学生も大変だが、教員のほうがもっと大変じゃないか）。&lt;br /&gt;　そのほかに委員会がある。自分は来て早々、学科のFD委員、図書委員、そして学校インターンシップの担当となった。そのほかに学生相談や入試業務などが待っている。まことに充実している。&lt;br /&gt;　研究環境も厳しい。大学には夜10時までいることができる。だが、自分の研究室がある建物で、その時間まで部屋にいる教員は皆無である。先日9時過ぎまで研究室にいたところ、ある先生から驚かれたことがある。それもそのはず。午後6時になると、軽音の学生達が上の階でジャンジャンと大音量で鳴らし始めるのである。先生方が皆ほかの建物に移っていく理由がよくわかる。その先生には「よくいられるね」と驚かれたわけである。&lt;br /&gt;　そのほかにもいろいろと「大変なところだから」という助言の意味を、具体的に確かめている毎日である。&lt;br /&gt;　それでも精神的には大変充実している。目下、学生の勉学意欲がどうすれば高まるか、日々試行錯誤しているところである。&lt;/p&gt;</content:encoded>


<dc:subject>日記・コラム・つぶやき</dc:subject>

<dc:creator>タカキ </dc:creator>
<dc:date>2009-05-16T23:52:55+09:00</dc:date>
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<title>今の職を辞する前に記しておきたいこと</title>
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<description>　「教育研究支援者」。そうGoogle検索したところで、ほとんど関連する情報はひ...</description>
<content:encoded>&lt;p&gt;　「教育研究支援者」。そうGoogle検索したところで、ほとんど関連する情報はひっかかってこない。&lt;br /&gt;これは、今の自分の職種である。研究科内の教育研究支援に関する業務に携わる。と言ってもわかりづらいか。&lt;br /&gt;「研究してもいいし、企画研究などに関わってもらうが、事務仕事もしろ」。わかりやすく言えば、自分のポジションはそんな感じである。&lt;br /&gt;　国立大学の法人化に伴い、大学の裁量によって置くことが可能になった役職の一つであると聞いている。&lt;br /&gt;他の大学だと「教務補佐員」という役職があるが、おそらくそれに相当する。&lt;br /&gt;　また検索結果を少し調べてみると、同じ「教育研究支援者」でも時間雇用職員相当から助教相当までと、部局によって扱いが異なることがわかる。私は「准職員」相当である。&lt;/p&gt;

&lt;p&gt;　私は、所属研究科ではおそらく最初の「准職員」相当の教育研究支援者となった。約一年半前だ。&lt;br /&gt;その後、大学院ＧＰなどの採択によって人員は着実に増え、現在研究科には私を含めて5名の教育研究支援者がいる（ただし、今後同じようにポスト数が維持されるかどうかは不明である。補助金削減の問題があるから翌々年度あたりにどうなっているか）。&lt;br /&gt;　設置されてまもないポストであるため、大学側も試行錯誤といったところがある。講座制でなくなり、（昔の合研・助手のように）教育・研究環境を整備するための人手が足りなくなっている現状を補うために、新たなかたちで労働力を動員したと自分は理解している。　&lt;br /&gt;　以下、自分の在職経験を振り返って、同職種の意義を記しておきたい。&lt;/p&gt;

&lt;p&gt;① まず、自分にとっては本当に助かった。食うのに困らなくて済んだ。首の皮一枚つながったという思いだ。&lt;br /&gt;経済的な問題は、大学院生であれば常に気にかける問題である。先に述べたように、私は「准職員」待遇なので、事務職の給与体系に基づいた給与が支給される。また健康保険証も交付される。有給もある。さらに、奨学金の免除職にも相当する。生活保障があることは、研究面でも精神的余裕を与えてくれる。&lt;br /&gt;　新勤務地への引越のために、今月は非常に物入りとなったが、これも今の職に就けていたからこそ持ちこたえられた。&lt;/p&gt;

&lt;p&gt;② 自分の研究の幅を広げることにもつながった。「学生支援」というまったく未知の領域に踏み込むことはなかなか大変であったが、おかげで、統計的な調査研究の初歩などを知ることができた。自分の所有知識が、非常に狭い範囲のものであったということを再認識する契機ともなった。人的交流の幅も広がり、研究の蓄積もできた。&lt;br /&gt;　 &lt;br /&gt;③ だが一方で、同職の不安定な状況は否定できない。勤務は一年。毎年度更新のための手続きをしなければならない（書類提出－面接）。また、「准職員就業規程」によると、更新は原則3年の規定がある。いわゆる「雇い止め」規定である。また、採用時期（法人化以前と以後と）でも待遇に違いが出てくると聞く。&lt;br /&gt;（※教育研究支援者になってはじめてわかったことだが、所属研究科における事務係の職員構成をみると、正職員の割合は3分の1程度と少ない。多くは准職員か、時間雇用職員で成り立っている。また、准職員、時間雇用職員のほとんどは女性である。正職員は定期的に異動があることを考えると、実は准職員や時間雇用職員の役割というものが非常に大きいということがわかる。）&lt;/p&gt;

&lt;p&gt;④ 先に述べたように、教育研究支援者の給与は事務職の給与体系に基づいている。したがって、「大学職員」という括りになるわけだが、「研究者」ではない。したがって、研究者番号はもらえない。番号がないので、科研などにも応募はできない。無給の博士研究員から教育研究支援者になったために、研究者番号を失ったという同僚の話も聞いた。日本学生支援機構での定義では免除職に相当しながら、研究者番号がないという捻れ現象。これは、大学側の裁量がマイナスに働いてしまった側面といえる。&lt;/p&gt;

&lt;p&gt;⑤ 「研究者」という括りにならないため、私が研究科の年報に論文を載せようとしたとき、「それでは事務職員なら誰でも執筆できることになってしまわないか」という意見が編集委員会で出されたという話を聞いた。教育研究支援者という新しいポストに対応する編集規定がなかったため、どう対応したらよいか問題になったという（でも冷静に考えて、事務長さんとかが投稿すると思いますか？）。当時の編集委員長が理解のある先生だったため、投稿・掲載が認められた。私が前例をつくったので、その後ほかの教育研究支援者も問題なく投稿することができている、と内心自負している。&lt;/p&gt;

&lt;p&gt;⑥ 「准職員」として働く以上、兼業はできない。この規定がおそらく、教育研究支援者に応募する上での最大の障害かもしれない。自分は他のバイトをやめることにそれほど労力を使わなかったが、それまで非常勤をしていた専門学校等をやめるに当たって後継を探したりと、いろいろと大変な想いをしたという事例も聞いた。もし、それができない場合は、兼業可能な「時間雇用職員」相当の教育研究支援者として働くという道を取ることになる（私の前にいた初代支援者は、その雇用形態だった）。だが、その場合、給料はぐっと減る。一方、前述のように、教育研究支援者は毎年度更新をしなければならず、しかも「雇い止め」がある（まだ期限まで働いた支援者はいないが、そうなったとき果たしてどうなるのか）。&lt;br /&gt;　事務職員として拘束され「雇い止め」があるが給与がもらえる雇用を選ぶか、教職経験など柔軟な働き方が可能だが給料が少ない雇用を選ぶか、この二者択一は苛酷である。&lt;/p&gt;

&lt;p&gt;　　　　　　　◇&lt;/p&gt;

&lt;p&gt;　研究員と事務職員との境界で引き裂かれているのが、教育研究支援者だと言って良い。この状況を理解して支えてくれる、理解ある先生方がいたからよかった。一方、事務にも関わることで、いろいろと教員の「裏事情」を知ることもできたのも個人的に収穫だった（どの先生が〆切通りに原稿を出さないかとか、何年も論文書いてないかとか、某先生が××××したとか……）。&lt;br /&gt;　「事務の信頼を失ったら、大学教員はだめだ」。それが、在職経験を通じて得た、最も大きな知見かもしれない。&lt;/p&gt;</content:encoded>


<dc:subject>日記・コラム・つぶやき</dc:subject>

<dc:creator>タカキ </dc:creator>
<dc:date>2009-03-22T15:59:41+09:00</dc:date>
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